望遠鏡と宇宙船と星雲 2
事情を話すのに、1時間を要した。
外に置いてある哨戒機を見せたり、エリックさんの持っている不思議な機械を使って、ようやく父も宇宙人の存在を理解した。
「…で、あんたらは我々にその宇宙連合への参加と、それに伴う条約を締結してほしいんだな?」
「そうです、ですが私は軍人ですので、なんの権限もありません。交渉権限を持った我々の交渉官を派遣いたしますので、政府機関にお取次をお願いしたいのです。」
「分かった。私がなんとかしよう。」
「ありがとうございます。」
「ところでサオリ、お前、彼らの船を見たと言ってたな。」
「はい、とっても大きいんです。町の役場の横にある広い演習場跡にすっぽり入るくらいの大きさはあったかと…」
「そうか。では、エリック殿、ひとつお願いがある。」
「なんでしょうか?」
「その交渉官を、駆逐艦に乗せて役場まで来てもらえないだろうか?」
「はあ…」
「お、お父さん!いくらなんでもそれはちょっと無理じゃないの?」
「いえ、サオリさん、大丈夫ですよ。いずれ駆逐艦の地上降下が行われるのが通例ですし、交渉官殿もうちの艦に乗っているので、その方が手っ取り早いですね。」
「で、でも、いきなりあんな大きなものが町に降りてきたら、ここにいる人たちが大騒ぎになるんじゃないの!?」
「だからじゃよ。驚かせてやりたいんじゃ。ほれ、我々よりも武力を持ってるといばり散らしている奴らが、この町にもいるじゃろ。」
「あ!」
そうか、父は占領軍を驚かしてやろうとしてるんだ。
「今日の昼には、来られるかな?」
「大丈夫ですよ。では、ここの時刻で12時には参ります。」
「では、頼んだぞ。」
エリックさんは外に出た。外には人だかりができていた。見たこともないものが道を塞いでいるので、いったい何だろうと早朝にもかかわらず、多くの人がきていた。
「では、今日の昼に、役場に参ります。」
「おう!待ってるぞ!」
父はちょっと嬉しそうだ。まさか私の天体観測が、こんな形に展開するなんて、思ってもいなかった。異星人との交流、私もわくわくしてきちゃった。
エリックさんが乗り込むと、哨戒機は機関始動、空中に浮き始めた。
不自然な飛び方をする乗り物を見た周りにいた住人は驚く。だが、私と父が手を振っているのを見て、つられて手を振ってくれた。
哨戒機は飛び去って行った。それにしても、どういう原理で飛んでるんだろう?不思議な飛行機だった。
「ところでサオリ、ちょっと話がある。ちょっとこっちに来なさい。」
「はい、なんでしょう。」
それから、父は役場に出勤するまでの間、私を怒鳴り散らした。なんだ、怒りはおさまってなかったのね…
さて、今日は少し早く大学校を出た。教室のみんなと一緒に役場に行く。
「本当に来るのか?その宇宙船というのは。」
「なんだか、信じられないわね。」
教授も生徒も、私の話に半信半疑だ。
だけど、帰り際にエリックさんがくれた大きな星雲の写真、これを見てみんなも宇宙人の存在を信じざるを得なかった。
何せこの写真、写ってるものもすごいが、色付きだ。占領軍でさえ、色付き写真を持っているのは珍しい。ましてや、こんなに大きくて綺麗な写真は見たことがない。
その写真と、宇宙の年齢の話などをしたら、いやでも興味が湧かざるを得ない。だからみんなついてきたのだ。
事前に町の人には知らされていたようで、人だかりができていた。知らないのは占領軍の人達だけ。通訳にも、大事なお客様が来るとだけ、伝えてもらった。
なんだか不機嫌そうな占領軍の士官さん。自分だけ何が起きるのかを知らされていないことに、かなり不満な様子だった。
父は、今か今かと待っている。もうそろそろ、約束の12時だ。
