おてんば姫の侍女と無残業少尉と断崖の城 2
その日は天気のいい日だった。上空2万メートルのこの駆逐艦の展望室から下を眺めたが、雲ひとつないため、地上がはっきり見える。
そんな時に、艦長よりパイロット2名の招集がかかった。直ちに艦橋へ来るようにと。
まだ勤務時間外なんだが、一体どうしたというのだ?何が起こったのか知らないが、あと1時間は待てないものなのか?
艦橋に赴くと、とても1時間は待てない案件だった。
なんでも、おてんば姫が城を抜け出し、近くの断崖にある古城に行ったというのだ。
そこは100年前まで使われていた城で、かつてこの王国の防衛拠点だったそうだ。だが時代は移り、隣国との同盟が結ばれたため不要になり、今は放置されている。
その城に姫が入り、上を目指して登っていたが、城の下側が突如崩壊、出られなくなっているという。
「姫の救出は、大尉の操縦する哨戒機にて行う。少尉はバックアップとして、複座機で近くに待機。不測の事態に備えよ!」
「ですが艦長、これは我々の担当外の任務では…」
「非戦闘員の生命を助けることは、我々軍人の使命だ!直ちに出撃せよ!これは命令だ!」
と言って、艦長は小隊司令部の命令書を見せてきた。正式な命令書を見せられれば断ることはできない。断れば即刻、軍法会議ものだ。
というわけで、私もすぐに離陸体制に入った。
大尉の哨戒機には救助支援のため2人が乗り込むが、この機は私の単独飛行となった。
普段は担当外任務はやらないと意気込んでる私への当てつけだろうか。命令書を盾にここぞとばかりにブラックな要求をしてきそうだ。
さて、その断崖絶壁にあるという古城に着いた。
ここは本当に絶壁だ。ほぼ垂直の崖が見える。
その絶壁に、建物が張り付いている。この星の技術でどうやって作ったのか?不思議なお城だ。
その城の上の方に人が見える。2人いた。どうやら例の姫と、その侍女の1人のようだ。
報告通り、その下は崩れている。多分、人が踏み込んだ衝撃で崩れてしまったのだろう。
現在、姫と侍女がいるところは高さ100メートルほど。すでにかなりの部分が崩れており、2人のいる場所ももうかなり狭い。それにしても、よくこんな場所を登ろうと思ったものだ。命知らずにもほどがある。
早速、大尉の哨戒機がアプローチに入る。私はといえば、キャノピーを開けて、すぐ下で待機するよう命令された。もし誰かが落ちたら下で受け止めろということらしい。さすがにそれは無理じゃないか?
すでに2人のいる場所は壁がなくむき出しになっているため、そこから直接救い出そうとしていた。
「姫様、早く!」
侍女が姫に呼びかける。
位置的に、侍女の方が哨戒機に近いところにいるため、侍女が先に乗った方が早い気もするが、侍女は姫を優先して先に乗せようとする。
哨戒機より整備科の腕っ節のいい曹長が手を伸ばして助け出そうとする。が、機体が遠すぎてなかなか姫に手が届かない。
外から見てるとイライラする光景だが、元々救出訓練も受けておらず、道具もない。当然といえば当然だ。
侍女が姫の体を支えて、なんとか腕を伸ばした。それを曹長が掴む。
なんとか姫の腕を掴んだ。そこで姫は飛び移った。
が、その時、衝撃で床が崩壊し始めた。
たちまち亀裂が走り、残された侍女の立っている足場が粉砕された。
侍女が落ちる。下は100メートルの絶壁。地上まで真っ逆さまだ。
だが、たまたますぐ下にいた私が、思わずその腕を掴んだ。
右腕がビンと引っ張られる。ちぎれそうだ。
だが、人間というものはいざという時に普段以上の力が出てしまうようで、大人1人分の体重を片腕で受け止めてしまった。
受け止めたのはいいが、どうする?いやこれって、担当外任務だろう。
だからといってここで業務を放棄して腕を離せば、この侍女さんは間違いなく死ぬ。
だが、担当外任務を続けることは、労働者としては決して許容できない事態だ。
私の出した結論、こんな業務は早く終わらせるに限る。そう思った私は、彼女を思い切り引っ張り上げた。そして、空いている後席に乗せた。
「はあ~怖かった…ありがとうございます。」
侍女さん、なんとか助かった。
そんな侍女さんに、思わず聞いてしまった。
「あなた!なんだってあの姫様を先に行かせたの!」
