潜水艦と空中艦とマグロ缶 2
代表者を一人、乗船させてほしいというのは、宇宙人側からの要請だそうだ。ちょうどここにも駆逐艦がいるから、それに乗ってほしいということだった。
軍艦に乗ると言っても、彼らは殆ど戦闘することはないらしい。どちらかというと、宇宙艦隊を見学させてくれるらしい。
ラグナ少尉の話によれば、我々も10年かけてあの規模の艦隊を作らなくてはならない。そのためには一度、軍から彼らを偵察するのがよいと司令部は考えてるようだ。
そこまで言うなら、自分でいけばいいじゃないかと思うのだが、おそらく自分で行くのは嫌なのだろう。そのため、3日間宇宙人と接触した私にその役が回ってきた。多分、艦長の推薦もあったものと思われる。
その日の夕方には、あの駆逐艦へ向かうことになった。
私を駆逐艦に送迎する運転手が不安そうに話す。
「あの宇宙船に乗ってる人って、どんな人なんでしょうか?我々と変わらないと言ってましたけど、本当なんでしょうか?」
「本当だよ。私は3日間も接触したが、拍子抜けするくらい我々と変わらなかったよ。」
などと言ってみたが、私はラグナ少尉以外を知らない。それ以外に違うタイプの宇宙人がいないとは言い切れない。タコみたいなやつもいるかもしれない。
だからラグナ少尉と接触してたからと言って、宇宙人への不安が全くなくなったわけではない。正直、不安でいっぱいだ。
駆逐艦の下に到着した。私は車を降りる。
駆逐艦の下側には出入り口があって、その横に人が立っていた。
どこかで見た顔だと思ったら、やはりラグナ少尉だ。
「あ!マイヨール大尉!やはり大尉がいらしたんですね!」
今朝別れたばかりだというのに、なぜかとても久しぶりにあったような気分だ。
「今度は私がお世話になることになりました。よろしくお願いします、少尉殿。」
さて、私は駆逐艦内に入った。
高層ビル並みの大きさの物体が、今にも倒れそうな格好で設置しているが、不思議と倒れてこない。いったいどうなっているのか?
ラグナ少尉曰く、この艦は着地してる時もほんのちょっと浮力を出してるそうだ。さもないと先端が地面に向かって落ちてきてしまう。
そう言われて納得したが、冷静に考えて、そもそも浮力を生み出すこと自体が我々には想像もつかないことだ。どういう仕組みで動いているのだろうか?
そんな船の下から私は艦内に入る。入り口を入って正面にエレベーターがあり、これを使ってまず部屋のある階に行く。
おとといの彼女の話には、この船は個室が余るほどあると言ってたが、確かに私にも個室が与えられた。事務所で鍵をもらい、私は案内された部屋に荷物を置く。
そこからまたエレベーターに戻り、今度は最上階にある艦橋に向かう。
そこは大きな窓が正面にあり、何人かの人が計器類とにらめっこしている、そんな場所だった。潜水艦よりも、イージス艦に近いシステムのようだ。
「ようこそ、我が駆逐艦3931号艦へ。私は艦長のオラフルと言います。」
「私は共和国の第7潜水艦戦隊、2番艦『ブルゴーニュ』所属のマイヨール大尉であります。」
私は敬礼して応える。そういえばこの艦長、確か彼女を単身で我が艦に差し向けた張本人ではないか。そういう事情を知ってるから、あまり好意的ではなかったのだが、こうしてみると案外紳士な対応をしてくれる。
これから私を乗せて宇宙へと出るところだそうだ。
「駆逐艦『スティルトン』発艦する!両舷微速上昇!」
「両舷微速上昇!」
艦長の掛け声と共に、艦はゆっくりと上昇する。潜水艦と違い、大きな窓がついているのがいい。外の様子がよく分かる。
ところで、先ほどラグナ少尉から伺ったが、この駆逐艦につけられた「スティルトン」という別名は、なんとチーズの名前のようだ。
一見すると品格のある名だが、とても臭いチーズらしい。この船が就航した際の艦長が大好きだったためそう名付けられたそうだが、このチーズは宇宙への持ち込みは禁止とされているそうだ。
我々の星にも、発酵食品の類はあるが、あれと似たようなものだろうか?私の祖父も、とても臭い魚の発酵食品を好んで食べているが、まるで生ゴミのような臭いがして、とても私は食べる気がしない。あんな感じだろうか。
高度4万メルデ、こっちの単位では4万メートルの高さに達すると、全力運転にて大気圏離脱を行うそうだ。その先は宇宙、我々の星からは、まだ数えるほどしか行ったことのない世界。そんな場所に私は、今から向かうことになる。
規定高度に達したようだ。艦の上昇が止まる。
