遭難艦と鉄道と天使 2
夜明けと同時に、この惑星探査作戦が開始された。
この惑星の大気圏内の環境分析結果は、人間が宇宙服なしで活動可能であることを示していた。
ということは、なんらかの補給物資が得られる可能性が高い。
一応、艦内には2週間分の水や食料が搭載されてるが、救援隊到着がいつになるかわからない現状では補給できるに越したことはない。
水と空気は周囲に大量にあるため、問題ない。
問題なのは、食料だ。
そこで、航空機による空中からの調査を行うことにした。
空から見れば何か食料調達に関するヒントが見つかるんじゃないかという程度の判断だが、周りになにがあるかを把握しておくことは決して悪いことではない。
ところで、通常の駆逐艦の搭載機は2機だが、この比較的大型の駆逐艦であるロングボウには3機の航空機が搭載されている。
2機が複座の戦闘機で、残り1機は6人乗りの哨戒機だ。
400メートルという大型の駆逐艦ゆえに、搭載機数が多い。
が、パイロットが2人しかいない。せっかくの搭載機の多さを活かせないのがなんとも残念だ。
しかも艦が着地しているおかげで、艦の下部にある哨戒機の格納庫ハッチだけが開くことができない。
結局、複座機2機のみを使い、それぞれパイロットと視力のいい乗員とを組み合わせて、上空から周囲を調査することとなった。
残った船員も、艦の修復、周囲の探索、救援艦からの通信確認など、役割分担が決められた。
さて、いよいよ発艦だ。
こんな状況で言うのもなんだが、正直、先の戦闘ではなにもすることがなかった、いや出来なかっただけに、航空機が活躍する任務が回ってくることはありがたい。
複座機は艦上部にあるハッチに収められている。着地した状態でも開閉可能だったのは幸いだ。
通常の駆逐艦では、哨戒機と同じく下側にハッチが付いているのが普通。詳しくはわからないが、上面の格納庫配置は、このロングボウがやや長い船体であるがゆえにできる設計なんだそうだ。
「ピッツァ1よりロングボウ 離陸準備よし。発艦許可願います。」
「ロングボウよりピッツア1 了解 ロック解除 発艦せよ。」
ちなみにピッツァとは当艦における航空機のコールサインだ。なんでも、うちの艦長は航空機がピッツァに見えるらしい。それがコールサインの由来。なんとも短絡的だ。
ホバリング態勢から徐々に加速、いつも以上に慎重に飛ぶ。何せ今は壊すと補給・修理がきかない。
ところで、私の後ろに乗ってるのは、女性の曹長、名前はロスアーナ。皆はロサと呼んでいる。
学生時代にあちこちの地球を訪問し、大学卒業後に突然、遠征艦隊の乗員を志望。ちょっと変わった経歴だ。
20代後半のはずだが、背が小さいせいか17~8にしか見えない。しかし視力は抜群で、自称視力4.0。
眼がいいのは結構だが、今の時代レーダーが発達し、1光秒以上離れた艦隊相手ではさすがに4.0の視力は役に立たない。今回のような機会がなければ、使うことはなかったんじゃないか?
当の本人は航空機に乗れて大喜び。大きく重厚な駆逐艦や民間輸送船しか乗ったことがないらしく、こんな小型でスリル満点な乗り物で空を飛べるのは憧れてたらしい。離陸前からうきうきしている。
離陸してからも騒がしい。小さいくせして、とにかく騒がしい。
「中尉 中尉!森ですよ、森。大きな川も見えます!」
ちゃんと周りを見ているのは結構だが、どうでもいいものばかり見つけては騒いでいる…もうちょっとは静かに調査できんのか。
「ロスアーナ曹長殿、川や森なんてそこら中にあるから、その自慢の視力でもう少しましなものを見つけられんものですか?」
「あーっ中尉は森を馬鹿にするんですか?建物作るなら、どこにどんな木が生えてるか把握しておかないとダメじゃないですか。」
家でも建てて、この星に暮らすつもりか?この娘は。
「我々の任務は周囲の地形調査と、食料になりそうな動植物の有無。せめて動物でも…」
などと話してたら、急に彼女は叫んだ。
「あーーーっ!!」
今度は海でも見つけたか?
「…線路…多分あれ線路です!」
は?線路??そんなものがこんなところに…おそらく、けもの道などが線路っぽく見えただけじゃないのか?
