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大雪とマッチ売りと鉱物調査員 2

再び、駆逐艦は担当空域に戻った。


補給前とはうって変わって、地上は晴れていた。あの吹雪はどこへ行ったのか?喜ばしいことだが、同時に私にとっては、別れの晴天だった。


彼女は元に服に着替え、私から受け取った多くの荷物を抱えて地上に向かう準備が整った。ただスマホだけは、電池が切れたら充電手段はないので使えなくなるだろうが…いずれこの星にも電気が普及したら、再び使えるようになるだろう。


哨戒機に乗り込む。セシルさんもまさか地上に戻れるとは思ってなかったので、とても嬉しそうだ。私もセシルさんとの別れは辛いけれど、艦内での保護者を務めた手前、ついていくことになった。


地上に降下する哨戒機。セシルさんのいた教会とは、あの発見場所から少し行ったところにあるという。


発見場所付近に着くと、その教会はすぐにわかった。なんと発見場所からわずか200メートルほどしか離れていない。あの吹雪では、200メートル進むだけでも大変だったということだろう。


地上に着いた。雪の上をゆっくり歩く。教会の扉の前にたどり着く。


セシルさんはその扉につけられたノッカーを叩く。中から人が出てきた。


ああ…ついにお別れだ…短い付き合いだったけれど、これほど名残惜しい別れは初めてじゃないだろうか?


「マザー!私、天国から帰ってきました!」


セシルさんは中から出てきた女性に向かって言った。


ところがその人から、意外なセリフが飛び出した。


「なんで戻ってきたんだい!お前は死んだんじゃないのか!?」

「ええ、でもこうして生き返ったんですよ。マザーが普段仰ってた通り、善行を重ねれば願いは叶うんですね!」

「バカなこと言ってるんじゃないよ!マッチはどうした!売ってなきゃ善行も何もあるかい!お前は帰らないと思って、もう部屋のものは全部処分しちゃったんだよ!さっさと出ていきな!」


随分なことをセシルさんに言い放って、その女性は扉を閉じた。


あたりはシーンとしていた。セシルさんは動かない。


「…セシルさん?あの…」


私はしばらくして、ゆっくりと声を掛けた。


振り向いたセシルさんの顔は、すごい泣き顔だった。


信頼していた人からの手酷い言葉、帰る場所を失った絶望感。さすがのセシルさんも、受け入れられなかったようだ。


帰るところのないセシルさんを連れて、なんとか哨戒機に戻った。


「おかえり、調査員殿。すぐに帰りますか…」


パイロットの大尉殿もセシルさんを見て急に黙り込んでしまった。ただ事ではない何かが起こったことをすぐに悟ったようだ。それはそうだろう。さっきまで意気揚々と出ていった彼女の変わりようを見れば、誰にでも分かる。


「調査員殿…一体これはどういうことなんだ?」


小声で大尉殿が私に確認してくる。


「帰るところがたった今、無くなったんですよ。」

「ええ?教会の人はいなかったのか?」

「いたことはいたんですが、追い出されたんですよ。」


こうなると、セシルさんを連れて帰るしかない。哨戒機は上昇した。


セシルさんはすっかり落ち込んでる。泣いてばかりだ。気の毒だが、なんとかあの笑顔を取り戻して欲しい。


「セシルさん?あの…またシチュー食べに行きませんか?せっかく買った服もありますし…」


などと話しかけてみたものの、無反応だ。


弱った。こういう時、どうすればいいかわからない。


あの童話では、主人公は死んで天に召されるところで終わっていた。だが、我々は生きている。生きている以上、この先に進むことを考えなければならない。


実はこの星に降下する直前に、この星系で戦闘があった。


幸い私のいた艦は生き残ったものの、すぐ横にいた駆逐艦が直撃弾を受けて、全員死亡した光景を目の当たりにした。


生死は紙一重だと痛感した。なればこそ、生きてる以上、前に進まなくてはならない。


「セシルさん!」


私は叫んだ。


「何も悲しむべきことなんてないじゃないですか!セシルさんには、まだ帰るべきところがあるんですよ!艦長にはなんとか置いてもらうよう頼んでみますし、私も面倒を見ます!」