すると、東の空から灰色のものがゆっくりとこっちに飛んでくるのが見えた。ああ、あれはエリックさんの乗った駆逐艦だ。
地球388遠征艦隊所属、駆逐艦3340号艦、これがあの駆逐艦の名前だとエリックさんはいっていた。
あちらの単位で350メートルという長さの船が、徐々にこちらに近づいて来る。
私の教室の教授や生徒、他の町の人もあの船が来るのに気づいた。徐々に大きくなるあの船に、人々は驚いている様子だ。
父も同じだろう。大きいとは聞いていても、実際見るとあまりに大きくて、正直少し焦ってるんじゃないかな。でも、占領軍の手前、取り乱すわけにはいかない。平然とした顔であの船を迎えようとしている。
なにも知らされていない占領軍の上官は、迫り来る空飛ぶ船を見て何事かと通訳を通じて町長の父に質問しているようだが、多分、あの様子では取り合っていないみたいだ。
「ちょ…ちょっと、サオリ!?何あの大きな飛行船は!」
同じ大学校の友人であるシオリが騒ぎ始めた。無理もない、一度見た私でさえ、その大きさに驚いている。
共和国の首都には高い摩天楼がたくさんあるそうだが、多分あれよりも大きいものが、空中を悠々と浮かんでこっちに飛んで来る。占領軍もびっくりだろう。
彼らも大きな爆撃機を持っている。4基の発動機を載せた大きな爆撃機。かつてこの国に何百機もの数で押し寄せて、我々の主な街を焦土に変えた。だがこの駆逐艦の前では、その爆撃機の編隊が可愛く見えるほどだ。
ちらっと父のいる方を見た。横にいる、いつも父に威張り散らしているあの占領軍の士官は、上を見上げて唖然とした顔をしている。
あの駆逐艦は占領軍を脅すために来たわけではないのだが、占領軍からすれば自分たちはこの地上最強の存在、そう思っていた節があるから、この駆逐艦の登場はそんな占領軍の威信をぶち壊してくれた。だからあの占領軍の士官の顔を見て、なんだか少し気分がすっとする。
駆逐艦は、役場上空でぐるっと旋回したのち、着陸地に指定された演習場跡に向かう。
その後ゆっくりと下降し、降りたった。
占領軍だけではない。町のみんなもびっくりだ。あんな大きくて重そうなものが、まるで気球のようにふわっと舞い降りたのだ。私でさえ、信じられない。
さっきまで半信半疑だった私の教室の人々も、宇宙人の存在を信じざるを得ない。こんな大きな空飛ぶ船、地球上のどこにもありはしない。
摩天楼をひっくり返したようなその巨大な宇宙船に向かって、私は歩き出した。
教室のみんなもついてきたけが、おっかなびっくりだ。私と違って、まだ宇宙人と会っていない。どんな人間が乗っているのかを、彼らは知らない。
そもそも私達の抱く宇宙人の印象とは、少し前に雑誌に載っていた、まるでイカのような姿をして、途方もない武力で我々地球人を脅し、さらって人体実験をするというものだ。
だけど実際の宇宙人は、野犬に襲われた私を助けてくれて、怪我を治療してくれて、おまけに一緒に父に怒られにきてくれる、そんな人だった。
あれだけの大きな船を自在に操るほどのすごい力を持っているというのに、死んでしまった私の兄のように優しい宇宙人さん。
その宇宙人のエリックさんにもう一度会える、私は急ぎ足で駆逐艦に向かって歩く。
私のずっと前を、父があの駆逐艦の下に向かって歩いている。町役場の人が2人、占領軍の人も3人ほど、父についていくのが見える。
駆逐艦の真下についた。ここで、教授が上を見上げて言う。
「いやあ、どうやって浮いてるんだ?この船。不思議だが、面白いなぁ。我々の知らない物理現象で浮いてるんだろうな、きっと。」
さすがは物理学者、物理的見地から興味津々だ。
父はすでに駆逐艦の出入口付近についており、そこで何人かの人と話している。おそらく、交渉官という人だろう。その隣には大きな帽子を被った人、艦長さんだろうか?
