潜水艦と空中艦とマグロ缶 3
戦艦内に入った。そこの奥にある電車に乗って、街のある場所まで向かうようだ。
だが私は、電車のことなど気にすることもなく、ただぼーっと電車の中でもラグナ少尉の変貌ぶりを見ていた。
流れるような金髪が、この服ではより一層美しく見える。さっきまで核融合炉のことを熱く語っていたというのに、このギャップは大きい。
周りの男性諸君も、このラグナ少尉のことを見ている。やはり、ギャップが大きすぎる。
太陽の下に出るわけでもないのに、つばの大きなストローハット、胸元が見えそうなほど大胆に開けられている半袖のブラウス、そして薄手の生地のちょっと短めのスカートにサンダル姿。
まるでこれから海にでも行くんじゃないかという格好だ。もちろん、この電車内にそんな格好の人はいない。大抵は軍服のままか、もうちょっと厚手の服が多い。
それをエスコートする、いや、されている私は当然軍服姿。だいたい、駆逐艦と戦艦にしか乗らないと聞いていたので、軍服以外を持っていない。こんな場所に来るなど、想定外だ。
と言っても、半分以上は軍服なので、私の方がむしろ普通の格好だ。無論、私の軍服はここと違うデザインの服だが、横の人物の服があまりに浮きすぎて、私の軍服のデザイン違いは気づかれていない。
「あの~少尉殿?」
「はい。」
「失礼ながら、その格好。少し浮いてませんか?」
「あれ?この格好、イケてませんか!?」
「いや…そうではなくて、寒くはないですかね?」
「私、暑がりなんですよ。だからこれくらいでちょうどいいんです。」
そういうものなのか?だが、暑がりならなおのこと帽子は要らない気がする。
特に日差しがあるわけではない街についた。人は多く、確かに軍服では少々暑いくらいだ。
といっても、あそこまで薄着の人はほとんどいない。彼女はいつもこの格好なのか?
軍服姿の堅物な男と、真夏の海辺にいるような女子との奇妙なペアは、飲食店が集中する一角に向かう。まずラグナ少尉がお勧めの店に向かった。
行った先は、まさにこの少尉の格好がぴったりの、南国の島々な雰囲気のお店だった。
料理も色とりどりのフルーツ、香辛料の効いた肉料理やサラダ、それに、信じられないような色合いのジュース。メニューの絵柄だけでもチカチカしてしまうほどカラフルなお店だった。
私は無難にカレーを注文する。パイナップル入りの、独特に香りがするカレー。まさに、南国風だ。
潜水艦で一度だけ、私はとある南の島にある基地に行ったことがある。そこにはこんなカレーなどがあるわけではないが、これを食べてると、不思議とその基地の光景が目に浮かぶ。
「どうです?いいお店でしょう。海軍の大尉殿に合わせて、とっておきのお店を選んでみたんですよ?」
「はあ、いや、本当にいいお店ですね。ここは。」
海軍だと言っても、こんな南国風なわけではないのだが…でもせっかくのご厚意だ。ありがたく受け取ろう。
会計は彼女がやってくれた。なんでも、私との接待には一定額までの予算が出てるようだ。文字も通貨も分からない私では、少尉に頼る他ない。
その後は雑貨屋に行ったり、家電屋に行ったりした。どこに行っても思うのだが、看板の絵が動いていたり、皆手に持っている小さな四角いものを使って映像や音楽を楽しむなど、明らかに我々にはない技術が使われている。
ところで、少尉はここの街にある服屋にはなぜか行こうとしない。
「ここには、私の好きな服は売ってないんですよ。」
というのがその理由だそうだ。
おかげで、すごく浮いた服を着ているわけだ。さっきから、私の目はゆるい胸元に釘付けである。
何軒かまわるうちに、ゲームセンターという場所にたどり着く。
ここにも我々にはない技術の機械がたくさんあったが、私が気になったのは、端にぽつんと置かれた、腕の形をした機械だった。
どうやら、腕相撲をするゲームのようだ。これなら、我々のところにも似たようなものがある。
私はこれでも、腕相撲は強い方だ。早速、これをやってみたいと少尉に言った。
「ええ?これ結構強いらしいですよ。いいんですか?」
「いいですよ。我が海軍では、腕相撲が伝統ですから。」
1番強いやつで始めてもらった。ラグナ少尉は、少々不安そうだ。
スタート!…したが、意外に弱い。私は、あっさりと勝ってしまった。
唖然とする少尉。
だが、さらに上のランクの敵が現れた。再び開始!
