本好き貴族と城好き大尉と強盗団 5
その日のうちに、街の事務所にて正式な入籍届を出してきた。
なんだか変な気分だ。私の使用人で、高貴な伯爵家のご令嬢が、今この瞬間から私の妻となった。
ただ、家に帰ってからもあまりやることに変わりはない。夕飯を食べて、戦記物の動画を見て、やることをやってから寝る。
翌朝、貴重な休日の2日目である日曜日に突入。私の横では、すやすやとナポリタンさんが寝てる。
ちなみに、金曜日にはダブルベットが届いた。おかげ、2人で寝るにはとても快適だ。
このダブルベッドの寝心地が良いのと、つい夕べは調子に乗ってしまったのとで、いつもより遅い目覚め。だが、調理ロボットは御構い無しに、いつも通りの時間に朝食を作る。おかげで、冷めた目玉焼きを食べる羽目になった。
ところであの宝剣だが、私が受け取ったものの、あの場所に置いてきた。自宅に持って帰ったところで意味はないし、置き場もない。再び石壁に守られた部屋にて保管する方がいいだろうということになった。
さて、今日は城には行かず、近所の店で買い物を楽しむことにした。
これといって買うものもないが、横目で店を見ながら歩くのはなかなか楽しいものだ。
途中、同じ講師をやってる友人に会う。
「よお、どうした?こんなところで、彼女なんか連れて、デートか?」
「彼女ではない。昨日から私の妻だ。」
などと言ってやったら、少し衝撃を受けていた。いつの間に結婚なんてしやがった?と言いたげな顔だ。
続いて、生徒の一団にもあった。男爵と子爵の次男坊集団だ。
「これは先生!こんなところでお会いできるとは、今日はこのようなご婦人を連れてどちらへ?」
「ああ、こちらはナポリタンさ…」
「ナポリターナ・ド・ミゼラルクルード・リュクサンブール・ボルボーネ・ダグラスだ。」
何か喋ったぞ。彼女の正式名だ。相手が貴族と知って、あえてこの長い名前を名乗ったようだ。
だが、彼らにはこのお嬢様が一体誰なのか、分かってしまったようだ。
「こ…これは伯爵家のご令嬢ではありませんか。このようなところでお会いできるとは光栄の極み。で、先生とご令嬢が一緒にどちらへ?」
「夫婦でぶらぶらしているだけだ。問題ない。」
多分、今のナポリタンさんの一言で、彼らにとっては大変なことが起きているだろう。無位無官の講師の私が、伯爵家のご令嬢と結婚した。貴族社会では一大事。こちらの貴族社会向けの週刊誌があったら、大変なゴシップネタとして扱われたことだろう。
なお、あの長い名前にも意味はあって、伯爵家が過去に収めた領地の地名が並んでいるそうだ。最後の「ダグラス」というのが、先日行ったお城のある場所の地名。あのお城も「ダグラス城」というそうだ。
名前の長さは、その家の歴史の長さを物語っているわけで、これだけ長い家名は公爵か伯爵に限られる。
ただ、名前が長いのも不便なので、最後の地名を家名として使うことが多いそうだ。公式の場などで、彼女の家は「ダグラス家」と称される、とのことだが…この辺りのルールは、私には分かりにくい。
まあ、貴族になったわけではないから、そういうのはスルーして、休日を楽しもう。
服や雑貨のお店をぶらぶらしてたら、ある雑貨屋で急にナポリタンさんが立ち止まる。
そこにあったのは、龍の置物だった。
「何か力を感じる。」
という理由で買った。ナポリタンさん、あなたは魔術師か魔族ですか?
そんな調子でぶらついてたら、昼食の時間になった。パスタのお店に行くと、この人またナポリタンを頼みそうだから、別の店に入った。
そこは焼肉屋だった。網の上でひたすら肉を焼く、それだけのお店。
他にもサラダなどを注文して食べたのだが、脂身の多い肉を焼くと上がる火の手を見て、ナポリタンさんは、
「燃え上がれ!紅蓮の炎よ!この網上の肉を全て焼き尽くせ!」
などと言いながら肉を焼いていた。
そういえば、彼女が最近見る動画は、歴史物からファンタジーものに移行しつつある。その影響だろうか?
城と宝剣と領地を持ち、カジュアルな格好をして街を歩き、魔族のように肉を焼く貴族令嬢。そんな不思議な人と、昨日から夫になった私。この先、ついていけるんだろうか?
