落ち武者の姫君と瀬戸際参謀と成果主義な上司 4
翌朝になった。今日の任務は気が重い。事前交渉人としては、最悪の結末をもたらしてしまった。
よりによって、一目惚れした相手を交渉再開のための道具に使うという、最悪の結末をだ。
交渉官もパイロットも、私の気持ちを痛いほど分かっているだろう。だが、サナヤマ城内の合議で決まったこと。我々が口を出せる話ではない。
もしこれが首を差し出せという話だったら、連合軍規第53条の防衛条項に抵触するため、我々が拒否できる余地は大いにある。
だが、今回は人の生命の危機が伴わない。相手は、サンナリ殿とおタツさんの命を保証するといっている。
両方で合意が取れてしまった以上、我々は口出しできない。
サナヤマ城から哨戒機を発進させる。今度は、おタツさんを乗せて飛ぶ。
全くもって情けない話だ。何が宇宙艦隊だ。一万隻もの駆逐艦を有していながら、結局一人の幸せすら守れなかったじゃないか。そんなことを考えながら、私はおタツさんを迎える。
サナヤマの姫君が哨戒機に乗り込む。昨日は私を恫喝し、覚悟だなんだと叫んでいた姫ではあるが、機内に乗り込む時の顔を見ると、やはり不安でいっぱいのようだ。
いくら覚悟があると言っても、20そこそこの娘さんだ。人質というのは、要するにヒデヤスの側室にされてしまうことだそうだ。愛していない相手どころか、父親を殺そうとした相手と一緒にならねばならない。理不尽な話だ。
こんな運命、とてもじゃないがおタツさんのこの先の人生に明るい未来を見出せない。大事にはしてくれるだろうが、それでいいのだろうか?
そんなことを考えながら、哨戒機はとうとうヒデヤス殿本陣についてしまう。
昨日とはうって変わって、我々は陣幕の中にあっさりと迎え入れられた。
「サンナリが次女、タツと申す。父上の助命嘆願のため参上した。」
「ほぉ…お主があのサンナリの娘とはのぉ…噂には聞いておったが、なかなかのものよのぉ…」
完全にスケベおやじになっていやがる。このクソおやじめ。だが、悔しいけど我々にはどうすることもできない。
この時、私は人質というものの定義について考えていた。人質とは、つまり我々でいうところの捕虜のようなものだろうか。サンナリ殿が戦で負けて、その結果おタツさんは身柄を抑えられる。無理矢理解釈すれば、我々の法令上は捕虜と考えて良さそうだ。
いや、まてよ。そういえば、捕虜の扱いに関する条約って、なんだったっけ…
私は急に思い出す。
「ヒデヤス殿!」
ちょうどおタツさんが、ヒデヤス殿のところへと歩き出した、その時だった。私は叫んだ。
「なんじゃ!もう少し待っておれ!」
「我々との条約締結の前提として、人質をお渡しすることはできません。」
「な…なんじゃと!?」
ヒデヤス殿は、私の突然の発言に驚く。
「中尉殿!どういうことだ!?」
「交渉官殿、連合軍規 第75条をご存知ですか?」
連合法規 第75条。捕虜交換条約に関する規定が載せられた条項だ。
連合と連盟の間には、戦闘後に発生した捕虜を、中立星の地球075を経由して返還するという戦時条約がある。その条約に基づき、捕虜の扱いを決めているのが、この第75条だ。
拷問や暴力、人体実験など非人道的な扱いを行わない…そういう内容の条文だ。
が、ここで大事なのは、付帯条項である第2項だ。
そこには、『政治、軍事目的での自国内、自領域内での捕虜を取ることは、これを禁ず』と書かれている。
「あ!」
交渉官も気づいたようだ。私は、土壇場で思い出した。
簡単に言うと、自分の陣営内で捕虜を取ってはいけないということだ。
連合と連盟で捕虜に関する条約が結ばれたのは今から160年ほど前のこと。この頃は連合内の結束も甘く、しばしば連合内の星同士で内紛があったそうだ。
その状況下で付帯されたのがこの条項。今となっては形骸化した条項だが、これがこの際役に立つ。
