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悪魔と女騎士と魔王 2

翌朝、私はカリマさんの部屋に行く。呼び鈴を鳴らすと、彼女はすぐに出て来た。


「あ、おはようございます、リーンハルトさん。」


身の危険がなくなり、安心したのか、今日は表情がいい。おまけにちゃんとお風呂に連れて行ってもらえたようで、金色の長い髪がサラサラしている。服は昨日と同じだが、夜のうちに洗濯したようで、こちらも綺麗になっていた。


さて、今日はカリマさんに我々のことを説明する。誤解は解けたようだが、我々が何者かを彼女はまだ知らない。


が、その前にまず食事だ。


「カリマさん、まずお食事に行きませんか?」

「はい、喜んでお供いたします。」


私はカリマさんを連れて、食堂に行く。一緒に食堂に向かって歩いていると、周囲の人がじろじろと見てくる。


こんな男が大半の艦内で、こんな綺麗な女の人を引き連れて歩いているのだ。目立って当然。そんな目線を気にしながら、食堂にたどり着く。


入り口にある大きなパネルを見て、彼女は驚いていた。色とりどりの食べ物が次々と映し出されており、前の人が料理の写真をタッチして注文しているのをじっと見ていた。


「食べたいものを選んで、手で触れてからこのトレイを取って奥に行くと、料理が出てくるんですよ。」


私は一通りの手順を説明する。私が先に料理を選び、見よう見まねでついてくる。


カリマさんが選んだのは、ハム・ソーセージとパンのセット。あの画像を見て、彼女がわかる料理がこれくらいだったようだ。私と一緒にトレイに乗せて、席まで運ぶ。


飲み物はオレンジジュースを渡す。これが最初なんなのかわからなかったようだが、一口飲むと気に入ってくれたようだった。


さらにソーセージの横にあるマスタードを恐る恐る付けていた。見たこともない黄色い液体をつけて食べる。が、カリマさんにはこれがクリーンヒットだったようで、あっという間に食べてしまう。


「うわぁ!ここの料理、美味しいですね!特にこの香辛料、こんなの初めてです!」


パンの方も柔らかいらしくて、とても感動していた。


我々には機械が作るどうってことのない料理だが、そんなものでもカリマさんには美味しいらしい。聞けば、こちらの街のパンはもっと硬いし、香辛料は高価で貴族にしか手に入らないそうだ。


あまり食事というものに関心がなかったが、そういわれると我々は実は贅沢な食事をしていたことに気づかされる。今、食べているシュニッツェルを見て、ふとそう感じた。


さて、食事も終わり、会議室にて画面も使いつつ、カリマさんに我々のことを説明する。


本当は広報官にお願いしたいところだが、昨日私が壮大に誤解をまき散らしたおかげで、そちらの収拾対応に追われている。このため、私がカリマさんに説明することとなった。


まず我々がどこから来たのか、なぜ我々が地上に降りて人々と接触し、わざわざ戦闘行為を止めるのか、について話す。


「…つまり、あなた方は連合側と呼ばれる陣営に、私達を組み入れたいと。それでまず地上の争いごとをおさめて、その上で私達と交渉したいと、そう言うわけなんですね。」

「はい、そうです。」

「でも一つ合点がいきません。あなた方は、小さい方の空飛ぶ乗り物で丘を一つ吹き飛ばすほどの力を持っています。ましてや、今私のいるこの船はさらに強い力をお持ちなのでしょう?なぜその力をもって、私達を脅して従わせようとしないのですか?」

「はあ、実はですね、その行為こそが宇宙を二つの陣営に分けてしまった原因なのです。だから、我々は武力ではなく、交易による利益や優れた技術と引き換えに、味方を増やさなくてはいけないんです。」

「そうなのですか。昨日、私達の街に攻めてきたあの王国軍とは正反対のことをなさるんですね。てっきり悪魔が我々の弱みに付け込んで、いけにえと引き換えに味方したのだと思い込んでましたが、今のあなたの話には筋が通っておりますね。」


ようやくここでカリマさんの誤解は解けた。それにしても、女騎士にしては妙に政治的なことに理解がある。


そこで、私はカリマさんのことを聞いてみた。


ここで知ったのだが、私も彼女のことを誤解していた。実はカリマさん、女騎士ではなく、街の役場に務めている人だった。


この城塞都市は交易で栄えている街。このため、商売人同士のもめ事が絶えない。そのもめ事をうまく仲介するのがカリマさんの仕事だったようだ。


それではなぜ、私と会った時は鎧姿だったのか?と聞くと、あの直前にリーダー格の騎士が矢で撃たれて死んでしまい、それでその場の兵士が動揺したため、カリマさんが代わりに鎧を着て周りを鼓舞し、混乱をおさめたのだという。