まあ、それはそれで食料調達に関わる重要な情報になるよなぁと思いつつ、一応調査に向かうことにした。
「中尉!2時の方向、あの川のぐにゃっと曲がったその先辺り!あそこにちらっと見えます!」
私もパイロットなので視力はいい方だが、彼女のいう方向に何か見つけることはできなかった。さすがは4.0。
その方角に向かってしばらく飛んでみると、確かに線路っぽいものが見えてきた。…いや、これ本当に線路だ。けもの道じゃない、紛れもなく線路だ。
その線路、大きな川に沿ってずっと続いている。その先は…海だろうか?霞んでてよく見えない。一体どこに続いているのか。
だが間違いない、この線路は明らかに人工物だ。
ということは、ここは人間の住む地球型惑星ということになる。
そういえば、この星への着陸寸前に見た無数の灯り、あれはやはり人の手によるものだったのか?
ただ、どの周波数帯の電波もキャッチできない。連合側にせよ連盟側にせよ、どちらかに所属する星であれば電波くらいは出してるだろうに。
まさかと思うが、ここは未発見の「地球」なのか?
これだけ人間の存在を示すものがあって、電波が飛んでいないということは、そういう可能性くらいしか考えられない。
「ロサ軍曹!この線路を撮影!すごい発見だぞ、これは!」
「了解です!」
「ちょっと線路伝いに飛んでみる。何か街があるかもしれない。」
一方は海に向かっているようなので、もう一方の方向に向かって飛んでみた。
その方向、ちょうど雲がかかっててよく見えない。高い山はなさそうだから、高度を下げて飛んでみることにした。
雲の下側、高度400メートルを時速200キロで飛行。そこは雨の真っ只中だった。
鉄道があるということは、もし未発見の地球なら文明レベルは動力源を発明後のレベル3ということになる。
ここは、ある程度の工業力を持つ星なのかもしれない。
しばらく飛ぶと、駅のようなものが見えてきた。
「あれは…駅だよな?」
ロサ殿に確認した。
「多分そうだと思います。」
ただ、ちょっとこの駅、違和感を覚えた。
「なんかこの駅、変じゃないか?」
「えっ?そうですか?」
「だって、駅の周りに何もないだろう。」
「はい」
「普通、鉄道ってのは人やものを運ぶために使うものだ。」
「そうですね。」
「なのに住宅も工場も何にもないんだぞ。なんのために駅があるんだ?」
「本当ですね。なんででしょう?」
本当に人がいるのか?ロサ殿がいくら目を凝らしてみても、人が見当たらない。なんだか心配になってきた。
などと考えてたら、線路の先に城壁が見えてきた。
ざっと幅1キロほどの城壁が、山脈を背後に作られている。その上には兵士の姿が見えた。
ちゃんと人間はいるようだ。
だが、また奇妙なことに気がついた。
数十人の兵士が見えるが、どう見ても剣に槍、甲冑に身を固めた、いわば中世の兵士の格好だ。城壁には大きな弩のようなものがいくつか見える。
外には鉄道、城壁の中は中世。
なんだか妙にギャップを感じる。
この城塞だけを見れば文明レベルは2。とても産業革命を迎えた人々には見えない。
よくみると、城門が開いている。線路はその城門の奥から伸びている。
すると、中から機関車らしきものが出てきた。
時速30キロほど。後ろに黒いものを積んだ貨車が4両ほどつながっている。
この黒いものは…なんだろう?何かを運んでいるようだ。
とりあえず、機関車を写真に収めておくようにロサに言っておいた。
城塞の中もちょっと見ておこうと接近した。
高度は400メートルほどだが、兵士たちは気づいていないようだ。もっとも、空から何か飛んでくるなんて、これくらいの文化レベルの人々なら考えないだろうし。
それにしても、中には石造りの住宅、店のようなもの、そしてお城。見ればみるほど中世の街にしか見えない。
背後にある山の手前には…なんだろうか?なにやら赤いものを流し込んでいる。
おそらく鉄工所のようだ。だが、あまり近代的なものには見えない。中世の鍛冶屋といった風格だ。
ここの街並みをみると、鉄道だけが異質な存在に見える。
なぜこんなアンバランスな街なんだ、ここは。