キョトンとする侍女さん。
「それは、私は姫様に使える身ですし、姫様が第一です。私が死んでも代わりはいますが、姫様はこの国の宝ですから。」
「いやそうだけど、労働者の命を守るのが雇用者としての務めでしょう!こんなの姫様が自分から招いた事態なんだから、まず労働者の命が優先されるんじゃないですか!?」
「そうですか?姫様を抑えられなかった私どもにも責任はあります。死んでしまっても、仕方ないではありませんか。」
なんだか、我々とは随分と労働者の権利に関する基本的な考え方が違う。これでは話にならない。
「でもあなたが私を救ってくださいました。私は私の信念を貫き、あなたはあなたの信念を貫かれた。その結果、姫様も私も救われたのです。それで良いではありませんか。」
…返す言葉がなかった。言われてみれば、最良の結果でこの救出劇は終了した。
2人は、すぐに王宮に送られた。
王宮では、国王陛下にお妃様、執事に侍女たち、そして交渉官殿がいた。
姫様は国王陛下に泣きながら抱きつく。何か言うつもりだったであろう陛下は先手を取られて何も言えずにそのまま娘を抱きしめていた。
一方、侍女さんは執事にいろいろ言われていたようだ。お前が付いていながら、どうしてこうなった!と言うことを言われていた。
それを言うなら、この王宮を仕切るお前らだって同じだろうが!と言いたかったが、大尉に止められた。そのまま2機は帰還した。
駆逐艦に到着すると、早速艦長に呼び出された。
「本日の救難活動、ご苦労だった。おかげで姫様は無事戻られた。」
労いの言葉を聞く時間は特別手当ですか?などと聞いてやりたかった。が、ここは素直に大尉共々、敬礼で返した。
そのあと、艦長から私だけ残るように言われた。
なんだ?今回は珍しく何も文句を言ってないぞ?いつもは私が残って要求を突きつけるのだが、今日は逆だ。
「少尉が助けた侍女のことなんだが。」
「はあ、侍女さんがどうしたんですか?」
「あの侍女、今回の責任を取って、国王陛下より死を賜るらしい。」
「は?何ですか?それ?」
「要するに毒を飲んで死ねって言われたそうだ。」
なんだって?暴走姫が逃げられたくらいで死ななきゃならないとか、この星の労働基準法はどうなってるんだ!?
「何か、言いたいことがありそうだな。」
「大ありですよ!なんでその程度のことでせっかく助けた命が失われなくてはいけないんですか!」
「そこでだ、交渉官殿から、助けた本人の異議申し立てを聞いてもらうよう、国王陛下に打診されたそうだ。今からでも行くか?」
「当たり前です!行ってきます!複座機を使わさせていただきますよ!」
「でもいいのか?担当外業務だぞ?」
「いやこれは組合活動です!給料もいりませんよ!」
大急ぎで格納庫に向かった。すでに複座機の再発進に向けて、整備されていた。
私は複座機に飛び乗り、発進。国王陛下の別邸に向かえと無線で指示があった。
別邸に着いた。そこには交渉官殿がいた。
「交渉官殿!艦長より話を聞きました!なんですか?せっかく助けた命なのに、死を賜るなどという話は!」
「こら、声が大きい!まあ、落ち着いて話を聞け。」
交渉官殿から話を聞いた。実は私が向かってる間に、事態は大きく動いていた。
まず姫様が侍女の処遇に意見したそうだ。姫様が侍女に用事を言いつけて、その隙に抜け出した訳で、侍女には落ち度がないと言うのだ。
おまけに、侍女は姫様を救うために自らが落ちる危険を顧みず姫様を支えてくれた。その侍女に死を賜ってしまえば、この国から命をかけて王族を守ろうというものがいなくなってしまう。
そう言って、陛下を説得されたそうだ。
おまけに執事も現れて、侍女に死を賜るならぜひ私にも、ときた。部下の失態は、我が身の失態。王族に長年使えた執事として、責任はきっちりと取りたい、と言ったらしい。
ここまで言われては国王も引き下がるしかない。侍女さんの死刑はなくなった。
「…で、その侍女のアニータさん。結局命を助けてくれたものに下賜されることとなった。」
「は?下賜?何ですか、それは。」
「要するに、アニータさんをお前にやると言うことだ!」
「はい?」
突然の話で状況が理解できなかった。どうしてこうなった?
