落ち武者の姫君と瀬戸際参謀と成果主義な上司 3
「元気出しなよ、中尉殿。あんな雲の上のお方に恋などしても、所詮はかなわぬ恋でしょうが。」
「いや、まあ…そうですけどね…交渉官殿。でも、面と向かって言われると…」
その夜、夜襲は行われなかった。時折、哨戒機を飛ばして牽制したこともあるが、特に動きもなく夜が明ける。
しかし、私の心は晴れないまま。まるで一晩使い続けたスマホのバッテリーのように、私の心はすっからかんになってしまっていた。
「…交渉官殿…私はいったい、何のために今戦ってるんですかね?」
「おいおい、武官がその調子では困るよ?これから大事な交渉があるんだから。」
その大事なイベントとは、外の軍勢の本陣に直接乗り込むというものである。
交渉官殿に直接立案して、交渉官殿から艦隊司令に挙げてもらって了承を得られた作戦である。
ちなみに上官であるわが参謀長殿は、この作戦に取り合わず、またいつものよくわからない書類作成に没頭していた。
しかしこの作戦、おタツさんに振られる前のやる気のある時に作ったものだった。
今の私には、心が折れすぎてとても辛い。
が、なんとかそれから1時間ほど落ち込んだ末に、私は気をとりなおして、その本陣への直接交渉に向かうことにした。
考えてみれば、元々失うものなどなかったのだ。私はあのとき、おタツさんなどと言う人物には会わなかった。そういうことにすれば、別に何も問題はない。
お城の人を救うのが、軍人としての使命。これを果たすことが、私の今の最重要課題。だから私は交渉に向かう。
そう考え直し、私は哨戒機に乗り込んだ。
「キューブ1よりビットブルガーへ、これより城外軍本陣に向けて発進します。」
「ビットブルガーよりキューブ1へ、発進了解、健闘を祈る。」
城兵に見守られながら、我々の哨戒機は発進した。向かうは我々が「城外軍」と呼称する、この城を囲む軍勢の本陣だ。
城外軍の本陣の位置は、実にわかりやすい。城の南側に展開する大軍の奥に、ひときわ大きな陣幕で囲まれた場所がある。旗が何本も掲げられており、ここを攻める軍勢の総大将がここにいるのは明白だった。
我々の哨戒機は、その本陣に向かう。
高度50メートルの低空飛行で、速力50キロ程度でゆっくりと飛ぶ哨戒機。下の兵士は何事が起こるのかと、不安そうにこちらを見上げている。
考えてみれば、空を自由に飛び回る我々は、奇妙を通り越して不気味な存在だろう。
で、本陣の前に着陸を試みる。兵士が走り寄ってくるが、我々の機体がお構いなしに高度を下げていくと、さすがに恐れをなして離れた。
哨戒機は着地した。ゆっくりとハッチを開ける。周りには、ずらりと槍を構えた兵士で囲まれている。
「私は上空に待機する船から来た使節のものだ。この軍勢の総大将にお会いしたい。」
兵士は槍を抱えたまま動かない。私の問いに応えるものもなく、しばらく静かな時が過ぎる。
が、その静寂を破るかのように、応答があった。
奥から、立派な甲冑とカブトを身につけたサムライが現れたのだ。
「使節と申すか、何用じゃ!」
「総大将殿に話がある!」
「何を申し上げるつもりか!?申してみよ!」
「それは、直接お話ししたい!」
「では取り次げぬ。どこのやつかも分からぬものを、簡単にお通しするわけにはいかない!」
どうやら総大将の参謀役のようだが、そんな身分のものと話しても埒が明かない。何としてでもトップの人間と会見してやる。
「では、我々の駆逐艦がここの軍勢へ攻撃してもよろしいか!」
「何!?」
「今ここにある哨戒機でさえ、この本陣を吹き飛ばすことは簡単だ。その威力、昨日の城攻めの際にご覧いただいたことと思う。それをさらに大きくした兵器が、今あなた方の軍勢に向けられていることをお忘れか!」
「わ、分かった。しばし待たれよ!」
その参謀役らしきサムライは、大急ぎで陣幕の中に入っていった。
気が付けば、私はかなり脅し文句を使っている。やはり昨日のあの失恋ショックで、少しやけになってしまってるようだ。でもいまさら引き返せない。
「ヒデヤス様がお会いになられる!参られよ!」
ヒデヤス?どこかで聞いたことのある名前だ。確か、サンナリ殿がその名を口にしていた。もしかして、東軍の総大将だったというお方か?
