星占いと星の落下と星の艦隊 3
艦橋につくと、そこはもう大騒ぎだった。
「敵艦隊、さらに接近!距離40万キロ、接触まで、あと15分!」
「小艦隊司令より未だ指示なし!待機せよとのことです!」
「仕方ないな…総員、船外服着用!このままでは撃ち合いは必至だ、砲撃準備!」
「総員、船外服着用命令!砲撃準備!」
聞けば、連盟側の艦隊と遭遇したのだという。その数は1000隻で、なんとこちらの10倍。彼らの見張りの目を盗んで、入ってきたらしい。
救援要請を出してはいるが、こちらに向かって進軍中とのこと。もう間もなく接触らしい。
私はパトリックさんの持ってきた船外服というものを着る。なんだかがばがばの服で、全身をすっぽり覆う服だった。これを着ていれば、外に放り投げられてもしばらくは生きていけるそうだ。
もう訳が分からないけれど、とにかくすごい数の敵に追われてるようだ。このままだと、一方的にやられてしまう。男爵様は交渉官殿に抗議しているようだが、今そんなことをしたって始まらない。私は、水晶玉を取り出す。
そこには、黒いモヤモヤが漂うだけだ。全くもって、私にはこの先を見通せない。
でもこの水晶玉、パトリックさんや私が結婚するとか、あの4人の使者の方に何か大きな出会いがあるという占い結果を出していたじゃない。あれは全部、ハズレだったというのだろうか?未来がないものの占いなんて、どうして出てきたのだろう?
とうとう私は、両親と祖母のところに行くのか。そう覚悟をした瞬間、パトリックさんが私の水晶玉を見て言った。
「マーリットさん、右のほうに、何か明るいものが見えますよ。」
「あ、本当だ。これは…」
青白い明るい星が、水晶玉の右端に出てきた。なんだろうか?多分そっちに何かがあるということのようだ。
「パトリックさん、よく分からないんですが、右に何かありそうです!右に行ってみてください!」
「右に?どういうこと?」
「明るい星というのは、希望の星なんです!右の方向に何か希望があるはずです!」
これを聞いた男爵様は、私に向かって叫ぶ。
「嘘をつくな!お前がそうやって変な占いをしているから、こういうことになったのだろうが!」
「まあ、男爵殿、叫んでも仕方あるまい。でもお嬢さん、いくらなんでも占いを根拠には艦隊は動かせないよ。」
艦長さんにも言われてしまった。それはそうだろう。彼らのように進んだ技を持つものが、他の人には見えない水晶玉に映る予言なんて信じるはずがない。
だが、ここで交渉官が艦長に助言する。
「ですが艦長殿、彼女、あの隕石落下と我々の出現を、前日に予測していたそうですよ。」
「何!?それは本当か!?」
「はい、それで街の人の混乱も最小限に抑えられたと、伯爵様が話しておりました。」
「そうか、うーん…」
艦長さんは少し考えて、こう言った。
「小艦隊司令部に意見具申する。どうせまだどうするか決めていないのだ。言うだけ言ってみよう。」
そこで艦長さんは、なにやらある機械を取り出して話し出す。艦隊を右に移動せよと願い出てみたようだ。
なんとあっさりと認められた。上の方も他に手段が思いつかないようで、私の占い結果をもとに、100隻が一斉に右に移動することになった。
移動開始。と言っても、ここからではどっちに動いたのか分からない。ただ、全力で右に動いているらしい。
敵の艦隊もつられて右に動いてきた。もう間もなく、戦いが始まるようだ。
「敵艦隊まで30万キロ!射程に入ります!」
「砲撃戦用意!」
艦長さんが叫ぶ。艦橋内にけたたましい音が鳴り響いた。
「砲撃始め!撃てっ!」
突然、大きな雷音と共に、青白い光が光った。その直後、同じような光が、向こう側からも飛んできた。
ぐるりと青い光で囲まれてしまった。相手は私達の10倍の艦隊、数ではとてもかなわないようだ。