父は直接話しているが、占領軍の人は通訳を通じて話さなければならない。言葉に関してだけは、我々の方が宇宙に近い。
それを遠くから見る我々宇宙物理学専攻の面々。そんな私達のところに、1人向かって歩いて来る人がいる。
エリックさんだ。私を見つけて、こっちに向かって来る。
「サオリさん、こんにちは。大丈夫でした?街の人達。」
「ええ、ちょっと怖がってる人もいますけど、混乱もなく大丈夫そうですよ。」
父の要望とはいえ、いきなりこんな大きな船の来てもらうよう艦長に言った手前、心配していたようだ。占領軍すら凌駕する技術を持つ宇宙人だというのに、街の混乱を心配するなんて、変な感じ。
「えー!?こちらがサオリを助けてくれた、王子様!?」
エリックさんを見たシオリが、嬉しそうに話しかけてきた。
「何この人、とても凛々しい方じゃないの!羨ましい!」
にやにやしながら私に話しかけてきたシオリ。でも残念ながら、エリックさんとおつきあいしているわけではない。
「サオリさん、ちょっと艦内に来ていただきたいんです。」
「えっ!?私!?」
「今回のお礼に、お渡ししたいものがありまして。」
「私は昨夜、助けてもらったくらいですよ。お礼なんていただくようなことは…」
「いえいえ、こんなに早くこの星との交渉が始められたんです。是非、お礼をさせてください。」
「なになに?サオリ、何をいただくの?」
「サオリさんだけずるいなあ、この船に乗れるなんて!」
「わしも、一緒に行ってみたいなあ…」
教室のみんなや、教授まで行きたがる。知的好奇心の強い連中ばかりだから、この船の中に興味があるようだ。
「いいですよ。じゃあ、みなさんご一緒に来てください。」
こうして、私とその同じ教室の人10人が、ぞろぞろとエリックさんについていく。
そういえば、父や役場の人、そして占領軍の人達の姿がない。先に艦内に入っているようだ。
入り口から入ると、正面にエレベーターがあった。これに乗って上にあがる。
向かった先は食堂。会議室は父達が話し合いをしてるため、これだけの人数を受け入れられる場所というのがここしかないらしい。
この駆逐艦という船、大部分が高エネルギービーム砲と呼ばれる兵器と、核融合炉と重力子エンジンというのが占めていて、外観ほど中は広くはないらしい。駆逐艦という名前から当然だが、これは軍艦なのだとわかる。
それにしてもこれだけの大きな兵器を積んだ船、いったい何に使うのかと思ったが、これは連盟と呼ばれる勢力と戦うためにあるそうだ。
宇宙は2つの勢力に分かれていると言っていたが、こんな兵器で戦争し合っているんだ。もう160年以上もずっと戦争状態らしい。
だが、戦闘は滅多にないらしい。この広い宇宙で年に数回程度。エリックさんも戦闘経験はないそうだ。まだ私達の方が、戦争というものを知っている。
「みなさん、せっかくなので一品づつ何か食べていってください。食事の間に、私はサオリさんにお渡しするものを持ってきますから。」
といって、皆の食事を御馳走してくれることになった。
さてこの食堂、入り口付近にある大きな動く映像が移った板に触れて注文する。
食事の色付き写真が表示されているので、ほしいものに触れて選ぶ。
文字は読めないけれど、写真付きなら私たちにもわかる。私はオムライスというやつを選んだ。
料理を注文すると、並んでしばらく待つ。すると、奥から料理が出てくる。
裏をちらっと覗いてみると、なんと機械の腕が料理を作っていた。
ここでは機械が料理を作るそうだ。料理だけでなく、この船では掃除や洗濯もロボットといわれる機械がやってくれる。
その料理の味は、とてもおいしい。機械が作った料理だなんて、信じられない。
ふんわりとしたタマゴに、ケチャップと呼ばれる、少し酸っぱい赤い色のソースが絶妙な均衡を生み出している。私、このオムライスが好きになってしまった。
私の国の食糧事情はあまりよくない。配給は滞っており、皆苦労して闇市で食べ物を手に入れている。そんな状況だ。
なのに、この宇宙船では簡単に食べ物が手に入る。私は思わず考えてしまった。こんなにあっさりと、美味しい食べ物が手に入っていいのだろうか、と。
教室の他の仲間も、各々いろいろな食べ物を食べている。シオリが食べているのはハンバーグという、ひき肉で作られた食べ物だ。とてもおいしそう。
美味しい食べ物は、みんなの心を豊かにしてくれる。この3年間は敗戦に食糧難、占領軍からの抑圧と散々なことが続いていたから、みんな暗い顔していたけど、ここの食事はそんなみんなを明るくしてくれる。
「いやあ、やっと持ってきました。サオリさん。」
戻ってきたエリックさん。なにやらとても大きな箱だ。
「なんですか?これ。」
「いいから、開けてみてください。」
私はその箱を開けてみた。
中から、大きな筒が出てきた。これは、望遠鏡だ。しかも口径の大きな反射望遠鏡。すごい、私の国でこれだけ大きな望遠鏡を持っている人なんていないんじゃないか?