私はクリストフ交渉官ともに、陣幕の奥に入っていった。
ずらりと並んで座る武将の列の奥に、ひときわ大きな座が設けられていた。そこに座る人物、どうやらこれが総大将のヒデヤスという人物のようだ。
こんな小さな城を攻めている相手だから、てっきり格下の指揮官が総大将を務めているとふんでいたのだが、まさか本当の東軍の総大将が出てくるとは思っていなかった。
なんということか、私はここで行われた計8万もの軍勢を動かした両軍の総大将と面会したことになる。
今更引き下がれない。私は敬礼した。
「お初にお目にかかります。私は地球517 遠征艦隊 駆逐艦5070号艦所属の作戦参謀、アルフレートと申します。お会いできて光栄です。」
「なんだ、総大将に会わせろと言ってきたやつは、ただの下っ端ではないか。どの面下げてわしに会わせろなどと申すのか!」
いきなり不機嫌モードだ。まあ、仕方がない。あれだけ恫喝して無理やり会見を実現したのだ。相手の気持ちも分からぬわけではない。
「お主!分かっておるのか!こちらはいずれ天下を手に入れるお方!お前ごとき雑兵が会ってよい方ではないのだぞ!」
ある武将が私に向かって叫んできた。いきなり雑兵呼ばわりとは、これでも私は士官だぞ。この一言で、私は無性に彼らをやり込めたくなった。
「私がこれからお話しすることは、あなた方の言う天下よりも、さらに壮大な規模のお話です。お聞きになりませんか?」
こう言い放つと、急に武将の顔色が変わった。天下よりも壮大なもの、私の言ったこの言葉に、全く想像がつかないといった顔だ。
私と関わることは、その後この星全体に関わることになる交渉への第一歩であるわけだから、別に嘘は言っていない。
「面白いことをぬかす奴だ。天下よりも大きなもの、それは海の向こうにあるという大国でも手に入れる術を、お主のような若造が、わしに教えてくれるとでも言うのか?」
このヒデヤス殿の言葉に、武将たちが笑う。
「いえ、そんな話ではありません。この星全体に及ぶ話ですよ。」
「星?なんじゃ?星とは。」
で、ここで私と交渉官は、いつもの話を行う。この星の姿に我々のいる1万4千光年の宇宙のこと、連合、連盟といった2つの陣営の争いのこと、外の勢力に対抗するためには、この星が一つにまとまる必要があるということ。
それに伴って、交易による莫大な利益、今空中に浮かぶ駆逐艦の建造技術と運用、途方もない技術や知識がもたらされるという話をした。
「…つまり、こんな小さな城を攻めている場合ではないと、お主は言うのだな?」
「そうです。我々がここにきてしまった以上、この先、この星は一つになる必要があります。」
「では、どうすればよいか?」
「私は軍人です。政治的なことは申し上げられませんが、一般的にはその星で最初に条約を結んだ指導者が、主導権を握りやすいという傾向はあるようです。」
「つまり、今わしがここでお主らと手を組めば、この星の天下を握るも同然、といいたいのか?」
「そのようなものだとお考えいただきたい。」
「ふむ、悪い話ではないな。」
いい感じに乗ってきたぞ、このヒデヤス殿。
「よし!お主らの話に乗ってやる!」
「はい、ありがとうございます。」
「だが、一つだけ条件がある。」
「はい?」
「このサナヤマの城にこもるサンナリとか言う武将の首を、差し出すのが条件じゃ。」
「ええっ!?そ、それは…」
「出来ぬと申すか!?」
「我々軍人は、たった一人の命でも守る義務があります。その要求にはこたえられません!」
「長い年月の風雪にも耐える建物でも、爪先ほどの大きさのシロアリによって倒れてしまうことがあるという。大事の前の小事を放置するわけにはいかぬ。わしがこの星に天下を築くのに、家の中にシロアリがいては困るのじゃ。なればこそ、わしが直々にサナヤマなどというちんけな城を攻めておるのじゃ。分かるか?」
「し、しかし…」