こちらも一発目は撃てたが、2発目以降が撃てないそうだ。あまりにも青い光の数が多い。バリアという、盾のようなものを張るのが精一杯で、撃ち返せないようだ。
その盾に時々、あの青い光が当たってくる。その度にぎぎぎっという不快な音を立てる。
その時、パトリックさんが私を抱きしめてくれた。パトリックさんの大きな体が、私を包んでくれる。
もちろん、その程度でおさまるほどの音ではないけれど、なぜか私は安心する。そんな時、私を抱きしめたまま、パトリックさんが叫んだ。
「あの、マーリットさん!」
「は、はい!何でしょう?」
「こういう時はですね、何か生きる希望になりそうなことを言うと、生き残れるらしいです!」
「そ、そうなんですか!?」
「だから私、今から変なこと言います!不快に思ったら、ごめんなさい!」
「はい、いいですよ!」
「私、あなたと結婚したい!」
突然のパトリックさんの告白だ。それを聞いた瞬間、私は周りの音が聞こえなくなった。なんだか、周りの時間の流れが止まってしまったかのように、シーンとしている。
「なぜか急にあなたを守らなきゃって思ったんです!だから、急に抱きしめちゃいました!なので、結婚しますって言ったら、なんだか生き残れそうな気がして!」
「パトリックさん!じゃあ、私も生き残ったら、パトリックさんのもとに参ります!それで、いいですか!?」
私までそう言い返してしまった。正直言って、パトリックさんは私にはもったいないお方。そう思っていたけれど、求婚されたら、この状況で断るのも変だ。だから、ちゃんと私は応えた。
その直後だった。
「敵艦隊側面、右方向より砲撃!味方艦隊!数、およそ1000!」
突然、援軍が現れたらしい。我々に撃ってきていた敵の艦隊と同数の味方が撃ってきているらしい。
急に周りから青い光の束が消えた。それを受けて、こちらも撃ち返し始めた。
しばらくこの船も撃っていたが、あるところで砲撃をやめる。
なにがどうなったのか、よく分からないまま、戦いは終わったようだ。
しばらくすると、小艦隊司令部というところから状況報告というのがきた。
敵の1000隻を密かに追いかけていた1000隻の艦隊は、こちらからみて右側に展開していたらしい。あとちょっと右に来てくれれば射程内というところで、我々を発見した敵艦隊がそれていってしまったそうだ。
仕方がないので、隠密行動を解いて救援に行こうとしていたら、まるでこちらの意図を呼んだかのように、我々が右に動いて来てくれた。それで理想的な奇襲ができたということだった。
占い通りだった。そっちに本当に希望の光があったのだ。味方でやられたのは1隻だけ。ただし、あのまま撃たれ続けていたら、あと30分ほどでバリアが尽きていたらしい。そうなれば全滅だった。
敵は敗走していった。側面から攻撃を受けて、相当やられたらしい。今、追撃戦をしているようだ。
ともかく、私達は生き残った。生き残ってしまった。
「マーリットさん。」
「は、はい!」
「…あのー、ご一緒に船外服を返しに行きませんか?」
私は脱いだ船外服を持って、パトリックさんと一緒に歩く。
「あの、パトリックさん。私達、生き残ってしまいましたね…」
「そうですね…ええと、私。さっきは思わず勢いであんなこと言ってしまいましたが、不快に思われるようでしたら撤回いたします。ごめんなさい。」
「いえ、そんな、撤回だなんて…でも、パトリックさんのような立派な方が、私のような者に思わずあんなことを言ってしまって、後悔されてはいないですか?」
「いえ、そんな!とんでもない!あなたは我が艦隊を救った方ですよ?あなたは立派な方です!」
「でも、この水晶玉がなければ、私はただの小娘です。立派だなんて…」
「いえ、その結果を信じて艦長に伝えてくれたからこそ、我々は助かったんです。もっと胸を張ってもいいんですよ。」
