大都会と配達員と音楽 3
私の乗る駆逐艦は戦艦から離脱した。
今度は、艦隊主力の集結するアステロイドベルトという場所に向かう。3日ほどで着くそうだ。
いったい、何隻いるんだろうか?マードックさんに聞いてみた。
なんと1万隻もいるそうだ。さっきの戦艦の周りにもたくさんいたけれど、あれで300隻。1万隻というと…どれくらいなんだろうか?全く想像がつかない。
こうして3日間かけて、そのアステロイドベルトという場所に向かい始めた。
アステロイドベルトとはなんだろうか?聞いてみると、どうやら小惑星という岩のような小さな星がたくさんある場所なんだそうだ。
なんでそんな岩だらけの場所にいるんだろうか?マードックさんに聞くと、攻められた時に都合がいいかららしい。でも、どういう意味かさっぱりわからない。まあ、何かあるんだろう、きっと。
この3日間、マードックさんからお誘いを受けた。
「あの、クッキー食べませんか?」
マードックさんのお部屋で、例のお店のクッキーを食べながら、音楽や映画を見るということが続いた。
この人本当にこういうものが好きだ。私も音楽だけなら分かるので、盛り上がっていた。
意外にもマードックさん、ジャズが好きらしい。ジャズというジャンルが、宇宙にもあることに驚いた。これだけいろいろな音楽があるのに、なぜこんな古臭いスタイルの音楽が好きになるのか?
でも、マードックさんの持ってるプレーヤーから聞こえるジャズは、確かにいい。トランペットの微妙な音や、コントラバスの弦の余韻まできっちり聞こえると、こんなに深い音楽だったんだと改めて認識させられる。
さて、そんな感じで3日目になった。マードックさんのお部屋に呼ばれて、またお邪魔しようと思って歩いていた時、突然けたたましい音が鳴り出した。
え?何?何が起きたの??戸惑う私の元に、マードックさんが来た。
艦内放送が流れる。
「艦隊司令部より入電!敵艦隊、急速接近!距離約170万キロ!3時間後に接触予定!総員、直ちに戦闘準備!」
いきなり敵艦隊だとか戦闘だとか言い出した。マードックさんの顔も急に険しくなる。
私は部屋に戻ることになった。マードックさんは急いで艦橋に走る。
楽しい日々を過ごしていて忘れていたけど、この船は軍船だった。当然、戦闘に巻き込まれることもある。
しかしこんな時でなくてもいいのに…部屋でじっとしてて、心細くなってきた。
でもしばらくすると、マードックさんが現れた。私はすがるようにマードックさんの手を握った。
マードックさんはまず私に船外服というものを着せてくれた。万が一この船が傷ついて、空気が無くなってしまっても息ができる服なんだとか。
宇宙には空気がない。だから、この駆逐艦に穴が開いてしまえばたちまち人間は生きられない。少しでも生存する可能性を上げるための服だといわれた。
そのまま私とマードックさんは食堂に向かう。食堂はこの船でも一番奥にあって、もっとも生き残る可能性が高いところだそうだ。
食堂についた私とマードックさん。そこで、マードックさんからこんなことを言われる。
「大事な話が2つある。どちらもあなたに選ぶ権利がある話だ。心して聞いて欲しい。」
突然、マードックさんから迫られた。
1つ目の話とは…私に「惑星代表者」になって欲しいという依頼だった。
この戦いは、つまりはこの惑星の交渉権の奪取が目的。ならば、すでにこの惑星の人がこの艦隊に常駐しているということを知らしめれば、敵も戦闘を断念するか、短い時間の戦闘で終わることもあるそうだ。
ただ、必ず敵が応じるとは限らないこと。また、この行為は私を盾にしているようなことだから、本人の了承がなければできない。また、代表者はここよりも危険度の高い艦橋に来る必要がある。そう言われた。
私は考えた。盾になるのは一向に構わない。これだけお世話になったし、どうせ食堂にいても艦橋にいても、やられるときはいっぺんに吹っ飛ぶと他の人にも言われた。
「私、代表者、やります!それで少しでも恩返しができるなら…」
「ありがとうございます!早速、艦橋に伝えないと…と、その前に、もう一つの話があるんだが、よろしいですか?」
「そうでしたね…もう一つあるとおっしゃってましたね。」
