大都会と配達員と音楽 1
「砲撃戦用意!」
平和な街からやって来た私は、遠い宇宙でまさに今、戦いに巻き込まれようとしていた。
私は、マードックさんの腕を握った。
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私の名はクロエ。のちに地球771と呼ばれる星の大陸の片隅で生まれ、育った。
私の暮らしていた田舎は本当に退屈だった。外には広大な畑が広がっていて、1時間歩いたところに高等学校のある小さな街に出る。
が、街といっても人口1000人程度の小さな街。ドラッグストアと雑貨屋が1件づつある他は何もない街。うんざりするほど刺激がない街だ。私は本を読み、ラジオを聞く毎日だった。
そこで語られる大都会は華やかな場所だった。綺麗な衣装、豪華な建物で繰り広げられる華やかなパーティー、にぎやかな街の商店街。
そんな私は大都会で働くのを夢見て、高等学校を出てすぐに首都に出て来た。
ここで私は配達の仕事に就いた。街の中で手紙を届ける仕事だ。毎日片道一時間を歩いて暮らしていた私には、うってつけの仕事だった。
おかげで、私が担当する街の中にはどこにどういうものがあるのか、2ヶ月もすると覚えてしまった。来た当初は、とても刺激的な街だった。夜になるとジャズが流れてくるお店、香ばしい香りのするパン屋、たくさんの新聞や雑誌が山積みされて紙とインクの匂いを漂わせる街角のお店など。
が、元来人付き合いが苦手な私は、友達ができない。都会の人達は皆早口で、よくわからない単語を使う。私のようなのんびりとした人間を軽蔑しているような感じがする。次第に私は都会への憧れが幻滅に変わっていくのを感じた。
でも今更田舎に帰りたくない。なんとか私は、寂しさを紛らわせて暮らしていた。
ここでも私の友人は、本とラジオだった。実家から持ってきたラジオから、ジャズやロック音楽が流れる。ここでは、音楽は私の友人だった。
そんなある日。いつものように配達をしていた。その日は手紙が少なくて、昼前には配り終えてしまった。
とぼとぼと局に帰る途中、ふと空を見上げると、摩天楼の上に、摩天楼が飛んでいたのが見えた。
思わず建物が倒れて来たのかと思って身構えたが、それは悠々と空を飛んでいる。灰色の、窓のない摩天楼。一体これは何だろうか?
低音を出しながら、私の真上を通り過ぎて、ゆっくりと街外れに向かって飛んで行った。
街の中は大騒ぎだった。だけど不思議と、摩天楼が来るのを知っている人がいた。
「あれが政府の言ってた宇宙からの船ってやつだよ、きっと。」
「なんだそれ?」
「お前、ちゃんと新聞読んでないだろ?今日ここにでっかい摩天楼のような船が来るけど、市民は動揺しないよう普段の生活を続けろっていう記事が、今朝の一面に出てたんだよ。」
新聞を片手に話すその人。私はその記事をちらっとのぞき見た。確かにそう書いてある。知らなかった。
局に帰ると、そこはそこで揉め事が起こっていた。
なんでも、さっき飛んで来た船に、政府からの重要な手紙を届けなきゃいけないことになったらしい。
だが、ここにいる配達員は皆怖がって行きたがらない。そんなところに私が帰って来てしまった。
「おお、クロエさん、ちょうどいいところに帰って来た!あなたにお願いしよう!」
「えっ!?あの…その…」
「あなたなら大丈夫だ!じゃあ、頼んだからね!」
手紙を受け取ってしまった。急にあの船に行けだなんて、私だって怖いのに。
普段は私などに構ってくれもしない局長が、愛想よく私を見送ってくれた。こうなると私は断れない。渋々、私はあの船の降り立つ予定の、町はずれの場所に向かうこととなった。
刺激的な配達には違いない。都会の刺激にも慣れてしまって、ちょっと退屈だったからちょうどいいかな…なんて考えることにした。でないと、怖くて前に進めない。
街ではあちこちでさっきの船の話をしていたが、皆おっかないことを言っている。
「あの船には宇宙人が乗ってるんだって?」
「ええっ!!宇宙人!?じゃあ、あの船に行ったら、さらわれちゃうの!?」
「そうだよ?この間の雑誌に出てたじゃん。」
私もその雑誌は読んだ。まるでヒトデのような宇宙人が、銃を持って人を脅し、宇宙船の中に連れ込んでる絵が描かれていた。
ヒトデは嫌だなあ。せめて魚ならいいんだけど。いやその前に、さらわれてしまうのかしら?
