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望遠鏡と宇宙船と星雲 4

戦艦へ到着する前に、エリックさんが現れた。


「サオリさん、行きましょうか?」

「はい、お願いします。」


エリックさんに連れられて、私は駆逐艦の下に向かう。


ちょうどエレベーターに乗ろうかと思ったその時だった。ガシャンという大きな音がした。


「ああ、着いたみたいですね。」


あれは戦艦内にあるドックに接続する音だという。すぐに通路が伸びてきて、この駆逐艦とつながるらしい。


その通路の接続を待っていた。ふと前を見ると、シオリの姿を見つけた。


声をかけようかと思ったが、隣の男の人と仲良くしゃべっている。あまりにも意気投合しているようだったので、話しかけるのをやめた。もしかして、あれがマーティンさんなのだろうか。後で聞いてみよう。


戦艦の中に入ると、なんだかだだっ広い場所に出た。その奥には駅があるそうだ。


あまりに大きいので、この戦艦の中には電車が走っている。これを使って街のあるところまで移動する。


私達の船だけではないみたいで、すでに電車の中にはたくさんの人が乗っていた。私とエリックさんはやってきた電車に乗り込んだ。


ちょっと窮屈だったけど、2駅ほどで目的の街についた。


駅を降りると、そこは別世界だった。


狭いところに、たくさんのお店を詰め込んだような雰囲気の街。でも表の看板には動く絵が映っているし、服や雑貨など、見たこともないようなものがいっぱい売られている。


何よりも衝撃的だったのは、食べ物屋だ。


私の町は、戦争開始直後からとても食料事情が悪い。


戦争が終わって3年経つというのに、未だに食べ物を手に入れるのが大変だ。


でも、ここは本当にいろいろな食べ物がある。私の星では贅沢なまでのステーキ肉や、見たことのない色をした食べ物まである。


「ちょっとお昼には早いですが…何か食べていきます?」


あまりに食べ物屋ばかり見るものだから、エリックさんが声をかけてくれた。


2人が入ったお店は、オムライスのお店だった。


駆逐艦に来てからというもの、私はオムライスばかりを食べている。


でもここのオムライスはなんだかちょっとおしゃれ。つい気になったので、このお店に行くことにした。


「サオリさん、オムライス大好きですね。」

「はい、なんていうんでしょう、このふわっとしたタマゴがとても好きなんです。」


2人でオムライスを食べる。やはり駆逐艦のものとは比べ物にならないほど、こちらは美味しい。


ところでエリックさん、オムライスにありえないほどケチャップをかけている。


前々から思っていたが、エリックさんはケチャップが大好きだ。


駆逐艦の食堂でも、とにかくたくさんケチャップをかける。オムライスにカレー、ハンバーグなど、あらゆる食べ物にこれでもかというくらいかけて食べている。うどんにもかけていたのを見たが、さすがの私もうどんにケチャップはドン引きした。


だから、接吻をするといつもケチャップ臭い。でも、最近はそれがだんだん快感になってきて、私も気が付いたら最近はケチャップが多めになってきた。


でも、体に悪くないんだろうか?そんなにかけて。心配になるほどケチャップをかけるエリックさん。


そんなケチャップ三昧なエリックさんとの食事が終わり、映画に行くことになった。


ここにも映画があることに驚きだが、中を見てさらに驚いた。


まず、色付きだ。音も館内のあちこちから聞こえてきて臨場感たっぷりだ。おまけに映像は飛び出してくる。


私が見たのは、主人公が突然、別の世界に飛ばされて、そこで英雄になるという話だった。


見ているこっちも別世界に飛ばされてきたばかりで、まるで主人公の気分だった。


この映画館では、ポップコーンというものを食べるのが一般的だそうだ。私もエリックさんから頂いたが、相変わらずケチャップがかかっている。


映画の後は、本屋だ。エリックさんは私なら本屋がいいだろうと連れてきてくれた。


そういうものだろうか?と私は本屋に来たが、そこで衝撃的な本に出会う。


「最新宇宙論」と書かれたその本。文字よりも、絵を使ってわかりやすく解説してくれる本だったのだが、まさに私が知りたかったことがたくさん書かれている。


宇宙の始まり、今の宇宙の膨張から導き出される宇宙の未来のこと、そして宇宙の大きさについての考察など、文字が分からなくてもある程度理解できてしまう、そんな本だった。


