潜水艦と空中艦とマグロ缶 1
「深度5、両舷停止、対艦ミサイル発射準備よし。」
艦内に緊張が走る。今、我々のいるこの海域の上空に、得体の知れない物体が浮かんでいる。我々の任務は、この物体の撃墜だ。
私の名はマイヨール。第7潜水艦隊所属の大尉。この大型の原子力潜水艦「ブルゴーニュ」の魚雷担当だ。
1週間ほど前から、奴らがこの地球のあちこちに出没するのが確認された。宇宙からやってきたのは確認されており、明らかに戦闘艦であることから、我々を侵略するためにきたことは明白だ。
これを受けて直ちに国際会議が招集された。普段は仲たがいしている国同士も、今回の非常事態に対しては一致団結せざるを得ない状況だ。
まず空軍が出動したが、動きを察知されて逃げられてしまった。そこで海の中から接近し、迎撃するという作戦が考案された。
だが、元々潜水艦というのは、飛行物体を迎撃するための武器がない。あるのは対艦用ミサイルのみ。だが、相手は長さ300メルデ、幅は30から70メルデの四角い飛行物体。航空機というよりは艦艇だ。このため、対艦ミサイルで迎撃可能ではないかということになり、潜水艦による対艦ミサイルでの攻撃作戦が実施されることになった。
現在、この海域には10隻の潜水艦が展開中だ。上空には5隻の飛行艦がいるので、各艦がこれらを一斉攻撃。しかるのちに急速潜航し離脱。これが作戦の概要である。
空中艦だけあって、空の監視は完璧なようだ。だがそんな彼らも、海の中は全く見えないらしい。こちらに気づくことなく、悠々と飛んでいるようだ。ソナー室では、あの空中艦から出る不気味な低音がしっかり聞こえてるようだ。
潜望鏡深度まで浮上し、攻撃目標を確認する。今回の作戦のため、潜望鏡は真上の目標を捉えられるよう改造されている。
偵察艇の報告通り、まだ上空にいる。横一線に並んで飛んでいた。高度3000メルデ、我が艦は前から2番目の艦の攻撃担当だ。
艦内にカーンという音が鳴り響く。旗艦よりピンが放たれた。攻撃の合図だ。
ミサイル担当が発射ボタンを押す。この艦の発射口は全部で4基。4発のミサイルが一斉に射出された。発射音が狭い艦内に響き渡る。攻撃開始だ。
他の艦も一斉に発射した模様。計40発が、上空の5隻の空中艦に一斉に放たれた。
着弾観測は偵察艇に任せ、我々は急速潜航に移った。
ところが…ここで非常事態が発生。
発射口の一つが閉じなくなってしまった。そこから海水がなだれ込でくる。
艦内に入ることはないが、そのまま深海には潜航できない。せいぜい深度10程度。これでは逃げられない。
それにこのまま海水が入りっぱなしではバランスを崩してしまう。一旦浮上して、排水しなくてなならなくなった。
まだ不明艦の迎撃を確認できたわけではないのに、我が艦は浮上しなくてはならなくなった。運が悪い。
メインタンクブロー、急速浮上。我々の艦は海上に姿を現した。
外が心配だ。まだ撃墜は確認されていない。ちゃんと攻撃は当たっているのか?