だから剣術など心得はなく、もちろん剣を使うことはできないという。そんな状態で、よく鎧を着て兵の動揺を抑えようなどと考えたものだ。やはりこの人は、どこか剛胆だ。


ということは、カリマさんは我々でいうところの文官ということになる。文民統制下の武官としては、従うべき相手ということになる。


ところがこちら側では武人こそが上で、書記や役人の方が低く見られてるらしい。我々のこの文民統制という仕組みが理解できないようだ。


もっとも、これも宇宙の長い歴史の上にある制度だ。軍の暴走というものは、文化レベルによらず起こりうる問題だ。だから、政治家は軍の統制に腐心して、こういう仕組みを作り上げたようだ。この星はまだそこまでのレベルに到達していない。


ところで、さっきから私はずっとカリマさんと2人きりで話している。よくよく考えたら、こんな美人と一緒に長い時間話すだなんて、これまでの私では考えられない。


「あの、リーンハルトさん?」

「は、はい!!」

「…どうされたんですか?急にぎこちなくなられたようですが…」

「ああ、いえ、気にしないで下さい。で、何でしょうか?」

「ええとですね。街の城門が破られたときにあの乗り物から発せられたあの重々しい声、いったいどなたの声なのかなあと思いまして。」

「ああ、あの声ですか。あれはですね、実はこれから出していたんですよ。」


私はスマホを取り出す。そこで魔王シリーズの動画を開き、カリマさんに見せる。


「な、なんですか、これは?」

「ああ、映画というものでして。」

「エイガ!?」

「物語を人が演じているんです。これは、この世に現れた魔王という悪魔の王を倒す勇者の話なんですよ。で、あのとき流れた音声は、この映画の魔王のセリフなんですよ。」


そう言って私は、実際に魔王のセリフのシーンを見せる。


『ふははは、よく来たな、愚かな人間ども…我はこれよりこの世界を統べる魔王なり…』


まさにあのとき流した魔王のセリフを見せる。動く映像が珍しいようで、食い入るように見ていた。


『…今よりわしにまるで焚き火の前の羽虫のように焼かれて、冥府の旅路に出るのだからな…』


ここで私はあのとき音声を切ってしまった。が、当然この続きがある。


『何を言うか!正義が負けることはない!必ずお前を倒す!』


ありきたりなセリフを叫んで魔王に立ち向かう勇者。強烈なビーム砲を撃つ魔王。だが結論から言えば、勇者は勝利し、魔王は敗れる。


この一部始終を見たカリマさん。勇者の活躍を見て頬を紅潮させていた。あの恐ろしいセリフを吐いた張本人が、自分たちと同じような剣を持つだけの主人公によって倒される。実際にはありえないことだが、この安っぽい勧善懲悪劇に感動したらしい。


「…これ、すごく面白いですね!初めから見てみたいです!」

「はあ、いいですよ。」


映画というものに触れるのが初めてのカリマさん、すっかりハマってしまったようだ。私のスマホで最初から見てる。


この映画の醍醐味は、最後に正義である勇者が勝つことによる爽快感だろう。絶対に勝てないと思う相手に、とどめの一発を食らわせて主人公が勝つ。これが黄金パターンだ。


同じパターンが続くシリーズ映画だが、この映画、新たに連合側に加わったばかりの星ほどウケがいいという話もある。この映画の舞台はほぼ中世。これだけ流行るのは、この舞台とよく似た星が多いからではないだろうか?