これの電子書籍リーダー版というのがあって、そっちは動画で解説されている。


これは、教授の宿題に十分すぎるほど答えてくれる書籍だ。


こんな凄い本なのに、一冊10ドルしかしない。思わず私は2冊買ってしまった。


他にも星雲に関する本や、銀河のこと、恒星のことが書かれた本をいくつか見つけてしまった。


ここは宇宙の片隅の、戦艦の中の小さな街の本屋さん。そんなところに、これだけの情報がまるで普通の小説と同じように置かれている。


宇宙というのは、この人たちにとっては身近なの存在なのだ。そう感じた。


私達の星では宇宙に関心がない。宇宙などいけるはずのない場所だからだ。だが、宇宙が日常的に存在する人々にとっては、宇宙への関心は高いのだろう。でなければ、本屋などで気楽に手に入れられる知識ではない。


思わず私は何冊も買おうとしていた。するとエリックさん、いいものを教えてくれた。


まず電気屋に行く。そこで、私用のスマホを買う。エリックさんと同じ400ドルくらいのものを選ぶ。


そのあと本屋に戻り、宇宙論のパック書籍というものを購入。


なんと、70冊で300ドルという価格で手に入った。これをさっき購入したスマホに転送してもらう。こうして、この本屋にあるすべての宇宙関連の本をすべて手に入れてしまったのだ。


私はスマホだけでなく、宇宙の最新の理論まで手に入れることになった。エリックさんに感謝する。


その後、スイーツのお店に行って、パフェという食べ物を食べた。食べ物にはあるまじき色をしていたが、食べるとこれが甘くて美味しい。いったい、宇宙人はどうやってこんな味を作り出して来たのだろう?


