望遠鏡と宇宙船と星雲 1
私はサオリ。21歳。先の大戦の際にこの田舎町に疎開してきた大学校に通っている。
大戦が終わってから早3年。我が国はその戦いで負けて、今この国は戦勝国による統治が続いている。
私の父は、この町の町長をしている。おかげで、こんなご時世でも、私は大学校に通うことができる。
私には兄がいた。だが3年前に戦場で消息を絶ったまま、未だに連絡が取れない。
兄が最後に向かったのは、最後の激戦地となった、我が国最西端の島。そこでは多くの部隊が全滅し、多くの人が死んだ。多分兄もそこで死んでしまったのだろう。だから、もう私も父も諦めている。
母も大戦中に病で亡くなった。もう私の家族は、父しかいない。
私は大学校で、宇宙物理学を専攻している。小さい頃からずっと星を見るのが好きで、星の世界はどうなっているのか?宇宙の果てはどうなってるのか?ずっと知りたくて仕方がなかった。だから私は、宇宙物理学を選んだ。
ところが、この国には宇宙物理学などという道楽にお金をかけてくれる余裕がない。戦乱で荒廃した国を復興させるのに精一杯。この大学校は我が国でも有数の宇宙物理学の専門家を持つ学校だが、あるのは高校を間借りした小さな教室、占領軍を経由して手に入る共和国の論文、それだけだ。
天文台はおろか、望遠鏡すらない。これで我が国有数とは、聞いて呆れる。
仕方がないので、私は望遠鏡を自作した。大小の虫眼鏡を2つ手に入れて、厚紙で作った筒に虫眼鏡を取り付けて作った。
この手製の望遠鏡で、私は時々近所の丘に登って観察をする。今夜は新月の日、父に黙って家を抜け出して、あの丘に向かった。
今日見るのは、ここから200光年の彼方にある星雲だ。こんな望遠鏡で惑星以外に見ることのできる唯一の天体。ほかの天体はただの光の点にしか見えない。それこそ共和国にあるという大きな天文台にでも行かない限りは見ることのできないものばかりだ。
この星雲は桃色と緑色のガスで構成される星雲で、何十万年前もの大昔に、私達の太陽の数倍の星が爆発してできた星雲なのだという。共和国の論文によれば、ここでは新たに星が作られていると考えられてるそうだ。
桃色と緑のガスがまるで羽を広げたような姿から、森に住む天使の名を取って「イリス星雲」と呼ばれている。我々の星から、最も近い星雲なんだそうだ。肉眼でも桃色のガスが見えるほどだ。
私の望遠鏡で見ると、暗くて肉眼では見ることのできない緑色の部分も見ることができる。
この星雲を出来るだけ詳しく見るのが、今日の観測の目的だ。
ところで、宇宙に関しての論文も目を通している。
この宇宙には、始まりがあるのか?大きさはあるのか?
共和国の最新の論文によれば、どうやら宇宙には始まりがあったと考えられているらしい。
最新の理論によれば、なんとこの宇宙は膨張しているらしい。観測によって、膨張が裏付けられたようだ。ということは、最初は一点から始まって、長い時間をかけて今の大きさまで膨張したと考えられているのだ。
だが、いったいいつ宇宙は始まったのか?どんな始まりだったのか?これについては未だにわからないそうだ。共和国でも、多くの仮説が立てられて、それを証明する観測結果を探しているそうだ。
でも、そんな途方もない話から見れば、ずっと近くにあるあの星雲のことすらまだちゃんと分かっていない。私も来年には卒業を迎える。それまでに、この星雲をテーマにした論文を書き上げようとしている。
丘のてっぺんにたどり着いた。真っ暗闇でよく見えない中、私は手製の望遠鏡を組み上げる。
三脚がないので、物干し竿を切って、これに金具を取り付けて作った。この手製三脚の上に、望遠鏡を乗せる。
厚紙製だから、最初の調節が難しい。光軸がずれているので、これをなんとか直さないといけない。
暗闇の中、私は望遠鏡の調節をやっていたが、周囲の異変に気付く。
周りに何かいる。唸り声に雑草をかき分ける音。
野犬だ。野犬の群れだ。どうやら囲まれたようだ。
私は足がすくんでしまった。まずい、女1人ではこんなにたくさんの野犬相手に勝てるわけがない。
1匹が襲いかかってきた。私の右足首に食いつく。
私はとっさに望遠鏡で応戦した。
「えい!えい!」
三脚と望遠鏡で必死に叩く。だが、私の足に食いついて離れない。
他の犬も一斉に襲いかかってきた。もうダメだ…私は、兄と母のもとに行く覚悟を決めた。
が、次の瞬間、凄まじい閃光と共に、野犬の群れが吹き飛ばされて行く。
誰かがやってきたようだ。しかも、銃を持っている。占領軍の人だろうか?