これも秒殺だ。案外弱いな、このゲーム。
数回勝ったのちに、ついに最後の敵というのが現れた。
なぜか私の周りには人だかりができる。どうやら、こんな場面までたどりついた者はいないようだ。
そして、最後の闘いが始まった。周りはなぜか盛り上がる。
開始から5秒。少々てこずったが、私はこの最後の敵に勝ってしまった。
「す…すごーい、大尉殿!一体どうなってるんですか?」
周りから歓声が上がる。この機械の最後の敵に勝ったのは、どうやら私が初めてのようだ。
「いや、腕相撲ならちょっと自信があったので…」
「いや、ちょっとどころではありませんよ!これに勝ったということは、我が小隊一ということになりますよ!すごいことなんですって。」
腕相撲が強くったって、戦争に勝てるわけではないし、あまり自慢にもならないと思うのだが、周りは大喜びだ。
実は多くの者がこれに挑んで、最後の敵で負けてるそうだ。だが、私の軍には私よりも強い者がたくさんいる。ここの人間の腕力は大丈夫なのか?
腕力など必要とされない装備が増えてることが原因なのだろう。我々の潜水艦などは、まだまだ腕力が必要な装備ばかりだ。いやでも力がつく。
だが、ラグナ少尉が大喜びなのは収穫だった。なにかとパワフルなものが好きな少尉だ。少しは見直してもらえたようだ。
こうして、戦艦内の街の滞在時間は終わり、駆逐艦に戻る。
駆逐艦に戻ると、ラグナ少尉には朗報が届いていた。
それは、新しい複座機がやってきたことだった。
「うわあ、大尉殿!きましたよ、私の機体!」
見たところ、明らかに使い古された機体だったが、それでも少尉は大喜びだ。
まだ街から戻ったばかり、あの格好のまま格納庫内ではしゃいでいる。
「見てください!この核融合炉!こんなに小さいのに、これでこの機体の全エネルギーを作れちゃうんですよ!すごいんです!」
また核融合炉話が始まった。こういうものを語る少尉は、本当に生き生きしている。
「で、早速試運転するので、一緒に乗っていただけませんか?」
「はい?…ああ、いいですよ、乗るだけであれば。」
「じゃあ、行きましょうか!」
その格好で乗るのか!?でも、さすがに整備長に出直して来いと怒られた。すごすごと部屋に戻る少尉。
しばらくして、パイロットスーツに身を固めた少尉が戻ってきた。まさに私が彼女と最初に出会った時の格好。これはこれで彼女らしい姿。さっきも格好よりも、こっちの方が私はしっくりくるかな。
後ろの席に乗り、キャノピーが閉まる。と同時に格納庫内は整備員が退避する。
しばらくすると、格納庫のハッチが開く。いよいよ宇宙だ。
宇宙に出て半日以上経っているはずなのだが、あまり宇宙らしいところへいなかったせいか、実感がなかった。
しかし、ここは明らかに宇宙だと実感できる場所。キャノピーのガラス一枚隔てたその外は、もう真空の真っ暗な空間が無限に広がっている。
駆逐艦と少尉とで交信のやり取りがあったのちに、機体は宇宙空間内に切り離される。
ゆっくりとエンジン出力を上げる少尉。徐々に早くなっているようだが、駆逐艦から離れてしまったら、目視で自分の速度を知るすべはなくなった。
旋回や、加減速を確認していた少尉。
一通りの操作を確認したのちに、機体を止めて、後ろを向いてきた。
「あ…あのですね!大尉殿!」
「少尉?どうしました?」
「これから駆逐艦に帰るんですが…」
「はい。」
「その…なんていうか…」
どうしたんだろうか?少尉にしては珍しく、歯切れが悪い話ぶりだ。
「…私と、付き合っていただけません。」
「はあ!?」
思わず、叫んでしまった。
「あの、やっぱり、ダメですか?」
「いや、なんというか、うれしい話なんですけど…あまりに突然過ぎて、その…」
「ここなら誰もいないし、ちょうどいいかなって思ったんです。」
「はあ、なるほど。そうですよね、確かに。この宇宙空間で、今は我々2人だけって感じですものね。」
「そうなんですよ!2人っきりです!だから、ちょっと勇気を振り絞ってですねぇ…」
顔を赤らめて、黙り込んでしまった。少し我に帰ってしまったようだ。
「私はこの星の人間、あなた方から見たら、何百年も遅れた文化の星。せいぜい腕相撲くらいしか勝てるものがない、まるで『猿』のような存在ですよ?いいんですか、私などで。」
「そんな!とてもいいお方だと思ってましたよ!…実は大尉のことをいいなあって思ったのは、あの潜水艦で私がシャワーを浴びる時に見張っていただいた、あの時なんです。」
「はあ、でも私、あの場でただ突っ立ってただけですよ?」
「カーテン越しに大尉殿の大きな背中を見ていたら、なんていうかこの人、すごくいい人だなあって、急に思えてきてですね…」
いや、あの場は多分、大きな背中の男だらけでしたよ。