宇宙人にさらわれると、一体どこに行ってしまうのだろうか?やっぱり、星の世界?それはそれで素敵かも。しかし、その隣には巨大ヒトデ。うう…大丈夫だろうか?私。
街はずれにたどり着き、高い建物がなくなってきたら、あの宇宙船が見えてきた。
とても大きい。あんなものが空飛んでたの?どうやって飛ぶんだろうか。
この宇宙船のそばを、飛行船が飛んでいる。あの飛行船を間近に見たことがあるが、あれだって結構な大きさだ。それが今はとても小さく見える。
なによりもこの船、摩天楼と同じ石造りなようだ。飛行船の場合は本体はぺらぺらの布でできてて、それでやっと浮いていられるのに、こんな重たいものがふわふわ浮いていたのが、私にはどうしても信じられない。
その船が着陸している場所は、郊外の大きな空き地だった。ここはいずれ軍が弾薬貯蔵庫を作るつもりで確保していた土地だそうで、こんな都会なのにだだっ広い平地が広がっていた。
そこにどんとあの石造りの船が居座っている。周囲はすごい人だかりだ。
「す…すいません、通してもらえますか。」
私はその人混みをかき分けて、その船に向かった。
空き地はロープで仕切られていて、中は立ち入り禁止になってるようだった。一か所、ロープが切れているところがあったので、そこから入ることにした。
「おい!そこの娘!許可なく入ってはいかん!」
私がロープの内側に入ろうとすると、軍人さんのような方に怒鳴られた。
「ええっと…あの…その…」
「危ないから下がってなさい。お嬢さんのような人がくるところじゃないぞ!」
「私…配達員です…ここに手紙を届けるよう言われて来たんですが。」
「なに!それならそうと早く言え!その手紙は!?」
このせっかちな軍人さんに手紙を見せると、
「よし!通ってよし!」
通されてしまった。ってあれ、代わりに渡してくれるんじゃあ…
しかし、もう軍人さんは相手してくれない。誰もついてきてくれない。こんなひ弱な配達員を一人だけで行かせるなんて、なんという軍人さんだろうか。
と心の中では思っていても言い返せない私は、ロープの内側に入っていった。さっきの船はもうほとんど真上だ。
今にも倒れそうな形で立っているのに、倒れてこない。やっぱりこの船、とっても不思議。地面に接しているところに人が数人いて、何かを話している。
どう見てもヒトデさんはいないなぁ。宇宙人は中にいるのだろうか?
せっかく人がいるのだから、そこの人に聞いて見ることにした。
「あの?すいません、こちらに手紙を届けにきた配達員ですが…」
「ああ、お疲れさまです。受け取ります。」
「ええと、受け取りのサインをいただきたいんですが…」
「分かりました。こちらからも政府の方に手紙を届けて欲しいんです。お願いできますか?」
「は…はい、受け取ります。」
そう言ってこの人、あの船の中に入っていった。
あれ、今の人。もしかして、この船の人だったの?ということは、あれが宇宙人!?
てっきりヒトデか魚が出てくるかと思ってたのに、私と変わらない姿だったから、私と同じこの街に住む人だと思っていた。
しかも私と同じ言葉を使ってるし、なによりも紳士的だ。本当に宇宙人だったのだろうか?
しかし、ここにたどり着くまでの間で、もっとも私に優しく接してくれた方だ。同じ町の人間とはとても思えない。やっぱりあの人、宇宙人なんだ。
確かに見たことがない服を着ていた。軍服のようだったけど、白っぽい色。さっき会った軍人さんは茶色の服着てたけど、あれとは違う服だった。
「お待たせしました。こちらをこの手紙の送り主の方に届けてもらえますか?」
「はい、お届けいたします。」
それは真っ黒な板だった。手紙が入ってるようにはあまり見えない。
「そうそう、この手紙を見るときはここを押してくださいとお伝え願いますか?」
と言って、横の赤くて丸いものを押した。
すると板の表面に絵が現れた。この板、何やら喋り始めた。
もう一度赤いのを押すと、絵と声は消えた。
「はい…お伝えします。で、サインをいただけますか?」
「ああ、すいません。どこにお書きすればよろしいですか?」
私は受領用の紙を見せて、サイン欄を指した。彼はそこにさらさらとサインしてくれた。
私のような一介の配達員に対しても優しいお方だ。でも、この文字は見たことがない。これで確信した。やっぱり、彼は宇宙人なのだ。
しかし、この都会に来て一番暖かい感じがする人だ。まさか宇宙人の方が、優しくて暖かいなんて…
「ああ、ちょっと待ってください。」
彼は、私に二つのものを手渡してくれた。