浮上直前に爆発音がしたため、命中したのは間違いない。問題は、迎撃できているかどうかだ。
潜望鏡で艦長が外を確認している。我々は、艦長の言葉を待つ。
だが、なかなか艦長は潜望鏡から離れない。黙って外をじっと見続けている。
ようやく艦長が口を開く。だが、艦長からの言葉は、とても信じられないものだった。
「上空確認、目標5隻…全て健在!」
今度は我々が凍りついた。40発のミサイルを受けて、一隻も沈められなかったようだ。
なんということだ。こうなると危ないのは我々だ。潜水艦は海上に出てしまえば、無防備きわまりない。攻撃を防ぐ手は全くない。
発射口の排水は行われているが、空きっぱなしの蓋が中からの操作では閉じられない。どうやら外に出て人が閉じてやらないとダメなようだ。完全に故障してしまった。最新鋭艦が聞いて呆れる。
艦内に緊張が走る中、潜望鏡を覗いていた艦長が、私に潜望鏡を見せる。
見ると、空中艦から一機の航空機が降りてくる。黒い戦闘機だが、こちらに向かっている。
いったい何をするのかと思ったら、潜望鏡から見えなくなった。どうも真上で空中停止しているようだ。
ソナー室から、ブーンという低い音がするといっている。つまり、まだこの艦の上にいるということだ。こんな飛び方をする航空機は初めてみた。だが、彼らはあれだけ大きな船を空中に浮かべられる技術を持っている。航空機くらい、空中停止できて当然だろう。
その機体は、我々の飛行甲板状に着地したようだ。ゴトッという音が鳴り響く。
艦長が、私に向かって言った。
「大尉に命ずる、甲板上の不明機を調査せよ。場合によっては、発砲を許可する。」
と言って、拳銃を手渡してきた。
ミサイルが効かない相手に拳銃で立ち向かえとか、わりと無茶なことをこの艦長は要求してきた。大体私は魚雷担当だ。拳銃なんてほとんど使ったことがない。
だが、どのみちあの宇宙人相手ではこの艦ごと沈められるのがオチだ。同じ死ぬなら、まだ相手が見える外の方がいい。そう思って、外に出る覚悟を決めた。
上部ハッチを開けて甲板上に出る。すぐそばには、あの黒い航空機がいた。
ゆっくりとハッチを出て、その航空機に近づく。するとすぐ横に1人、誰かが立っているのが見えた。この航空機のパイロットであろうか?
その人物はヘルメットをかぶっており、飛行服のようなものを着ていた。
姿格好は我々と全く同じようにみえる。あの飛行物体は宇宙から来たという話だが、ここにいる人物はあまり宇宙人らしくない。
その宇宙人と思われる人物は、私に気づいた。
私は拳銃を向ける。するとその宇宙人が口を開く。
「あっ!ちょ…ちょっと待って!撃たないで下さい!」
あれ?我々の言葉を話したぞ。なんだ、この人物は。
「貴官の所属と、ここに来た目的を聞きたい!」
拳銃を向けたまま叫ぶ。するとその人物から返答があった。
「私は地球171 遠征艦隊 駆逐艦3931号艦所属のパイロット、ラグナと言います。ここに来た目的は、この艦の方と接触することです。」
「どうして、わざわざこの艦の人間と接触する必要があるのか!?」
「だって、蓋が閉まらなくなって困ってるようだから、艦長が行って来いって…」
この蓋が閉まらなくなったのは、あんたらを攻撃したからだぞ!?それを気にかけるようなことを言ってきた。むしろ余計に怪しく感じる。
「おい!一つ聞きたい!あんたらは宇宙から来た宇宙人なのか!?」
「そうですよ、あなた方からすれば宇宙人です。」
「では、我々の地球に来た目的はなんだ!?侵略か!?」
「そんなことしませんよ、恐ろしい。我々は、この星の人との同盟を求めてやって来たんです。」
恐ろしい相手から、恐ろしいと言われてしまった…それにしてもこのラグナとかいうパイロット、なんだか華奢だし、声は高いし、どうも今ひとつ緊張感がない相手だ。これでも軍人なのか?
私は拳銃を収めた。なんだか、緊張している自分がバカらしくなってきた。
「で、あなた方はどうするんですか?我々はご覧の通り潜航不能、無防備な状態です。」
「ですよね~。それで、うちの艦長が私に行けって言うんですよ。蓋を閉める手伝いでもしてこいって。」
どうやらお互い、艦長に振り回されたもの同士のようだ。仲良くやったほうがいいのかもしれない。
だが、この緊張感のなさはかえって警戒してしまう。何か裏があるんじゃないかと考えてしまうのが普通だ。
でもどうもこのこのラグナとかいうパイロットからは、その裏を感じられない。でも、相手は我々のミサイルを全く受け付けなかった相手、本当に信頼してしまってもいいのか?
