落ち武者の姫君と瀬戸際参謀と成果主義な上司 2
交渉官は駆逐艦に連絡する。
「私だ!クリストフだ!これより交渉官権限により、駆逐艦5061号艦から5070号艦の10隻の出動を要請する!場所は…」
交渉官が駆逐艦の出動を要請している間に、私はサンナリ殿に尋ねる。
「総大将であらせられるサンナリ殿に、お聞きしたいことがあります。」
「なんじゃ?」
「ええと、つまりですね…単刀直入に伺います。お城の方々をお救いしたいですか?」
「当たり前だ、救えるものなら救いたい。ぜひ助けて欲しい。だが、そんなことができるのか!?」
「うまくやれば、大丈夫です。では、我々は救援要請を受けて、これより防衛規範に則り、防衛行動を発動します。」
口頭ではあるが、一応救援要請を頂いた。証人はクリストフ交渉官にコルト少尉。これで我々の軍事行動を正当化できる。
さて、私は兵の配置と、城の周囲を見た。
このお城は小高い丘の上にある。南側は平地で、城門があるだけだ。
丘の周りをぐるりと堀が囲んでいる。が、城の南側は城門が一重あるだけで、簡単に乗り越えられそうだ。
逆に言えば、この城門付近さえ守れば、駆逐艦が到着するまでは持ちこたえられそうだ。駆逐艦が10隻集まれば強固な守りができるが、今はこの哨戒機一機だけで守らねばならない。私はすぐに行動を起こした。
「コルト少尉!この機体で、あの城門の前へ行って欲しい。」
「は?城門の前ですか?」
「そうだ!そこで高度10まで下げてくれ!」
私の指示に、サンナリ殿が質問する。
「何をするつもりだ!?」
「時間稼ぎです。ここは城門のある南側が弱点で、あの軍勢はこの城門をめがけて兵力を投入してくるはず。そこで進軍を止めることができれば、我々の増援が来るまでの時間が稼げます。」
「だが、どうするのだ!?この哨戒機とやらで、あれだけの軍勢を止められるのか!?」
「まあ、見ててください。」
徐々に高度を下げる哨戒機。一方であちらも空を舞う我々を見つけて動揺はしているようだが、進軍をやめようとはしない。
「高度10!城門前に到達!」
「威嚇射撃を行う!ビーム砲発射用意!1バルブ装填!目標、先行部隊手前!」
「了解!1バルブ装填!攻撃準備よし!」
「よーし、撃てっ!!」
ダァーンという腹に響く音と共に、青白いビームが発射された。
哨戒機についているビーム砲は小型ながらも、数百の軍勢を止める程度の威力はある。場所を限定すれば、この状況でも足止めくらいはできる。
その哨戒機のビーム砲は、この城門目指して歩いてくる軍勢の前に着脱した。ものすごい爆発が起こり、着弾ポイントで土柱が立つ。
「第2射装填!」
「えっ!?まだ撃つんですか!?」
「復唱はどうした!?」
「は…はい!第2射装填!」
「目標、先ほどの着弾点のやや右寄り!発射用意!」
「ビーム砲、装填完了!」
「よーし!撃てっ!!」
第2射も同様に土柱を立てる。あまりの破壊力に、軍勢の動きは止まった。
クリストフ交渉官が私に聞く。
「なぜ、第2射を!?」
「1発だけでは、本気ではないと悟られると思ったからですよ。これで、駆逐艦到着までは持ちこたえるはずです。」
「なるほど、さすがは作戦参謀殿。」
あちらの軍勢は後退していく。彼らは、いきなり雷のようなものを放ったこの哨戒機をじっと見ているようだ。
それから15分して、駆逐艦10隻が到着。サナヤマ城を囲んだ。
ここでようやく城の守備を駆逐艦に任せて、城の中に哨戒機を着陸させることができた。
城の中は大騒ぎ。さっき城門の前でビーム砲を撃った機体が、突然こっちに向かってくるのだから、そりゃ驚くだろう。
城内の程よく広い場所に降り立つ。周りは城兵に囲まれた。
「な、何者か!?」
城兵の上官クラスの人だろうか?こっちに向かって叫んだ。
