本好き貴族と城好き大尉と強盗団 2
本好きで引きこもりがちと聞いてたので、てっきり私よりも歳上だと思い込んでいたが、むしろ若い娘だった。歳は21、顔が丸っこくて愛嬌のある顔といった感じだが、ちょっと無表情っぽい。でも、私などにはもったいないくらい綺麗な感じの人だ。
…けどこの人、ちょっとほこりっぽ過ぎやしませんか?長いこと風呂入ってなさそうだ、絶対。よほど困窮していたのがわかる。
紹介所のオーナーが現れて、私を彼女に紹介してくれた。
「こちらがあんたの新しいご主人のアルフレッドさんだ。仲良くやれよ。」
「よろしく、ご主人。ナポリタンだ。」
なんだかこの娘さん、ちょっと喋り方が女の子らしくない。貴族ってのは、こういうものだろうか?
挨拶は終わり、早速私の家に行く。
ナポリタンさんの荷物は大きな麻袋ひとつ分。本が5冊ほどと、多少の衣類があるだけだった。
こんなに少ない手荷物なの?忘れ物はないか?
と聞くと彼女は、
「大丈夫だ、問題ない。大抵のものは城に置きっ放しだ。」
この人、城持ちであることをさらりと明かしてくれた。
「お城持ってるんなら、そこで暮らせばいいんじゃないの?」
「お城の周りには街がない。暮らすのは不便。だから、こっちで暮らしている。」
聞けば、数年前に流行った病というのが、彼女の両親だけでなく、領内の街も襲ったらしい。生き残った人も外に出て行ってしまい、今は人がまったく住んでいないそうだ。
城のことを聞いてみた。さほど大きな城ではないが、実戦重視の堅固な城で有名らしい。このお城ではかつて3千の兵を相手に1千の城兵が奮闘し、敵を撃ち破ったという歴史があるそうだ。
すごく興味ある、が、まずはその体を綺麗にしてもらおうか。さっきからナポリタンさん、かわいい方なのに不釣り合いなほど汗臭い。
家に着くと、風呂場を使ってもらった。が、困ったことにシャワーの使い方などを知らない。
私は目のやり場に注意しつつ、なんとかシャワーや石鹸などの使い方を教えた。
ようやく綺麗になった。が、今度は服がない…
何着かあるものの、お世辞にも綺麗だとは言いがたい服ばかり。洗えばきれいなんだが、そうすると彼女が今着る服がない。とりあえず一番ましなものを着てもらって、まずは街に行って服を調達することにした。
しかし、女性向けの服屋など入ったことがない。カジュアル系の店で何着か適当に選んでもらって、なんとか服も揃えた。
…あまり貴族らしくない格好だな…どう見てもそこらを歩いてる一般人だが、さっきの埃の塊のような服よりましだ。やむをえない。
ここでようやく昼食にありつく。2人で近所の飲食店に行った。
パスタのお店だが、このお店は大盛りにしても値段が変わらない。大盛好きの私にとっては、お気に入りのお店だ。
そこでナポリタンさんは、どういうわけかナポリタンを頼んでいた。いや別に食べてはいけないわけではないのだが、なぜだろうか、とても紛らわしく感じる。
昼食をとりながら彼女にお城のことを聞いてみた。やはり長いこと放ったらかしらしくて、廃城同然のようだ。ただ、石造りのお城なので、壊れることはないだろうとのこと。
「実は私、城巡りが大好きなんだが、一度行ってみてもいいだろうか?」
「構わない。私も荷物を取りに行きたいところだったし、ついでに中を案内しよう。」
城の中に入る約束を取り付けた。早速明日にでも行くことになった。
まだ夕方まで時間がある。ということで、街の中を案内することにした。平日は1人で外に出なければならないこともあるし、生きていくには最低限の場所は把握してもらわないといけない。
家に戻って、お互いの領域を決めることにした。私は1階、彼女は2階で暮らすことにした。その夜はこうして暮れていった。
という感じにナポリタンさんとの1日目が終了。
翌、日曜日。いよいよ彼女の城に向かった。
彼女が遠いと言ってたから、てっきりもっと遠いところにあるものだと思いきや、意外に近い。街から見える山のふもとにあるという。あそこなら車で1時間もかからないだろう。
もっとも、彼女はその道を歩いてきた。普段出歩くのが億劫だったナポリタンさん、まあ、そんな彼女からすればこれでも遠いと感じるのは当たり前か。
それにしても、そんな近くの城を見落としていたなんて私も不覚だった。もっとも、この星のお城ガイドがあるわけではないから、致し方ないが。
ところで、この辺りの道は宇宙港の交易品を運ぶこの星の行商人が頻繁に通るのだが、最近それを狙った強盗団がよく出るらしい。
夜に出るため、昼間はよほど大丈夫だが、一応街の外に出るときは護身用に携帯バリアと拳銃を持って歩くようにしている。
