表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/144

悪魔と女騎士と魔王 3

翌朝、こちらの時間で6時に目を覚ます。カリマさんを誘って食堂に行くため、彼女の部屋に向かう。


ドアを開けて出てきた寝間着姿のカリマさんを見てドキッとする。この星の寝間着は胸元が緩い。見えそうで見えない微妙な姿で…いやいや、そんなところをチェックしている場合ではない。


今日は補給の為、この艦は宇宙へ出る。このため私とカリマさんは早めに食事を済ませて、カリマさんを艦橋へ案内することになっている。


朝食にカリマさんは、パンと目玉焼き、それにソーセージを食べていた。ソーセージにはマスタードをつけて食べている。この香辛料がとても気に入ったようだ。


そんな朝食を食べていると、艦内放送が入る。


「達する。艦隊標準時1500に、本艦は補給のため戦艦リオに向け出発する。各員、直ちに出発準備に取り掛かってほしい。以上。」


1500とは、あと1時間だ。この街では朝だが、艦隊標準時では今は14時ごろである。


ということで、さっさと朝食を終えてカリマさんを艦橋に連れて行く。


「ようこそ艦橋へ、艦長のコンラートです。」


艦長がカリマさんを迎え入れる。ちょうどこれから出発するところだった。艦橋では艦内各部のチェックを終えようとしていた。


「これより戦艦リオに向けて出発する。両舷微速上昇。」

「機関始動!出力上昇20パーセント!両舷微速上昇!」


艦長と航海士のやり取りののち、駆逐艦4450号艦はヒィーンという甲高いうなり声を上げ始める。そして、徐々に浮き上がり始めた。


みるみるうちに空気の薄いところに達する。宇宙と大気の境界あたりに到達し、真っ暗な空と青い球面が見え始める。


「わあ、昼間なのにまるで夜のような空になりましたね。」

「ええ、空気の薄いところに来たんですよ。これから宇宙というところに参ります。」


高度は4万メートルに達した。ここからいつも通り機関最大、大気圏離脱を行う。


「両舷前進強速、大気圏離脱を開始せよ。」

「機関最大!両舷前進強速!」


このときばかりは大きな駆逐艦の船体がびりびりと揺れるほどの音が鳴り響く。ごぉーっという重苦しい音が、艦全体で響く。


地上の風景がものすごい速さで後ろに流れ始めたので、カリマさんはすっかり窓の外に見入っている。想像以上に壮大な風景、その上に広がるどこまでも真っ暗で底知れぬ空間。宇宙というものを、肌で感じているようだ。


「ああ、この真っ暗な空は、まるであの映画というものに出てきた魔王のようですね…」


なかなか的確な表現だ。確かにこの無限に黒い空間は、魔王と呼ぶにふさわしいものだろう。


その広大な宇宙に出た。我々からすれば、なんて事のない光景。だだっ広い黒い空間が広がるだけのそんな場所だ。


だが、この広大な空間がカリマさんにはとても不思議で恐ろしく、興味深いと言っている。この空間では、我々の持つたくさんの宇宙船も、宇宙に浮かぶ塵と変わらない。


しばらくすると、月の横を通過した。カリマさんは普段、夜空に黄色く光るこの衛星を眺めているのだろうが、まさかこの星の表面がこんなにゴツゴツとした星だとは思わなかったようで、通過中はずっと興味深く眺めていた。