あれこれ詮索したくはなるが、ともかく事実を記録し、艦長に報告する。考えるのはそれからだ。
ぐるっと城塞都市内を撮影したのち、今度は線路を伝ってずーっと反対側に飛んでみた。
やはり、線路は海に向かって伸びていた。その終点には港があり、その横には先ほどの”黒いもの”が積まれていた。
この黒いもの…おそらく鉄じゃないか?表面がちょっとさびているようにも見えるし、かなり重い塊のようだ。
そういえば城壁内に鉄工所らしきものがあったし、そこで加工したものをここまで運んでいるようだ。
そのそばには港があり、船が停泊している。あの城塞都市から鉄を運び出し、船に乗せて遠くに運んでいるようだ。
鉄道の目的は、おそらくこの港に鉄を運ぶためのものだろう。途中の何もないところの駅が何のためにあるのかが気になるが、ともかくいろいろなことが分かった。
これらの情報を持ち帰るため、ロングボウに帰還した。
もう1機の航空機はすでに帰還しており、艦長に調査結果を報告しているところだった。
これら2機の情報を基に、再びブリーフィングが行われることとなった。
私とロサ軍曹のもたらした情報もすごいが、もう一機が得た情報もまた衝撃的なものだ。
彼らがみたのは平原に広がる無数のテント、たくさんの兵士、騎馬、そして荷馬車。
明らかに進軍中の軍隊が野営している風景だ。
ここをみると、やっぱり文明レベル2。剣と槍の支配する星というのが正しい認識といえる。
どうみても、あの鉄道だけがイレギュラーな存在だ。
そして、ワープの痕跡を確認した結果は、ここが未知の惑星である可能性が極めて高いことが判明。
我々のデータベースにないワームホール帯を使ってワープしたようで、ここがどこなのか、全くもって知る手立てがないと言うのが航海課の結論だ。
それにしても、たまたま飛び込んだ先が未発見の人類生存惑星だったとか、偶然にしてはできすぎている。
しかし、そんなことよりも心配なのは、未知のワープ航路を伝ってたどり着いた未知の惑星ってことは、救援隊が到着する可能性は極めて低いということになりはしないか?という点。
いずれここが発見されるかもしれないが、果たして何年先になるかわからないし、発見する相手が連合側とは限らない。
あれから一晩たっていて、いくら何でも戦闘はとっくに終わってるはずで、未だに通信一つ届かないということは我々は完全に見失われたのではないか?
戦闘で行方不明になった艦などこれまでも無数に存在しており、1万隻の内の1隻のために救援隊をよこすなんてこと、わざわざするだろうか?
考えれば考えるほど、我々が生き残る確率が低いのではないかという結論に向かいつつあった。
だんだんとこのブリーフィング全体が暗い雰囲気になってきた。希望を見出せる報告が一つもないのが痛い。
そんな雰囲気をかき消すように、艦長が手を打ちこう言った。
「このブリーフィングの前提は、救援隊がくるまでどうやって全員で生き残っていくかを考えること。救援隊が来ないなどという前提まで持ち出したらきりがない。第一、ここに人が住んでいるとわかったことは、我々の生存確率が高いことになる。なにせ、人が住めるという環境だと判明したわけだ。悪い話ではあるまい。」
艦長のおっしゃる通り、まだ助からないと決まったわけではない。それにここは宇宙空間ではないから、たとえ艦内の物資がなくなっても、どうにか生きていくことが可能な場所だというには違いない。
このブリーフィングで、まずこの星の住人と接触を試みることになった。
救援隊が来るにせよ来ないにせよ、ここの住人とのつながりを持っておくことはなにかと都合がいい。
ただ、この艦は未接触の惑星調査を前提とした人員構成になっていない。つまり、交渉官がいない。
普通こういう惑星探査には、交渉官、環境調査官、法務官など、それなりの専門家を加えて乗り込むものだが、今回この船はただ戦闘に参加するための人員しか載せていない。
一体、交渉などという役目を誰がするのか?
ここで、一人の人物の名が挙がった。
あのロサ軍曹だ。
以前、彼女はいろんな地球を訪問していたという経験がある。
性格は明るいし、見た目は子供っぽいし、現地住人ともなんとかうまく接触できるんじゃないか?