「あの、すいません。終わったらどうすればいいんですか?」

「ああ、ここを指で触れるとですね、元の画面に戻るんですよ…」


などと話していると、すぐ横に彼女がいてドキッとする。おまけに、手に触れてしまった。


こんなことくらいでドキドキするとは、悪魔失格だ。やはり私は、悪の手先にはなれそうにない。


こうして、カリマさんへの説明は終わった。そうこうしているうちに地上も落ち着いたようなので、彼女は地上に帰れることになった。


…のだが、文官と分かると、艦長からこのまま宇宙までご案内しようと提案され、本人に意思確認することになる。というか、その役を私が担うことになった。


「…ということで、カリマさんを宇宙にご招待したいとうちの上が申しておりまして…あ、もちろん断っていただいてもよろしいですよ。」

「宇宙って、どういうところなんですか?」

「そうですね…宇宙自体は何もないところです。広大で真っ暗な空間が広がるだけの場所です。ただ、宇宙には戦艦がいまして。」

「戦艦?なんですか、それは。」

「この駆逐艦よりも大きな船です。元々は戦闘目的の大型船だったんですが、今は駆逐艦の補給を行う基地になってますね。中には街があって…」

「えっ!?船の中に街があるんですか?」

「そうですよ。小さな街ですが、いろいろなものがあります。食べ物屋や映画館、その他様々なものを売るお店がひしめいてます。」

「そうなんですか!?行ってみたいです!」


ということで、カリマさんの宇宙行きが決まった。


一度荷物を取りに家に戻りたいというので、一旦カリマさんは駆逐艦を出ることになった。


私の駆逐艦は城門を塞ぐように、門の前に着陸している。このため門から街に入るまではやや危ない領域だ。このため、護衛として私もついて行くことにした。艦を降りて、2人は門をくぐって、サンドリオと呼ばれるこの街に入る。


街は戦いから普段の生活に戻りつつある。柵はバラされ、城門の扉は修理されているところだった。槌を叩く音、職人同士の掛け声が賑やかに響き渡る。


カリマさんの元気な姿を見て、兵士や街の人は驚いて迎えていた。昨日の時点では自ら生贄を志願していただけに、無事な姿を見せて住人も安堵したようだ。中にはカリマさんのところに駆け寄ってきて、声をかけるものもいる。


石造りの建物が整然と立ち並ぶこのサンドリオの街は、長らく交易都市として栄えていた。2つの王国の国境付近に位置し、その2つの国の交易を仲介する街だったが、その権益を得るために一方の王国が攻めて来たらしい。


元々、攻められることは織り込み済みなようで、都市そのものが城壁で囲まれている上に城門が一箇所になっている。ただ、今回の戦いはかなり際どかったようだ。我々がいなければ、この街は陥落していただろう。


カリマさんは交易商人や街の商人たちの間で仲介する立場だったようだが、そういう役割の人は賄賂で凋落されたり、脅されたりして不正に走ることが多いらしい。が、本人曰く、公正な登録と租税管理を貫いているそうだ。


確かに、こういう剛胆な性格の人には、こういう役にはぴったりと言えるかもしれない。それ故に街の人からも慕われているというわけだ。


私は、そんな彼女をこの街から奪おうとした悪魔というわけだ。そんなつもりはなかったとはいえ、少々罪悪感に苛まれる。


街の一角にある建物に着いた。ここの2階がカリマさんの自宅だそうだ。荷物を取りに行っている間、私は外で待つことにする。


ここは本当に賑やかな街だ。戦闘が終わり、ようやく街に活気が戻った。


以前の賑わいを知らないので、今がどれくらい普通に戻ったのかはわからない。が、人々の顔が安堵しているのがよくわかる。


私のやり方は確かにやり過ぎたところはあるが、結果的にはこの街の人々を救った。それだけで、私はあの作戦をやった価値があったと思う。


カリマさんが出てきた。さっきとは違う衣装を身にまとい降りてきた。


「お待たせしました。では行きましょうか、リーンハルトさん。」

「あ、はい、カリマさん!」


再びこの綺麗な女の人と並んで街を歩く。周りからは注目されている。いや、住人はあくまでカリマさんの方を見ているのだが、なんとなく隣にいる私もその視線が痛い。


そんな街を歩いていると、道中に泣いている子供を見かける。親が必死になだめているようだが、なかなか止まらない。


「やだやだ!何か食べたい!」

「そんなこと言ってもねぇ…今、市場には何もないんだよ。もう少し探してみるから。」


どうやらこの街は、物資不足に陥ってるらしい。カリマさんによれば、もう5日ほど包囲されており、包囲直前から物流が途絶えているため、この街は特に食料が不足しているらしい。