だが今回はナポリタンさんもいる。もし襲われたら、私は彼女も守らないといけない。
車で走ること40分。ナポリタンさんのお城についた。
狭い谷間の手前に広がった平坦地に街があり、その奥に確かに城があった。
小さな城だが、この谷間を通り抜けようとする軍勢を迎え撃つにはちょうどいい場所に建てられている。
一見すると街が城の前にあって、攻められたときに街が真っ先にやられるのではないかと思う配置だが、元々は奥の谷間の向こうにある王国からの防衛のため作られた城。なるほど、それなら先に城を攻めないと街には行けない。
ただこの国とはずっと以前に和睦しており、ここは平和そのものな城下町だったそうだ。
城に辿り着く前に、その城下の街を通った。確かに今はまったく人気がない。
行商人はよく通るが、建物の中には人がいない。やはりここは廃墟となりつつある場所なのだろう。
だが、これほど多くの行商人が通るのだから、宿でも開けば結構儲かるんじゃないかと思う。
実際、ここを超えて隣国にたどり着こうとすると、夜遅くになるようだ。谷を越えた辺りで日暮れを迎える人が多いという。
手元の端末で検索すると、先の強盗がよく出ると言っていた場所はまさにその谷の先。暗闇に乗じて襲われることが多いという。
ただその強盗団、人は殺さない。おまけに我々のような宇宙から来た者は襲われたことがないそうだ。それゆえに我々の警察機構はこの強盗団に対して動いてくれない。
まだ昼間だし、谷を越えるわけではないから、ここはまだ安全だろうと思われる。
ということで、城についた。
城門は開けられていた。すでに敵に攻められる恐れがないため、ここはもう何年も開けっぱなしらしい。
その奥にちょっとした広場がある。城兵を集める場所のようだ。その奥に城の本体がそびえ立っていた。
城に入るには、一箇所しかない扉を使う。表からは見えないところにその扉はあった。
敵から攻められても大丈夫なように、城には一箇所しか入口がないのだろう。戦略上、理にかなった設計だ。
おまけに城の下部には窓が付いていない。高さはおよそ30メートルはあるが、中腹より下には窓がつけられていない。城内に敵がやすやすとはいられないための工夫と思われる。
このお城、主塔の横に半分くらいの高さの副塔があって、この2つの塔は中腹ほどで吊り橋により繋がっている。
ナポリタンさん曰く、この副塔が居住スペースなんだそうだ。主塔は城兵が立てこもり、見張りを行う場所として使うところだったようだ。
扉に付き、鍵を開けようとしたナポリタンさん。なにやら異変に気付く。
「鍵が壊されている…」
見ると、扉につけられた南京錠が壊されて、地面に投げ捨てられている。
これは、我々が来る前に誰かが侵入したということだ。空き城を狙った泥棒の仕業だろうか?
まだ中にいる可能性もある。慎重に入ることにした。
それにしても、このお城のたった一箇所の入り口の鍵がこんな脆いものだと、敵にあっさり攻められるのではと思ってしまったが、内側からはがっちり閉められる構造らしい。
ただ、今は内側から閉められてはいなかったため、中に入ることができた。
幾重にも連なる階段を上る。7階建くらいの高さがあるのだから、エレベーターがあると便利なのだが、このお城にそんな便利なものはない。
階段の踊り場毎に部屋のようなものがある。兵士の詰め所のようなところらしい。もし敵兵が侵入しても、階段で迎え撃つつもりだったようだ。
15メートル分、3階くらいの高さを登った辺りに入口があり、そこにはやや広い部屋があるそうだ。
その部屋の中に入ろうとしたとき、中から人の声がした。私とナポリタンさんに緊張が走る。
この入り口には扉が付いていて、小さな覗き穴がある。私は銃を構えて、その穴から覗いた。
奥に人がいる。全部で7人だ。1人がなにやらしゃべっている。
「おい!見張り台から外を見たら、宇宙人がよく乗ってる乗り物がこの城の下においてあるのが見えたぞ!」
「なんだって!?もしかして、ここを嗅ぎつけられたのか?」
「わからねえ!人はいないようだった。もしかして、この城にきたのかもしれない。」
「馬鹿!こんな城に来る物好きはいねえよ。だがちょっと心配だな。おめえ!ちゃんと周りを見張ってろ!」
そういうと、奥の出入り口の方に1人だけ走っていった。
この部屋はどうやら彼らのねぐらにされてるようだった。布団がいくつか敷かれてる。他にも色々なものが置かれている。
どう見ても交易品ばかりだ。お酒に衣服、家電製品等が見えた。
まさかと思うが、彼らがこの辺りに出るという強盗団か!?