哨戒機のハッチを開けた。周りの城兵は、一斉に槍を構えた。
「兄上!」
サンナリ殿が叫ぶ。
「…サンナリか!?」
その上官級のサムライも応える。
「兄上!生きてサナヤマに帰ってきましたぞ!」
「おお!サンナリだ!なんと、生きておったのか!」
あの2人、兄弟だったのね。城兵は警戒を解いて、サンナリ殿を迎え入れる。
「それにしてもサンナリ、なんじゃ?この妙なものは?」
「いや、わしにも分からぬ。分からぬが、この先の山林で、わしが襲われたところを助けてくれた。」
「この周りに現れた大きな岩のようなものも、奴らの仲間か?」
「さよう。ともかく、わしらを手助けしてくれるとのことだ。」
「大丈夫なのか!?かようなもの、わしは見たことがないが、信用してよいものなのか?」
「兄上、わしにもわかりませぬが、裏切ることはなさそうな者のようです。ここは信じてみるより他ありませぬ。」
私はハッチから出て、この2人の会話を聞いていた。
まだ我々は、外の軍勢の進軍を止めただけだ。再び動き出すのを牽制できるのか?どうやって外の軍勢を説得し帰らせるか?問題は山積みだ。
「おい!アルフレート殿、ここに参れ!」
「は、はい!」
「兄上、この者が敵兵を足止めしてくれたのだ。なんでも…なんと言ったか、星の世界より参ったそうだ。」
「アルフレートと申します。地球517 遠征艦隊所属の駆逐艦5070号艦で、作戦参謀をしている者です。」
「おお…なんと申した?あーす517?くちくかん?なんじゃ?それは。」
「はい、ええと…少し説明にお付き合い頂けますか?」
私と交渉官の2人は城内に通された。広間にて、我々のことを話す。
まず、我々が190光年彼方からやってきたこと、宇宙に二つの陣営があって、両者の争いの歴史と勢力拡大の争いが行われていること、その上で、我々の目的は、この星のすべての国との条約締結と交易を行うことを述べた。
「…ということなので、地上で戦争などしている場合ではないんです。このため、我々はあなた方を全力で守っているのです。」
「ふむ、なるほど。お主の話は分かったが、それは外のヒデヤスが軍勢と交渉された方がいいのでは?我らはあの者に敗れ、城も落城寸前。我らを守るより、ヒデヤスへ我らの首を渡した方が手っ取り早くことが進むであろう。」
「いえ!ダメです!我々の目の届く限り、誰の命であっても、例外なく救うというのが、我々軍人の使命なんです!」
「そういうものか。面白い者たちであるな、お主らは。でもおかげで、我らは今もまだ生きておる。お主らがいなければ、その新しい時代とやらを知ることもなかったであろうな。」
「知るだけではありません。私の役目は、サンナリ殿やその一族に、この先の時代に触れていただくこと。かなうなら、作っていただくことです。」
「そうか、では、わしもしぶとく生きることにいたそう。この首を切って落とされる瞬間まで、わしはそなたを信じて生きることにいたす。」
「はい、ありがとうございます。」
「…おや?何をしておる、おタツよ。」
柱の影に誰かいる。
「…父上、あの、おタツは父上にお会いしたくて参ったのですが、何やら難しい話をされていたようなので、つい…」
「よい、今終わった。ここへ参れ。」
その人は、サンナリ殿のこの言葉に促されて、我々の前に出てきた。
流れるようなストレートな黒い艶やかな髪が目に飛び込んだ。顔から首筋にかけて、白く透き通るような肌が垣間見える。小柄だが均整の取れたその姿は、この血なまぐさい戦場のただ中にいることを忘れさせてくれる、おタツさんとは、そんな人だった。
要するに、一目惚れをしてしまった。私の好みにジャストミートだ。私はすっかり声を失う。
「アルフレート殿!」
クリストフ交渉官の呼び声で我に返る。