外はすっかり大気の層の上に出たようだ。空はすでに暗い。
「これより、当艦は大気圏離脱を行う。両舷前進いっぱい!」
「機関出力最大!両舷前進いっぱーい!」
直後、艦内を轟音が鳴り響く。宇宙に出るため、ロケットエンジンのようなものを吹かしているのだろう。窓の外を見ても、すごい加速だ。
だが、加速を全く感じない。まるで地上の方が後ろに向かって走っているような感覚に襲われる。でもきっと彼らのことだ。加速度を打ち消すなにか仕掛けがあるのだろう。
しばらくすると宇宙空間に出たようで、エンジン音が静かになってきた。
外には、青い地球が見えてきた。テレビでもよく見る光景だが、やはり実際に見ると迫力が違う。私は、こんなに大きな星に住んでいたのか。改めて実感する。
そこへ、ラグナ少尉が現れた。
「艦長殿!お呼びですか?」
「ああ、そろそろ夕飯の時間だし、マイヨール大尉殿を食堂に案内してくれ。」
「了解しました!」
再び、ラグナ少尉と一緒に歩く。
「お忙しいところ申し訳ないですね、ラグナ少尉。」
「いえいえ、私は今、することがないんです。大尉殿の案内ができるだけでもありがたいです。」
「えっ!?そうなんですか?でも少尉、パイロットじゃないですか?」
「私の機体、海に落ちてしまったじゃないですか。だから今、乗る機体がないんです。」
ああ、そうだ。そういえばそんなことがあった。ここ最近衝撃的な事実が多すぎて、すっかり忘れていた。
「…怒られたんじゃないですか?ここに戻ってからも。」
「いえ、それが私じゃなくて、艦長が怒られたんです。私を単独で行かせたことが問題になったそうで、ああいう時は2人以上で行かせないと、海に落ちても当然だと言われてしまったそうです。」
まあ、そうだろう。もう1人が交渉にあたり、もう1人が乗っていれば、海に落ちる前に機体を上昇させられたかもしれない。
「でも、あなた方と話をして、結果的にこちらの政府との接触ができたため、お咎めなしってことになりました。いやあ、あの時、大尉が私と話して頂けなかったら、私は今ごろ減給処分だったかもしれませんね。助かりました。」
「は…はあ。あはは。」
給料の心配どころじゃない、随分とスケールの大きな話をしている気がする。我々にとっては人類全体レベルの危機だと思っていた事件だというのに、彼女にとっては給料をもらえるかどうかの問題になっていた。
なんだか、我々が真面目にやり過ぎて拍子抜けした感じだ。でも、ことの顛末を語るラグナ少尉の笑顔を見て、私にはどうでもよくなった。
食堂に着いた。
てっきり、ここには色々な宇宙人がいるものだと思っていたが、人種や肌の色に違いがあるだけで、我々と変わらない普通の人たちばかりだった。
タコやナメクジのような、もっと人間離れした宇宙人がたくさんいるものと思っていただけに、あまりに普通すぎて、ここでも拍子抜けした。
「さっ!大尉殿!何を食べます?おすすめは、オムライスですよ!」
ラグナ少尉、楽しそうだ。潜水艦の中でもそうだったが、よっぽど食べることが好きらしい。
だが、オムライスは売り切れになっていた。
「ええっ!?オムライスがない!そっか、補給前だから、食べられるものが限られてるんだ…」
なんだか残念そうな少尉。仕方がないので、選択できる中から料理を選ぶ。
ここに文字が読めない私の代わりに、少尉が選んでくれた。
で、出てきたのは「ラタトゥイユ」という、スープっぽい料理。ラグナ少尉も同じだ。
「ごめんなさい、こんなものしか選べなくて…戦艦の街に行った時に、おすすめのお店に行きましょうね。」
「はあ、で、何ですか?戦艦の街というのは?」
「はい、これから補給のため、戦艦に寄港するんですが、その中に街があるんです。」
聞けば戦艦というところは、駆逐艦の補給を行うのが主任務らしい。そこには街が設けられていて、乗員の慰労のため使われているそうだ。
狭いながらも飲食や服、雑貨などの店が立ち並び、映画やスポーツ施設もあるという。長い宇宙滞在では、駆逐艦の狭い艦内では気が滅入ってくるため、こういう配慮がされているらしい。
羨ましい話だ。我々潜水艦乗員にも、そういう配慮が欲しい。
それにしても、戦艦内にある街か…そこにラグナ少尉と一緒に行けるんだ。トマトソースで酸っぱいこのラタトゥイユというのを食べながら、私はその未知の街に想いを馳せた。
でも待てよ!?ラグナ少尉と私が街に行ったら、それはつまり「デート」ということにならないだろうか?