ところで、さっきからずっと気になってるんだが、この潜水艦は結構揺れている。
その潜水艦の上に、どう見ても固定されてないこの航空機、このままでは海に落っこちるんじゃなかろうか?
と思ってるうちに、大波が来て艦が揺れた。その拍子に、あの航空機が海に落っこちた。
「ああ!複座機が落ちちゃった!」
このラグナって人、急いで駆け寄ろうとする。
「馬鹿!海に落ちるぞ!」
私は慌てて捕まえた。私はこのパイロットを抱え込んで引っ張り上げる。その拍子に後ろに倒れ込んだ。
どうもさっきから薄々気づいていたのだが、このとき抱え込んで確信した。このパイロット、女だ。
体が明らかに男っぽくないし、小柄だし、声も高いし、何よりも捕まえた時に触ってしまった胸が柔らかい。
「ああ…どうしよう…艦長に怒られる…」
ラグナさんは海に沈む航空機を見て落胆しているようだった。
「ちょっとすいません…駆逐艦に連絡します。」
なにやら小型の無線機のようなものを取り出した。だがこの無線機、少し変わった形をしている。
真っ黒な四角い機械で、一面が表示用機器になっている。そこには見たことのない文字や小さく四角い絵のようなものがずらずらっと並んでいる。我々の感覚では、あまり通信機らしくない。
「…こちらラグナ少尉…はい…そうです。落っことしちゃいました…」
そのとき、ここからでもわかるくらい大きな怒鳴り声が、その通信機から漏れてきた。ラグナさんは通信機に頭を下げて、ひたすら謝っていた。
なんだかドジな宇宙人だ。本当に彼らは、我々のミサイルすら効かなかった相手なのか?
「あの~、すいません。艦長から、この船の責任者と会見してこいって言われました。お会いしたいんですが、お取次ぎをお願いしてもよろしいでしょうか?」
泣きそうな顔をしている。あれだけ怒鳴られたら、さすがに辛そうだ。
「そんなこと言っても、急に会わせろなんて艦長が聞き入れてくれるかどうか…」
「艦長が、複座機一機分の成果を挙げなければ、駆逐艦に帰ってくるなって言うんですよ!私、このままじゃ帰れないんです!」
泣いてしまった。まるで退路を断たれた飛び込みの営業のようなことを言ってるが、実際帰れなくなってしまったわけだし、少し可哀想になってきた。
「わ…分かったから!艦長に話をしてくるから、少し待ってて!」
ミサイルの効かない相手に、死を覚悟してきたつもりが、どうしてこんなところで泣いている女性をなだめることになってしまったのか?今日という日はいったい、どうなっているんだ。
私は艦内に戻る。艦長が私を見るなり、表の状況を聞いてくる。
「大尉!さっき大きなものが落ちる音がしたが、なにがあった?それから、宇宙人か何か現れなかったか!?」
「艦長…ええとですね、宇宙人は現れて、我々との接触を求めてきました。なんでも、我々と同盟を結ぶために来たと言ってます。それからその大きな音なんですが…その宇宙人の航空機が落っこちてしまいまして…」
「なんだと!?じゃあ、宇宙人は海に落ちたのか!?」
「いえ、今は甲板にいます。なんでも、艦長と接触しないと帰れないと言われたようでして…」
「変なやつだな。で、どんなやつだった。やっぱりタコみたいなやつなのか?」
「いえ、姿格好は我々と同じ人間です。ただ…」
「ただ?」
「…女なんですよ、どう見ても。」
「なに~!?女だって!?」
艦内が急に騒がしくなった。ここは72人の男だらけの船だ。女という言葉に反応してしまうのも無理はない。
「それは本当か?宇宙人が我々を騙すために、化けてるんじゃないのか?」
「それほど入念な準備をしているとは思えませんよ、だいたい、航空機を海に落っことすほどのドジっぷりですし。」