本人のいないところで随分と勝手な評価だが、他に適任者が見当たらない。
ということで、自称視力4.0のロサ軍曹が、今度は臨時の交渉官を拝命することとなった。
で、そのエスコート役はまたもや私。一度いっしょに飛んでる上に、成果も挙げられたコンビだから相性も良かろうという判断だ。
あのうるさいのを後ろに載せてまた飛べとおっしゃられたわけで、いろいろと言いたかったが、うるさいという理由だけで交代させてもらえるわけがないので、この場は仕方なく承諾した。
その日のうちに2度目の飛行に出る。相棒はまたあの自称視力4.0。今度は怪しい経歴を買われての任務だ。
交渉相手を、今回見つけたどちらの側にするかということだが、ここは鉄道の走る城塞都市側と決まった。
もう一方はどうみても遠征中の軍隊。穏やかな交渉が望める見込みもなく、我々に物資を分けてくれるほどの余裕もないだろうから、現時点での交渉相手としては不適合との判断からだ。
向かう先は、何もないところにポツンとあった二つの駅のうち、城塞都市寄りの方ということになった。いくら孤立した駅とはいえ、誰か常駐しているんじゃないのか?ということだが、大勢の人間がいる場所に出向くよりはやり易いんじゃないかという判断もあった。
刻は既に夕方近く、早く行かないと、人がいなくなる可能性もある。
大急ぎで準備して待機。ロサ軍曹が来るのを待つ。
それにしてもあんな無茶振り、彼女は承諾するんだろうか?説得するのに時間を要して、夜になってしまうんじゃないか?
などと考えてる間に、正装姿のロサ軍曹がやってきた。本人はどうみてもやる気満々だ。
この状況にこの任務、どこをどうやったら、ああもプラス思考で居られるんだろうか?
それほどプラス思考になれない私は、無言でせっせと離陸準備をする。その間も後ろはうるさい。
「いやあ、また乗れますね~この機体。よろしくお願いします、中尉殿。」
そうだ、スイッチが壊れて消せなくなったエンドレスなラジオでも置いてあると思うことにしよう。人が喋ってると思うから、イラつくんだ。
「ピッツァ1、発艦準備完了。」
いつものように黙々と任務をこなす。
「ロングボウよりピッツァ1、発艦許可、ロック解除。発艦せよ。」
さっきと違って、今度はやや勢いよく飛び出す。日が暮れるまであまり時間的余裕はない。
それにしてもこのエンドレスラジオは、相変わらず目的地までベラベラとしゃべり続けていた。
「で、艦長が直々に、私にこう言ったんですよ。艦の隊員全員の運命は軍曹にかかっている!貴殿の活躍を期待する!って。それで私なんだか胸にグッときちゃったんで、誠心誠意尽くします!なんていいながら敬礼しちゃいました。今回は真面目にやらせていただきますよぉ!」
…前回は真面目にやってなかったのか…それにしてもちょろいな、この娘。
しかし今度の相手は中世の騎士で、いきなり槍で刺してくるかもしれんのだぞ?
ただ、不安しか覚えないこの任務にこの楽観さは返ってよかったかもしれない。この能天気ぶりには、むしろ感謝するべきなのだろう。
で、目的地の駅の上空に到着。ホバリングしつつ下の状況を目視にて確認。
誰もいないかと思いきや、中から一人でてきた。この機体を見て慌てて中に戻っていった。
いきなり脅かしてしまったようだが、それでもまずは降りてみることにした。
着地してハシゴが降りてくる間に、彼女に言った。
「急に相手が斬り付けて来たりするかもしれない。その時は迷わずバリアのスイッチを押して、後ろに走れ。この機体のハッチは開けっ放しにしておくから、全力で飛び込め。」
「了解です!」
私は彼女のやや後ろ側で待機することにした。いざという時に先に機体に飛び込むためと、彼女を援護するためである。最悪、彼女が助からないと判断したら、機体を残さないためにも私一人で離脱することもありうる。
いくら女の子でも、軍属である以上、不測の事態に対する覚悟は持っていただく。
さて、さっきの人は引っ込んだきり出てこない。かと言って建物に近づくのもいきなり斬り付けられそうで怖い。
とその時、中から甲冑で身を固めた大柄な人物がでて来た。
あかん…これあかんやつや…いきなりばっさりやられるんじゃないか?この展開。