なんだろうか?まだ艦隊のお役に立てることがあるんだろうか?私はそういう話であれば、受けるつもりだ。
しかしマードックさん、なかなか話し始めない。どうしたんだろうか?妙に緊張してるようだ。
「あの、マードックさん?」
「はい…」
「何やら言いにくそうなお話のようですけど、こういうときはテンポの良い音楽を思い浮かべると、上手く話せますよ。私は口下手ですから、いつもそうやってました。」
「そうです…ね、じゃあ、思い切って。」
突然マードックさん、私の手を握った。
「この戦いで死んでしまうかもしれない。だから、戦いが始まる前にどうしてもあなたに言っておきたいことがあるんです。」
マードックさんに迫られて、私は胸がドキドキしてきた。私の心はすでにハードロック調だ。
「あなたのこと、最初に出会った時からずっと気になっていました。そして、あの街で一緒にクレープ食べて、音楽を聴いて、映画を観て…同じものを見て触れて、同じように感動していたあなたにどんどん惹かれてしまいました。だから…」
マードックさんが勇気を絞り出して言った。
「もし、この戦いで生き残ったら、私とお付き合いしませんか?」
きっと私の顔は真っ赤になってることだろう。とても顔が熱い。今すぐ船外服のヘルメットをとって、顔を冷やしたいくらいだ。
「あ…あの…私…」
だめだ、声が出ない。そうだ、ジャズだ。ジャズのテンポで喋れば…
一呼吸置いて、私は答えた。
「あの、私などでいいんですか?私はただの配達員ですよ?」
「私だって、ただの駆逐艦乗りですよ。駄目ですか?」
「いや、そんな、私にはもったいないお方です。…じゃあ生き残ったら、一緒にまた街を歩きましょう。音楽も聴きましょう。是非、お付き合いしましょう。」
私の脳内では、ずっとラジオで聴いてたジャズの音楽が流れていた。この曲に救われた。このテンポで、なんとか私も語ることができた。
でもここがたくさん人がいる食堂だということをすっかり忘れていた。20人はいただろうか?みんなこっちを見ていた。
気づいたときはもう遅かった。いまさら隠しようもない。
みんなニヤニヤしながらも、私達をお祝いしてくれた。
「いやあ、戦場告白か、感動したよ。」
「俺にもハードなビートを奏でてくれる彼女が欲しいよ。羨ましい。」
もうすぐ戦闘開始だというのに、ここの空気は和やかになった。でもやっぱり、恥ずかしい。
皆に見送られて、私とマードックさんは艦橋に向かう。
マードックさんは艦長に、私が代表者として表明する旨を伝えていた。早速準備に入った。
私がカメラの前で、この星の住人であること、そして連合側にくみしていることを伝える話をして欲しいと言われた。
「ええっ!?この前でしゃべるんですか?」
「大丈夫ですよ、あなたが今、我々に抱いている想いを語っていただけるだけでいいんです。」
「そ…そうですか、じゃあ。」
私は少し考えて、カメラの前でこう言った。
「私はこの惑星で配達員をしてるクロエと申します。私はこの連合側の船に乗せていただき、大切な人と出会いました。そして私達は共に歩んでいくと決めたのです。連盟の方々には申し訳ありませんが、どんな武器を持ってしても、私達を引き離すことはもうできないでしょう。」
こんなことを喋った。
早速この動画が、敵方である連盟側の艦隊に送られたようだ。
あと20分で接触する。未だに敵艦隊は進撃をやめない。
私はこの時、艦橋の椅子に座っていた。すぐ横には、マードックさんがいる。
「敵艦隊、さらに接近!距離32万キロ!射程内まで、あと3分!」
艦内は緊張していた。戦闘は不可避、あちこちで計器類を読み上げる声が飛び交う。
「距離、31万キロ!射程内まであと1分!」
「砲撃戦用意!」
艦長の声が響いた。
平和な街からやって来た私は、遠い宇宙でまさに今、戦いに巻き込まれようとしていた。
だけど、私はもう今さら引き下がるつもりはない。私は、マードックさんの腕を握った。
「艦隊司令部より入電!敵艦隊、後退中だそうです!」
「後退!?いまさら、どうしたんだ?」
「分かりません。敵の作戦かもしれません。引き続き警戒態勢を維持せよとのことです。」
急に動きが変わったようだ。どうしたんだろうか?