「それもそうだな…まあいい、分かった。話くらいは聞いてやってもいいだろう。宇宙人の乗艦を許可する!」
なぜか艦内では歓声が上がった。だが、さっきまでわれわれがミサイルを撃ち込んだ相手だぞ、大丈夫だろうか?この艦は。
私は再び甲板に上がる。座り込んで待っていたラグナさんに声をかける。
「ラグナ…少尉だったか、乗艦許可が下りた。艦内に案内する。」
「あ、はい、お願いします!」
ラグナ少尉は立ち上がる。少しまだ涙目になっている。
私はハンカチを貸した。
「あ、ありがとうございます。すいません、泣き虫で…」
目を拭いたあと、彼女はヘルメットを取る。
正直、期待はしていなかった。いくら女性でも相手はパイロット、そんな人が美人であろうはずがない。そう思っていた。
だが、ヘルメットを取ると、流れるような金色の髪の毛がさらりと舞い降りた。顔はやや童顔だが、均整のとれた顔立ち。私は予想外の容姿に、一瞬どきっとなった。
ヘルメットを取った彼女、私に敬礼してこう言った。
「改めまして、私の名はラグナ。階級は少尉。あなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あ…ああ、私の名はマイヨール、階級は大尉。では、案内します。」
私も敬礼で返す。この辺りの作法は我々と同じようだ。
ハッチから入り、ハシゴを降りる。狭い通路を通って艦内の中央にある管制室に入った。
艦長以下5名が出迎える。ラグナ少尉は敬礼して言った。
「初めまして、私は地球171の宇宙遠征艦隊、駆逐艦3931号艦所属のパイロット、ラグナ少尉と申します。」
「私は共和国 第7駆逐艦戦隊の2番艦「ブルゴーニュ」艦長、ベルナールド少佐だ。貴官の訪問を歓迎する。」
「ありがとうございます。私は艦長より、こちらの惑星の方と接触し、今後我々とあなた方の政府同士の同盟交渉にあたり口添えしてもらえるよう、打診できないかお願いに参りました。」
「その前に、あなたにはお聞きしたい事がたくさんある。なぜあなた方は我々の攻撃を退けるほどの力がありながら、同盟などという対等外交を口にするのか?いや、それよりまず、どうして我々の攻撃が効かないのかということも知りたい。」
「ええと、順番にお話しますね。まずこの宇宙のことからお話すると…」
その彼女の口から語られる宇宙というものは、私の想像をはるかに超えるものだった。
半径7000光年もの円形の領域に、我々と同じ人間が住む星が770もあるという。その登録順に番号がついていて、我々は771番目となるようだ。
そのたくさん存在する星は二つの勢力、宇宙統一連合と銀河解放同盟とに分かれていて、すでに160年以上も戦争状態が続いているという。
このため、この二人の勢力は新しい同盟星を求め、新たな人類生存惑星を探し出し、同盟交渉をするため地上に現れたのだという。
我々の星を見つけたのはつい2週間ほど前。ラグナ少尉の駆逐艦5隻は海洋調査のために展開していたのだという。
なお、ミサイルが効かなかったのは、耐衝撃粒子発生装置、通称バリアと呼ぶ防御兵器のおかげだという。これがある限りは、あの船に傷一つ与えられない。
その駆逐艦は、現在この地球上に全部で300隻も展開しているようだ。この5隻はそのうちのごく一部。
さらに言うと、この恒星系には全部で1万隻もの駆逐艦、さらに大きな戦艦が30隻もいるという。これが遠征艦隊の全貌だそうだ。
同盟を結んだ場合、これらの艦艇への補給物資の提供や鉱山、農地の貸与が用きゅされ、その見返りに交易による莫大な利益や、あの駆逐艦の建造技術を始めとする、各種技術の提供を受けることになる。