相手が叫んで来た。
「おぬしら!何もんじゃぁ!」
おっと、統一語だ。偶然にも言葉が通じる相手のようだ。
もっとも、言葉が通じるというだけで、会話ができるかどうかはわからない。格好が恰好だけに、警戒すべき相手だろう。
などと思ってるそばから、彼女はためらうことなく応えた。
「こんにちは~、怪しいものじゃないですよ。」
怪しくないアピールするやつほど怪しいやつはいない。絶対、逆効果だ。
案の定、相手はこんなこと言ってきた。
「空からきて怪しくないわけがないだろう!」
きわめて正論で返された。
「いやあ、私たちにとっては普通ですよ。」
いや、答えになってないだろう。
「で、わざわざこんな港に何しにきたんだ?」
なんだか、会話が流れた。そんな説明で納得したのか?それにしても「港」ってなんだ?ここは川からも離れていて、陸地の真っただ中のはずだが。
「私たち、この近くに落っこちてきまして、とても困ってるんです。」
「落っこちてきた?なんだお前ら、天使か何かか?」
「ええっ、天使に見えます!?」
なんと、天使にされてしまった。
「悪行をした天使は、神によって落とされるというからな、何をやらかしたんだ、お前は。」
ああ、返って悪い方向に持っていかれた。とんでもない堕天使だ。
「いやその乗り物が壊れて、ここに落っこちてきたんですよ。」
嘘は言ってないが、正直に言ってどうにかなるものなのか?もうちょっと気の利いたことは言えないのか。
「なとまあドジな天使だ。こんなしがない港だが、多少の食料はある。ちょっとこい。」
あれ、なんだか丸く収まったぞ?意外とすごいんじゃないか?この娘。
ところがこの甲冑男、今度はこっちを睨みつけて叫んできた。
「おい!後ろのお前はなんだ!」
おっと、こちらも何か言わないとダメか。
「彼女のお供できました。」
「なんだ、天使の手下か。まあいい、一緒にこい。」
階級は私の方が上なんだが手下にされてしまった…しかしこんなところで否定できない。
で、堕天使とその手下は、この駅の小さな建物の中に招かれた。
中にはさっきの男がいた。まだビビってるようだ。
「た…隊長殿!誰なんですか?この2人は。」
「ドジな天使とその子分だ。おい!そこのパンと水を分けてやれ。」
酷い紹介だ。否定してやりたい。
で、食料を恵んでもらいながら、彼らのことについて色々聞いた。
まずこの鉄道だが、やはり海の港に鉄を運ぶために作られたものだそうだ。
というのも、この線路の先にある城塞都市では裏の山脈で取れる鉄鉱石から鉄を作り、この鉄を様々な国に輸出しているようだ。
ここで作られた鉄は海辺まで運ばれ、大型船で輸出されるそうだが、その港まで運ぶのがこの鉄道の役目だ。
今から50年くらい前に発明され、それまでは川で運んでいたのをこの鉄道に切り替えたとのこと。
なんでも川から船で運ぶと、川幅が細いところがあって小型の船しか通らないこと、しかも途中流れが急なところがあるため、鉄の重さで船がひっくり返り易く、事故が絶えなかったそうだ。そこでより安全な運送手段としてこの鉄道が作られたという。
このため、機関車のことを「陸船」といい、駅のことは「港」、あるいは「陸港」と呼んでるそうだ。
どおりでさっきからこの駅ことを「港」と呼んでるわけだ。
では、ここのようになぜ何もないところに「港」があるのかといえば、ここは兵を下ろすための臨時港なんだそうだ。
なんでも、ここからずっと南東に強大な帝国があり、その帝国から攻められた時に陸船で兵を運び下ろすのがこの港というわけだ。
で、彼らはというと帝国の来襲に備えて港で見張りをしているということだ。
かつて帝国とこの城塞都市国家とは同盟関係であったが、昨年にその帝国の皇帝が亡くなられて、新しい皇帝が就いた。
この皇帝がかなりの野心家なようで、周辺諸国との同盟の破棄と直接支配を目論んでるそうだ。
いざとなったら、渡河する帝国軍を迎え撃つために、ここに港が作られたんだそうだ。
それにしてもこれだけの情報、彼女はうまいことするすると引き出している。最初のコンタクトといい、なかなかの話術だ。
ところで、この隊長の今の話を聞いて、ふと思い出した。