「そうでしょうか?」
私達は船外服を返却し、部屋の方に戻って歩いていく。
「ところでマーリットさん、その水晶は私の結婚が近いことを予告していましたよね?」
「そうです。」
「で、あれから私なりに考えてみたんですが、実は今の私にとって気になる女性というのが、あなたしかいなくてですね…」
「ええっ!?そうなんですか?で、でも私も実はパトリックさんしかいなくて…だってパトリックさん、この水晶玉の中を見ることができる、私以外の唯一のお方。何かとても運命的なものを感じててですね…」
「そうなんですか…じゃあやっぱり私達は、そういう運命なんですかね?」
「はい、あまり実感がありませんけど…」
なんだか、お互い求婚しておきながら、今になってその理由探しをしている。おかしな話だ。
「あの、パトリックさん。一つお願いを聞いていただけますか?」
「はい、何でしょう?」
「さっきみたいに、抱きしめてくれませんか?今度は船外服なしで。」
「いいですよ。あの、こんな感じですか?」
私はもう一度、パトリックさんに包まれてみた。理由はわからないけど、私はパトリックさんと一緒になるんだ。私は肌で、そう確信した。
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あれから、半年が経った。
あのあと、予定通り艦隊主力に合流を果たす。無数の船に驚きつつも、この星からきた5人はそれぞれ動き始めた。
まず私を除く4人は、戦艦に移乗した。そこで早速、行動を起こす。
男爵様は交渉官殿と一緒に、文官と呼ばれる皆様に会われていた。政治的な仕組みに興味があり、彼らからそれを学び取るのにこの人は適任だった。
商人の方は、交易について調べていた。通貨や交易品を熱心に調べていた。
騎士殿は軍事についてご興味を抱く。戦闘を目の当たりにしたこともあって、これからの戦闘について考えさせられたそうだ。何人かの士官にお会いし、こちらの戦い方をうかがっていたようだった。
執事の方は、他の星の礼儀作法を調べていた。他にも、生活習慣や食事にも関心があり、食堂や飲食店、ホテルを巡っていた。
それぞれが持ち帰った情報が決め手となり、国王陛下もついに宇宙との交易に乗り出す覚悟を決められた。これによって、王都のすぐそばに宇宙港が建設される。
そんな私は駆逐艦に残った。戦艦の街にも一度立ち寄った。そこで、パトリックさんと一緒に歩いた。
食事をして、映画を見て、音楽を聴いて、私には驚くようなことばかりだったが、そのたびにパトリックさんがいろいろと教えてくれた。
求婚されたときは全く実感のない私だったが、次第にこのパトリックさんに惹かれていった。そしてついに、駆逐艦で私はパトリックさんのお部屋にたびたびお邪魔するようになった。
パトリックさんはその後、地上勤務が決まった。王都のすぐ横にできた宇宙港に住むことになり、私もブラウワーの街を離れ、パトリックさんの家で一緒に暮らした。
そして4か月前、私は正式に、パトリックさんの妻となった。
2人で毎日水晶玉を見ている。喧嘩をしたら仲直りの方法を探り、何もない日でもいいことがないか水晶玉で占っている。この世でたった2人にしか見えない水晶玉の中。これからもずっと2人で見ていくつもりだ。
この王都の宇宙港の街でも、私は占いのお店を細々と続けている。お金は1人銀貨1枚…なんだけど、こちらの通貨だと1ユニバーサルドルになるらしい。
地球299の人は、私の占いに半信半疑だったが、あまりによく当たると評判になり、最近はお客さんも増えてきた。
この水晶玉によって、私の人生も大きく変わってしまった。だから、私はこれからも、水晶玉で多くの人の人生を占っていこうと思う。
(第29話 完)