こうして、私には衝撃的な戦艦の街訪問は終わった。


エリックさんとはあまりデート気分を楽しめなかったけれど、私には充実した訪問だった。


駆逐艦に戻ると、私は手に入れた書籍を読み始めた。


そんな私に、エリックさんは優しく付き添ってくれる。時々意味の分からない言葉が出てくるけど、検索して調べてくれて私に教えてくれる。


そんなエリックさんだから、私もつい好きになってしまったのかもしれない。今夜は私の部屋で、あのケチャップ臭い口づけをかわすことになった。


そして、翌日。


ついにこの日がやってきた。


あのエリス星雲が見られる日だ。


私は朝からうきうきしていた。同じベッドに寝ているエリックさんを叩き起こし、朝6時から身支度を始めてしまう。


「今日の14時だよ、星雲につくのは。今から張り切ってて大丈夫?」


エリックさんに心配されたが、私の元気は昼まで衰えることはなかった。


エリックさんが、艦橋への立ち入り許可をもらっておいてくれた。私とシオリ、そしてエリックさんとマーティンさんの4人が特別に艦橋に入った。


ところで昨日、シオリにマーティンさんのことを問い詰めた。


「やけになれなれしかったけど、本当に昨日会ったばかりなの?それに、朝部屋にこそこそ戻ってくるところ、私見たわよ。」


という私の問いに、


「いやあ…実はね、この駆逐艦に乗ったその日に、私がマーティンさんを誘ったの。」


なんでも、私とエリックさんを見ていたら、急にこの艦内の誰かと話したくなって、食堂で一人食べていたマーティンさんに話しかけたそうだ。


そこで妙に意気投合した2人、そのままマーティンさんのベッドに行ってしまったらしい。


「でもさ、戦艦の街で一緒に歩いて、ますますこの人が好きになっちゃって。私どうしよう。」


シオリはこうだと思ったらひたすらその方向に突っ走る性格だ。どうしようなどと言っているが、多分このマーティンさんをものにするまであきらめないと思う。


そんなマーティンさんも貴族出身だそうだ。こちらも男爵で、三男らしい。


そんなエリックさんとマーティンさんに見守られて、私達は星雲に向けたワープに立ち会うことになった。


「ワームホール帯まであと3分。最終確認。機関よし!レーダーよし!各部異常なし!」

「小隊旗艦より入電、全艦ワープ準備よし!秒読みに入る!」


300隻がいっぺんにワープする。これまでも5回ワープしているそうだが、立ち会うのは初めてだ。


「ワープまであと5、4、3、2、1…ワームホール帯突入!」


急に星々が消えて、真っ暗になった。まるでトンネルに入ったような、そんな状態になった。


そして数秒経って、急に窓の外が眩しくなった。


だんだん目が慣れてくる。そこには、私がずっと見たい光景が広がっていた。


エリス星雲だ。桃色と緑のガスがはっきりと見える。


エリックさんに以前もらった写真にあった通りの星雲だ。でも、実際に見るとその壮大さがわかる。とても大きい。


この大きな駆逐艦も、さらに大きな戦艦も、この星雲の前では大海の中の砂の一粒に過ぎないほどの存在だ。あまりの大きさに、私は言葉を失った。


奥には5つの青白い星を見つけた。ああ、あれが誕生したばかりの星なのだ。


まだガスで覆われている星が多いが、一つだけガスが円盤状に分布しているものがある。あれがいずれ寄り集まって惑星になると、昨日私が読んだ本には書かれていた。


そんな星の誕生に、私は今立ち会っているのだ。宇宙を学ぶものとして、これほどの喜びがあろうか。


浮かれている私だったが、ある叫び声がその気分を一気に取り去ってしまった。


「小隊旗艦より入電!艦隊捕捉!1000隻を確認!艦色から連盟艦隊とのことです!」

「位置は!?」

「本艦より2時の方向、距離約2000万キロ。連盟側航路上を航行中とのこと!」

「敵艦隊の動きは!?」

「今のところ航路上をそのまま前進中。ただし、警戒態勢をとれとのことです。」


なんだろうか?急にあわただしくなった。どうやら、敵の船が出てきたらしい。


エリックさんによれば、ここはワープ航法における交差点。いくつもの航路がここを通っているそうだ。


連合側の利用する航路だけでなく、敵である連盟側もここを通る航路があるらしい。このため、敵艦隊と遭遇することは珍しくない。


ただ、お互いの航路に関し不可侵の取り決めをかわしてはいるそうだ。しかし、まれにこの取り決めを無視して攻撃してくることがあるとのこと。


まさに我々の3倍もの敵艦隊が、近くを航行しているのだ。


敵も多分、この300隻の艦隊を補足しているはずだから、もしその気になれば一気に攻勢をかけてくることも考えられるという。このため、一気に緊張が高まってきたというわけだ。