敵艦隊がどんどん離れてるそうだ。すでに40万キロという距離まで離れてしまった。
このまま敵艦隊は離れていく。ついに反転し、この空域を去ってしまったようだ。
「艦内警戒解除!船外服義務も解除する。一部要員を除き、通常態勢へ移行する!」
30分ほどして、艦長から艦内放送で警戒態勢を解除のお知らせが流された。
戦闘は回避された。当然、誰一人として死んではいない。
こんなことは珍しいそうだ。通常なら200隻程度、約2万人が死ぬというのが、艦隊戦の常識だそうだ。
私は艦橋の窓のところに行き、ふと外を見た。
びっくりするほどの数の駆逐艦がいた。見渡す限り、駆逐艦だらけだ。あの岩のような戦艦という船もちらほらいる。
こんなにたくさんの船で戦うんだ。私は身震いがした。
司令部より、私に電文が届いた。惑星代表者として心強いメッセージをいただき、戦闘回避ができた。感謝申し上げる。そんな内容の電文だった。
配達員の私が手紙をもらうというのもちょっと変な感じ。どうやら私の話を聞いて、敵の艦隊は諦めて帰っていったということだ。
ということは、あの無数の船を、私のあの言葉だけで救ってしまったということ?途方もなさすぎて、実感が湧かない。
そのあと、艦隊全艦艇に向けて、私が話したメッセージが放送されることになった。
なんだか恥ずかしいけど、戦闘を防げたということでとっても誇らしい。私もその放送を見ていた。
「…はこの連合側の船に乗せていただき、大切な人と出会いました。そして私達は共に歩んでいくと決めたのです。連盟の方々には申し訳ありませんが…」
放送が流された。私の姿と共に、このメッセージが何度か流される。
ここで私は、はたと気づいた。
あれ?これって私、マードックさんのことを言ってないか!?
「…大切な人と出会いました。そして私達は共に歩んでいくと決めたのです…」
ああ、この辺は間違いない。そういえば私、ここでマードックさんのことを思い浮かべて喋っていた!
敵艦隊も諦めるほどの、強烈な恋文を送りつけてしまったようだ。
しかもこの動画、1時間もの間流された。
なんと私、よりによって敵と味方、合計2万隻の前で愛の告白をしてしまった。
戦闘前に思い残すことがないよう、想いを寄せる人に自分の想いを伝えることを「戦場告白」というらしい。
まさにマードックさんが私にしたのは、戦場告白だった。
だが、私はそれを敵艦隊に向けて宣言してしまった。
動画を散々流した後に、司令長官という人が私のメッセージを聞いてこう評した。
「惑星代表者の言葉からは我々への信頼と、大変心強い決心を感じらた。この意思によって敵は怯み、我々は勇気付けられた。今日の勝利は歴史的なものとして、後世に語り継がれるだろう!」
お願いです。後世に語り継がないでください。恥ずかしくてこの先、私生きていけないよ。
艦長以下、艦橋内の皆様から敬礼された。私は頭を下げて応えた。
「どうしました?顔が真っ赤ですよ?」
マードックさんが心配してくれる。
「あ…いやその…あんまり繰り返し放送されるから、照れ臭くなってしまって…」
「そうですね。ちょっと繰り返し過ぎですよね。でもこの空域にいる200万の将兵、また敵の同数の将兵もあなたのあの一言に救われたんです。もっと胸を張っていいんですよ?」
「あ、はい、そうですね。」
結果としては、戦闘をぎりぎりで回避することに貢献できた。
食堂の横を通り過ぎた。マードックさんと一緒に歩く私を、皆さんニヤニヤして見ている。
さっきの戦場告白のことならいいけれど、あのメッセージから何かを勘ぐられてはいないか…今となっては、後者の方が心配だ。
マードックさんの部屋に入り、2人っきりになって、私はたまらず叫んだ。
「私…私、敵の艦隊に向かって、マードックさんのこと喋っちゃった!もう恥ずかしい!どうしよう!」
「だろうと思った。とっても熱烈なメッセージだったよ。ありがとう。」
「でも私、実はとっても気が弱くて、なんであんなこと喋れたんだろうって。今思うと、とっても恥ずかしい…」
「大丈夫だって、恥ずかしいのは、私も一緒ですよ。」
そう言いながら、私をベッドの上に連れて行った。
「あの、クロエさん?もっと恥ずかしいこと、やっちゃってもいいですか?」
「マードックさん…」
「あ、いやなら、遠慮します。でもつい、勢いで…」
「…いいですよ、お相手いたします。」
「じゃあ、最初は、ゆったりとしたピアノのソロから…」
マードックさん、すっかり理性にタガが外れてしまったようだ。その夜は、どちらかというとハードロックのビートのように、マードックさんと私の身体は大人の音楽を奏でた。
さて、それから17日が経過した。
この駆逐艦は、再び私の星の軌道上に帰ってきた。
地上に降下する。実に3週間ぶりに私は故郷の星に帰る。