「…でもそれでは、私はただのお荷物じゃないですか…人は善行を積むべき存在、何もしないでは、生きてる意味なんてないですよ…」

「うっ!じゃ…じゃあ、私の仕事を手伝うってのはどうですか?それならあなたの言う善行を積めるし、私も助かる!」


何も考えずに、適当なことを言ってしまった。だが、こうなったら、押し通すしかない。


「マイクさんのお仕事って、なんなのですか?」

「私の仕事は、ええと…なんて言ったらいいか…そう!石探しです!ある石を探してるんです!」

「私は今まで、畑を耕したり、街に出て野菜や薪、マッチを売ることしかしたことがないんですよ。そんな私が、なんのお役に立てるんですか?」

「そばにいてくれるだけでもいいんです!それで十分、私には役に立ちます!」

「…よくわからないですけど、なんでそばにいるだけで、私はあなたの役に立つんですか?」


自分でもよくわからないことを言ってしまった。でもここまできたら、言い切るしかない。


「あなたはとっても明るい方だ。私にとっては、暗闇を照らす光のような方だ。街に出て一緒に歩いてる時に、私はあなたと一緒にいて、とても楽しかった。だから、私にはあなたが必要なんですよ。」


なんだか告白のようなことを言ってしまった…言ったことは事実だし、なればこそ私はセシルさんに立ち直って欲しいと思ってるのは間違いない。


「ほんとですか?マイクさんのそばにいれば、マイクさんは幸せに感じて下さるんですか?」

「はい!そうです!幸せです!だから、泣いてばかりいないで、前向きに生きていきませんか?」

「はい!じゃあ私、マイクさんのそばにいて幸せにします!」


セシルさん、よく聞けばすごいことを言っている。彼女は文字通りのことを言ってるつもりだが、側から聞けば、告白を受け入れてくれたようにも聞こえなくもない。


実際、この一部始終を聞いていた大尉は、操縦席でにやついている。もっとも、大尉殿だって分かってるでしょう?話の流れってものを。


そんなやりとりをしているうちに、駆逐艦に到着した。もうアプローチに入っている。


格納庫から伸びたアームが、哨戒機をキャッチした。我々は格納庫に引き込まれる。


艦内に戻った私とセシルさん。まずは、艦長の元に行った。


艦長室にいた艦長に、地上での経緯を話した。


「…というわけで、雪の中おいてくるわけにもいかず、連れて帰ってきました。私が責任を持ちますんで、なんとか艦内に置いてやることは出来ないでしょうか?」

「それは構わないが、どうする?この先。」

「実は、私の仕事を手伝ってもらうということになったんです。この辺りのことはよくご存知なようですし、土地案内をして頂こうかと。」

「なるほど、それならばいいか。我々も助かる。よし、じゃあ調査官殿、あなたにこのセシルさんのことを任せた。」

「ありがとうございます!じゃあ早速、彼女の部屋の手配などをしてきます。」


艦長室を出て、駆逐艦の事務所に向かう。そこでセシルさんの部屋をもらいに行くことにした。


昨夜は一時的に彼女の部屋をもらっていたのだが、いかんせん今日は地上に戻るはずだったので、今セシルさんの部屋はない。改めてもらわなくてはならない。


途中、大尉殿とすれ違った。


「おう!艦長はどうだって?」

「なんとか置いてもらう許可を頂きました。これからセシルさんの部屋をいただくところです。」

「なんだ?一緒に住むんじゃないのか?」

「…大尉殿?何か勘違いされてませんか?」

「いや、そばにいた方が幸せなんだろう?だったら、一緒にいた方がより幸せだろうと思ってさ。」

「そうなんですか?じゃあ私、マイクさんと一緒の部屋でいいです!」


変なことを言うから、セシルさんまでその気になってしまった。ああ、どうしたものか。


部屋の鍵を受け取り、セシルさんの部屋となったところに行く。部屋に荷物を置いて、昼食を食べに食堂に向かう。


そこでセシルさんはまたシチューを頼んでいた。好きだなあ、シチュー。で、私が頼んだオムライスが気になったようで、こちらをじっと見ている。また少し分けてあげてしまった。


