本好き貴族と城好き大尉と強盗団 7
ナポリタンさんの返答は「ついていく」だった。宇宙というものが見たいそうだ。
だが、正直言ってそんなに面白いところではない。それに今回は砲撃訓練も行われるため、艦内は騒がしくなる。
「映画で、魔王軍のドラゴンと人間との撃ち合いなら見たぞ。あれよりも凄惨な撃ち合いでもやるのか?」
「いや、凄惨な光景はないが、音と振動が激しいんだけど。」
「ならいい。それくらいなら、問題ない。」
駆逐艦での砲撃訓練はわりと激しい音と振動が起きる。新兵は最初の訓練で、その音と揺れに驚いて倒れるという人が多い。
その砲撃訓練では、最大5時間は撃ちっ放しになる。今回は砲撃よりも操艦訓練が主だから、常に撃ってるわけではないけれど、大丈夫だろうか?
訓練であれば一応、家族の同行は認められる。が、大抵の場合は留守番しているのが普通だ。軍船などに乗りたがる奥さんなんて、普通はいない。もっとも、この点ナポリタンさんは普通ではないだろうが。
で、2週間はあっという間にやってきた。
私は宇宙港へと向かう。妻のナポリタンさんと同伴で。
今回は、駐留艦隊9千隻、結成されたばかりのこの星の艦隊1千隻。そして、今期の訓練生が運用する新造艦300隻が加わった一個艦隊規模の軍事教練となる。
通常は1千隻程度の教練だが、今回は結成間もない1千隻も含めた艦隊運用の訓練を行うため、あえて大規模での艦隊訓練を行うことになった。
私自身、これだけの大がかりな艦船結集は、この星に来た直後に起きた会戦以来だ。
あの時は生きた心地がしなかった。初めて私は敵の反撃というものを受けた。結果的には我々の防戦が実って、この星は連合側になった。だがこの時、300隻、約3万人強が亡くなった。
その時と比べれば、今回は訓練。死を意識することはない。
ナポリタンさん、宇宙港の近くに住んでいながら、駆逐艦の真下に来たのは初めてで、全長300メートルのこの艦を唖然とした顔で見上げていた。
この艦は、地球755 防衛艦隊所属の駆逐艦1220号艦。つい先週、艦隊に引き渡されたばかりの新造艦で、今回初めて大気圏内に降下してきた。
搭乗手続きを終えて、ナポリタンさんと一緒にこの新造艦のところに行く。
「なんてでかい船だ!これを使えば、魔王軍のドラゴンなど恐るるに足らず!」
ドラゴンなんて、駆逐艦のバリアだけで勝てますよ。どのみち魔王軍が攻めて来ることはなさそうだけど。
中に乗り込むと、まず私とナポリタンさんの部屋へ向かう。ここで9日間を過ごすことになる。
宇宙はオフライン環境だから、暇つぶしのために、タブレットには大量の動画を保存してきた。あと、城から持ってきた本が3冊。彼女の準備は万全だ。
実はこの艦にもうひと組、家族連れがいる。訓練生の男爵だが、最近騎士の娘と結婚したらしく、つれてきちゃったらしい。
そこに現れた一応伯爵家の令嬢とばったり会ってしまった。
「は…はじめまして、ナポリターナ様におかれましては、ご機嫌麗しく…」
「ここは宇宙へ行く船の中だ。気遣いは無用。気にするな。」
やっぱりこの星の階級社会だということを思い知らされる。一応ナポリタンさんは彼女なりに気を遣ったようだが、相変わらずぶっきらぼうな話しぶり。果たして相手にその気持ちは届いたのか?