今回の一件、確かに侍女が悪いわけではないものの、このままではあの姫様にも示しがつかない。ある程度、厳しい処置を持って臨まなければ、姫様は再び無茶な行動に走るだろう。
であれば、信頼していた侍女を引き離すのが良い。これで少しはこたえるはずだ。
侍女をただクビにするのでもいいのだが、それはそれで王国の臣民に悪い印象を与えてしまいかねない。
ならば、この侍女を救ったものにあずけることにしよう。侍女を救い出してくれたわけだから、きっと彼女を大事にしてくれるはず。臣民も納得することだろう。
…と言う思考プロセスを経て、私がこの侍女の、いや元侍女のアニータさんを引き取ることになったそうだ。
「いや、ちょっと待ってください。すると私は彼女の雇い主ってことになるんですか?」
「そういう雇用形態をとっても良いが、普通男女なら夫婦というのが自然ではないか?」
「ふ…夫婦!?」
考えたこともなかった人生だ。私には女っ気など必要ない。己1人のために生き、己1人で死んで行く。そういう人生観を貫こうと思っていたところに、いきなりもう1人を抱えることとなった。
「話は済んだ。もう入ってきていいぞ。」
交渉官殿が叫ぶと、そこにあの侍女さんが入ってきた。
「艦長には今の話で了解をもらっておる、駆逐艦への乗艦許可も貰った。いつでも連れていっていいぞ。」
もう後には引けなくなっていた。
「本日よりお世話になります、アニータと申します。ご主人様、よろしくお願いいたします。」
出発前に、少し話をすることになった。いきなり連れて帰れと言われても、私だって面接する権利はあるはずだ。
別邸の端にあるベンチに座り、2人きりで話をした。
「ええと、アニータさん?あなたは、自分のこれからの配属先を勝手に決められたことについて、どうお考えですか?」
「はあ、そういうものだと思ってます。働く場所を自由に選べるなんて、あなた方はそういうものなんですか?」
なんてブラックな国なんだ、文化レベル2というのは、職業の自由というものはないのか!?
「ですが、もし選べるとしても、私はやっぱりご主人様の元に伺ったと思います。」
と答えたアニータさんの顔を見て、なぜかどきっとした。なぜそういう衝動にかられたのか?こういう感情は初めてだ。
あの時、交渉官殿が夫婦だのと余計なことをいうから、変に意識しているだけなんだ。私は冷静、労働者の鏡、こんなところで動揺してはならない。
でも、ちょっと手なんか握ってもいいかなぁと考えてしまった。いやいや、そんなことをすればセクハラだ。第一、まだ彼女と私は雇用関係ですらない。セクハラどころか、犯罪だ。
「私とあなたはまだ一度きりしか会ってませんよ。それで私を選ぶとは、一体どのあたりを見てそう思われたのですか?」
「あなたが私を受け止めてくださった時、急に時間の流れが止まったように感じたんです。もし次の瞬間、私がこのまま落ちれば、私は天に召される運命、ですがあなたがうまく受け止めてくだされば、私はあなたの元に行くのが運命、そう思ったんです。すると、私はこの通り生き残りました。」
人間の脳というのは、死ぬ間際のような場面では急に時間の流れが遅くなり走馬燈のような場面を見ることがあるらしいので、別にこのとき神がかった何かが起きたわけではないですよ。そう言ってあげたかった。
「でも私自身、国王陛下より死を賜わってもう駄目かと思ったのですけど、ご覧の通り、運命には逆らえませんでした。やはり私は、あなたの元に来る運命だったんですね。」
「ですが、私はあなたが思うほどのいい人間ではないですよ?上司にもしょっちゅう文句言ってるし、仕事は選び、勤務時間はきっちりしてないと気が済まない。あのとき姫様を助けた大尉殿の方が、ずっと素晴らしい人物ですよ?」
「あなたはあなたの信条を貫いてこられて、私は私の運命を信じてきました。その結果、あなたが私のご主人様になったのです。それでいいではありませんか。」
完璧な面接だ。論理性は乏しいものの、私を選んだ理由、人柄、申し分ない。採用決定だ。
彼女の容姿は、私などにはもったいないくらい可愛らしい。私のような人間でさえ理性を失いかねないほどの衝撃がある。やはり王族の侍女を務めるほどのお方。ただものではない。
ということで、私とアニータさんは複座機に乗り、一緒に駆逐艦に帰った。
艦長が直々に格納庫にお越しになり、出迎えてくれた。
「アニータ殿、私はここの艦長で、こいつの上司をやってます。ようこそ我が駆逐艦へ。」
「アニータと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
顔がニヤついてますね、艦長殿。そんなにこの組み合わせは面白いですか?