それから1時間後。敵艦隊は我々に手出しすることなく、そのままワープしたようだった。警戒態勢は解かれた。


私は再び星雲を見る。とても美しい星雲。でも、ここでは人間の醜い争いごとがうごめいることを知ってしまった。


こんな場所だから、ここでは過去に5回もの戦闘が行われたそうだ。3回は1000隻単位の、1度は1万隻同士の、そして1度だけ5万隻同士の打ち合いも行われたらしい。


多くの人が亡くなったそうだ。これまで数百隻、数万人もの人命を費やしてきたことで、この空域の均衡が保たれたという。


そんな撃ち合いが行われていたなんて、私は知らなかった。きれいで平和な星雲、でもそこは争いごとの場でもあったのだ。


5つの星々を見ながら、私はちょっと複雑な気分になった。綺麗な星雲だからといって、争いごととは無縁ではないことを、身をもって思い知らされた。


この星雲を通過するのに2日をかけた。その間、私の部屋にあるテレビからもこの星雲を見ることができた。


見れば見るほどこの星雲、不思議だ。何もない漆黒の宇宙にあって、これほど大きくて色鮮やかなガスが出ている。


私の手に入れた70冊の本の中に、この星雲に関する書籍もあった。このガスの組成や、成り立ちからその後どうなるかまで、詳細に書かれていた。


エリックさんの部屋でも、私は星雲の様子を映してもらった。この2日間、出来るだけ星雲を見ていた。


そして2日後に、この星雲を後にした。


それから3日かけて、私達はついに地球(アース)388に到着した。


この駆逐艦は、この星のある宇宙港に向かった。そこは灰色の摩天楼がたくさん立ち並ぶ街で、ある国の首都だそうだ。


艦橋から見ると、本当にたくさんの高い摩天楼が並んで見えた。占領軍から派遣された2人も、祖国の摩天楼よりも大きいことに驚いていた。


そして宇宙港に到着。私達はその宇宙港に隣接したホテルに案内された。


そこは地上200メートルもの高さのホテル。その最上階近くの部屋に案内された。


ふかふかのベッドに大きなお風呂、眺めも最高だ。


私はふと思った。ここに父を連れてこれればよかった。美味しい食事に、きれいなお風呂。いつも苦労しているお父さん、こういうところで癒してあげたい。そんな気持ちになった。


それから5日間は、この星のいろいろな人と会った。宇宙物理学を目指しているということで、その第一線の人ともお会いできた。早速、論文集をいただいた。


でも、エリックさんとは別々になってしまった。駆逐艦内ではずっと一緒に過ごしたのに、今はシオリと一緒にこの大きな部屋で過ごす。なんだかちょっぴり寂しい。


だが、ここに来て6日目。


こちらの星では、週2日お休みがあるそうで、この2日間は自由行動ということになった。


そこで、私はエリックさんに連絡をする。こういう時、スマホという機械は便利だ。すぐにエリックさんと会うことになった。


エリックさんはこの近くに住んでいる。宇宙港の側にある士官用の寮にいるそうだ。


5日ぶりの再会で、思わず私はエリックさんを見て泣いてしまった。慌てるエリックさん。でも、別にエリックさんが悪いわけではない。私もなんで涙が出たのか、わからない。


どこかへ行こうということになって、エリックさんと一緒に考えていたのだが、不意にエリックさんが、こう言い出した。


「私の家に行ってみます?」


それは、エリックさんの実家の、男爵家のお屋敷のことだった。


「ええ!?いいんですか?そんなところに行っても。」

「いいですよ、その方が両親も喜びます。」


なんだか分からないが、ともかくエリックさんのお屋敷に行くことになった。


この摩天楼の立ち並ぶ街を通り越したすぐ向こう側は、古いお屋敷が立ち並ぶ街が存在する。かつて、ここが王都だったそうだ。


その古い街の一角に、エリックさんのお屋敷がある。


そのお屋敷は、何百年も前に建てられたような、そんな風格の建物だった。この辺りでは小さいお屋敷だというが、十分大きい。いったい、この家にはいくつ部屋があるんだろうか?