出航に際し、ナポリタンさんとこの男爵の夫人は艦橋に招待された。なにぶん訓練もなしに乗艦するわけで、大気圏離脱時の轟音に驚かないよう、外の見えるこの艦橋に招かれた。
艦長はこの星出身の子爵家出身。
「ナポリターナ様におかれましては、艦内での生活をお楽しみいただければ幸いです。」
この艦長、変な挨拶をしていた。ナポリタンさんはこの艦で、実は一番爵位が上らしいということがわかった。
さて、大気圏離脱では爵位だなんだと言ってられない。艦長の号令がかかる。
「大気圏離脱を開始する!両舷微速上昇!」
「両舷微速上昇!重力子エンジン出力5パーセント!船体ロック解除よし!進路上障害物なし!」
艦はゆっくり上昇する。この港からはほかに9隻が同行、我々と同時に上昇を開始した。
徐々に高度が上がり、やがて大気が薄くなったため、空が暗くなってきた。ナポリタンさんと男爵の奥さんにとっては初めてみる光景だ。
高度4万メートルに達する。いよいよ大気圏離脱だ。
「全艦、規定高度4万メートルに到達!」
「全艦に伝達!両舷前進いっぱい!最大出力!」
ゴーッと艦内にエンジン音が響き渡る。外の風景が後ろに流れる。ついに大気圏離脱が開始された。
「なあ、なぜ宇宙というところへ行くのに、こんなに目一杯走らなければならないのだ?」
ナポリタンさん、早速私に聞いてくる。
「この星の重力を振り切るためだよ。これから行くところはずっと遠いところだから、早く行くためにも早く飛ばなきゃならない。」
「そういうものなのか。」
「まあ、そういうものです。」
そんな会話をしてるうちに、宇宙空間にたどり着いた。
我々の左側にこの星、地球755の姿があった。丸くて青い星。典型的な地球型惑星の姿だ。
ところがこれを見たナポリタンさん、興奮気味だ。
「この星は上から見るとこんなに大きなサファイアのような姿だったのか?大きい!これなら魔王が占領するのも難しかろう!」
相変わらず魔王軍に攻められることを想定していらっしゃる。
わが艦は、徐々に増速して地球軌道を離れる。この星の月も通り過ぎた。
ナポリタンさんにとって月といえば、異世界の女王が住んでることになってたそうだが、とてもじゃないがそんな人が住めるような場所ではないことを、一目見て悟った。灰色の岩と砂だらけの大地が見える。
その月もあっという間に通り過ぎて、暗闇の宇宙空間に入った。
アステロイドベルトまでは2日とちょっとの行程。それまでは、部屋でおとなしくするしかない。
私は艦隊標準時の昼間の間は、訓練生を相手に講義をする。艦内の講義では、訓練前の最後の復習をしていた。いよいよ自分たちがこの船を動かす、訓練生の緊張感がピリピリと伝わって来る。
一方で妻のナポリタンさんは能天気に本を読んでいたが、ふとしたことで悩んでいた。
どうでもいい悩み事だが、ある物語で書状を早く届けるために、馬ではなく人を使ったとあるのが気に入らなかったらしい。
どう考えても、馬の方が早いだろう。どうして馬を使わず人だけで走るのか?
そんな悩みもオンライン環境ならすぐに調べられたのだが、ここは宇宙空間、地上に戻るか、戦艦に寄港した時でないと、調べられない。
と、そこへ騎士の娘だったあの男爵の奥さんがやってきた。
「ああ、それはですね、夜には馬が走れないからですよ。暗い夜道では、人の方が早く進めますよ。以前、陛下の使者は一晩で隣国に書状をお送りになってですね…」
「えっ!?そんなことがこの王国にあったのか?それは知らなかった。」
さすが騎士の出身だ。こういうことはよくご存じでいらっしゃる。この会話がきっかけで、この2人はよく会話するようになった。
正直、あまり人付き合いがいいとは言えないナポリタンさん。こういうところで少しづつコミュニティの輪を広げていただけるとありがたい。
それにしても彼女、食堂で食べるのは「ナポリタン」が多い。なぜ、そこまでナポリタンにこだわるのだ!?ペペロンチーノじゃだめなのか?
「我が名を冠するゆえ、敬意を評して食すことにしている。」
などと言ってましたが、別にそんなことにこだわらなくてもいいんですよ。
彼女はどうやらトマトケチャップの味が好きらしい。ナポリタンもそうだが、オムライスにたっぷりケチャップをかけてる時もあるから、やはりトマトの味が好きなんだろう。
宇宙に出て3日目、やっと目的地のアステロイドベルトについた。
すでに艦隊は集結しており、久しぶりに1個艦隊が集まる姿を見ることとなった。3年ぶりだ。
艦橋に呼ばれたご婦人2人。周囲は皆駆逐艦だらけ。視界の及ぶ限り宇宙船が見える。
「これが宇宙艦隊か…まるで魔王軍のようだ…」
我々が暗黒世界からやってきた悪魔の手下のようにおっしゃるナポリタンさん。確かに、この星の住人からすれば異様な光景だ。
さて、艦橋にこの2人が呼ばれたのには訳がある。
これから「砲撃訓練」が始まるからだ。
