崖っぷち所長と生真面目少尉と料理ロボット 3
解任?つまり、所長をクビってこと?
一瞬、私は意識が飛びそうになった。あまりに衝撃的な一言だったからだ。
だが、次の一言で、再び私は正気を取り戻す。
「加えて命ず。明日付で、君は社長直轄の、宇宙人調査員として働いてもらうことになった。場合によっては、この事業部全体が君の指揮権に入るほどの権限を持つことになる。心して業務に励んでほしい。以上だ。」
「は、はい!」
社長直轄の特命業務。それも宇宙人関係専任。どうしてそうなった?
「君が数日前にした話を社長にしたところ、大いに喜んでくれてね。特に、主婦が喜ぶと言ったその一言がとても響いたようだ。だから、君に任せると言ってくれた。早速だが、君はあの宇宙船に行ってほしい。」
「はい!でも、入れるんでしょうか?」
「あの船、この星の代表として、何人かに同乗してもらいたいらしい。そういうことならと、私が政府に君のことを勧めておいた。君が宇宙人との仲介をしてくれたこともご存知だから、すぐに認めてくれたよ。」
「しかし、特命の業務はよろしいのですか?」
「その船はしばらくして宇宙に出るらしい。その時に民間人との接触もできるそうだ。君が言っていた、あの夢のような機械の製造権を獲得できれば、それで十分業務を果たせるだろう。」
「はい、分かりました。全力を尽くしてきます。」
「頼んだよ。」
私は部屋から出て、早速宇宙船に向かって歩いて行った。
一度乗った船だけど、外から見たのは初めて。まるでビルを倒したような大きさのこの船。こんな大きなものに、私はつい1週間前に乗っていたんだ。
駆逐艦の近くに着くと、警備の人に私の名を告げた。話が通っていたらしく、すぐに通してもらえた。
駆逐艦の下で待っていると、ロッシーニさんが現れた。
「トワネットさん!久しぶりです。元気でしたか?」
「ええ、この1週間は忙しかったけど、元気にしてたわよ。」
「それは良かった。では、2度目の乗船ですが、ご案内いたします。」
「よろしくお願いします、少尉殿。」
エレベーターに乗って、私は一番上の階に行く。
この艦の艦橋と呼ばれる場所に着いた。入り口から入ると、そこは大きな窓があって、レーダーのような計器類がたくさん並んでいた。いかにも、戦闘艦の中枢といった雰囲気の場所だ。
「ようこそ、駆逐艦8710号艦へ。私は艦長のステファンです。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
「こちらの政府との仲介をしていただいたようで、ありがとうございます。おかげで、我々の目的も早く達成できそうです。」
どうやら役には立ったようだ。確かにこんなに早く政府の中枢までつながることになるとは思わなかったけれど、無事交渉が開始されたようだ。
で、そのあと私は、交渉官と呼ばれる人と話をした。私がここにきた目的である、調理機械をはじめとする機器の製造権を獲得したいと申し出た。
「そういうことなら、我々の星のメーカー方に来てもらいましょう。どのみち、彼らもこの星の提携先を探さなくてはならないはずなので、すぐに話をしてくれると思いますよ。」
そう言って、交渉官との打ち合わせを終えた。
部屋を出ると、ロッシーニさんが待っていた。
「夕食、食べませんか?」
この人、ほんとに食べることが大好きなようだ。この間あった時も、まず食堂に誘われたし。
と言いつつも、長らく喋っていてお腹が空いた。その日はこの船にお泊りすることになっているし、ロッシーニさんと夕食を食べに行った。
ロッシーニさん、今度はピザを食べていた。くどいものばかり食べてる気がするが、大丈夫なのだろうか?そういう私もオムライスだ。あまり人のことは言えない。
「このピッツァ、美味しいですよ。食べてみます?」
ピザを一切れいただいたが、くせになりそうな味だ。確かに美味しい。今度はピザを食べてみようかな?
なお、ピッツァのことをピザというと文句を言ってくる。わりと肯定的でおおらかなのに、なぜそこはこだわる?