「あ、あの…エリックさん、これは…」
「昨夜、望遠鏡を無くしたって言ってたでしょう。だから、望遠鏡を取り寄せてもらったんです。こんな大きなものしかなかったらしくて、持ち帰るのが大変ですが、よかったらもらってあげてください。」
そうだ、バタバタしてて忘れてた。私は昨晩、望遠鏡を無くしていたのだ。そういえばエリックさんにおぶわれていた時、私はつい望遠鏡って叫んでしまったっけ。
でもあの時はもう望遠鏡どころじゃなかったからすっかり忘れていたんだけど、エリックさん、そんな小さなことを覚えていてくれたんだ。
なんだか涙が出てきた。私には、もったいないくらい大きな望遠鏡。これを使えば、教室のみんなと観測会ができる。
「ああ!ごめんなさい!やっぱり大きすぎました!?もっと小さいのがないか、聞いてみます!」
「あ、いえ、嬉しすぎて泣いてるだけです。ありがたいです、私なんかにこんな立派なもの。」
「そうですか、でもサオリさんの貢献度に比べたら安いものです。気にしないでください。」
そう言ってくれるエリックさん。でも、私にとっては長年欲しくてたまらなかったもの。とても嬉しい。
ただ、抱えて持って帰るには、私には大きすぎた。そこでエリックさんが後で家まで持って行ってくれることになった。
食堂では、宇宙の話をした。特にイリス星雲のことが話題になる。
「私はそんなに見ていないんですよ。窓がたくさんある船ではないですし、モニター越しに見るしかないんです。」
と言うが、私達よりはずっと近くで見ているので、その話は興味深い。
昨日私も聞いたが、この星雲には5つの星がある。どれもここの星系の恒星より大きくて、青白く輝いているそうだ。
まだ惑星はないらしく、どれもガスに囲まれている。長い時間をかけて、これから惑星が誕生するだろうと言われているそうだ。
ただ、お互いの恒星が近すぎるので、このままでは安定した惑星が形成されないのではないかと言われているとのこと。
聞けば聞くほど、行ってみたい場所だ。その場所に広がってるのは、どんな世界なのだろうか。
この船のことも聞いてみた。いったいどうやって飛んでいるのか?信じられない動きをするこの船の核心部分について、特に教授が興味津々だ。
「では、見てみますか?この艦のエンジン。」
「ええっ!?それって、この船の機関部のことですよね?いいんですか?そんな大事なところを見せてもらっても。」
「いいですよ。いずれあなた方もこの艦を建造する技術を手に入れることになるんです。せっかくだから、見ておいた方がいいと思いますよ。」
なんと、普通なら一級の軍事機密としてみることのできない船の機関部を見せてくれるという。この宇宙人たちは、あまりに気前がよすぎる。
食堂を出てそのまま奥に行くと、その機関部があるという。エリックさんは、ある扉を開ける。エリックさんはその扉から中に入って行くので、私達もついて行った。
中にはいかにも機関部という感じの機械があった。私の背丈の4倍以上の高さの、茶色で大きな鉄の塊のようなものがどんと置かれている。
よく見ると、奥にもう一つの塊がある。エリックさん曰く、手前の方が核融合炉、奥のものが重力子エンジンと呼ばれる部分だそうだ。
この大きな機関部、聞けばもう170年以上前の技術だという。地球001という星から伝えられた技術だそうだ。
その星は、最初に宇宙に進出して多くの人類生存惑星を見つけてきた星だが、昔はまるで今ここにいる占領軍のように、他の星を武力で抑圧する存在だったようだ。それが宇宙での対立を生み、2つの勢力に分かれて、今のように同盟政策を取らざるを得なくなったという。