月を超えて、ラグランジュポイントに向かう。そこに我々の属する小艦隊と戦艦が集結している。窓の外にも、徐々にその艦隊の姿が近づいてくる。


たった300隻でも、中に飛び込めばまるで無数の駆逐艦に囲まれているように感じてしまう。だが、周りの船など目に入らなくなるほどの大きな船に接近する。


岩肌むき出しの、戦艦と呼ばれるこの無骨な船の上に到達すると、カリマさんの目はその岩肌の表面に釘付けだ。


「なんなのですか?この大きな灰色の魔物のようなものは。」

「ああ、ここが目的地である戦艦リオですよ。」

「ええっ!?戦艦って、こんなにゴツゴツした船だったんですか?てっきりどこかの島かと思ってましたが…」


船があるんだから、島もあるというのは道理だ。だが、我々にとっての島は惑星や衛星だ。


戦艦は安く上げるために小惑星をほぼそのまま流用して作られるから、この通り無骨なものが多い。その無骨な岩肌の表面に、ドックや砲塔といった人工物が並んでいる。


その人工物の一つに向かって降下する。艦橋内も騒がしくなっている。


「ドック内へ降下、距離200、速力60!」

「速力を30まで落とせ!両舷減速!」

「了解、両舷減速!」


しばらくすると、ガシャンという音が鳴り響く。ドックに結合した音だ。


「達する。これより、戦艦内の乗艦を許可する。艦隊標準時1600より翌0100までを自由行動とする。極力30分前までには艦に戻るように。以上。」


艦長が艦内放送で乗員に告げた。私も行動に移る。


「では、参りますか、カリマさん。」

「えっ!?どこに行くんですか。」

「この戦艦の中ですよ。」

「ああ、街があるんでしたよね。行きます。連れて行ってください。」


エレベーターで下まで降りて、戦艦に接続する通路へ向かう。通路にはすでにたくさんの人が並んでいた。


制服姿、私服姿の者が入り混じるこの通路内の人々の中で、この星の民族衣装を着たカリマさんはとても目立つ。おまけにとてもきれいな人だから、みんな横目で見ている。


通路を抜けて、大きな空洞を通過し、その奥にある駅に向かった。その駅のホームに滑り込んできた電車を見て、カリマさんは尋ねてきた。


「なんですか、あれは?」

「ああ、今からあれに乗るんです。この乗り物が、ここのみんなを街まで運んでくれるんですよ。」


列車という交通手段の概念が存在しないカリマさん。恐る恐るその電車に乗り込む。


窓はあるが、駅以外はただのトンネルの壁しか見えない。5駅ほどそんな光景が続き、ようやく街にたどり着いた。


カリマさんと駅を出ると、カリマさんは街の光景を見て立ち止まる。


目の前には、ちょうど服屋と雑貨屋が立ち並ぶ。その先には飲食店も見える。今は十数隻の駆逐艦が停泊しているので、人も多い。


各お店の前には映像が流れている。この星は夏から秋に向かう季節だが、我々の星は12月。だいたい3ヶ月ほど季節がずれている。このため、今はちょうどクリスマス商戦の真っ只中だ。


植え込みの木にはイルミネーションがつけられていて、あちこちでちかちかと光っている。ただここはずっと昼間なので、あまりきれいに見えないのが難点だ。


服屋の前でカリマさんは立ち止まる。どうやら中に入りたがっているので、あるお店の入ってみた。


そこでカリマさんの服を買うことにした。この街ではよく見られるカジュアル系の服をいくつか選ぶ。寝間着も欲しいというので、買った。


そのうち1着に着替えて、このお店を出た。私は袋を抱えて、カリマさんと一緒に飲食街に行く。


で、カリマさん。またソーセージが気になるらしくて、軽食系のお店を覗いている。せっかくだから、もっとがっつりしたものが食べられるお店に行けばいいのにと思いつつ、あるハンバーガーショップに入る。


そこでカリマさんはホットドッグを頼んでいた。上にはマスタードとケチャップがかけられており、これが気になったようだ。


飲み物はコーラにしてみた。このしゅわしゅわと泡の出る冷たい飲み物に一瞬戸惑っていたが、すぐに気に入ったようだ。


「ここの食べ物は不思議ですね。どうしてこんなに色とりどりで、刺激的なものが多いんでしょう。」


ただ、普段の職業の癖が出てしまうようで、価格を気にしていた。


「このホットドッグというのが飲み物などと一緒で7ユニバーサルドル、ということは、銅貨84枚、銀貨なら8枚と少し。これで香辛料が付いた食べ物を食べられるんですね。安いです。」


ちなみにさっきの服は全部で400ユニドル。カリマさん接待用に600ユニドルの電子マネーを受け取っているが、すでに半分以上使っている。


続いて本屋にも行く。そこにある本は読むことができないが、音声付きの電子ブックならカリマさんでも使えると教えたら、早速買わされた。お値段130ユニドル。ここでも一気に残額が減った。