そんなやりとりを食堂にいる人に見られたものだから、いろいろと勘ぐられたようだ。


そんな調子だから、明日からの調査の打ち合わせや機材の確認、夕食、そして寝る時まで私にべったりだった。


さすがにお風呂だけはべったりというわけにいかない。なんとか説得して入ってきてもらったが、風呂から上がるとすぐに私のところに来てしまった。


部屋に2人きりになった。寝間着姿のセシルさんが横にいる。


「ええと…セシルさん?今夜はどこで寝るおつもりですか?」

「当然、このベッドですよ?私のお役目です。あなたのそばにいて幸せにすることが、私のお役目です。」

「ですけど、夜に男女が同じ寝床にいるというのは、少々まずいのではないかと思うんですが。」

「私は構いませんよ。あなたのお相手をするつもりですし。」


この娘、分かってるんだろうか?無邪気なようで、妙に大人のところもある。


「それとも、私と一緒に寝るのは嫌ですか?」

「いや、そんなことはないですよ。」

「じゃあ、いいではありませんか。ご一緒いたします。」


というわけで、ついつい私も受け入れてしまった。その夜は、マッチの火のように熱い夜だった。


こうして、翌朝になる。といっても、窓もない艦内。時計だけが、朝であることを教えてくれる。


すやすやと私の横で眠るセシルさん。突然、寝言を言い出した。


「マッチ買ってください…薪もいかがですか…」


物売りばかりやっていたというが、夢にまで見てるようだ。思わず私は彼女を抱きしめた。そのとき、セシルさんは目覚めた。


「おはようございます。ってマイクさん?あの~、なんで私を抱きしめているんですか?」

「いや、ちょっと遠くに行ってたようだったので、つい…」

「大丈夫ですよ。もうそばにいますよ。」


今度はセシルさんが抱きしめてきた。いかんいかん、私のマッチ棒がまた活性化してしまう。


「ところでセシルさん?あの…非常に聞きづらいことですけど、マッチや野菜を売りながら、こうやって他の人と寝てたりしたことはあるんですか?」

「マザーはよく男の相手をしろって、私に言ってたんです。で、いろいろと教えてくれたんですけど、例えば…」


おっと、ここからは生々しい話になった。なんだあの教会の人は、セシルさんになんてこと教えてるんだ。


「…なんですが、結局一度も使わなかったんです。私と一緒にいようって人がいなかったり、私がその気にならなかったり。今日が初めてですよ、マイクさん。」


…まあ、あまり嘘を言うのが得意ではなさそうなセシルさん。きっと言ってることは本当なんだろう。


「ええと、それって、私ならいいかなって思ってくれたんですか?」

「そうですね、私にオムライスくれたし、一緒に寝るんだし、いいかなって。」


これは好意的に捉えるべきなのか、それとも餌付けに成功しただけなのか、どう考えるべきなのだろうか?


でも、それを聞いたらついついまた理性が吹っ飛んでしまった。もう一度、彼女は相手してくれた。


さて、朝から思わぬ運動をしてしまったおかげで、お腹が空いてしまった。早速朝食に向かう。


私はベーコン付きの目玉焼きに小さなオムライス。彼女も私と同じものを頼んだ。


ベーコンが気に入ったらしく、またしても私のベーコンは彼女のものとなった。この娘は欲しいと思ったら、正直に言う。そんなところが、私は惹かれたのかもしれない。


で、そのあと大尉殿操縦の哨戒機で地上調査だ。


いよいよ私の本業がである鉱物調査がスタートする。


が、困ったことに、どこも真っ白でどこになにがあるのかわからない。


「これじゃあ、どこにいけばいいかわからないぞ。どうするんだ?」


大尉殿が言う。


「どういう場所に行きたいんですか?」


セシルさんが聞いた。


「うーん、なんていうかな、真っ暗な岩肌で、崖のようになってるところが狙い目なんだけど…」

「ああ、そういうところ知ってます。ええと、確か…」


何気なく話した言葉にセシルさんが反応した。


セシルさんのいた教会上空に行く。そこから辿ればわかるそうだ。


教会から南に行ったところに高い山がある。その裏側にそんな崖があるそうだ。


そこに着くと、確かに崖がある。だが雪で覆われていてよくわからない。


そこで、携行している銃で撃ってみた。私は軍人ではないが、護身用に武器の携帯が許可されている。


雪が崩れ落ちる。黒い岩肌が見えた。この音にセシルさんはびっくりしたようだ。


確かに私が探していた場所に違いない。セシルさんがいてよかった。


さて、私はその崖の調査に入る。まずは崖を少し登って岩石を採取する。


するとセシルさんまで登ってきた。私と目が合うと、にこっとしてくる。


いくらなんでも危ない。セシルさんに言った。


「あの、セシルさん?」

「はい。」

「あのですね、ちょっと危なくはないですか?」

「いえ、私こういうところは慣れてますから。」


と言って、そのままついてこようとする。


心配だけど、そのままにしてたら、いつまでもついてくる。大丈夫なのか?