彼女曰く、ここはもう1年ほど来ていないという。空き家同然だから、彼らがねぐらに使っていてもおかしくはない。
さて、どうしようか。
一旦2人で1つ下の踊り場まで戻り、そこにあった詰所に入る。
私は宇宙港そばの街の警備所に通報することにした。
強盗かどうかは分からないが、少なくとも家宅侵入罪は犯している。持ち主であり、被害者でもあるナポリタンさんがここにいる。
ここでは声を出せないので、メッセージアプリを使って通報した。すぐに返信があり、哨戒機を手配してこっちに向かうそうだ。
それにしても、その間どうしようか?外に出ると、さっきの見張りに見つかる。
この詰所にも扉もなく、誰かが階段を降りて来ると見つかる危険がある。
だが待てよ。他に出入り口がないのだから、逆にここを抑えてしまえば、彼らは外には出られない。
などと考えてると、誰かがこっちの扉を開いて出てきた。
「ちょっと広場のあたりを見回ってくる!」
と言って、がたいのいい男がこっちにやって来た。
やばい、こっちにくる。どうする?このまま隠れてやり過ごすか?
いや、見つかる可能性もあるし、もし見つかったら、ナポリタンさんを守りづらくなる。
むしろ先手を取った方がこちらにとっては有利だ。哨戒機が来るまでの時間稼ぎにもなる。
「ナポリタンさん、ここを動かないで、じっとしてて。」
「分かったが、ご主人はどうする?」
「私に策がある。心配しないでいい。」
ということで、私は階段に飛び出した。
不意を突かれた強盗団の1人と思われるこの男、私に向かって叫ぶ。
「だ…誰だ!?お前は!」
「そりゃこっちのセリフだ!この城でなにしてる!?」
相手は手に持った棒のようなものでいきなり殴りかかってきた。
が、そんなものが携帯バリアに敵うはずもなく、あっけなく吹き飛んだ。
「お…お前、宇宙から来たやつだな?」
「そうだ。」
数人がこの騒ぎを聞きつけ、出てきた。
私は拳銃を取り出し、一発発砲した。
威嚇射撃だが、おそらく彼らの持ってる武器よりははるかに強い奴を持っているというアピールにもなる。
するとこの男、急にその場に座り込んでしまった。
「くそっ!こうなったら好きにしやがれ!」
なんだ?妙に潔いな。だがここで座り込まれても狭すぎて困る。
「立て!上に向かって歩け!」
銃を向けて男を上に向かって歩くよう言った。
後ろから離れてナポリタンさんもついてきた。あまり安全ではないが、暗くて狭い詰所に女の子1人はかわいそうだ。そのまま一緒に行くことにした。
上の広い部屋に出た。ここは窓があるので明るい。他の仲間も集まっていた。
男が先に入り、私とナポリタンさんが続いて入った。
男が呟いた。
「あれ…伯爵のお嬢様ではないですか?」
「あれ、ほんとだ!お嬢様だ!」
他の男も叫ぶ。なんだ?彼らはこのナポリタンさんのこと知ってる人物なのか?