と言うのが、彼女の話だった。もちろん他にも聞きたいことはあるが、すでにいっぱいいっぱいだ。中でも、あの駆逐艦の建造技術を譲渡してもらえるなど、信じられない話ばかりだ。とりあえずはここで切り上げることにした。
艦長が軍司令部に通信し、彼らの意図を伝えることになった。ラグナ少尉も、上空の自分の船に無線機で折衝の中身を伝えていた。
が、もう一つ問題が起きた。上の艦から、彼女を迎えに行けないそうだ。
先ほどから波が高くなり、航空機がこの艦に着陸できないという。このため、彼女を回収できない。確かにちょっと揺れが大きい。
ということで、彼女はしばらくこの艦に滞在せざるを得なくなった。着替えや食料を下ろしてやるから、受け取るよう連絡が来た。
甲板の上には、先ほどとは違う型の航空機が飛んでいた。紐で吊るされた荷物を彼女は受け取った。
しかし、艦内に残れとは無茶な話だ。この男ばかりの船に、軍人とはいえ女性が一人。
もっとも、乗員は歓迎ムードだ。男ばかりの艦内で咲く一輪の花。いや、この場合は狼の群れの中の子ヤギとでも言った方が正確だろうか?皆、虎視眈々と狙っているように感じる。
艦が母港に戻るまで3日、最悪はそれまでここにいることになる。
さて、問題は生活場所だ。幸い士官部屋が一つ空いていたので、寝るところは確保された。
しかしこの船、トイレもシャワー部屋も男用しかない。トイレは共用化できても、シャワー室は上半身部分が隠れる程度のカーテンがかかってるだけ。鍵などというものはない。そのままでは覗き放題だ。
そこで、決まった時間にシャワーを浴びてもらうことにした。その間外から大きなカーテンで覆い隠し、見張りをつける。
で、その見張り役は私がすることになった。皆は羨ましがるが、別に私は覗くつもりはない。
なんとか難問を片付けたところで、もう一つの難題にも着手した。
それはあのミサイル発射口もハッチだ。
開けっ放しはさすがにまずい。波をかぶって再び海水が入ってしまう恐れがある。数人の乗員が目一杯押してみたが、びくともしない。
どうもハッチの根元がこじれて下がっている。少し持ち上げてやればいいが、重さ3トンものハッチはそう易々とは持ち上がらない。
そこで、ラグナ少尉は駆逐艦に連絡した。哨戒機という機体で持ち上げてやれないかと交渉していた。
その哨戒機がやってきた。さっき彼女の荷物を届けてくれた機体だ。今度はワイヤーをぶら下げてきた。
「オーライ!オーライ!」
彼女は誘導する。ハッチの近くまでワイヤーを下ろしてきたので、それをハッチに引っ掛けた。
哨戒機が少し上昇し、その拍子でハッチが持ち上がった。そこでワイヤーを切り離すと、ばしゃんと音をたてて蓋が閉まった。
これで潜行することもできるが、今はあまり潜航する意味がなくなった。ラグナ少尉を載せていることもあり、彼女の船もついてきている。このまま浮上したまま航行することになった。
さて、食事の時間だ。彼女は自分の部屋で食べるつもりだったが、この船の狼どもがそんなことをさせるわけがない。食堂に誘って、一緒に食べることになった。
が、心配なので、私は横についていた。
「ラグナさん?あの船もこんな感じに男ばかりなんですか?」
「いいえ、私を含めて女性は10人いますよ。」
「へえ、結構いるんだ。でも、部屋はあるの?」
「うちの艦は全員個室ですよ。今あの艦には110人くらいいますけど、個室が200室あるので、全然余裕ですよ。」
「ええ!あの大きさの船でたったの120人!?どうやって動かすの!?」
たわいもない会話だが、彼女から出てくる宇宙の話は途方も無い話が多い。