しばらく歩いていると、映画館のあたりについた。


『フハハハ!愚かなる人間どもよ…今の私に勝てるかな?』


映画のプロモーションビデオが流されている。ちょうど上映中の魔王シリーズの動画が流されていた。


これを見たカリマさん。当然、食い入るように見ている。


店頭の宣伝用とはいえ、スマホよりはずっと大きな画面で見る魔王は迫力があり、思わず見とれているようだ。それを見た私は、カリマさんに尋ねる。


「カリマさん、この魔王シリーズの映画、観て行きます?」


全力で首を縦に振るカリマさん。やはり観たいようだ。


ということで、早速映画館に入る。たくさんの座席に大きなスクリーン。そして、入口のお店で買った塩味とキャラメル味のポップコーン。


カリマさんはキャラメル味が気に入ったので、そちらをあげる。ポップコーンの受け渡しをしていると、館内が暗くなる。


最初は別の映画の宣伝が流れる。ただ、想像を超える大画面と、立体視による迫力がカリマさんを襲う。


そして、映画が始まる。この映画、最初はたいていは平和な街や人間の軍勢を魔王の手下が襲うところから始まる。今回は、ちょうどカリマさんの住んでるような城塞都市を襲うところから始まった。


無論、この映画の最初に出てくる街や軍勢は壊滅する。大きな城塞都市があっけなく全滅するシーンを見て、似たような街に住むカリマさんは唖然として観ていた。


で、これをきっかけに勇者が登場。魔法使いの賢者と、脳みそまで筋肉でできていると思われる剣闘士を引き連れて、魔王の手下との戦闘、伝説の剣の入手といったイベントを経て、ついに魔王と対峙する。


『来たな、愚かなる人間どもよ…我こそがこの世界を統べる魔王なり…』


今回の魔王は、なんと巨大化する。全長500メートルほどとなり、胸から強烈なビームを放つ。


そして驚いたことに、勇者も巨大化する。伝説の剣の効果だそうだ。


で、やはりというか、勇者は勝ってしまう。普通サイズに戻った勇者を人々は歓喜の声で迎え入れて…


いや、こういってはなんだが、多分現実には勇者はすんなりとは迎え入れられないだろう。哨戒機で軍勢を押し返し、街を守った私でも、しばらく恐れられていた。勇者とて怖がられるのではないか?


まあ、そういうツッコミは野暮というもの。カリマさんはこのラストシーンに感激中だ。


映画が終わって、カリマさんは嬉しそうに語る。


「いやあ、勇者さんはかっこいいですね!感激しました!あんな大きな幕に写して観ると魔王がとても怖かったですが、その分最後は良かったですね!」


そんな満足するカリマさんと一緒に、カフェに行った。


そこで頼んだケーキとコーヒーをカリマさんは堪能する。スイーツが嫌いな女性はいないというのは宇宙の法則だという人もいるが、カリマさんもその法則にならい、美味しそうにショートケーキを食べている。


「ここは本当に食べ物がおいしいですね。漆黒の闇の中を飛んできた場所とは思えないほどものが豊富で、感心してしまいます。」

「はい、そうですよね。でも交易がはじまれば、カリマさんの星でもこういうものが食べられるようになりますよ。」

「そうなんですか?楽しみですね。」


先ほどまでは民族衣装姿だったが、今はすっかりこちら側の服を着て歩いているカリマさん。店員さんのセンスもよかったのか、カリマさんの透き通った肌を強調する色で、とても似合っている。


「そういえば、リーンハルトさんと初めてお会いしたときは、私はてっきり悪魔の使いだと思ってましたね。最初は怖かったんですよ。本当に。」

「ええ、すいません。そうですよね、あんな真っ黒な哨戒機で現れたら、そう思われて当然ですよね。」

「でもあの後、本当に街を救ってくださいましたし、昨日も街の人のために食糧の調達をしていただいたり…こうしてみると、あなたはどちらかと言えば、悪魔ではなく勇者でしたね。」

「ええっ!?私が勇者!?」


なんだか意外な表現をされてしまった。職業柄、裏方にいることが多いので、どちらかと言えば私はあの映画でいえば賢者なのかと思っていた。


「あれ?ダメですかね、勇者では。」

「いやいや、嬉しいですよ!でも自分では自覚がなくてですねぇ…」

「そんなに謙遜なさることありませんよ。ご立派です。本当に。」


綺麗な人に褒められると、ちょっとうれしくなる。今までは自分の仕事に誇りが持てなかったけれど、今なら少し胸を張っていられそうだ。


こうして、9時間の滞在時間はあっという間に過ぎてしまう。カリマさんと私は再び電車に乗って、駆逐艦4450号艦に戻る。


艦内に入るあたりで騒然としていた。行きはどちらかというと旧態な衣装のカリマさんが、帰りは我々と同じ服装に変わっていた。私でさえドキドキする相手だから、当然周りの男性からも注目を浴びる。