彼女の部屋の準備や、衣・食・住に関する基本的なことを、女性の少尉殿にも協力してもらい教えた。
だが食事の時間には、なるべく私と一緒に取ることにした。こんなことまで女性少尉にお願いするわけにもいかない。これは雇用者である私の役目だ。
ということで、その日の夕食も食堂で一緒に食べたのだが、私がいきなり女の人を連れて食事してるということで、密かに騒がれていたようだ。
で、アニータさんも、
「ご主人様、ほおに何か付いてますよ?」
などと何かにつけて私のことを「ご主人様」というものだから、艦内はより騒然となったそうだ。
当然、私はいろいろな人から質問される。私は、ゆえあって私専属の使用人が付いてきてしまった、とだけ答えた。それ以上の事情を知ってるのは、この艦では私と艦長だけだ。
ところが夜になると、私の部屋にアニータさんがやってきた。
部屋に入るなり、鍵をロックした。その行動に、私はドキッとした。
「ええと、アニータさん?こんな夜に何でしょうか?」
「夜にご主人様のお部屋にうかがうことは、おかしなことですか?」
「いや、そんなことはないですが…ええと、でもこんな狭いところにですね、男女が一緒にいるというのはちょっと…」
「私のことがお嫌いですか?」
「いやそんなことはないですよ。私にはもったいないくらいのお方ですよ、あなた。でもいきなりすぎやしませんか?」
「私は私のお役目を果たすだけ、あなたはあなたのお気持ちに素直になればよろしいだけ、それでいいではありませんか。」
アニータさんの説得はいつも論理性に欠けるが、納得してしまう。この一言が、私の理性の最後の防波堤を決壊させた。
しかしこの夜の出来事は、明らかに私の担当外業務だった。全てはアニータさん任せだ。なんでも、侍女というのは王族から求められることもあるから、こういうことも心得ているらしい。
私も少し、担当業務を拡大しよう、そう思った。
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アニータと出会ってから半年が経った。
王国のそばに宇宙港ができて、街が併設された。このあたりは同盟締結直後の惑星では、よく見られる光景だ。
だがその街に私が住むなどとは、まったく予想だにしなかったことだ。
私は惑星調査が終われば、すぐにでも本星への帰還組に入って、さっさと帰るつもりだった。
それがまさか駐留艦隊への残留組を希望し、街で2人で暮らすことになろうとは、つい半年前までは夢にも思わなかったことだ。
今は街にある小さな2階建の家をもらって、アニータと2人で暮らしている。私はパイロット養成の
2人はすでに雇用関係ではなく、交渉官殿が「普通」だと言った夫婦関係に移行していた。その方が扶養手当もつくし、社会的にも男女が同棲する理由としてもっとも納得させやすい。
でも、何というか、入籍手続きをするため街の事務所へ行った時、なんとも言えない気持ちになった。ああ、夫婦ということは、私がアニータを抱きしめてもセクハラには該当しなくなる、そんな関係になってしまうんだ。そんなことを考えていた。
それにしても、私にこんなに可愛い妻がいていいのだろうか?私みたいなクズ野郎に。
彼女は運命だというが、運命だからといって結婚しなければならないという法的根拠はないし、雇用関係を維持しなければならないという義務もない。
そう私が話した時には、アニータからはこんな返答がきた。
「運命だけで人は一緒にはなりませんよ。この数ヶ月で、私はあなたの意外なところを見つけ、あなたは私に何かを見つけ出した。その結果、2人で夫婦になる道を選んだのです。それで良いではありませんか。」
アニータの言葉は、論理的ではないが、納得してしまう。
さて、この結婚以来、私は無残業へのこだわりや業務内容を選ばなくなった。
無論、手当はいただくし、残業代もきっちり貰う。家族ができてしまった以上、稼ぎが多い方に越したことはない。
だが、少し自分の領域を広げておこうかと思ったのも事実だ。ブラック業務はごめんだが、多少担当外のこともできるようになると、少し自分が豊かになれる。
何事もほどほどにやるのがちょうどよい。そう感じるようになったのは、何事も受け入れてしまう妻の影響だろうか?
おかげで私は、とうとう昇進してしまった。今や私も中尉だ。
もう少し、私はこの惑星でいろいろなことに揉まれてみようと思った。妻と、いずれ増える家族のために。
(第21話 完)