「でもあのあと別れてしまって、もう2度と会えないのかなあって思っていたら、こうしてまた会えてしまったから、もしかして私、この人とこういう運命なの?って思ったんです。しかも、私の機関好きの話に付き合っていただきましたし、腕相撲も強いし。どんだけ私の理想にぴったりなんだって。それで私、告白しなきゃって思ったんです。」
「はあ、なるほど、そうだったんですね。いや、初めてなんですよ、私。女の人にそれほど好かれる経験は。」
「ええ!?そうなんですか?大尉ほどの男なら、女子は放っておかないと思ったんですけど。てっきり私『もう付き合ってる人がいる』って言われるんじゃないかと思ってたんですよ?」
「いや、少尉こそ、もう付き合ってる人がいると思ってたんですよ。だって綺麗な方だし、男から見たら、放ってはおけなさそうな感じだし。」
「ええ、何人かに言い寄られましたよ。でも、みんな核融合炉のところに連れて行ったら、引いていきました。ダメですねえ、この艦の男って。あのパワフルな機関の魅力が分からないなんて…あそこで私の話をずっと聞いてくれたのは、大尉が初めてなんですよ。だから私、絶対アタックしようって、そう思ってたんです。それで、海軍の大尉に気に入ってもらおうと、ちょっとおめかししてみたり、それっぽいお店に行ってみたり、いろいろ考えたんですよ?これでも。」
あの格好、私のことを意識してくれた結果なんだ。でも、ちょっと感覚がずれすぎている気もする。他の男が引いていった気持ちもわかる。
でも、こういう少尉の一生懸命なところ、私は逆に惹かれてしまう。少尉ではないが、運命というものは確かにあるように思えた。
「少尉にばかり言わせては可哀想だ。私も言います。私もあなたのこと、ずっと気になっていました。再開した時、まさかもう一度会えるなんて、もしかして、運命かと私も思ったんです。だからお付き合いの件、私からもお願いします。」
変な告白になってしまった。でも、気持ちは通じたのか、少尉はにこっと微笑んでくれた。
「あの…キス…しませんか?」
「はい!?」
「あれ?もしかして、大尉の星ではキスって言葉、通じませんか?」
「いや、意味はわかりますよ。ただ、突然過ぎて、ちょっと動揺しただけです。」
「じゃあ、少し狭いですけど、ヘルメットをとってですねぇ…」
言われるがままに、私はヘルメットを外し、狭い前席との隙間に顔を近づけた。
少尉の柔らかそうな顔が近づいてきた。そして、私の口は、その柔らかい口に触れてしまった。
艦内に戻り、就寝時間になると、少尉が私の部屋にやってきた。
「あの~、一緒に寝ちゃ、ダメですか?」
ラグナ少尉は、どうも自分の心に正直なのか、思い立ったらすぐに行動に現れるようだ。もちろん、断る理由もない。私はすぐに迎え入れた。
最初はベッドの上で話をしていた。ラグナ少尉の故郷の話、核融合炉に惚れてしまった話、そして軍学校に進んで、パイロットになった経緯。
だがそのうち、私も本能丸出しになってきた。潜水艦に乗っていた時からずっと気になっていた、あの胸元のその奥を、私はついに見ることができた。
そして、ミサイルすら効かなかった相手に、私の一本の魚雷が、ついに彼女をとらえた。
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そんな夜から、もう10ヶ月が経った。
今日は、私達の結婚式だ。
新郎である私は、教会の奥で彼女の来るのを待つ。
思えば、この10ヶ月もいろいろあった。
まずラグナさんは、軍を退役した。
そのあと、この星の飛行士養成のための教官になった。
でも、軍にいてもパイロット養成の任務ってあるんじゃないの?と聞いたら、
「いやあ、私みたいなのが軍人を教えるなんて、おかしいでしょう?」
と言ってた。そういうもの何だろうか?
私も地上勤務となった。今、駆逐艦の砲撃科の訓練生として、宇宙港のそばの教練所に通っている。
宇宙港は私の国の首都のすぐ横に作られた。その首都の小さなアパートで、2人で暮らしている。
相変わらず、彼女はどこかずれているところがある。例えば、自動調理機を買ったのに、自分で料理を作って失敗してみたり、どうやって手に入れたのか、アパートに小型の核融合炉を持ち込んだり。
おかげで電気には困らないのだが、発電量が多過ぎてて、近所にも電力も分けている状態だ。
本人はそれで満足しているから、私は別にとやかく言わない。ただ、軍隊を辞めて正解だったかなあと思う。
でも、今日の参列者には、私のいた潜水艦乗員71人と、彼女のいた駆逐艦の乗員94人もいる。
ずらりと軍服姿が並ぶ。まるで軍の式典か何かのようだ。
そんな中、彼女が現れた。
白いウエディングドレスに身を包み、ゆっくりと父親に連れられて歩いて来る。
今日、私達は、夫婦になる。いや、戸籍上はすでになっているのだが、この日を境に心身ともに本当に夫婦になってしまう。
もっと大きな家を買って、大きな核融合炉を買うのが夢だという彼女と、一緒の人生を歩むことになる。
(第25話 完)