「あれ?大尉殿?ほっぺにトマトがついたみたいですよ。」
少尉、これはトマトではなく、私の頬が赤くなっただけだ。いかんな、私は女性慣れしていない。
思えば、私は軍学校に入って潜水艦部隊に配属されるまで、ひたすら軍隊一筋だ。海軍には女性士官などほとんどいないし、誰かと付き合うなどということは、考えたこともない。
しかし、この船も女性は少ないようだ。ということは、すでにおつきあいしている人がいてもおかしくはない。少尉は美人だし、周りの男どもも放ってはおかないだろう。
…いかんな、意識しすぎだ。だいたい、つい4日前には、彼女の船に向かってミサイルを撃ち、おまけに拳銃まで向けた相手だ。
第一、私は彼らからみれば、何百年も遅れた文明の人間だ。我々が攻撃したことなど、まるで相手にしていない様子だった。ラグナ少尉からみれば、私など「猿」のようなものじゃないか。
そう思うと、決して叶わぬ恋をしようとしている自分に、少し腹が立ってきた。
冷静になれ、私は軍人としてこの船に乗り、宇宙船というものがどういうものかを知るためにここにいるんだ。この星の代表として、責務を果たさねばならない。
そう自分に言い聞かせて、私は食事を終えた。
「戦艦に到着するまで、まだ時間があります。どこか行きたいところ、ありますか?」
「そうですね、この船の機関などを見せていただければありがたいのですが。」
「えっ!?」
この反応、やはり軍事機密の塊とも言える機関だから、見せられないのだろう。ラグナ少尉と言えども、軍人なのだ。
「いきなり見ちゃいますか!機関!!いいですよ!行きましょう!」
…あれ?とても乗り気だ。というか、いいのか?私のようなものに最高軍事機密を見せてしまって。
「少尉、その…」
「なんですか?」
「機関などというものを、艦長の許可なしに見てもよろしいんですか?」
「いいですよ~私なんて毎日見てますから。大丈夫です!めちゃくちゃ楽しいですよ!あそこ!」
毎日見てる?パイロットの少尉が?なんだろうか、そんな見張り当番でもあるんだろうか?
機関室についた。ラグナ少尉が手を扉を開き、中に入る。
「ここが機関室です。前にあるのが重力子エンジンと呼ばれる、反重力を生み出すエンジンですよ。これを使って宇宙空間を進むことができるだけでなく、無重力の艦内に重力を作り出したり、加速度を打ち消したりする慣性制御も行ってくれるんです。」
「へえ、すごいな、そんなものがついてるんだ。」
「いや、でも本当にすごいのはこちら!核融合炉です!これが生み出すエネルギーといったら、すごいんですよ、本当に。これ一機で出力はなんと330万キロワットあって、ちょっとした街の発電ならこれひとつでできちゃうほどのものなんです!これがこの艦には2つ付いててですね…」
何やら興奮気味に語り始めるラグナ少尉。なんでも、これによって発生するエネルギーで、街がひとつ消滅するほどの力があると、そんな物騒なことまで言いだす始末だ。ただ、ひとつわかったことがある。
彼女はどうやら、こういうパワフルな機械が好きなんだろう。そうとしか思えない。毎日来ているといっていたが、要するにこういうものがたまらなく好きなようだ。
「…てことで、あの潜水艦にも搭載すれば、空を飛ぶこともできますよ!あ、もちろん潜水艦サイズのものもありますよ!最も小さい重力子エンジンは複座機にもついてるやつで…って、あっ!」
どうした!?急に我に帰ったように、黙ってしまった。
「…すいません、私、こういうのを見るとつい興奮してしまって…」
「いいんじゃないですか?こういう機械が好きなんでしょう?分かりますよ、そういう気持ち。」
「ほんと?ほんとですか!?じゃあ、もうちょっと語ってもいいです?」
「いいですよ。私はこういうものを調査するのが仕事ですし、もっと語っていただけるとありがたいです。」
「分かりました!じゃあ、思う存分語らせてもらいます!で、複座機についてる核融合炉はですね…」
また語り始めた。よほど好きなんだな、こういうのが。なるほど、彼女が艦隊配属になった理由がよくわかる。絶対、本人が希望したのだろう。間違いない。
だがいくら美人でも、核融合炉とかいう大出力の機関を前に熱く語る女子など、普通の男性にとっては、これはドン引きするのではないか?
ところで、さっきから気になっているのだが、この機関の音が徐々に小さくなっている。出力を落とし始めているようだ。
と、その時、ガシャンという音がした。何かに接続した音のようだ。
「あ!しまった、もうこんな時間!戦艦に着いちゃったようです。大尉殿!お部屋の前で待っててください!すぐに行きます!」
大急ぎで部屋に戻るラグナ少尉。
私は言われた通り、部屋に戻った。といっても、さっき来たばかりで、場所を忘れてしまった。鍵に書かれた番号を人に聞きながらたどり着く。
部屋についてしばらくすると、ドアベルが鳴った。私は外に出た。
そこには、スカート姿の大きな帽子をかぶったカジュアルな姿の女性が立っていた。
「お待たせしました!さあ、行きましょう!」
一瞬、この人が誰だか分からなかった。
だが、私の部屋を知る女性など、1人しかいない。
「…もしかして、ラグナ少尉、ですか?」
あまりの変貌ぶりに、私は思わず確認した。
「そうですよ。ラグナです。大尉殿!行きましょう!街へ!」
こうして私は、すっかり「女」になってしまったラグナ少尉と一緒に、街に向かった。