政治的、軍事的な目的とあるから、まさにおタツさんはこの「捕虜」に該当することになる。自分の星の中でその捕虜を取るという行為は、まさにこの第75条第2項に抵触する行為だ。
私は、ヒデヤス殿に、この条文について説明した。当然、私に食ってかかる。
「それがどうしたんじゃ?わしはまだ、条約など結んどらんぞ!今のわしには無関係じゃ!」
「条約締結を前に、そのような事実を知った我々が、果たして条約締結に向けて動くとお思いですか?」
「そんなことは知らん!ならば、お主らと条約を締結せねば良いだけのこと。」
「では、我々は他の国の領主と条約を結ぶことになります。その結果、この国より早く交易や技術供与が行われる国が出ることになり、今後の主導権はその国が握ることになるかもしれません。たった一人の娘にこだわったあまり、この星の主導権を握りそこなった、そういう事態になりかねませんが、よろしいのですか?」
「う…うるさいぞ!お主!下っ端の分際でこのわしを愚弄するか!?」
「はっ!武官としての了見を超える発言、差し出がましいことを致しました!申し訳ありません!」
ああ、怒らせてしまった。でもなぜかすっきりした。これで交渉決裂するなら、このヒデヤスという人物はそれまでの人。なぜか、そう考える余裕が出てきた。
私の話を聞いて、しばらく考え込むヒデヤス殿。
「…分かった分かった!このおタツを、お主らに返す!」
ヒデヤス殿、ついに根負けして、おタツさんを諦めた。
「全く、雑兵の分際で、最後まで信念を貫きおって…」
「はい、我々は軍人です。最後の瞬間まで諦めません。」
睨みつけるヒデヤス殿。私は涼しい顔で答える。
「おい、お主…この女に惚れておろう。」
よほど悔しかったのか、まるで見透かしたように私に言ってくるヒデヤス殿。
「私は軍人。たった一人の命を守るために全力で戦うよう、訓練されております。それを実践したまでのことです。」
「ふん!つまらんな!もうちょっと本音を申せというに…」
私はやや不機嫌気味のヒデヤス殿に敬礼をし、おタツさんを連れてその場を去ろうとした。
「おい!待て!」
ヒデヤス殿に呼び止められる。
「お主とは、またいずれゆっくり話したい。お主ら軍人というものを、わしも知らねばならぬからな。」
「はい、喜んで伺います。」
再び敬礼し、陣幕を出た。
武官としての前交渉役は、ここで終わった。あとは交渉官殿の仕事だ。
「アルフレート殿!」
哨戒機の前で、おタツさんが叫ぶ。
「そなたに聞きたい。妾はあれほどお主のこと覚悟がないだの、信用できぬと申したのに、なにゆえ妾を手助けしたのだ!?」
「私は軍人ですから、当然のことをしたまでです。」
「ならば、妾はヒデヤス殿の元ではなく、お主の元へ行くことにする!父上を救ってくれた者に報いるのは当然のこと。だから…」
「おタツさん!」
私は少し強く叫ぶ。
「たとえ武将の娘であっても、だれかの意思や思惑に振り回される時代は終わったのです。たった今から、あなたの人生はあなた自身が決める時代となったのです。ご自分のお心に、素直になって下さい。」
私は一言、そう申し上げた。
するとこの姫君、また私の前に来た。
下から見上げるように、私の目をじっと見つめる。
「妾は、お主のことが信用できない!」
あら…また言ってきたよ、このセリフ。きついなあ、この人。
でも、目を背けて急に顔を赤らめて、続けてこう言った。
「…だが、それ以前にお主のことをよく知らぬ。だから、少し話さぬか?」
で結局、交渉官殿が戻るまでの間、哨戒機の中で、おタツさんと話をすることになった。
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そんな交渉をした日から、5ヶ月が経過した。
1か月ほどすると、この国にも宇宙港ができた。ヒデヤス殿のいる東方の街の横に作られたこの宇宙港、街も併設され、私は今そこで暮らしている。