レーベンブロイ男爵家。これが、エリックさんの実家だ。


「あら、エリック、おかえりなさい。待ってたわよ。」


女の方が出てきた。どうやら母親のようだ。


「はい、ただいま。連れてきましたよ、こちらがサオリさんです。」

「まあ、ほんと、お人形さんのようね。どうぞ、おあがりください。」

「は、はい、お邪魔いたします。」


急に緊張してきた。まさか、エリックさんのお母さんに会うことになるとは、思ってもいなかったからだ。


「父や兄はいるんですか?」

「いますよ。皆奥で待ってますよ。」


なんと、お父さんやお兄さんまでいらっしゃるとは。いきなり、エリックさんご一家とご対面することになった。


奥の広間で、私とエリックさん、それにご両親やお兄さんと話をした。


エリックさんがここに戻ったのは5ヶ月ぶりだそうだ。1ヶ月ほど前には400光年も離れた別の星に行ってしまい、心配していたようだ。


「でも、あちらでこんなしっかりした方を見つけられたとは、よかったですね、エリック。」


お母さんはなんだか嬉しそうだ。


いくら次男はお屋敷を出ていかなければならないというしきたりがあるとはいえ、やはり両親は心配なようだ。元気なエリックさんを見て、安心した様子だった。


しばらくお屋敷で話した後、エリックさんと一緒に屋敷を出る。タクシーを待つ間、エリックさんからこんなことを言われた。


「ごめんなさい、薄々気づいてると思うけど、実は…私、両親にあなたのこと、婚約者だということにしてたんです。」

「ああ、やっぱり。そうなんですね。通りでお母様が私のことをいろいろ聞かれていたんですよね。」

「ええ、そうなんです。でも、両親も兄も、私がうまくやってるかどうかが心配らしくて、早くお嫁さんをもらって一人前になれといつもメールで行ってくるものですから…つい…」

「…エリックさん?どこまで本気ですか?」

「はい?」

「私は、あなたのご家族を安心させるだけの、そんな存在ですか?」

「…そうですね、やはり、はっきりと申し上げたほうがいいですね。今の私の態度は、サオリさんに失礼です。」


そういうとエリックさん、私を見つめて、こう言った。


「あなたのお父上に一緒に怒られに行こうと申し上げた時から、私はあなたのことが気になって仕方ありませんでした。そのあと、あなたとは一夜を共に過ごす仲になりましたし、で…ええと…」

「え、エリックさん?」

「婚約者になって欲しいと、本気で思ってます!だから母上にもそう申し上げたんです!でも、サオリさんの気持ちを確かめるのが怖くてですね…なにせ私は宇宙人ですから。」

「そ、そんなことないですよ!だって、高々400光年離れていただけですよ?この宇宙の大きさからすれば、私達なんて隣同士です。だから…遠慮なんて、しないでください。」