まず、あの船が「駆逐艦」と呼ばれてることだ。あんな大きい船なのに駆逐艦。もっと大きな「戦艦」があるといっていたが、大きさを聞いて驚いた。全長3500メートルだと言う。上の駆逐艦が300メートルといっていたので、どうやらメートル = メルデという単位のようだ。このため、その戦艦の大きさが分かったが、あまりにも大きすぎて想像がつかない。
何故同じ言葉を使ってるのかと聞けば、これは統一語と呼ばれる言語で、宇宙では最も普遍的な言語だそうだ。なんと我々は知らないうちに、宇宙の共通語を話していたようだ。
もっとも、文字は違った。統一文字というのがあるが、こちらは覚えなければならない。だが、統一語を話す人ならすぐに覚えられるらしいそうだ。
ぎすぎすした艦内が急に明るくなった気がする。つい数時間前までは敵だと思ってた宇宙人との交流が、こんなに楽しいことになるとは思わなかった。
ところで、彼女はあの駆逐艦から供与された食料を食べている。缶詰のようだが、何を食べているのかと思いきや、これは「マグロ缶」だと言う。
はて?マグロとは何か?どうやら魚らしいが、聞いたことがない。そこで一口頂いてみた。
赤身の魚だが、とても柔らかい。周りにはやや塩辛いソースのようなものがかかっているが、これが魚特有の臭みを消して、美味しさを引き立てているから不思議だ。
すると他の乗員も次々に貰っていた。珍しい宇宙からの食べ物ということで、みんなで食べてしまった。代わりに、艦内の食事が振舞われた。
彼女自身、缶詰が好きではないようだったので、むしろ潜水艦のハムエッグの方が良かったようだ。喜んで食べている。
こうして、楽しい食事時間は終わったが、ある意味で緊張の時間がやってきた。
それは、シャワーの時間だ。
艦内の時間で19時から10分間が、ラグナ少尉の時間と決められた。
カーテンが二重にかけられて、その中で1人、シャワーを浴びる。
「それではマイヨール大尉殿、手早く済ませますんで、よろしくお願いしますね。」
と言って、ラグナ少尉は即席のシャワールームに入っていく。
ラグナ少尉はシャワールームに入っていった。私はその部屋の前に突っ立ってる。
鼻歌が聞こえてくる。当然だが、今は生まれたままの姿だろう。宇宙人と言っても、遺伝子的になんら違いがないそうだから、つまりは我々の知る女性そのものの姿が、そこにあるはずだ。
男どもが寄ってきて、鼻歌に聞き耳を立てていた。まあ、覗いてるわけではないから、私からとやかく言えないが、なんだか顔つきがいやらしいな、こいつらは。
シャワーが止まり、しばらくして着替えを済ませたラグナ少尉が現れた。その姿に、やや衝撃が走る。
さっきまでの軍服ではなく、ややラフな寝間着を着ていた。それも、少し胸元が緩い服だ。男性陣を刺激するあの谷間がうっすらと見えてしまう。さっきの荷物にあった寝間着らしいが、ちょっと大きめのサイズのものが送られてきてしまったようだ。
無論、この狼集団にこの格好は大歓迎される。まさに飢えた狼だ、みんな彼女に声をかけてくる。艦長までやってきた。下心が丸出しだ。
みんな、明日も「天気明朗波高し」であってほしいと願っていた。お迎えが来られなければ、しばらくこの船で彼女を独占できる。
翌朝、彼女はわりと正確に7時に起きてきた。
駆逐艦でも窓のない生活を送ってるため、体内時計だけで規則正しく起きることには慣れてるそうだ。考えてみれば、宇宙というところには昼も夜も関係ない。この潜水艦と同じような環境みたいだ。
ただ、彼女は軍服に着替えてしまった。さすがにあの格好では現れてくれなかった。やや落胆する男性乗員諸君らと共に、朝の食事に向かう。
朝食でも彼女はマグロ缶だった。再びマグロ争奪戦と、ラグナ少尉へのハムエッグ等の譲り合い合戦が始まった。