一旦部屋に戻って、再びカリマさんと夕食を共にする。その後私は一人で風呂に入り部屋でスマホを見ていたら、外から戸を叩く音がする。


何かと思って開けてみると、そこにはカリマさんがいた。


「あれ?カリマさん?どうしたんですか、こんな夜遅くに。」

「いえ、その、私はですね、そういえば街を救っていただいたら、あなたのものになると約束したことを忘れてまして…」

「いえ、あれはあなたの誤解から始まったことですから、今は忘れてもらっていいですよ。」

「そ、それにあなたは、街の人のために一生懸命動いてくださいました。戦艦の街でもいろいろなものを買っていただいたし、だから私、せめて恩返ししないとと思ってですね。」

「いえいえ、街の件はあなたが手伝ってくれたおかげでもあるんですよ。交換レートも定まり、こんなに早く物資を拠出できたのも、カリマさんのお手柄です。」


などというやり取りをしていたら、急にカリマさん、私の部屋に入ってきて、扉を閉じた。


「もう!女心というものがわからないのですか、あなたは!これなら本当に悪魔だったほうがよかったですよ!」


…なぜか怒らせてしまった。でもカリマさん、ずかずかと私の方にやってくる。


「リーンハルトさん!?私のような女はお嫌いですか?」

「…えっ!?いや、もちろん好きですよ。とってもきれいな方だなぁと思って見ておりましたし。」

「だったら、そんな人に迫られたら、いったいあなたはどうなさるんですか?」


カリマさん、透明な顔の肌がすっかり紅潮している。この辺りで私はなんとなく察した。


彼女の急襲により、今日の疲れなど吹き飛んでしまった。どうして彼女にこれほどまで好かれてしまったのかが今ひとつ分からないが、今は素直に彼女の気持ちを受け入れてあげよう。そう考えた。


「あの…カリマさん?」

「はい。」

「魔王とまでは言いませんが、ここからちょっと悪魔になってよろしいですか?」

「ええ、いいですよ…」


ということで、私はカリマさんをベッドに押し倒し、着ているものを脱がせて…この夜、私は理性が吹っ飛んだ文字通りの「悪魔」になってしまった。


-------------------


この星に来て、8か月が経った。


あれからいろいろあったが、私はカリマと一緒に暮らしている。


ここは城塞都市サンドリオの横に作られた宇宙港の街。その一角の住宅街の中の2階建ての家に、私とカリマは暮らしている。


最初は悪魔と女騎士として出会い、この街に魔王をよみがえらせたと思わせたあの作戦を行った張本人が、今はその街の横でごく普通の暮らしをしている。


カリマはこの街の事務所に務めている。サンドリオの街での仕事の経験を生かして、地球(アース)296との交易に関わる取引の仲介を手伝う仕事に従事する。


この星の出身者ということだが、物怖じせず接する態度を貫く彼女は、事務所でもこの星の交易人の間でも頼りにされている。考えてみれば、「悪魔」相手にも物怖じせず交渉をやってのけた彼女だ。交易人相手くらいではびくともしない。本当に肝の座った人だ。


私はと言えば、宇宙港の横の教練所で講師をしている。一応、これでも作戦参謀なので、軍学一般を受け持つ。相手は男爵だの子爵だのの次男、三男ばかり。この身分さに、私はちょっと怖気づいてしまいそうだ。カリマの度胸を少し分けてもらいたいくらいだ。彼らはいずれ、指揮官として活躍する人材となるだろう。


そういえば先日、この街にできたショッピングモールの映画館で「魔王シリーズ」の最新版を見た。この映画、サンドリオの人々には好評で、連日サンドリオの街からわざわざこの宇宙港の街までやって来る人が絶えないそうだ。貴族や民族衣装姿の平民層の人々が映画館を埋め尽くす。


魔王が倒されると、映画館内では喝さいが起こる。たかが映画だが、この星の人には自分たちの街にいるような騎士が強大な魔王を倒すのが痛快でたまらないようだ。このシリーズは最近マンネリ化していると言われてるようだが、ここでは大人気だ。


私はそんな街の人達とカリマとの生活を歩み始めた。おそらくこのまま、私はここに残って暮らすことになりそうだ。映画館の喝さいを目の当たりにしながら、私はそんなことを考えていた。

(第30話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