音と振動が激しくて、おそらく部屋の中で聞けば驚いてしまうので、一度艦橋でどういうものかを知ってもらった方が良かろうとの艦長のご配慮によるものだった。
「艦隊司令より入電!訓練開始!現在、敵艦隊までの距離、32万キロ!射程内まであと5分!」
もちろん訓練だ。敵艦隊はいない。ただ、今回の訓練は艦隊運営と砲撃訓練を兼ねているため、敢えて砲撃前からの訓練となっている。
「相対距離31万キロ!接触まであと2分!!」
「艦内に伝達!砲撃戦用意!!」
「砲撃戦用意!!砲撃管制室に操作系を委任します!」
いよいよ砲撃開始だ。艦内に警報が鳴り響く。
「撃ち方始め!!」
「主砲装填開始!撃ち方始め!!」
30秒ほどで装填完了。砲撃が始まった。
目の前に青い色のビームが一斉に光る。雷のような音に振動。大気圏離脱時とはまた違う音が鳴り響く。
幸いなのは、今回は反撃がないことだ。3年前の時は敵艦隊のビームがすぐ横をかすめた。生きた心地のしなかったあの光景だけは、もう思い出したくない。
「仮想敵、後退を始めました!艦隊司令より前進せよとの命令です!」
「両舷前進半速!回避運動を維持しつつ前進!」
こんなに早く敵艦隊が後退を始めることはないが、今回の訓練は艦隊運営が主だから、こういう展開になっている。
ここでうまく他の艦艇と歩調を合わせないといけない。我々が出過ぎてもだめ、引っ込みすぎてもだめ。
しばらく前進が進む。が、突然我々の周辺が止まった。
おかしい、停止命令を受けていないが…作戦参謀候補生も異変に気付いた。
すぐさま彼はチーム艦に伝達、前進をやめ、他の艦艇と同期した。
この対応は正解だった。わざと一部の艦艇に命令が届かないよう、艦隊司令が仕組んだのだ。
実際に戦闘では、命令が来ていても気づかなかったり、リーダー艦が沈んで命令を受けられない艦が出たりする。本当の戦闘下での混乱ぶりは、こんなものではない。
さて、砲撃はまだ続いているが、そういえばご婦人方の様子はどうだろうか?
男爵の奥さんは音に驚いてる様子だ。だんだんと慣れて来たものの、まだ砲撃のたびにビクついている。
問題は、ナポリタンさんの方だ。嬉しそうな顔をしている。
「…すごい、すごいぞ!これならば魔王の住む暗黒の世界を相手でも勝てるぞ!」
どうやら魔王に宣戦布告したいらしい。だめだこりゃ。そろそろ別のシリーズを見せた方が良さそうだな。
「艦隊司令より入電!砲撃停止!訓練終了とのことです!」
砲撃訓練は1時間ほどで終了した。周りも一斉に砲撃を停止した。
あまりばんばん撃つと、すぐにエネルギー粒子が空になり、補給をしなきゃならない。まだこれから5日間、訓練が続く、今日はこの辺で終了となった。
このあと、今日の操艦訓練を振り返るブリーフィングを行う。ご婦人方には先に部屋へ戻ってもらう。
夕飯の頃に私は部屋に戻った。男爵の奥さんと一緒に歩いているナポリタンさんを見かけた。
「これから夕飯だが、ご主人に聞きたいことがある。」
「はあ、何でしょう?」
「食堂で待つ!早々に合流せよ!」
また何か変な動画の影響を受け始めたのか?付き合わされる男爵の奥さんも可哀想だ。
食堂に着くと、今日は珍しくハンバーグだった。
訓練生の男爵とその奥さんも一緒だ。
「おお!来た来た!こっちだ!」
いつも思うのだがこの人、喋り口調があまり令嬢らしくない。
「砲撃の様子を初めて見たが、なんでただまっすぐ撃つだけなんだ?敵に切り込んだりしないのか?」
「宇宙船は速度が速い。接近戦などというものは成り立たない。敵は横をすり抜けて、我々は守るべき拠点を奪われる。だから、近づく前に遠くから撃って足止めする。弾切れになったら敵も帰る。そう追い込むのが我々の基本戦術だ。」
「なるほど、つまらないが、理にかなっている。だが、攻める時はどうするんだ?」
「正面からあたっても同様に足止めされてしまう。出来るだけ隠密に行動する。それしかないが、今のレーダーから見つからないように行動するのは至難の業だ。」
「攻めるにせよ守るにせよ、正面の撃ち合いでは、ほとんど決着などつかないのではないか?」
「守る側は引き分ければ勝ち。攻める側は圧倒的に沈めなければ勝利にはつながらない。だから、ほとんどは引き分けで、防御側が勝利というのが普通だ。だけど稀にこういう事例もあって…」
ところで今、私は自分の妻と会話してるんだよな?これでは、まるで戦術論の講義でもしているようだ。
なぜか男爵夫妻まで巻き込んでの夕飯講義となってしまった。
「いやあ、あれだけの戦術をさらりと答えられるあたり、さすがは先生です。私も精進せねば。」
男爵は満足だったようだが、奥さんのフォローをしたほうがいいぞと一言言っておいた。これは普通の夫婦における戦術だ。
我が妻は部屋に帰って、今度はドキュメンタリー番組を見ていた。どうやら宇宙戦闘がテーマだ。そんなものもダウンロードしてたのか?
だが、今夜もナポリタンさんと大人の砲撃戦を繰り広げた。それにしても、私もずいぶうと上手くなったものだな。日頃の鍛錬の賜物だろう。