食事が終わると、部屋に案内された。が、私は結局ロッシーニさんのお部屋にお邪魔する。
「もう1週間も頑張ったんだよ!?相手してよ!」
「はははっ!私は宇宙人だよ!?いいのかい?」
「今さら何言ってんのよ!」
私はこの船に乗ると、どうかしてしまうようだ。会社では考えられない行動をしている。そのまま、ロッシーニさんのお部屋で一夜を明かす。
翌日は一旦自宅に戻る。私の住んでいるところは、この河川敷から歩いて20分ほどのワンルームマンションの一室。部屋で着替えて、再び外に出る。
今度は私がロッシーニさんを案内することになった。この街を一緒に巡るのだ。
駆逐艦の真下で待ち合わせ、一緒に商店街に向かって歩いた。
変な気分だ。私の隣にいるのは宇宙人。でもわりとイケメンで、とても宇宙人には見えない。
道行く人から見れば、どう見ても恋人同士。半ば強引に私が引っ張り込んだ形で付き合わせてしまったけれど、ロッシーニさんもまんざらではなさそうだ。
ロッシーニさん、家電屋の前で立ち止まる。どうやらテレビが気になるらしい。
「ええっ!?あの駆逐艦にあるやつと比べたら、全然劣った機械だよ!?」
「いやでも、このデザインが良くない?こんな面白い形のテレビなんて初めて。かっこいいよ、これ。」
なんでも肯定的だなあ。ロッシーニさんが絶賛しているのは、ブラウン管式の小型テレビ。画面は小さいけど、奥行きがある。駆逐艦のテレビなんて薄くて画面は大きい。でも宇宙人さんにはこの形のテレビが珍しいようだ。まさかこんなものが受けるなんて。
他にも街のあちこちに興味津々だ。どう見てもロッシーニさんの船にあるものより古臭くて不便なものばかりなのに、なぜかそういうものに惹かれるんだとか。変なの。
で、2人で歩いていたら、正面からどこかで見たことのある人が2人歩いてきた。
やばい、あれは同じ職場の女性社員だ。
だが、隠れるまもなく、見つかってしまった。
「あ、しょ…所長…」
あちらも、見てはならないものを見てしまったような顔で、こっちを見てくる。気まずいことになった。
が、ロッシーニさんがこの静寂を打ち破る。
「あっ!トワネットさんの職場の方ですか?」
「え、ええ、そうですよ。」
「私、地球295から参りました、ロッシーニと言います。階級は少尉。所長さんに街の中を案内していただいてるんですよ。」
「え!?ええっーっ!!」
私のことよりも、相手が宇宙人だということに驚いたようだ。
「あの、じゃあ、つまりあなたは宇宙人…さんですか?」
「そうですよ。140光年離れた星からやってきました。」
「でも、そのわりには格好も言葉も一緒なんですが…」
「ああ、あなた方がこの宇宙の共通語である統一語を使っている人なので、言葉が通じるんですよ。」
「ええっ!?私達、宇宙の共通語をしゃべっていたの!?」
「そうですよ、幸運でしたね。」
「所長!すごいですよ、これは!それにしても、この方とどこで知りあったんですか?」
まさか崖から飛び降りようとして、助けられたなんて言えない。山中にハイキング中、偶然出くわしたことにして、その後政府と宇宙人の仲介役をやっていたと、話をそらしておいた。
「所長!宇宙人の知りあいができたら、紹介して下さいね!」
そう言って、この2人は去っていった。多分、月曜日には彼女らによって、私は噂されることだろう。だが同時に、私が所長でないこともバレてしまう。なんと言われてしまうのだろうか?
「トワネットさん、あの料理屋、気になりませんか?」
彼が指差す方向にあったのは、ピザ屋だった。ああいう食べ物が本当に好きだなあ、この人。
ここのピザ屋は、いろいろな種類のピザがある。全部で30種類。1枚のピザに、最大4種類のピザをレイアウトできるのがここの売りだ。
で、ロッシーニさん、早速4種類ピザにチャレンジしていた。マッシュルームやほうれん草が乗った野菜ピザ、カニやエビをトッピングしたシーフードピザ、豚肉や牛肉中心のピザに、チーズとソーセージにガーリックをまぶした香辛料系のピザを作ってもらっていた。
ここのピザ屋の店員も、まさか目の前にいるのが宇宙人だとは気づいていないようだ。言葉も通じるし、文字は読めなくても、食材はだいたい指定できる。この人、好きな食べ物のためならば、どんな壁でも乗り越えそうだ。
さて、各々ピザが揃ったところで、早速食べ始める。
食べ始めた途端、ロッシーニさんから衝撃的な提案があった。
「ねえ、私と結婚しません?」
食べているピザを吹き出しそうになった。顔が一気にワインのように赤くなっていくのを感じた。
「ととと突然、なんてこというのよ!?」
「そお?別に私は唐突だと思ってないよ。」
「で、でもまだ出会って1週間、夜も2日だけ共にしただけなのよ!?」
「多けりゃいいってものじゃないでしょう。一目見てこの人と結婚するんだって思うことだって、あるっていうじゃない?」