そういえば、その南東に方角とやらに進軍中の軍隊がいた。
もしかして…
「ちょうどあの川を越えたずっと先に、大軍らしきものが野営してるらしいですよ。」
せっかくの和んだ雰囲気は、一気にぶち壊れた。
「なんだと?おい手下、それは本当か?」
ロサも驚いていた。そりゃブリーフィングに参加していない彼女も知らないことだ。
ちょうどいいものがある。ポケットからあるものを取り出す。
この惑星に降下直前に衛星を放出したが、その衛星には救難信号を出すだけでなく地表の写真を撮ることもできる。その写真をつなぎ合わせて、この周辺の地図を作った。
それがこの紙。あまり鮮明な画像ではないが、川や山、森があることくらいはわかる。
そこに「ロングボウ」、そしてこの駅…じゃない「港」、そして先ほどの野営場所の位置が記されていた。
今朝撮影された写真なので、その野営の様子も不鮮明ながら写っている。
とりあえず、これをその隊長に見せてみた。
「我々が今いる場所がここ、城塞がここ、川がこれで、その先のこの平地に今日の朝、大軍がいたそうだ。」
「随分きれいに描かれた絵だなぁ?これお前が描いたのか?」
「いや私は描いたわけではないが…それより、今の話を聞くと、この軍はこっちに向かってるんじゃないのか?」
「うーん…ここから帝国軍がここに向かうとすれば…3日だな。おそらくあと3日後には川向こうにたどり着く。」
なんとまあ、戦争直前状態だったのか、ここは。そんなタイミングでここに降り立つことになろうとは。
その隊長に、予想される進軍ルートを訪ねた。
もしかして、我が艦が通り道になっていないか、心配だったからだ。
森の中には細いながらも道があるらしい。隊長が指し示すその道をこの軍が辿るとすれば、我が艦の場所を通ることはなさそうだ。
大軍がわざわざ通りにくい林の中を抜けるとも思えず、おそらくその道を抜けることになるだろうと考えられる。
「我々の船がこの辺りに落っこちているんだ。進軍ルートから外れているならまずは一安心だが…」
「船?なんだ、落ちてきたのはお前らだけじゃないのか。」
「そうなんですよ~、みんなで100人いるんですよ。」
この娘はさらっと分かりやすく言うものだ。
「100人とは、また随分とたくさん落っこちてきたなぁ。やっぱり悪いことをやらかしたんじゃないのか?お前らは。」
「いえ、私たちは正義のため、悪魔と戦ってたんですよぉ~、負けちゃいましたけど。」
「ああ?!じゃあ、ここにも悪魔が攻めてくるのか?」
「いえいえ、他の天使がやっつけてくれてるはずですよ~。それで、もうちょっとで迎えにきてくれるはずなんですけどね~。」
「そうか、天使が押し寄せてくるのか。そりゃもっとパンを用意しておかないといけねえな。」
この隊長、彼女の会話をどこまで本気にしてるんだろう?
さてこの隊長は早速城塞都市に戻るらしい。軍の接近を知らせるためで、もうすぐここを通る「陸船」に乗って戻るそうだ。
「あんたら助けたつもりが、逆に助けられることになりそうだ。助けられついでで悪いんだが、ひとつお願いしたい。」
お願い?なんだろう。
「この絵くれないか?今の話を貴族や陛下にするには、これがあったほうが分かりいい。」
ああそんなことか。ポケットから取り出し、この地図を渡した。
ただ、今後のことを考えてここの人たちとはつながりを持っておきたい。明日の朝の便で隊長はここに戻るそうなので、我々もあの大軍の位置情報を持ってここにくることを約束した。
「港」に大きな旗が挙げられていた。「陸船」に向けた停車の合図とのこと。これを上げておかないと、ここを通り過ぎてしまうそうだ。
やがて、その「陸船」が現れた。
小ぶりながら、見た目は立派な蒸気機関車だ。
ただこの機関車、速度を落としてはいるものの止まらず、隊長は最後尾にある車掌車らしきものに飛び乗っていった。
「じゃあ、また明日の朝に!」
「ご無事で!」
再びこの陸船は蒸気を上げながら増速、去っていった。
一人残った頼りなさそうな隊員にも挨拶して、我々も戻ることにした。
「さ、そろそろ帰りますか。」
何とか軍曹のこの能天気な会話で、この場を乗り切った。すでに周りは真っ暗闇になっていた。