「…あ、申し訳ありません。あの、つい我を忘れてしまって。」
「いかがなさいましたか?」
「あ、いや、なんでもないです!では、私は上官に報告するため、一旦船に戻ります!では…」
思わず私は、逃げるようにしておタツさんの前から立ち去る。
「…もしかしてアルフレート殿?あのおタツさんという方を…」
「あーっ!交渉官殿!その話はこの戦場を何とかしてからにいたしませんか?」
思わず照れ隠しをする私を、クリストフ交渉官殿はにやにやしながら見ている。
哨戒機に乗り、再び駆逐艦に戻った私は、早速参謀長にこの一連の行動を報告した。
が、参謀長は酷く不機嫌だ。
「おい!なぜ敗軍の将なのだ!?私は実力者との接触をせよと命令したはずだ!」
先ほどまでの淡い恋心はどこへやら。この胸糞悪い上官が、すべて吹き飛ばしてくれた。
「ですが、交渉官殿も同席の上で行った防衛行動です。今さら引けないでしょう!?」
「あーっ!もういい!全く使えん奴だ…」
グスタフ参謀長は、私に退席するように言う。
刀を向けられるわ、人相手に発砲するわ、数百人の城兵を守るために哨戒機で威嚇射撃を行って、なんとか軍勢を足止めできたというのに、ねぎらいの言葉一つもない。最悪だ。
サンナリ殿は敗軍の将ながら、さすがは総大将を務めるだけの人物であると感じた。この総大将から見れば、我が上官はあまりに狭量すぎる。
ムカムカしながら艦内の廊下を歩いていると、クリストフ交渉官が来た。
「どうした?アルフレート中尉殿。なにやら機嫌が悪いな。」
「いえ、ちょっと上官とぶつかっただけですよ。あーっ!全くもう!」
「敗軍の将と絡んだことが、お気に召さなかったとでも言われたんですか?いいじゃないですか、あなたは宇宙艦隊の軍人として、きわめて常識的で正しい行動をとっているんです。何もしない中間管理職などほっといて、今の状況を解決して見せましょう。」
「…そうですね、サンナリ殿のためにも、おタツさんのためにも…」
「このごたごたが終わったら、おタツさんを戦艦の街にでも誘ってはいかがですかな?」
「…お、終わったら、考えます…」
ああそうだ、上官ごときのためにやってるんじゃない。私はこの城にいる人々の生命を守るため、行動しているんだ。
今のところ、外の軍勢に動きはない。陽も傾き始め、夕方になりつつある。
こういう戦場の常だが、夜襲を仕掛けてくる恐れは十分にある。
夜陰にまみれて、城に忍び込もうという可能性は高い。
もっとも、我々には夜襲など不可能だ。赤外線カメラでその行動は丸見えだ。だが、夜襲された場合の対処法を考えておかないといけない。
こういう仕事こそ、参謀長が行うものだが、いったい何が忙しいのか、すべて私任せ、丸投げ状態だ。
いろいろ考えて、私は再びサナヤマ城に向かう。
先ほどと同様に、哨戒機で城内の広場に降下した。そばにいた城兵に頼んで、サンナリ殿にお目通りを願う。
で、夜襲に対する備えの案を提示する。基本的には、夜襲が行われた場合は駆逐艦による未臨界砲撃を行う。ただそれだけだが、一隻でも雷の10倍以上の音と光が放たれる。これでひるまないこの星の兵士がいたら、ぜひお会いしたいものだ。
という報告をしていたそばで、またおタツさんが現れた。
「なんじゃ?おタツ。もう休んでおれ。今宵は戦があるやもしれん。休めるうちに休んでおけ。」
サンナリ殿の言葉を聞いているのかいないのか、おタツさんは私の方にやってくる。
突然の来訪に、突然の急接近。私の心拍は、否応なしに跳ね上がる。
そして、彼女は私の前に来た。
彼女は私の口元くらいの背丈。私の方を見上げて、じーっと見つめてきた。
そして、彼女はこう言い放った。
「父上!妾はこの男、どうにも信用できませぬ!」
この一言で察した。私はいきなり、おタツ姫に振られたことを悟った。