一つはバッヂ。ここにくるための許可用の目印だそうだ。これを胸につけていれば、入り口の見張りの人は何も言わず通してくれるそうだ。
もう一つは…これって、多分クッキーだ。
だがこのクッキー。絵が描かれた透明な袋に入っている。なんだろう、この透明なものは。紙のように柔らかいが、中が透けて見える。とてもこの街では見かけないもの。やっぱり、宇宙のものなんだろうな、きっと。
「遠くからわざわざいらしてくれたので、そのお礼です。」
彼はそういって微笑んでくれた。
「ありがとうございます。あの、よろしければお名前を教えて下さい。」
「私の名はマードック。この艦で通信士をしている中尉です。」
「ああ、私はクロエと言います。配達員です。」
「クロエさん、お手紙に配達、よろしくお願いします。」
そう言ってマードックさんは船の中に入っていった。
帰り道、なんだか私はぼうっとしてた。もう一度、あの方に会いたいなあ。
宇宙人って、もっと怖い存在だと思ってたけれど、あんな優しい人なら私、さらわれてもいいかな?そんなことを考えてしまった。
局についた。無事帰ってきた私を見て、局長が私に聞いた。
「おい、どうだった?宇宙人。」
皆興味津々で私の言葉を待っていた。
「ええ、いや、普通でしたよ。大きな摩天楼のような船でしたけど、私たちと同じような姿格好の人でした。」
サインの入った受領書を局長に渡した。
「なんだこの字は?見たことないなぁ。」
「宇宙のお方でしたから、字が違うようです。」
「よくお前、サインもらえたな。通訳でもいたのか?」
「いえそれが、話す言葉は同じだったんです。」
「話し言葉は一緒?なんだそりゃ?本当か?」
「本当です。あと、さっきの手紙の送り主の方にこれを渡して欲しいと。」
「板にしか見えないが、なんだこれは?」
「この赤いところを押してくれと言ってました。」
局長は早速押していた。いやあなた、送り主じゃないでしょう。
その板からは、動く絵と声が出てきた。
「私達は地球634からきました、あなた方にとっては宇宙人です。ですが、私達とあなた方はなんら違いのない存在。そして、そんな星が現在、768個も存在しているのです。」
どうやら何かを説明しているようだった。それにしても、人が住む星が768個もあるの?どういうこと??
その不思議な板は、早速政府の元に届けられた。
家に帰ってから、さっき頂いたクッキーを食べた。
甘くてとても美味しい。宇宙のものだけど、これはこの街にあるクッキーとあまり変わりがない。でも、くれたのはあのマードックさんだ。そこらのクッキーとはわけが違う。
またあそこに行きたいなあ。ぽりぽりクッキーを食べながら、私はあの宇宙船に想いを馳せていた。
さて翌日、また政府から手紙の依頼がうちの局に来た。私はすかさず言った。
「私が行きます。あそこに入れる許可をもらったので、私行きます。」
その許可用バッヂを局長に見せた。
「そうかそうか、じゃあ頼んだ!」
これはちょうどいい配達員ができたと喜んでるに違いない。今後、あそこの郵便物は皆私に頼むつもりのようだ。
私としても、もう一度行きたいところだったし、あそこの配達は手当が出る。こんなおいしい仕事はない。
でも、今日はマードックさんが出てくるとは限らない。いや、もしかしたら今日こそヒトデが出てくるかもしれない。つい自分から志願してしまったけれど、昨日にようになるとは限らない。急に私は不安になった。
またあの船の周りには人混みができていた。昨日ほどではないが、相変わらず人が多い。
そしてあの軍人さんもいた。でも今日は許可バッヂがある。これを見せると何も言わず、すぐに通してくれた。
そして、嬉しいことに今日もマードックさんが出迎えてくれた。
「こんにちは、マードックさん。」
「ああ、こんにちは、クロエさん。」
巨大で恐ろしいはずの宇宙船の下なのに、すがすがしい挨拶を返してくれるこのお方は、この都会でも滅多に見られない紳士なお方だ。
私は手紙を渡す。そしてまた黒い板をもらう。今日もまた優しいねぎらいの言葉とクッキーをくれた。
こんなことなら、私は毎日でも来たい。またマードックさんに会えると思うと、この役目を誰にも譲りたくなかった。
そんな私の願いが叶ったのか、手紙の依頼は毎日来た。その度に黒い板をもらい受けて、局に持ち帰る。
そういうやりとりが1週間ほど続いた。
そんなある日、また私は局長に呼び出された。
今日もお届け物かと思いきや、局長が私に突然、こんなことを言ったのだ。
「クロエさん、あなた、あの宇宙船に乗ってもらえないか?」