などと考えながら、ジーっとナポリタンさんの顔を見てたら、
「なんだ、私の顔に肉片でもついてるか?」
「いやいや、なにもついてませんよ。」
「ご主人にはついてるな…我が父の面影が…」
怖いことを唐突におっしゃる。やはり、昨日見ていたという人間と魔族の戦いを描いた長編映画の影響を受けているようだ。
そういえば、あの映画の最後の決戦に出てくるお城と、あの「ダグラス城」ってどことなく似てる気がするんだが、今度お城に行った時に、彼女は何か怖いセリフを言いそうだ。
昼食後は家電屋に向かった。私の家にはかなり多くの家電があるが、全て1人用前提で揃えたため、ものによっては能力不足だ。
まずは冷蔵庫。今の冷蔵庫では、3日分しか持たない。倍の大きさのが欲しい。
他にも、ナポリタンさん用タブレットが必要だ。大きい画面のものを欲しがってたので、13インチサイズのものを買った。
しかし、家電屋というのは物欲魔が棲んでいる。必要もないものをつい買ってしまいそうになる。すでに持っている調理ロボットの後継機や、必要のなさそうなカメラドローンに見入っていた。
で、なぜか懐中電灯を買った。もう何百年も前から同じスタイルのこの光るだけの機器をナポリタンさんが2つも欲しがったので、買ってしまった。
それにしても、何に使うんだろうか?まさか、これを使って光の勇者ごっこでもするつもりなのだろうか?
「これがあると、お城に行った時に便利だ。」
…ああ、至極まっとうな用途でした。案外冷静に考えていらっしゃったようで。
確かにあのお城、下の階は窓がなくて暗い。多少上から明かり取りの窓があるが、気休め程度。宝剣のあった地下に至っては、灯なしには踏み込めない暗さだった。
お城の照明用も兼ねて、あの城に発電用の核融合炉を買って、電気を供給すればいいかもしれない。だが、核融合炉ってどこで買えばいいんだろうか?
そんなことを考えながら自宅に帰る。家に着くとすぐに冷蔵庫が届いた。
買ったばかりの大型タブレットで、ナポリタンさんはあのファンタジーシリーズの続きを観ている。
『ふははは!こんなこともあろうかと、我が魔王城に通づる道全てに封印魔法をかけておいたのだ!』
魔王がそう叫ぶシーンがあった。これを聞いたナポリタンさん。
「素晴らしい…見事な戦略。だがこれでどうして最後に勇者に負けるのだ?何か落ち度があったのか?」
いや、ナポリタンさん、映画ですから。勇者が負けたら、映画にならないでしょう。
しかし、なぜかナポリタンさんは魔王推しだ。
彼女曰く、長い年月を使って軍勢を整え、敵に勝る力を蓄えてから一気に攻めるという戦略眼を持ってる奴が多いから、好感が持てるという。
それにひきかえ、人間どもは魔王に対する備えもなく、映画の最初の場面ではただ一方的に攻められっぱなし。
いくら何でも事前にできることがあっただろう、勇者などという突出した能力者に頼らざるを得ないとは、なんと情けない存在か、というのが、ナポリタンさんのご講評。
伯爵家はもう何百年も戦に備えてきた、たとえ魔王軍が来てもやられはしない、そう息巻くナポリタンさん。
まあ、ファンタジーの世界のストーリー展開に文句言ってもしょうがないでしょう。魔王が攻めてきたらいきなり人間軍が勝利し、特に勇者の手など借りずに防衛に成功。そんな映画の興行収入は最低を記録しそうだ。
しかし、考えてみれば我々の宇宙での戦いは、その面白みもない最低の戦いをしなくてはならない。
敵に攻め込まれて負けたとあっては、我々の世界では挽回の機会などないし、勇者も現れない。
そういえば、映画で扱われる宇宙戦争は近接戦闘が多い。その方が見せ場を作れるからそうしてるんだろうが、実際にあそこまで近接戦闘になったら、攻められてる側の負けは確定だ。ものすごい速度で突破されて、守るべき拠点を奪われてしまう。
そうなる前に敵を寄せ付けないよう足止めして、弾切れになるまで撃たせて、諦めて引き返すまで粘り強く抵抗する。これが我々の戦い方の基本だ。
…などという私もナポリタンさんと同じだな。私だって、映画の中身に目くじら立てて正論を述べている。
こうして、夫婦最初の1日が終わった。しかし、夫婦の普段の生活ってのは、こういうものなのだろうか?何か違うような…