私の足に食いついてた一匹を、その人は撃ち抜いた。ようやく私の足から、野犬が離れた。
でもまだ何匹かいるようだ。うなり声が聞こえる。
「大丈夫ですよ。ちょっと大きな音がするよ。」
その人は言った。その次の瞬間、眩いばかりの青白い光と共に、大きな音が鳴り響いた。
赤い炎をあげて、木が一本倒れた。それを見た野犬の群れは、恐れをなして立ち去っていった。
今のはなんだったんだろうか?拳銃のようだが、威力が大きすぎる。こんな武器、占領軍は持っていたのか?
それ以上に気になるのは、私と同じ言葉を話したことだ。占領軍の人は、私とは違う言葉を使っている。
私達の国の人間ではないことは間違いない。我が国の軍隊は解体され、武装解除されたはずだ。こんな武器を使うなら、紛れもなく占領軍以外にはありえない。
たまたま、私達の言葉を話せる占領軍兵士なのだろうか?ちょっと流暢過ぎるのが気になるけど、おかげでお礼も言える。
「ああ、ひどく噛まれてしまったね。機に戻れば、応急処置くらいはできるんだけど…」
「あ、あの。ありがとうございます。おかげで助かり…痛っ!」
立ち上がろうとすると、足に激痛がはしる。
「ああ、大丈夫!?ちょっと待ってね。」
そう言ってここ人は、私をおぶってくれた。
「あ!望遠鏡!」
「えっ!?どうしました?」
「あ…いえ、なんでもないです。」
私は望遠鏡のことが気になった。でも、また野犬が現れるかもしれないし、それにさっきあれだけ振り回したから、壊れているのは間違いない。悔しいけど、諦めることにした。
そのままエリックさんに背負われたまま少し移動した。その先に、なにやら白っぽくて四角い変なものがあった。
その四角いものに近づくと、横の扉が開いた。
中が明るくなって、私ごとその人は中に入るった。
中には椅子が4つ見えた。その一つに私を下ろしてくれた。
なんだろうか?乗り物なのは間違いない。でもこの乗り物、車輪が付いていなかった。いったい、どうやって動くんだろう?
「ちょっと待ってて下さい。」
私を降ろした後、その人はその乗り物の奥に行く。
そこにあるのは、操縦席のようだ。椅子がさらに2つ見える。だけどこの乗り物、いったいどうやって動くのかしら?さっぱり見当が付かない。そこには操縦桿らしきものと、見たことのない機械が並んでいる。
まさかと思うけれど、飛行機なのかしら。でもプロペラもないし、羽らしきものも小さくて頼りない。とても空を飛ぶものとは思えない。
そんなことを考えていたら、あの人が小さな箱を抱えてやってきた。
明るいところで見ると、この人は制服を着ている。でもこの服、見たことがない。どこの人だろうか?この制服さん。
持ってきた箱から中から包帯を取り出す。これは救急箱のようだった。
他にも白い容器を取り出した。制服さん曰く、消毒液だそうだ。
それを私の足の怪我にかけてきた。プシュッと音をたてて、怪我全体に綺麗にふりかかる。
だけどこの液体、傷口にかけるとすごく痛い。でも、怪我を治すためにやってることだから、我慢しなきゃ。
私の顔を見たその制服さん、思わず私に言った。
「あ、ごめん、痛かった!?」
「い、いえ、いいんです。大丈夫ですから。」
傷口を拭いた後に、白い布のようなものを貼り付ける。その上から、包帯を巻いてくれた。
「ちょっと待ててね、医師にこの後の対処法を聞いてみるから。」
そう言って、奥の操縦桿のあるところに行く。
マイクのようなものを取り出した。それに向かって、何か喋り出す。
「サンドウィッチ1よりチェダーチーズへ、地上にて野犬に襲われたこの星の住人を救出、状況は、右足首を噛まれており…」
誰かと無線でしゃべっているようだ。相手は誰なのだろうか?