と思ってる矢先に、突然彼女は足を踏み外す。あっと思ったが、幸いすぐその下にあった段差で止まった。


「馬鹿!だから危ないって言ったのに!」


つい言葉を荒げてしまった。


彼女の顔が、みるみる泣き顔になったかと思うと、下に降りて走り出した。


まずいと思い、私も追いかける。ああ、なんで叫んじゃったのか…


下は雪が積もっており足跡が残るので、それをたどって追いかけた。


が、少し行ったところで追いつく。セシルさんはへたり込んでいた。


そこにいたのは、なんと大型の動物。牙の大きなヒョウのような猛獣が、今にもセシルさんに飛びかからんとしていた。


まずい。私は拳銃を構えた。


吠えながらその猛獣はセシルさんに飛びかかった。私はすかさず銃を撃つ。


前脚のあたりに当たった。血がほとばしる。だが、まだ奴は動ける。


セシルさんのところに駆け寄り、彼女を抱きしめる。


猛獣が襲いかかってきたが、そこで携帯バリアを発動。猛獣は吹き飛び、絶命した。


私はそのまま、セシルさんをおぶってその場を離れる。この場は、あまりいい光景ではない。


しばらく歩いて、大きな石の上に腰掛ける。


セシルさんは、悲しみと恐怖が同時に襲ってきたため、泣き顔のまま悲壮な顔になっていた。まだ茫然としている。


「セシルさん…少し、話をしましょうか。」


私はゆっくりと言った。彼女は黙って聞いている。


「あのですね、セシルさんが一緒にいてくれるのはありがたいと思ってるんですが、四六時中一緒にいるわけにもいかない。ああいう危ないところもあるわけですし、怪我をしたら元も子もない。仲の良い男女だからって、ずっと一緒にいるわけではないでしょう。例えばお父さんは仕事で出かけて、お母さんは家にいるからといって、この両者が不幸せだというわけではないでしょう。」

「…私は3歳の頃に両親を亡くしてるから、そういうのがよくわからないんです。」


ああ、そういえばそうだった。悪い例えを行ってしまったようだ。


「でも、お父さんやお母さんになれば、離れていても仲良く幸せでいられるんですか?だったら、私はお母さんになるので、私のお父さんになってください!」


言わんとしていることはわかるが、変な表現だ。


「ええと、そういうのは普通、夫婦になると言うんじゃないですか?」

「じゃあ、夫婦になります。マイクさん、ダメですか?」

「いや、なんていうか、その…夫婦っていうのはもう少し付き合ってからなるものじゃないかと思うんですが。」

「じゃあ、もう少し付き合います。それで夫婦というのになれるんですよね?」


さっきから変な会話をしている。この娘は、夫婦という意味を分かってるんだろうか?


「分かりました!では、夫婦になる前の付き合いを始めるってことで、いいです?」

「はい!いいです!いいですから、私のこと見捨てないで下さい!」


私にしがみついてきた。私は彼女を抱き寄せる。


考えてもみれば、昨日のあの教会のマザーという人の態度はかなり傲慢だった。あの調子では、彼女は何度も追い出されそうになったんだろう。この感情も起伏の大きさは、それを物語っているようだ。


「セシルさん、ひとつお願いがあります。」

「なんでしょう?」

「私を思い切り引っ叩いて下さい。」

「ええ!?そんなことしたら、マイクさんは痛いですよ!」

「私はあなたを泣かせました。だったら、あなたは私を泣かせるくらいのことをしてもいいんです!」


なぜ、そうしようと思ったのかはわからないが、このまま私だけが一方的な立場でいるのはなんだかとてもまずい気がした。


「そうですか?…じゃあ、いきますよ。」


そういうと、彼女は本当に思い切り引っ叩いてきた。


私は後ろにひっくり返る。セシルさんってば、意外と力が強い。


「だ…大丈夫ですか!?」


セシルさんが駆け寄ってくる。


「だ…大丈夫です。自分が気に入らないことがあったら、なんでも受け入れるんじゃなくて、たまにはこうしてあがらうのも必要ですよ。」


と言ったものの、まだ?が痛い。でも、彼女の心の痛みに比べたら、たいしたことはないだろう。


「おお~い、お取り込み中すまないが、そろそろ帰還しないか?」


大尉殿がいつの間にかきていた。あれ?どの辺りから聞いてたんだろうか?今の会話。どこから聞かれてたとしても、恥ずかしい限りだが。


一旦崖に戻り、サンプルを拾う。その後哨戒機に戻る。


で、駆逐艦に向かって飛んで帰るだけなのだが、離陸前に突然、大尉殿から聞かれた。


「で、お前らいつ夫婦になるつもりなんだ?」


ストレートな質問だ。もうちょっと遠回しに聞いてくれないものか?