そういえば、あの交渉の顛末だが、実は一つ、うっかりしていたことがあった。
それは、最高権力者のヒデヤス殿と交渉することを、上官であるグスタフ参謀長に報告し忘れていたのだ。
前日に、参謀長からサンナリさんとの交渉を批判されたことと、おタツさんにどぎつい一発を食らったショックを受けていた。2日目の交渉にしても、おタツさんを人質に連れて行くという憂鬱な状況で心が折れっぱなし。上官に報告することに気が回らなかった。
当然、参謀長は翌日になって、大慌てで私に詰め寄る。なぜ、そんな大事な話を私にしないのだ、と。
しかし、話したところでこの上官が付いてくるわけもなし。付いてこられても困ったことだろう。
あの交渉では、この国の最高権力者との接触、交渉権の獲得、しかもその際の非人道的な要求の排除という、私でも恐ろしいと感じるほど完璧な結果をもたらした。
この功績で、私は大尉に昇進。同時にこの上官のもとを離れ、地上での勤務が決まった。
なんと、ヒデヤス殿…あ、今は私の上司であるヒデヤス様のもとで、軍事顧問を務めることになったのだ。ヒデヤス様直々のご指名である。
ところで、私の上官であったグスタフ参謀長だが、私と離れた後、特になすべきこともなく、何も功績を残せないまま、この星を去った。結局毎日忙しいと言いながら作っていたあの大量の書類とやらは、いったい何だったのだろうか?
サンナリ殿だが、あの後のしばらく蟄居していたが、なんとあのヒデヤス殿からお呼びがかかって、再び表舞台に出る。
このサンナリ殿、武官としては凡庸だが、文官としては超一流。そこで、ヒデヤス様がその腕を見込んで復帰させたのだ。
我々の政治、経済、軍事の仕組みはかなり複雑だ。それに異なる文化が入り混じるこの星を一つにまとめるため、奔走しなくてはならない。これほどの大事業、一流クラスの文官がいなければ成り立たない。実際にこの星の他の国や、我々地球517の人々と交流するうちに、ヒデヤス様もなりふり構ってはいられなくなったようだ。かつて戦場で争ったもの同士、手を取り合わずにはいられない、それが宇宙時代というものだ。
実はこの2人が手を取り合えば、天下無双と巷では評されていた。それが実現し、まさに天下を取ろうとするほどの勢いで事が進んでいた。
ところで私は今、一人暮らしではない。
「おい!アルフレート殿!何をぐずぐずしておる!」
この妙な喋り方をするのは、あのおタツさんだ。
お城の姫君から、宇宙港の街の一角にある2階建住宅の奥方になった。
4か月ほど前に宇宙港が作られることが決まり、私はヒデヤス様についていくことが決まった。その時、おタツさんはなんと私についていくと言い出したのだ。
「これからは、自分で決める時代なのだろう?だから私は、お主のついていくと決めた。文句はなかろう。」
といって、私について来ることになった。
で、大急ぎで婚礼の儀を行い、私の妻になってしまったのだ。
ところが、ついてきたのはいいけれど、相変わらず私にはきつい。かと思いきや、私にべったりなところもある。よくわからない人だ。
つい5ヶ月前まで命を投げ出す覚悟がどうのと言っていたが、今はカジュアルな服装でスマホをいじり、ショッピングモールに買い物に出かけるような、すっかり今どきの奥さんである。
武将の娘といっても、中身は20歳の娘。流行には敏感だし、甘いものには目がない。
無論、顔は可愛い。長くさらさらとした黒い髪や透き通った肌は、さらに磨きがかかってきた。おかげで、今でも見つめられるとどきっとする。
しかし、この喋り方だけはどうにかならないだろうか?
「おい!また他の女子を見ておったのか!?不埒なやつじゃ!」
どうも、旦那を信用できないのだろうか?私はよく罵られる。
「…妾だけを見ていれば、それでよい…」
一種のツンデレなのだろうな、この性格。おかげで私は、毎日緊張と恋慕を繰り返す、飽きない生活を続けている。