「命を奪うのが反対だというのなら、人質を差し出すのでもよい。ともかく、大黒柱を食い荒らすものがいなくなれば、わしはどちらでもよいのじゃて。」
なるほど、なぜこんな小さな城攻めに、わざわざ天下人を目指す人物が総大将を務めているのか。
ほんのわずかなほころびでも残せば、自分の作り上げる体制があっという間に崩壊すると思っているのだろう。
だが、我々のもたらす世界はそんな単純なものではない。これからは、多様性を認め、反対意見であっても自由に言える世界となるのだ。そうでなければ、異なる文化の国々をまとめることなんてできない。
しかし、結局このヒデヤスという人物に、その概念を植え付けることはできなかった。私は一日時間をもらって、いったん引き返す。
哨戒機に乗り、サナヤマ城に向かう。
昨日からの自分を振り返ると、上官には失望され、一目惚れした相手にはいきなり罵られ、意を決して飛び込んだ大軍の総大将の説得には失敗した。
まだ終わったわけではない、そうクリストフ交渉官は私を慰めるが、さすがに心が折れた。
サナヤマ城につく。サンナリ殿が直々に迎えてくれた。
「おお!アルフレート殿!どうであったか!」
「は、はい。その…」
「立ち話もなんだ、広間に参れ。」
この人には、なぜか信頼されているんだよなぁ。私に温かく接してくれる偉い人は、この敗軍の将だけだ。
もし我々がここに出現せず、この方が戦で死んでしまっていたなら、おそらく後世の歴史家は正規の悪人としてこの人のことを書き立てたことだろう。歴史とは、勝者の歴史だ。敗者には冷たい。でも、私が見る限り人として最もまともなのは、敗者であるこのサンナリ殿だ。
城の広間で、私は本陣への飛び込み交渉の経緯を話す。大将であるヒデヤスという人物と会見し、我々との条約締結までこぎつけそうだというところまで来たことは話した。
だが、この城の中の人々の生命の保証までは取りつけられなかった。そこで交渉はいったん終了。また明日に持ち越すことになったと話した。
「なるほど。そうであったか。」
「はい、ですが、明日には必ず…」
「なあ、アルフレート殿よ。単刀直入に聞く。」
「は、はい。」
「ヒデヤスのやつ、わしの首を持って来いと言ったのであろう?」
思わずびくっとなった。図星だ。なんでそんなことわかったのだろうか?
「その顔色を見る限り、やはりそう言われたようだな。」
「い、いえ、命のやり取りを行うわけには参りません!それだけは飲めないと我々は申し上げました!」
「では、その代わりとして、今度は人質を要求されたのではないのか?」
この国の習わしなのだろうか?これも大当たりだ。まるで私の会見を見透かしたようなサンナリ殿の洞察力。恐れ入る。
「さて、この際わしの首でも良いのだが、どうしたものか…」
「父上。その人質の役目、私が参ります。」
突然、声を上げるものがいた。おタツさんだ。
「人質といえば、古より女子の務め。ヒデヤスのところへ、妾が参ります。」
「いや、ダメでしょう!おタツさんが人質なんて…」
「お主は少し、黙っておれ!」
また私は、おタツさんから怒鳴られる。
「申し訳ござらぬが、ここはお主のような覚悟のない者が生きていける所ではない。お主が信用できぬといったのは、お主からはその覚悟が感じられないからだ。」
覚悟、そりゃ私だって軍人だ。命を賭ける覚悟はある。でもそれは易々と人質に行くことではないし、命を捨てることではない。みっともないくらいに命にこだわり続け、最後まで任務を全うする。駆逐艦の砲撃戦で、たとえ数倍の敵に対した場合でも、どうやって生き残るかを考え、実行する。戦争目的を果たしつつも、一人でも多くの人を生き延びさせる作戦を立案する。それが、私が軍大学で学んだ「覚悟」だ。
だが、それを今この世界の人に伝える自信がない。なにせ昨日からほぼ全戦全敗だ。
結局、明日の朝、おタツさんがヒデヤスの本陣に行くことで、城の意思は決してしまった。