「ま…まだそこまでは決めてませんよ。」

「そうか?側から見てると、どう見てもお似合いだけどなぁ。」

「そうですか?どの辺りを見てそう思います?」


客観的な意見というものは、参考になることが多い。せっかくこれだけ事情を知ってる人だから、この際どう見えてるかを具体的に聞いておこう。


「なんとなくだ。」


…聞くだけ無駄だった。


「なんとなくだけど、セシルさんは俺よりも調査官殿とよくしゃべってるから、2人の波長が合ってるんじゃないの?」


言われてみれば、そうだ。セシルさんはこの3人では私によく話しかける。


「そういえばセシルさんって、私ばかりと話してますよね。私が聞くのもなんですが、なんでですか?」

「それは、マイクさんが私の方ばかり見ていらっしゃるからですよ。大尉さんはあまり私の方を見てませんから。」

「へぇ~、じゃあ、俺もセシルさんを見てたら、喋ってくれるのか?」

「うーん、どうでしょう?やっぱりちょっと苦手そうなお顔ですね…でも、大分慣れましたし、今なら大丈夫ですよ。」

「はっはっは!やっぱり調査官殿と相性がいいんだよ。もう夫婦になってしまえばいいんじゃないの?」

「そうは言っても、一生のことですからね…お互い考える時間というものはあった方がいいんじゃないかと…」

「私はいいですよ、一生一緒でも。一緒にオムライス食べて、ついでに引っ叩いて差し上げますよ。」


嫌なこと言うなあ、この娘。引っ叩くのはなるべく勘弁してほしい。


「変なやつだよな、自分から叩いてくれとか。そういうのが好きな人なのか?」

「別にそういう人ではないですよ。彼女を見てると、少し受け身過ぎなところがあってですねえ、それで…」

「まあいいや、帰ろうか!」


話を切られてしまった。やっぱり大尉殿、結構前から我々2人の会話を聞いていたな。


駆逐艦に向かう。セシルさんの方を見ると、にこっとしてくれる。


ただ、なんとなくだが、笑顔が少し変わった気がする。以前まではなんていうか、まるで見捨てられないための愛想笑いのような顔だったが、今は本物の笑顔という感じがする。気を許しあえる仲に、一歩進んだということだろうか?


駆逐艦に到着した。私は、セシルさんを連れて分析機器のある部屋へと向かう。


この際だから、私の仕事のことを知っておいてもらった方がいいと思った。やはりというか、この分析機器に興味を持った。


「なんですか?この窓のついた箱は?」

「ここにさっき拾ってきた石を入れると、目的の石が入ってるかどうかが分かるんだ。」

「へぇ、面白いですね。どんな石だったらいいんですか?」

「ええと、それはここにある本に載ってる種類のものがあればいいんですよ。」


鉱物サンプルの載った本を見せた。色とりどりの石が載っているので、どうやら気に入ったらしい。


そうこうしているうちに、分析結果が出た。思いの外高純度の鉱石だったため、いい結果が出てきた。やはり、あそこはかなりいい場所だったようだ。明日ももう一度行ってみよう。


だが、あそこは猛獣が出る場所だと分かった。なんらかの対策をしないといけない。いいサンプルも取れたし、艦長に言って護衛の人をつけてもらうことにした。


だが、この艦の人手が足りないので、護衛は1人。しかも女性の少尉。事務所勤務の少尉が回されてきた。仕方がないので、セシルさんも見張りとして活躍してもらうことになった。


こうして、大尉と少尉、そしてセシルさんと私の4人による調査を行うことになった。


この少尉殿、すぐにセシルさんと仲良くなった。おかげさまで、2人で見張りをしている間に、いろいろな会話をしているようだ。


その内容は、夜になってセシルさんから伺うことになるのだが、実に衝撃的な内容だった。


話の発端は、セシルさんが私との夜の過ごし方を話してしまったことらしい。そんなこと、わざわざ話さなくてもいいのに…と思ったが、そんなことはとっくにバレていたようだ。