さて、艦内では一波乱起きていた。航海科の隊員が不満を漏らしていたのだ。
戦闘担当は、戦闘がなければラグナ少尉といつまでも話ができるが、航海科は常に潜水艦を操艦しなくてはならないため、楽しい会話に参加できない、不公平だ、と言ってきたのだ。
それにしても、ラグナ少尉1人と喋りたいという理由で不公平だと言ってくるとは、本当に大丈夫だろうか、この船は。しかし、彼女に絡んで発生した問題に対応するのが私の役割となってしまった。ラグナ少尉に、潜水艦の操舵室を見学してもらうという形で、航海科の人達と交流してもらうことになった。
「ラグナ少尉の乗っているあの駆逐艦にも、航海士っているんですか?」
「いますよ。大半は自動運転なんですが、人はいないといけませんから、3交代で張り付いてますよ。」
「でも宇宙なんですよね。どうやって位置や方向を調べるんです?」
「星を使うんですよ。その星域の星座表があって、それを元に位置や方向を知るようになっています。」
航海科というだけあって、船に関する話が多い。彼女も宇宙空間を飛行するために、航法の心得があり、航海士とも話が合うようだ。
こうして、すっかり宇宙人に心を奪われてしまったこの潜水艦内。だが、とうとう翌日には港に着いてしまった。
これで楽しい会話も、マグロ缶の争奪戦もおしまい。寄港直前の食堂に一同集まって、ラグナ少尉は挨拶を聞いた。
「みなさんにはお世話になりました。ありがとうございます。また、どこかでお会いしましょう。」
皆口々にお別れの挨拶をしていた。
港に着く。桟橋の上で、私はラグナ少尉と別れの挨拶をした。
「大尉殿にもお世話になりました。この3日間、シャワーの見張りもして頂いて、本当に助かりました。」
「少尉殿もお元気で。またお会いすることがあったら、ゆっくりとお話ししましょうか。」
とは言ったものの、話すことはもうないだろう。この時はそう思っていた。
彼女の所属する駆逐艦は、港のそばの空き地に着陸した。ラグナ少尉はその艦に向かって歩いていく。これでお別れだ。少し寂しい気がする。
それにしても、見れば見るほどこの駆逐艦というのは大きな船だ。まるで高層のビルを横にしたような大きさだ。あれがこの惑星の外に1万隻も集結しているとは、宇宙というところはなんと壮大な場所なのか。
さて、帰港したばかりの私は、突然司令部に呼び出される。この港のすぐそばに潜水艦戦隊司令部があるが、いままで昇進でもないのに呼び出されることなんてなかった。何だろうか?
私は司令部の建屋に入る。受付に行くと、そこである会議場に案内された。
そこには、艦長もいた。なんだか重々しい雰囲気だ。
まず聞かれたのは、私がラグナ少尉、つまり宇宙人との最初の接触の際の話だった。私はまず銃を向けていたこと、それから航空機が海中に没するまで、一連のやりとりを話した。
続いて、宇宙人に関する情報だ。770もの星が二つの陣営に分かれてることや、宇宙には1万隻もの駆逐艦がいるという話などを話した。
どうやら、予め軍司令部は私の話したことを知っていた。というのも、私の潜水艦からの通信を受けた直後、2日前に別の駆逐艦と接触していた。すでに政府は彼らとの接触を始めていたのだ。
ただ、彼らからの情報と、ラグナ少尉の話との間にずれがないかと確認したのだった。
もし話に少しでも食い違いがあれば、宇宙人が本当のことを隠して我々に接触しているという疑いが出てくるが、これだけ一致しているのなら、おそらく彼らの言葉に作り話はないだろうという結論になった。
その上で、司令部から私に命令が下った。
「我が軍の代表、いや、我々惑星の代表者として、あの駆逐艦に乗船せよ。」