ところでこの方、さっきから思っていたのだが、知らない制服を着ている。
占領軍のものではない。無論、我が国の旧軍のものでもない。いったい、どこの人なのだろうか?
「…はい、そうです、右足を…はい?そうなんですか?ええ…しかし、そうはいってもですねぇ…」
しばらく話していたこの制服さんは、私の方を向いて、こういってきた。
「今医師に確認したのですが、直ぐにでも医者に見せたほうがいいらしいです。狂犬病という病に感染してる可能性があるとかで、急いで処置したほうがいいようですが…この辺りに救急の病院などありますか?」
「いえ…こんな時間にやってくれる病院などありませんが。」
「そうですか…困ったな…」
頭をかきながら、考え込んでしまった。
「もしよろしければ、私のいる駆逐艦で治療して貰えるのですが…どうします?」
「駆逐艦?船のことですか?」
「はい、ですが、おそらくあなたの思ってる船とは大分と違う船ですけど。」
「はあ…私は助けていただいた身です。お任せいたします。」
「そうですか。では、参りますか。」
どこかに行くようだ。駆逐艦とおっしゃったけど、ここは山間の町。海までは随分と遠い。
「ちょっと驚かれるかもしれませんが、私を信じて、少しの間我慢しててください。」
と言って、この人は奥の操縦桿のあるところに行く。
「サンドウィッチ1よりチェダーチーズへ。負傷者収容、これより帰還する。医療班は待機願います。」
そう無線でやり取りをした後、この人は操縦桿を握った。室内の照明がやや暗くなった。
ヒュィーンという音が鳴り響く。これ本当に乗り物のようだ。でも、聞いたことのない機関音。いったい、どうやって動くのだろうか?
そんなことを考えてながら、私は窓の外を見た。
驚くべき光景を、私は目の当たりにした。
街の灯りが見える。だが、明らかに高いところから見ている。しかも、その灯りはどんどん離れて行く。
この乗り物、空中に浮いてる。間違いない、これは飛行機だ。
でも、プロペラもなく滑走路もなしにどうやって飛んだのか?全くわからない。
しばらく飛んでいると、すっかり街の灯りが見えなくなった。かなり高いところに来たようだ。
そこでこの制服さん、また無線機に話しかける。
「サンドウィッチ1よりチェダーチーズへ、アプローチに入った、着艦許可を。」
あれ?着艦って、こんなところに船があるの?
すると突然、空中に明るいものが見えた。
中はこの飛行機を収容するための場所のようだ。中から、なにやら腕のようなものが伸びてくる。ここにゆっくりと近づいているようだ。
よーく目を凝らしてみると、とてつもなく大きなものが見えた。この明るい部分は、この大きな物体の一部分のようだ。
中から出て来た腕が、この飛行機をつかんだ。そのまま、中に引き寄せられてしまう。
あの大きな物体の中に入ってしまった。制服さんは、操縦席のあたりを何かいじっている。
さっきからずっと思っていたけれど、こんな飛行機や、空高くに飛行機を着陸する巨大な物体など、あの共和国でも持っていない。
我々とは明らかに違う存在。この飛行機を降りる前に、ぜひ確認しておきたい。
「あなた方は一体…何者ですか?」
「え?私?」
「滑走路もなく飛び立つ飛行機に、空中に浮かぶ巨大な物体。どう見たって私の知らないものばかりです!いったいあなたは何者なんですか!?」
「ええとですね…一言でいうと、私は宇宙人ですよ。地球388という、ここから410光年離れたところから、つい先週来たばかりでして…」
なんと、宇宙人だと言った。やっぱり、これはこの地球のものではないんだ。通りで私達のものとはまるで違うものばかり出てくるわけだ。
ということは、ここは宇宙船ということになる。まだ戦争が始まる前、雑誌で読んだことがある。宇宙人がこの地球に来て、私たちを人体実験のためにさらっていくのだという。
つまり、私はうまく口車に乗せられて、捕まってしまったのか。
急に怖くなった。血の気が引くのを感じた。今日はなんという日だろうか、野犬に襲われるし、おまけに宇宙人にさらわれてしまった。私は身構えた。
「あ!いや!宇宙人といっても、あなた方を捕まえたり武力で脅したりとか、そんなことはしませんよ!本当です!治療が終わったらちゃんと地上にお送りいたしますから!」
と、この制服さんはおっしゃるけれど、本当なのだろうか?