それどころか、この艦内の女性10人の実態が明らかにされた。誰が誰と付き合ってるか、あの少尉殿は全て把握していた。意外な人物の組み合わせもあれば、納得のいくカップルもいた。


そういう少尉殿自身もお付き合いしてる人がいた。なんと、あの哨戒機を操縦する大尉殿だという。


ということは、この調査任務は2組のカップルによって行われていることになる。艦長はそのことを承知した上で人選されたんだろうか?


ところで、セシルさんは私の持っている鉱石サンプルの電子書籍が気になるらしい。一緒に仕事をしているわけだし、彼女のスマホにもインストールしてみた。


すると、今度は書かれている文字が読めないので、私に尋ねてくる。実はセシルさんのスマホには、文字を学べるアプリを入れてある。統一語を話せても文字が違うというのが一般的なので、現地の人が使うことを想定した端末機器にはこうした文字を学ぶための仕組みを予めインストールしているのが普通だ。それを使ってこの1週間ほど、彼女は文字を学んでいた。


恐ろしいことにたった1週間で、文字どころか鉱石サンプルの中身の大部分を記憶してしまったようだ。私が崖にあるサンプルを持って降りると、それがなんなのかを言い当ててくる。


私でさえ全てを記憶しているわけではない。恐ろしい記憶力だ。


セシルさんは今まで学問らしいものをやったことがなかったようだ。そのおかげか、まるで乾いたスポンジが水を吸収するが如く、身の回りの知識を吸収していく。


スマホの使い方にしてもそうだ。少尉殿が教えてくれたこともあるのだが、いつのまにか使いこなしている。


実はセシルさん、とんでもなく賢いのではないか?なんだか、今まで学問をやらなかったことがもったいないほどだ。


そういうわけで、部屋にいるときは彼女にいろいろな分野のことを教えるようにしている。彼女の無邪気なまでの好奇心に応えるため、そして今までの人生を埋め合わせるために。


---------


あの吹雪の日から、半年が経った。


鉱石を採取していたあの崖はすでに鉱山として開発が進んでおり、私はその周辺の調査を行なっていた。


意外と大きな鉱脈だったようで、半年経った今もまだ全容がつかめていない。


この鉱山からほど近い場所にある大きな街の横に宇宙港と、私が住んでいる街が作られた。私はそこに3ヶ月ほど前から住んでいる。


無論、セシルさんも一緒だ。彼女は二十歳になったので、それを機に結婚することになった。


鉱脈調査には私以外に何人かが同行するようになり、街から大型車で現地に向かうようになった。その同行者の1人に、セシルさんもいる。


なにせサンプルの本を調べるより、彼女に見せた方が早いとあって、現場では重宝されている。セシルさんもお役に立てる仕事に就けたとあって、張り切っている。


とにかく記憶力が抜群だ。鉱石サンプルの本だけでなく、料理の本や魚辞典、街の地図まで記憶してしまった。おかげで、ショッピングモールの売り場にある魚は一目で判別できるし、街で迷うことがない。それにしても、なぜ我が家に魚辞典なんてものがあるんだろうか?出処が分からない。


調査で同行していた大尉と少尉は、先日地球(アース)496に帰っていった。この2人は戻り次第、結婚するそうだ。最初に聞いたときは意外に思えた2人だったが、調査で一緒に仕事してると、確かにこの2人は相性がいいと感じた。


私はこの調査が終われば、母星に帰ることもできる。あるいはこのまま残って鉱山勤務という道もある。


セシルさんはどちらでもいいと言うが、まだ私は決めかねている。私自身というより、彼女のためどちらがいいか、もう少し考えてみようと思う。


もしかしたらこの星を離れるかもしれない。そう思うと、今のうちにあちこちみておこうということになり、宇宙港の近くにある大きな街に行ったり、そこから汽車に乗って遠出をしたりしている。


ただセシルさん、あの教会のある街には近づこうとしない。外の世界を知ってしまった彼女は、もう2度とあそこでの日々を思い出したくないのだろう。


あのとき大雪の中から助け出された命は、私と一緒に歩み始めていた。

(第24話 完)

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