宇宙では、私が生まれる前ずっとからこんなものがあって、広い宇宙を飛び回っていた。でも、その背景には多くの人の犠牲があったと聞かされて、ちょっと複雑な気分だ。
機関室を出た。ちょうどそこに父と占領軍の士官、そして艦長達が現れた。話し合いが終わったようだ。
「おお、サオリもいたのか。」
「お父さん、何していたの?」
「ああ、今後のことを話し合っていたんだ。これから忙しくなるぞ!そうだ、しばらくこの船はここにいることになるそうだ。」
「ええ!そうなの?」
「なんだ?嬉しそうだな?」
「ええ?そう?まあ、いろいろと宇宙のことが聞けるし、珍しいものをいただいたし。」
「珍しいもの?何かもらったのか?」
「ええ、この望遠鏡を差し上げたんです。」
大きな望遠鏡を見た父は、驚いていた。
「いやあ…こんな娘のために…」
「昨日大事な望遠鏡をなくしてしまったそうですから、お贈りしたんです。」
「しかし、せっかく頂いて言うのもなんだが、こいつは親に内緒で丘に登って天体観測をするやつだ。また野犬に襲われる羽目になるだけだ。」
「いえ、今ならいい場所がありますよ。」
「どこだ?それは。」
「この艦の真上です。」
一瞬、何を言ってるのか、分からなかった。
が、エリックさん曰く、この船もかなりの高さがある。野犬は来ないし、絶好の天体観測場所だ。
これを聞いた教室のみんなも、是非見たいということになった。そこで今夜は、駆逐艦の真上で天体観測をすることになった。
ということで、望遠鏡は駆逐艦に置いていくことにした。夜9時にこの船の前に集合ということで、一旦みんなと別れた。
父と役場までを一緒に歩く。その道すがら、父がぼそっと私に言った。
「あのエリックさんという人、まるでトシオのようだな…」
トシオとは、私の兄のことだ。やっぱり、父もどこかあの方に兄を重ねていたのだ。
私は一旦家に帰る。そして夜に再びあの船へと向かった。
途中、占領軍の車を何台か見かけた。役場にも立派な車がいる。多分、この国の政府も共和国も、この来訪者の対応で四苦八苦しているようだ。
私は駆逐艦の下に着いた。もうすでに8人ほどが集まっている。
最後に教授がいらした。この船の周りを見て歩いていたようだ。よほどこの船が気になるらしい。
エリックさんも現れて、私達は艦内に入る。
エレベーターで一番上に登り、そこから細い通路に入る。
「ここは天井が低いですから、注意して下さいね…痛てっ!」
言ってる本人が、天井の配管に頭をぶつけている。案外ドジだな、エリックさん。
短い梯子があって、そこから上に登ると甲板に出られた。
そこは真っ暗で、エリックさんが照らす明かりだけが頼りだ。すぐ近くに大きな窓見える。艦橋と呼ばれる場所だそうだが、今は人も少なく、明かりもほとんどついていない。
幅があまりない上に真っ暗だから、落っこちないよう注意しなくてはならないが、野犬に襲われる心配はない。早速、私は望遠鏡を出した。
見るのはやはり、あのエリス星雲だ。詳細な写真を見せてもらったが、だからこそ見てみたい。そう思った。
ファインダーと呼ばれる小さな望遠鏡で狙いを定める。星雲を見つけて、いよいよ本体での観察に移る。
焦点を合わせると、あの星雲が出てきた。
私の持っていた望遠鏡など、比べ物にならないほど綺麗な姿が見えた。桃色や緑色の境界部分もくっきり見える。これほどはっきりとしたエリス星雲の姿を見たのは初めて。この望遠鏡の性能を思い知らされた。
「サオリ!早く私にも見せて!」