でもここまで来たらどうにもならない。まだこうやって気を遣ってくれるような言葉を話してくれるし、どうやら乱暴に連れ込むようなことはしないみたいだ。どうせ帰れないし、ここは信じていくしかない。
飛行機の外の、この空間の奥にある扉が開いて、何人か現れた。あれも宇宙人のようだ。でもここにいる人は、私と変わりない姿をしている。
私は担架に乗せられて、奥に連れて行かれる。
運ばれながら、ここがどこかを聞いてみた。ここは駆逐艦という、空に浮かぶ船の中らしい。あの大きな物体は、船だったんだ。そういえばここにくる前、船に行くってあの制服さんは言っていたのを思い出した。
私は医務室というところに運ばれた。それにしてもこの駆逐艦というところは中がとても明るい。
空を飛んでるとは思えないほど揺れもない。ちょっとぐおんぐおんという低く小さな音がするくらいで、地上にいるのとあまり変わらない。
私は医務室で右脚を見てもらった。表面を透明な柔らかい紙のようなもので拭うと、何かの機械に入れた。
その機械の横には文字が書かれていた。さっきの私の脚を拭ったものを入れて間も無く、そこに何か違う文字が現れた。
「ああ、幸いにも感染症の恐れはないようだ。でも念のため、消毒をしておきましょう。」
「少ししみますよ、我慢してくださいね。」
看護婦さんにある液体を傷口にかけられた。これは多分、消毒液だろう。その上にぺたっとまた白いものを貼り付けられて、その上から包帯を巻かれた。
その貼り付け薬を何枚か渡された。1日貼ったら新しいのに張り替える、これを3日ほどすればかなり傷は治るとのことだった。
表に出ると、さっきの制服さんがいた。
「もう歩けるようですね。大丈夫ですか?」
「はい、おかげさまで痛みも引いて、すっかり歩けるようになりました。
「じゃあ、地上に帰りますか?お送りいたしますよ。」
「いや、あの、ちょっと。帰る前に、聞きたいことがあるんです。」
治療を受けて、歩けるようになった。別に私をどこかに連れ込もうとしてくる気配もない。今はすっかりこの人たちへの恐怖心が消えていた。
ならば、私はどうしても彼らに聞きたいことがある。
「あなた方は宇宙人なんでしょう。なら、宇宙のことを知ってるんですよね?」
「ええ、まあ多少は。」
「それじゃあ教えて。宇宙って出来てからどれくらい経つの?宇宙ってどれくらいの大きさがあるの?そういうのって、あなた方はどれくらい知ってるんですか?」
「ええ!?そういう質問!?ちょっと待ってください。」
何やら四角いものを取り出した。不思議とそれは指にあわせて絵が動く。何かの機械のようだ。
「ええとですね。宇宙が誕生して138億年、ビッグバンと言われる大きな爆発によって誕生したとあります。大きさはまだちゃんとわかってませんが、有限の大きさだとはわかっているようですよ。」
すごい。やっぱり宇宙人だけあって、宇宙の年齢やはじまりのことを知っている。
他にも彼らのことをいくつか聞いてみた。光の速さよりも早いものはないと言われてるのに、なんで光でさえ410年もかかるところから、彼らは来ることができたのか?