「本当に、いいんですか?遠慮しなくても。」

「はい、いいです!はっきりとおっしゃってください!」

「わ、分かりました!言います!」


するとエリックさん、私の肩をつかんで、顔を向けてこう言った。


「ええと、サオリさん。私はあなたと一緒になりたい。結婚したい。だから、私の婚約者になっていただけませんか?」


身もふたもない告白だった。かっこいい決め台詞もなければ、ひねりを効かせた言葉もない。おまけに、ケチャップ臭い。


「あの、エリックさん…一つだけ問題があるんですが…」

「何ですか?問題って。」

「…私の父が、エリックさんとの結婚をどう思うかなんですけど…やっぱり、突然言い出したら怒るんじゃないかと思うんですよ…」

「…じゃあ、一緒に怒られに行きますか。私は、慣れてますから。」


これを聞いて私は、ああ、やっぱりこの人と一緒になろう、そう決意した。


------------------------


あれから、5か月。


私とエリックさんは、結婚を前提としてのお付き合いをしている。


この星に戻って、まず先にエリックさんは私の家に来た。私との婚約のことを父に報告するためだ。


勝手に婚約を決めてしまったことに、父は激怒するものと思っていた。


だが、父からは、こう聞かれただけだ。


「…あちらのご両親は、なんと言っているのだ?」

「え?あ、ええと…喜んでました…とても。」


私はそう返事をした。


「そうか、ならいい。」


私達の婚約を、あっさりと認めてくれた。


「ただし!大学校を出るのが条件だ!一度始めたことは、最後までやれ!」

「は、はい!もちろん、一生懸命卒業します!」


そういうと、なぜか私は涙が出てきた。


思えば、勝手なことばかりしてきたんだなあ…この大変な時に、大学校へ行きたいと言ってみたり、婚約したいと言ってみたり…


私ってば、父の苦労も顧みず、勝手なことばかりしてきた。よく怒るけど、結局、私の好きなようにさせてくれた。そんな父の姿を見たら、急に涙が出てしまった。


「やれやれ…こんな子供みたいに泣いているやつが結婚だなどと、母さんが見たらきっと悲しむぞ。」


そういう父の膝の上で、しばらく私は大泣きしていた。


それから私は、卒業論文の作成に取り掛かる。


あのエリス星雲についての論文を書いたのだが、そこに私独自の見解を書いてみた。


私達の星から見ると、この星雲、上側には桃色の部分があって、下には緑色の領域がある。


が、緑色の領域には5つの星が誕生している。しかし、桃色領域には新星が見られない。


私は、その桃色領域にも星が誕生するのではないかと推測した。


その根拠は、ワームホール帯の位置だ。


聞けば、ワームホール帯は星雲のちょうど中間の、桃色領域と緑色領域との境界部分に集中している。


ワームホール帯というのは、重力の強い場所に集中すると聞いた。ということは、桃色領域と緑色領域の質量は、同じくらいではないかと考えられる。


もし緑色の領域が重ければ、緑色の領域側にワームホール帯が集中するはずだ。が、そうなっていないのは、桃色領域側にもそれなりの質量があるからではないか?


ということは、桃色領域にも、緑色領域のように新星が誕生するのではないか?


これが私の独自見解だ。


これを卒論にまとめる前に、学会で発表した。が、正直言って、あまり相手にしてもらえないのではないかと思っていた。しかし、この新説がたまたま地球(アース)388のある学者の目に留まった。


その学者の方は、私の新設に基づいてシミュレーションを行ってくれたのだ。


すると、桃色領域の中に、3つの恒星が生まれる可能性があるという結果が出たそうだ。


それを基に、今度は星雲に出向いて観測を行う。


すると、確かにその兆候として、桃色領域でもガスの収縮が認められたそうだ。


私も再び星雲に出向いて、そのガス収縮の場所を直に教えていただいた。


こうして、私のこの説が、なんと地球(アース)388の論文集に載ることとなったのだ。


これがそのまま私の卒業論文となり、晴れて私は大学校を卒業することになった。


今日は、その卒業式だ。ついに私は、この大学校を卒業する。


教授や父、それにエリックさんとそのご両親に見守られて、私は卒業式を迎える。


卒業生代表として、私が挨拶に立つことになった。


私は、この国の混乱した現状と、そこからの復興を願いつつ、しかし学問の追及する心を忘れてはならないと、そんなような言葉を述べた。


私など、えらそうなことを言える立場ではない。私は明らかに運がいい。エリックさんに出会えて、望遠鏡を手に入れることができて、宇宙を旅することができた。こんな機会がなければ、私はあんな論文を書くことはできなかっただろう。


何よりも、父が大学校に行かせてくれたことが、一番大きい。


だから、私が卒業できたのは、やはり父のおかげだ。


その父が町長を務めるこの町には宇宙港が完成し、交易がはじまった。おかげで、多くの政府関係者や共和国の人々が訪れて、小さな町は今、空前の特需に沸いているところだ。父も大忙しだ。


私は卒業後、エリックさんの住む、宇宙港に併設した街の家に一緒に住むことになっている。実はエリックさんとの結婚式は、卒業の翌日に決まっていた。だから、エリックさんのご両親がこの卒業式に来ているのだ。


さて、卒業後の私だが、実は教授から大学校に残るよう誘われたが、私はお断りした。その代わり、大学校生に統一文字の教育をすることを引き受けた。大学校生が宇宙の最先端の論文を読み、多くの知識を身に着けてくれるのを後押しするのが私の役割だと思ったからだ。


文字の勉強の合間に、あの星雲の話もしようと思っている。宇宙に思いを馳せてくれる学生がたくさん出ることを、私は願う。

(第26話 完)

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