早く見せろとシオリがうるさい。仕方がないので、変わってあげる。
「わあ!綺麗!何この星雲!こんなに綺麗な色をしていたんだ!」
教室の皆が次々に覗く。教授も覗いて、こう言った。
「うん、これはすごい!我が大学校にも天文台があれば、もう少し遠くの宇宙が見えて、新たな発見ができるかもしれないなあ。」
やはり、宇宙物理学への予算の少なさを嘆いているようだ。天文台など、共和国に負けて、混乱の最中にある我が国では、決して叶わぬ夢だった。
観測会を終えて、私達は艦内に戻る。エリックさんは、望遠鏡を抱えて歩いている。このまま、私の家まで持って行ってくれる。
私は艦内から外に向かう途中、ふとエリックさんに聞いてみた。
「私、あなた方の書籍を読めるようになりたいんです。どうやったらここの文字が読めるようになるんですか?」
「そうですね、文字学習機というのがあるんですよ。」
「文字学習機?」
「書いてある文字を写すと音声で読んでくれたり、いろいろな単語を表示して読みを教えてくれる機械ですよ。言葉さえわかれば、誰でも使えます。」
「そんな機械があるんですか?私、それで勉強してみたい!こちらの方の論文を読んでみたいんです!」
「ああ、じゃあ私の部屋に行きます?ありますよ、その文字学習機。」
ということで、教室のみんなと別れて、私はエリックさんのお部屋に行くことになった。
部屋に入った。あまり広いとは言えない部屋だが、机とベッドが1つづつ、壁には黒くて四角いものがついている。なんだろうか?これは。
「実はこれもサオリさんにお渡ししようと思っていたんですが、少し使い方を教えないといけない機械だったので、またの機会にしようかと思っていたんですよ。」
机の上にあったその機械を私に見せてくれた。
椅子が一つしかないので、2人でベッドの上に座る。そこでエリックさんに、この機械の操作方法を教えてもらう。
それにしても、エリックさんが近い。小さな機械を相手に2人で覗き込んでいるのだから当たり前だが、私のすぐ真横にエリックさんの顔がある。
私はつい、エリックさんの顔をじっと見つめた。
機械の操作方法を説明していたエリックさんも、私の視線に気づく。
「ど、どうしましたか?サオリさん?」
「あ、いや、ごめんなさい。ついじっと見つめてしまって…」
「いえ、いいんですけど、じっと見られると、恥ずかしくて…」
「やっぱり、私が見てると、嫌ですか?」
「いやあ!そんなことないですよ!だってほら、サオリさんとても美人だし…」
美人?私が?そういうことを言われたのは初めてだ。
「あの、私この通り全くおめかししてませんし、べつに美人だなんて…」
「ええ?そうですか?私には、あなたがとっても綺麗に見えますよ?だから余計に恥ずかしくて…どきどきしちゃいます。」
そう言われると、私もどきどきしてきた。なんだろうか?この気持ち。
文字学習機を見せてもらうだけだったはずなのに、なぜか2人でどきどきする展開になってしまった。
このままではダメだ。そう思った私は、なぜかエリックさんの手を握ってしまった。
驚くエリックさん。でも、エリックさんも私の手を握り返してきてくれた。
そのまま機械を使っていたのだが、だんだんそれどころじゃなくなる。そのうち、お互いの鼓動がわかるくらい近づく。
「あの、サオリさん?なんだかとっても妙な気持ちなんですけど…」
「ええ、私もなんだか…」
そこから、私とエリックさんは機械を机に起き、ベッドに横になってしまった。
まあ、それからいろいろあって、家に向かったのは、それから1時間後のことだった。