彼は「ワープ航法」という、長い距離を近回りできる技術について教えてくれた。ワームホール帯という、眼には見えないけれどこの空間上に存在する近道のようなものを通って、3次元空間上では遠く離れた場所を一気にジャンプするんだそうだ。
他にも、私達の星ではまだ知られていない「ブラックホール」という光すらも吸い込む天体のことや、私達は銀河系と呼ばれる、直径10万光年の大きさの星の集団の中にいることも話してくれた。
そして、この銀河の片隅の、半径7千光年の円周上の領域に、私達のような人類のいる星が770個ほどあることも教えてくれた。そして私達の地球はその777番目になるとのこと。
その770もの星は、連合と連盟と呼ばれる2つの陣営に分かれており、160年もの間、戦争状態にあるという。
彼らの目的は、この星を彼らの属する連合に引き入れることだという。武力による占領ではなく、あくまでも仲間として迎えれるんだとか。
「…で、この惑星の人と接触する前に、我々は事前調査をおこなっていたわけでして、そこでたまたまあなたが襲われているところに出くわしたというわけです。」
「はあ、そうだったんですね。すいません、疑ってしまって。助けてくださって、本当にありがとうございます。」
最初に感じていた恐怖は、今ではすっかりなくなった。彼らは宇宙人で、私達よりもずっと進んだ技術や知識を持っているが、中身は私達と同じ存在のようだ。
それにしても、我々に戦争で勝利した共和国は、占領軍を駐留させて私たちの国を統治している。にもかかわらず、おそらくそれよりも強い兵器を持つ彼らは、なぜか威圧的な態度で出てこない。不思議な宇宙人だ。
そういえば、この方の名前を聞いていなかった。
「あの、よろしければお名前を教えていただけませんか?」
「はい、私はエリック、階級は中尉。パイロットをしています。」
「私はサオリと言います。大学校で宇宙物理学を専攻してる者です。」
「ああ、それで宇宙のことを聞いてこられたんですね。いきなり、変わった質問をされる人だなぁって…いや、すいません。じゃあ、ちょっといいものを見せてあげますよ。」
そう言って、手元の機械で私にある写真を見せてくれた。
それは、星雲の写真だった。なんと、今日私が見ようとしていたあのイリス星雲だ。桃色と緑のガスが写っているから、すぐにわかった。
ただ、明らかにすぐ近くで撮った写真だ。ガスの形があまりにも細かい。そのガスの向こう側に5つの光の点が見える。どうしてこんな近くで撮れるのか?
「ああ、この星雲、この星に来る途中の通り道にあるんですよ。」
「ええ!?あのイリス星雲を通ってきたんですか!?」
「あそこは5つの新しい星が誕生してて、重力が強いところなんです。おかげで、ワープの通り道であるワームホール帯をたくさん引き寄せているんですよ。だから、この辺りの星を渡り歩くには、必ず通る道なんですよ。」
あのイリス星雲は、宇宙人たちの通り道だった。衝撃的な事実だ。ということは、私もいつかそこに行くことができるのだろうか?
「あの星雲に一度行ってみたいんです。いったい何日かかるんですか?」
「そうですねぇ…ここの星系を抜けるのに2日、そこから2回ワープして…だいたい5日ですね。」
たったの5日。そんなに近くなんだ。でも、考えたらこの人達、半径7000光年もの範囲の宇宙を渡り歩いてるんだった。200光年なんて、すぐ近くなわけだ。
私にとってはとても衝撃的なことを、さらっと当たり前のことのように話すこのエリック中尉。私の国はおろか、我々の星で最先端を行く共和国でさえ、彼らには敵わないほどの技術や知識を持っている。
だが、それほどの文明を持っているのに、不思議と高圧的ではない。今、私の国にいる占領軍は、時々高圧的な態度に出るものもいる。うちの町にそういう占領軍の士官がいて、父はとても苦労している。
あの人たちに、この人を見せてやりたい。宇宙人の存在を知ったら、いったい彼らは、どう思うことだろうか?
