本好き貴族と城好き大尉と強盗団 8
駆逐艦内での訓練は5日続く。砲撃戦をするときもあれば、単なる艦隊運動だけを行う日もあった。
最終日の訓練を終えて、我々訓練生を乗せた艦は補給を受け、星に帰還することとなった。
補給はもちろん戦艦で行われる。我が艦は入港準備に入っていた。
「戦艦というやつはでかいな。こんなに大きくては、的になるだけではないのか?」
おっしゃる通り、だから、後方に控えてなるべく戦闘には参加しないというのが戦艦の基本戦術だ。だから、戦艦という名前のわりに、戦闘をしない船だ。今どきの戦艦は、どちらかというと補給任務がメインだ。
最近は、戦艦ではなく補給母艦などと呼んだほうがいいのではないかと議論されてるほどである。
さて、戦艦に入港した。街に行くか。
「街?なんだ街とは?」
ああそうか、ナポリタンさんには言ってなかった。
「この大きな船には、街があるんですよ。行きましょうか。」
こういう冒険系のイベントはナポリタンさんは大好きだ。うきうきしながらついてくる。
もっとも、すでに宇宙港の街で暮らしているナポリタンさんにとっては、それほど珍しい店はない。ただ、密度が高いのと、売っているものが偏ってるのが特徴的だ。
こんなところでフライパンを売っても、誰も買わない。駆逐艦では自室で料理できない。駆逐艦に持ち込めるもののサイズも決まっているから、あまり大きなものも売ってない。家電屋に行っても冷蔵庫や洗濯機はなく、売っているのはせいぜい小型の音響機器やスマートフォン程度だ。
だが、かえってラインナップが少ないほうが彼女にはわかりやすいらしく、むしろいつもより物欲が炸裂していた。
狭い駆逐艦内では楽しめる娯楽が少ないため、人気があるのはやはり映画などの映像コンテンツ。ナポリタンさんもいくつか購入していた。
宇宙戦艦の街で、魔王シリーズの映画を買いあさる伯爵令嬢。やっぱりこの人、普通じゃない。
街にあるスイーツ屋で、2人でパフェを食べていると、急にナポリタンさんがこんなことを言い出した。
「なあ、ご主人。あなたはあの男爵の奥方のような人と結婚したほうがよかったんじゃないか?」
「何?突然、どうしたのか?」
「食堂で駆逐艦の戦術などの話をし始める奥方など、貴族の間でもいない。私も少しは自覚している。」
一応、ご自身が変わっていることは自覚していたらしい。
「ご主人も私などに関わっていなければ、もっと良い人生を歩めたのではないか?そう思ったことはないか?」
「うーん、どうだろうか?そういう人生を望まなかったから、ナポリタンさんと出会えた気がする。私はあまり色恋沙汰には興味がなかった。歴史的なものや逸話を読みふけり、気がつけば作戦参謀になっていた。わたしだってそんな人間だから、ナポリタンさんに出会えた気がする。だから、私はちっとも後悔なんてしてないし、これからも一緒に楽しく暮らすんだろうなと思ってるよ。」
そんなような話をした。するとナポリタンさん、目がうるうるし始めた。
こんな顔の彼女を見るのは初めてだった。いつもは無表情、涙なんか流したことはない。そんな彼女が珍しく涙を出した。
私はハンカチで目を拭いて、そっと手を握りしめた。
「…父上が死んだとき以来だ、私がこんな顔になったのは…」
随分と我慢してきたんだろうな、この人。私は、地球755から4億5千万キロ離れたこの宇宙の片隅で、彼女の心の奥にようやく触れた気がした。
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1年が経った。
地上に戻った彼女は、さらに輪をかけて映像コンテンツに没頭してしまったような気がする。だが、もう一方で妙なことに情熱を注いでいた。
「おい!アルフレッド!この『ミソシル』というやつを飲めば、長生きするらしいぞ!」
あの男爵の奥さんと結託して、健康食品というやつにはまっている。
私を少しでも長生きさせたいらしいので、こういうことに興味を持ち始めたらしいが、それにしてもなんでこんなに赤黒くて塩辛い飲み物が体にいいのかは不明だ。だが、こういうものを持ち込んだのは初めてではない。先日も体にいいからと、濃い緑色で、変に苦い飲み物を飲まされた。
さて、あの城の周辺の街は大変なことになっていた。
宿屋が当初の5倍の大きさまで拡大した。それにつられるように、街に人が戻ってきた。
そのお城はというと、そのままではもったいないからと主塔のみを見学用に開放した。
こんな小さなお城、見にくる物好きはいるんだろうか…と思いきや、意外と人がやってくる。
この星の貴族には人気だ。貴族がお城に興味を持つのは、想定内だった。が、この星以外の人、つまり私と同じ地球291の訪問者が多いのは驚いた。
私の星には、この手の古い城の多くが取り壊されてしまった。ということは、私のように古いお城マニアが意外に多いのか?
「やだぁこのお城、本当にあの映画のラストシーンに出てくるやつにそっくり!」
…映画の影響でした。
例の元強盗団は懸命に働いている。街は徐々に人口が増えて、この一年で以前の半分くらいにはなりつつある。来年には元の人口まで戻るんじゃないのだろうか?そんな勢いだ。
城と宿屋の土地はナポリタンさんが所有しているため、毎月結構な金額の借用代が入ってくる。それを使って、城を少しづつ近代化していった。
今では電気も通り、防犯設備ついた。強盗団の根城になることはもうない。
入り口を主塔と副塔の二箇所に増やした。いずれ居住用の副塔で暮らせるようにと考えてのことだ。
私はここの講師がお役御免になったら自分の星に帰ろうかと思っていたが、ここで暮らすことになりそうだ。どうしようか、ここの艦隊の作戦参謀でもやるか?
おっと、今はそれどころではなかった。
今、私は病院に着いたところだ。
ついに私は、父になった
私が地球755の衛星軌道上で演習しているとき、陣痛を起こしてナポリタンさんが病院に運ばれたと連絡があった。
私は演習を切り上げて、シャトルで地上に戻ったが、病院に向かう途中に生まれたと連絡があった。男の子だそうだ。
もう親子で病室にいると言われ、私は今その部屋に向かっている。
なんだか、私には親としての実感がない。彼女にしても、あの調子で親になれるんだろうか?
この扉の先に、その2人がいる。
ナポリタンさんはどんな顔しているんだろうか?いつもの冷静な顔して出迎えてくれるのか、それとも私に2度目の泣き顔を見せてくれるのか?
隣の子供は、どんな顔してるんだろうか?
扉を開けたら、もう昨日までの能天気な夫婦でいられなくなる。覚悟が必要だ。
そして私は、この新たな家族との人生を歩みだすため、扉を開いた。
(第22話 完)