「私はあなたより5歳も年上なのよ!?」
「140光年の距離に比べたら、たいした差じゃないさ。」
「いや、でもいいの?私のように口うるさい女、絶対後悔するわよ。」
「後悔しながら、一緒に暮らすさ。」
何を言ってもこの男、理由にならない理由で喝破してくる。
「…なんで、私なんかと一緒になろうって、思ったのよ。」
「私は軍人。この地上にいる人々を守ることが使命。」
「それはそうだけど、地上にいるのは私以外にも大勢いるわよ!?」
「そして私自身の使命は、私を頼り、私に心を開いてくださった、あなたを全力で守り抜くこと。そう感じたんですよ。」
なぜかこの言葉に、私は思わずジーンと来た。私は独り立ちして以来、誰かに頼ったことはない。はじめて頼った相手は、まさにロッシーニさんだ。
「で?トワネットさんはどうなの?」
「私は…」
少し考えた。彼は自分の使命がどうとか言ってるのに、私自身はまだ自分のことばかり考えているようだ。
職場に知られたらどうしようとか、結婚なんて大事なことをすぐに決めたらまずくないかとか、そういう考えばかりが脳内に去来する。
だが、答えは自ずと決まっているように思う。私みたいな出世の権化のような女と結婚したいだなんて、こんな変わった人、140光年探し回っても多分いないだろう。
「じゃあ…ロッシーニさん?自分のことばっかりで精一杯な私ですが…ご一緒させてください。」
自分でももっと気の利いた回答はないものかと思ったが、彼はそれで満足してくれた。
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あのプロポーズから、10ヶ月。
私はあのあと、駆逐艦に乗って宇宙に出た。戦艦に行きあちらの星の家電メーカーと話をして、料理機やあの薄いテレビなどのライセンス生産の権利を手に入れた。
すぐに工場の一部を改装して、この新たな製品の生産にこぎつけた。つい先月、第一弾として、自動調理ロボットを売り出す。
どちらかというと、飲食店が購入するケースが多く、家庭への普及は進んでいない。主婦が楽をするということに抵抗感を持っている人が多く、いいイメージを持たれていないようだ。
が、共働きの家庭が増えており、そういう層の人々には支持を頂いている。抵抗感が消えるのも、時間の問題だろう。
これを売り込む私自身が、この自動調理ロボットを使っている。
ちなみに、パエリアやドリア、そしてピザ…いやピッツァをよく作る。
気づけば、夫のロッシーニの大好物ばかりを作るための機械になってしまった。
最近は野菜を適当に買っておき、自動調理ロボットがうまくその野菜をピッツァに乗せてアレンジしてくれる。トマトやじゃがいも、ズッキーニなどのようなピッツァ向きの野菜以外に、カブやダイコン、ネギを使ったことがあるが、夫はピッツァになっていればなんでも食べてくれる。これで偏食が解消できる。便利な機械だ。
さて、あのプロポーズのその後だが、実はあの時、気になって様子を見に来ていた2人のあの女性社員によって聞かれていた。おかげで翌月曜日には、あっという間に社内に広まってしまったようだ。が、私は会社に現れずそのまま宇宙に出てしまったため、その辺りの事情を知らないままだった。それを知ったのは、2週間後にライセンス生産の契約を社長に報告するため会社に戻ったときだった。
「これからは奥さんとしての立場で、いい製品を探して来てほしい。」
そう社長から言われたとき、私はあのプロポーズが社長にさえバレているという事実を知ることになった。
事業部長のところへ行くときは大変な騒ぎだった。冷徹な女管理職だった私が、140光年もの遠くからやってきた宇宙人にプロポーズされてOKしたという、センセーショナル過ぎる出来事の張本人が現れたとあって、たくさんの人垣ができていた。
正直言って、恥ずかしいやら腹立たしいやらでこのまま帰りたいところだったが、そうもいかず事業部長野ところなんとかたどり着いた。
「やれやれ、なんだね、この騒ぎは!」
「はい、申し訳ありません。」
「いや、私は好きだがね。でもまさかこんな騒ぎを、君が起こすことになるとは…」
褒められてるのか呆れられてるのかわからないコメントを事業部長からいただいた。
ロッシーニは、この星の駐留艦隊に所属して、この星で資源開発のため動き回っている。
私と出会った結果、政府との交渉が成ったとして、その功績で中尉に昇進、来年には大尉になることが決まっている。
食生活はずぼらなくせに、それ以外では妙に生真面目だ。事あるごとに私を守るのが自分の使命だと言ったり、私が仕事で追い込まれていると、どんなに疲れていても、私のことをベッドで抱きしめてくれる。
私もいつか、ロッシーニのために何かできるようになりたい。でも、まだ当分は頼りっぱなしの日々が続きそうだ。