「ところで、さっきから不思議に思ってるんですけど、なぜあなたは私と同じ言葉を話してるんですか?」
「ああ、この言葉、宇宙の統一語なんですよ。どの星にもこの言葉だけは通じる人々がいて…あなたはまさにその統一語を話してるんですよ。」
「えーと、つまり、私の言葉は宇宙の共通語ってことですか?」
「そうですね、そういうことになります。」
なんてこと!?私は知らず知らずに宇宙で一番使われる言葉を話していたんだ。
もっとも、文字は違っているので、エリックさんの持っている機械に表示されている文字が読めない。でも、言葉は通じてるから、すぐに覚えられるとエリックさんに言われた。
ということは、共和国の論文を辞書片手に読まなくても、この文字を覚えてしまえば宇宙の最先端の知識が分かるということだ。この文字、早く読めるようになりたい。
「ところで、エリックさん達は、これからどうなさるおつもりなんですか?」
「ええとですね。まずこの星の行政機関との接触を行おうと思ってるんです。言葉が通じるところから始めるのが手っ取り早いので、サオリさんの国の政府から始めようかと。ちなみにサオリさん、議員さんや市長さんのような知り合いって、いませんかね?」
「あの、私の父は町長をしてます。小さな町で、しかも戦争に負けたばかりなので、他国の軍隊が駐留してますけど…」
「えっ!?町長の娘さんだったの!?いや、すごい偶然だ!その町長さんに、ぜひお会いしたい!」
「そ、そうですか?じゃあ、私が父に話しておきます。もっとも、実は黙って家を出てきて、しかも野犬に襲われてしまったので、多分これからその父に怒られることになるんですけど…」
「そうなんですか…じゃあ、私も一緒に怒られに参ります。」
「えっ!?一緒に?でも、エリックさんは悪くないじゃないですか。怒られることなんて何も…」
「いや、いくらけがをしているからといっても、その町長さんに黙って娘さんを宇宙船に連れてきてしまったんですよ?」
「でもそれは…」
「一緒に怒られる人がいると、怒りが分散していいんですよ。昔、やんちゃな友人がいて、よく一緒に怒られに行ってました。慣れてますから、大丈夫ですよ。」
怒られ慣れてる宇宙人だなんて、変な人だ。でも、私はおかげで少し勇気づけられた。
エリックさんと一緒に、さっきの飛行機で地上に戻ることになった。この飛行機、哨戒機というんだそうだ。
駆逐艦という船を飛び出し、地上に降り始めた。もう夜明けが近い。東の空が薄っすらと明るくなってきた。
明るくなった空に浮かぶ駆逐艦を見た。やっぱりこの船、大きい。でも宇宙にはこんなものが1万隻もいるそうだ。しかも、これより大きな船もあるんだとか。
このまま私の家の前に降りてくれることになった。私は町の上から、家の位置をエリックさんに教えた。
この辺りではやや大きい家なので、すぐにわかる。自宅前の道に、この哨戒機は着陸した。
「じゃあ、まず私が様子を見てきます。多分、父のことだから、玄関で待っていると思うんですが。」
「分かりました、では頃合いを見計らって、私も行くことにいたします。」
エリックさんに勇気をもらった私、玄関の引き戸を開ける。
ガラガラっと開けたその向こうに、腕を組んで座っている父がいた。
「た、ただいま…」
「…ただいまじゃないだろ…おい、サオリ!どこに行ってたんだ!?」
怒り絶頂だ…やっぱり、いくら勇気をもらっていても、父は怖い。
そこにエリックさんが現れた。
「ごめんください!」
父が驚く。
「なっ…だ、誰だ!?お前は!」
「あのですね、宇宙人のエリックと言います。サオリさんが野犬に襲われているところを助けてですね、宇宙船に連れ込んでおりました。」
このわけのわからないことを話す謎の青年の登場で、父は混乱していた。
おそらく、宇宙人の存在など信じたことがない父が、いきなり宇宙人と接触することになってしまった。