あれから私は、艦隊司令部に招かれたり、小惑星の上に連れていかれたり、また戦艦内の街に行ったりと多忙で刺激的な日々を送っていた。
特に司令部に行った時などは、あの動画を流されて、正直かなり恥ずかしかった。
まさかマードックさんの告白を受けてついああいうことを言ってしまいましたなどと言えるはずもなく、連合側であることを誇りに思いますと言ってその場をごまかした。
駆逐艦内では、もう私とマードックさんの関係を知らないものはおらず、人目をはばかることなく一緒に過ごしていた。
私の音楽プレーヤーも徐々にジャンルが増えてきた。激しい音楽ばかり聴いてたら、急に静かな音楽が聞きたくなったので、戦艦内の街に立ち寄った時にリラクゼーション音楽というものを買ってみた。
宇宙の果てに来てるのに、たくさんの人とお会いできた。配達員から英雄になってしまったおかげで、人のつながりを深めた旅だった。
この駆逐艦は私の街に向かって降下を続ける。あの大都会が見えてきた。私はここの生まれではないけれど、広大な宇宙から見れば、ここは立派な私の故郷だ。
この駆逐艦は、あの弾薬庫予定地に降り立つ。そこはすでに一隻分の船が停泊できる船体ロックが置かれていた。
地上に戻った私は、マードックさんと共にまず私の局に赴く。
局長が出迎えてくれた。マードックさんも、うちの局の配達員の皆から歓迎された。
「そういえば、クロエさん。あなた宇宙ですごい活躍したって、新聞に出てたよ。」
そう言って局長が1週間前の新聞を見せてくれた。
「私達は共に歩む!」
などと、その新聞の一面には出ていた。記事には、敵味方の400万の将兵の命を、たった一言で救った奇跡。そう書かれていた。
ここで私はまた脂汗が出るのを感じたが、マードックさんがぽんと肩を叩いてくれた。そうだ、私はもう1人じゃない。私は後ろを振り返り、マードックさんに微笑んでみせた。
それを見た他の配達員や局長は、何かを察したようだ。
マードックさんは駆逐艦に帰った。私は局長に、しばらくあの船にお世話になることを伝えた。
実は政府からも、この局に通達がきたそうだ。英雄に配達員をやらせるわけにはいかない、そこで私はこの惑星の代表者として、しばらくあの艦隊に預けることになったと、その後は政府直轄で働くことになっていた。ということで、この局とはお別れだ。
「いいなあ、私もあの船に配達に行けばよかった?。」
などという配達員もいたけれど、もう時すでに遅し。私は最高の男性と、最高の恥をあの船でつかんできた。怖いものはもうない。
私はこの都会の部屋に戻った。といっても、ここもお別れ。明日にはマードックさんとここの荷物を持って駆逐艦にいく予定だ。
----------
7ヶ月が経った。
宇宙港が首都のすぐ脇の小高い丘の上にできた。その横には街も建設された。
相変わらずこの宇宙の人たちは、私の常識とは違うことをなさる。こんな大きな港や街は、普通3ヶ月でできるものじゃないのに、彼らはあっという間に作ってしまった。
そこにある2階建ての家に私は住んでいる。もちろん、マードックも一緒だ。というより、マードックの家に私がいるのだが。
私は今、政府の人と艦隊で知りあった人を仲介する役目を担っている。
あのとき多くの人に知りあったおかげで、図らずも人脈ができてしまった。艦隊司令部に文官殿の元締めである政府高官、輸送船団を仕切る船団長に同乗する交易商人など、どうしてこんなに多くの人と知りあってしまったのかと思うほど、たくさんの人と知りあえた。
政府にはまだ私ほどの人脈を持つ人はおらず、よく相談を持ちかけられる。そこで私は宇宙港の人を通じてお目当の人と連絡をとって、その人の要望にあった人物と引き合わせるということをしばしば行なっている。
夫のマードックも地上勤務だ。宇宙港で通信関係の仕事をしている。実は私の人脈活用には、マードックの通信手腕が使われている。この人は、どんな星でも連絡を取ってしまう。勘と経験だけで、星系間通信を確立させてしまう腕は、宇宙広しといえども、そうはいないようだ。
でも家に帰れば、夫婦揃って音楽鑑賞。最近はクラシックにはまっている。荘厳な曲を聴きたくなったので、急に集め始めた。気がつけば、夫婦揃って6万曲も保有している。聞いていない曲の方が多いかな。
週末は私の街にあるジャズレストランにて、演奏を聴きながら食事することが多い。夫婦揃って贔屓にしているバンドもよく来る。
ジャズのおかげで、夫は私に告白できたわけだし、私も英雄になってしまった。だから、どんなジャンルの曲にはまろうとも、2人揃ってジャズだけは外せない。私達の原点だ。
今日もジャズと共に日は暮れる。そのうち子供ができても、家族でジャズを聴き続けるのかな?そんなことを考えながら、私は今日も音楽を聴く。