「なんだお前らは、なぜ私の城にいる?」
「いやあ…ずっとお嬢様を見かけないので、てっきり病で亡くなったのかと思ったもので…それで、こちらさんとはどういう関係で?」
「こいつか。こいつは私のご主人だ!」
なんだか誤解を招くような紹介をされたものだ。多分、別の意味で解釈しているぞ、こいつら。
「いや、お嬢様の旦那様とは知りませんで、失礼なことを致しました。どうかお許しを!」
なんなのだろうか?急に低姿勢になった。しかし、やっぱり”旦那”といわれてしまった…まあ、ここで否定しても話がややこしくなる。ここではそういうことにしておこう。
聞けば、この下の街の元住人だそうだ。外に出て行ったものの、生活に困窮して強盗を始めたらしい。
どおりでナポリタンさんのことを知っているわけだ。
で、この強盗団、荷物を奪い続けているが、食べ物以外の奪った荷物はすべてここにあるらしい。
食べることが目的なので、それ以外はいらない。だから、どんどんたまる一方だったそうだ。
売ろうと思ったものの、どこに売ればいいかわからない。それに、奪ったものを売ってしまうのもなんだか気がひける。ということで、結局ここにため込んでいったらしい。
気の小さい強盗団だが、おかげで今まで足がつかなかったわけだ。宇宙から持ち込んだものをどこかに売れば、記録されたシリアルコードからすぐにルートが割り出せてしまう。
ナポリタンさんの両親をも奪った流行病は、この街に深刻なダメージを与えたようだ。
若くて体力のある人々しか生き残れなかったようで、彼らの親世代や体力のない子供はことごとく亡くなってしまったようだ。
街の半数以上が亡くなって人々は四散し、城を含む街並みは廃墟同然になってしまった。
そんな状況だ。ナポリタンさんもこの強盗団の7人も、筆舌に尽くしがたい環境を生き抜いて、こうなってしまったのだろう。
しばらくすると3機の哨戒機が到着し、警備兵が降りてきた。
強盗団を引き渡したが、事情が事情だけに、情状酌量してもらいよう申し入れた。
が、こういう被害者が現地住人のみの場合の犯罪者は、現地の治安機構である騎士団に引き渡されるのだという。引き渡しの際には、一応口添えをしてもらうことになった。
強盗団が集めた品は、コードからどこの登録業者のものか分かるため、連絡して取りにきてもらうこととなった。
「いや、それにしてもお嬢様がこんな頼り甲斐のある旦那様と一緒になられていたとは…領民として、心残りはありません。」
強盗団だった街の住人の1人がこう言い残して、警備兵に連行されていった。
最後に誤解を解きたかったけれど、なんだかとても野暮なことのような気がして、とうとうそのまま本当のことを言えずに送り出してしまった。
やっと本来の目的である城の見学ができるようになったのは、夕方近くになった時だった。
見張り台に登ってみたり、謁見用の部屋などを見た後、彼女の部屋に向かった。
そこには、大量の本が置かれていた。
そういえばナポリタンさん、私の家にも5冊ほど置いてあるが、壁一面びっしりと本が並んでた。
考えてみれば、ここの文化レベルでこれだけの本を持つということは大変なこと。いかにこの伯爵家が歴史と権勢を誇っていた家であったかがうかがえる。
そこから10冊ほど選んで持っていくことにした。
ここの文字が読めないので、何が書いてあるかがわからなかったが、彼女曰く「戦記もの」だそうだ。
小説ではなく、本物の戦いの歴史が書かれた本だそうだ。全部で15冊のシリーズ。彼女のお気に入りとのこと。
これらを車に積み込む。服も2、3着ほど持って、城をあとにした。
なんとか自宅に着いたが、すでに夜になっていた。夕飯を外で済ませて、今日はさっさと寝ることにした。
明日は平日。私は講師の仕事で、1日外に出かけなければならない。ナポリタンさん、昼間はちゃんと過ごせるだろうか?
と心配してたら、ナポリタンさんが突然部屋に現れた。
「ええと、ナポリタンさん?どうしました?」
「今日は私とお城を守ってくれた。ちゃんとお礼がしたい。だから、一緒に寝よう。」
「はい?」
そしてナポリタンさん、急に服を脱ぎ始める。私は慌てて止めた。
「ちょ…ちょっと、ナポリタンさん?これはどういう…」
「こういうことをすると男が喜ぶと聞いている。亡くなった父上より、受けた恩は必ず返せと教えられてきた。私も貴族の娘、15の時からこういう作法を心得ているから、問題ない。」
「いや、そうですが、あなたは伯爵家の令嬢、私はいち軍人。身分というものが違いすぎるんじゃないですか?」
「ご主人は男爵や子爵の子息を相手に講義をしていると聞いた。ならば、伯爵と同等であろう。それに。」
ナポリタンさん、私に顔を近づけてきて、こう言ってきた。
「私では、駄目か?」
結局、私は彼女の作法とやらに従い、大人の夜を過ごしてしまうことになった。
こんなことなら、ダブルベットにしておけばよかった。今度の休みにでも買おうか。