泣き叫ぶ子供の元に駆け寄るカリマさん。しかし、空腹というものは人間にとってもっとも耐え難い不満だ。そう簡単に泣き止むものではない。


そこで、私は腰のポーチに入れておいた非常食を取り出して、この子にあげた。


茶色い奇妙なその食べ物を、恐る恐る口にするその子。だがこの非常食、甘い味付けのため、すぐにバクバクと食べてしまった。


あまりに美味しそうに食べるその子を見て、周りから何人かの子供が寄ってきた。私にもちょうだいといわんばかりだ。


だが、さすがに私はそれほど非常食を持ち合わせていない。仕方がないので、スマホで駆逐艦4450号艦に連絡して、食料の運搬をお願いしてみる。


「うーん…それはちょっと難しいと思うぞ…」


艦長から直接告げられる。当然だが、食べ物不足はこの一角だけの話ではない。街全体が食料不足に陥っているため、食料があるとわかればたくさんの人が押し寄せてくる。


この街には6万人の人が住んでいるというから、並みの数ではない。たくさんの子供に囲まれて、私はすっかり困ってしまった。


いろいろ考えた末に、私はある提案を艦長にしてみた。


ちょうど補給船がこの星の軌道上に到着している頃なので、そこから食料を一部分けてもらう。地上の人に渡すのではなく、こちらの貨幣で売買し、その貨幣は後日、この周辺地域で使うために取っておく。これならば食料をただ渡すだけではないし、こちらとしてもここの貨幣が入手できるというメリットがある。


ただ、一つ困ったことがある。それは交換レートをどうするかだ。


交換レートを定めるには、かなり綿密な調査が必要だ。ここの物資の貨幣価値を正確に見極めた人がいなければできない。そんな人、すぐに見つかるのだろうか?


「あ、私、わかります。品物と大体の値段は心得てますよ。」


そうだった、カリマさんはまさに交易関係の仕事をしていたのだった。早速、我々は行動を開始する。


直ちにここへ経済関係の文官殿に来てもらう。一方で、中型の補給船をここに呼び寄せる。この船が到着する1時間後までに、交換レートを定めようというのだ。


街のど真ん中で、私とカリマさん、そして文官殿とのやり取りがはじまった。周りにはたくさんの人だかりができている。


すったもんだの挙句、交換レートはここの銅貨12枚で1ユニバーサルドルと決まった。ちょうどその時、上空には補給船が到着する。


中型の補給船といっても、全長は1000メートルはある。駆逐艦よりも大きくて、まるで雲のような巨大な空中船が上空に現れて、それを目にした人々は驚愕する。


が、そこから切り離された小型艇からは大量の物資が運ばれてくる。この船一隻には駆逐艦600隻が一か月過ごせるくらいの食料を搭載している。つまり、6万人の一か月分の食糧。ここに拠出すればちょうど一か月分の食料になる。これだけの食糧があれば、なんとか流通が正常化できるまでもつだろう。


だが、ここでカリマさんが提言する。


「そのまま直接街の人に販売してしまったら、この街の商売人が干上がってしまいます。一旦商店に卸して売らないと、街の交易基盤が成り立たなくなってしまいますよ。」


なるほど、ごもっともな意見だ。そんなことまで考えていなかった。


ということで、街の商人が集められた。本当は問屋に卸してから商人のもとに売られるのだが、今はそこまでまわしている時間がない。


ここでさらに問題が発生する。


我々が持ち込んだ食材のうち、いくつかがこの街の人には理解できないものが含まれていることだ。


野菜や果物はほとんどそのまま使える。が、レトルト食品などはどうやって使うものなのかまるで見当がつかない。


そうだった、あくまでもこれは我々が使う食料。軍人の私は、そこまで考えていなかった。


仕方がないので、使える食材のみ卸して、レトルト食品は我々が調理して直接販売するという形態を取ることにした。これでようやく持ち込んだものが何とか流通することになった。


子供に非常食糧を分け与えたことがきっかけで、夕方までかかってこの街に食糧をばらまくことになってしまった。そのおかげで、街のあちこちで食べ物を抱えて歩く人々が見られるようになった。


私はといえば、大量の非常食を受け取って私の周辺に集まった子供らに配った。これで、私の周辺にまとわりついた子供たちの包囲を解くことに成功した。


そんな予定外のことをしていたため、駆逐艦4450号艦に戻ったのは日がすっかり暮れてからのことだった。食堂でカリマさんと夕飯を食べ、風呂に入って部屋に戻る。


そういえば艦長から、明日朝には宇宙に出るといわれた。カリマさんは、この星の住人として初めて宇宙に行くことになる。明日は早く起こさなきゃ…などと考えながら、疲れ切った私はすぐに寝てしまった。

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