07,美菜と恵 続き
「暑いねぇー……」
「そうですね……」
ベンチに座る、美菜と恵の二人。蝉たちの鳴き声がより暑さを引き立てる夏の日、二人はそれぞれの対応を見せる。
美菜は金網の扉向こうに見える青空を仰ぎ、持ってきた白くしなやかでとてもツバが大きい帽子を顔元で扇いでいる。
一方、恵は空いている隣のベンチにだらしなく片手をつき、自分の着てるカラフルなイラストが描かれているTシャツをつまんではためかせる。
男二人はトイレに引きこもり、バッティングセンターには女の子二人、カウンターのばあちゃんは無しとして、だ。普段なら見ることなど無いとても不思議な光景である。
「実はね、私、ついさっきシュンにコクハクしたんだ、付き合ってほしいってね。でも彼の返事はNOだった、しかも怒鳴られちゃったしね。でもねシュン、一度は私のこと昔は好きだったんだよ。ほら実際、シュンから一度コクハクされたし。でもさ、ふつう男ってさ昔好きな子には未練がましくずっと好きだったりするでしょ!?……だからさ、その時には何でかな〜って思ってたけど、今となってその理由分かった気がする」
恵はすぐ右に居る美菜に顔を向け、唐突に自分から先程の告白を暴露をし始める。美菜はその話の流れに付いていけず、
「え?え?……あの、何で?」
つい驚きで仰いでいた手が止まる。
「あっそうだ、高校の頃のシュンね、私に……」
「ちょちょちょっと待ってください!!」
慌てふためく美菜。話を途中で止められた恵は「どうしたのよ〜」と言い、笑っている。
「なぜ私にこんな話を?もういいですから、あっほら、二人、呼びましょう」
美菜は立ち上がる。恵の調子良さに何かを悟ったらしい。
「まあまあまあ、二人居ないからこんな話出来るんじゃん。ね、座りなって、続き、聞きたくない?」
美菜は口をへの字に曲げ、立ったままじっとする。一度ちらりとトイレの方を向き、またベンチに腰をおろした。
「おっ、やっぱり興味あり?」
恵は以前にやけ顔のまま美菜に聞いた。美菜は下を向いたまま、
「……………少し」
と、答える。すぐに応えなかったところからシュンに悪いと思ってるのだろう、しかし好奇心が上回ってしまったみたいだ。
「うんうん、正直でよろしい。じゃ、早速と……高校の頃のシュン、野球部だったことは知ってる?」
「シュン君からは直接は聞いてませんけど、なんとなくそうだろうなって思ってました」
「実は私、野球部でマネージャーやっててね、あいつの奇行を色々と見てきたのよ。んー、まず何から話そうかな……。あ、あれにしよ、夏休み、夏休みの合宿!たしかあれ、高二のときだったなー、夏の地区予選、一回戦でボロ負けしてね。監督が怒ってすぐ皆を合宿入りさせちゃったのよ。通称、その名も地獄の二週間」
「地獄の二週間、ですか」
「そ、地獄の二週間。毎年の合宿なら一週間ほどで終わるんだけど、その年は二倍の二週間。しかもメニューも、ハンパねえ〜、らしかったから。まあ私は雑用ぐらいで、あと皆が練習してる隣の日陰でワーワー騒いでるだけだったから、あんまり大した事なかったけどね。でも合宿終わった後、数日間は声枯れたまんまなのはさすがにちょっと辛かったな」
「大変ですね、私にはとても……きっと倒れちゃいます」
「ハハハ……って私の話はどーでもいいのよ、話はこれから。で、ちょっと、その合宿でのシュンなんだけど、もうおかしくって」
仕草が少々、おばさんとなる恵。特に口に手を当て、もう一方の手で手まねきするところが。
「おかしい、とは?」
興味津津の美菜。一旦、ベンチを座り直し、上体を恵の方に向ける。話を聞く準備は万端のようである。
「まずは一日目からいこうか。合宿先、隣町にある海辺の民宿までの移動の時かな。ほんの10キロ程度だから皆ランニングで行くんだけど、あ、私は自転車だけどね。あっつ〜い日差しが降り注ぐ中、部員全員が整列して、いち、にー、さん、しー、って声出しながら行くわけ。もちろんシュンも後ろの方で、うぃ、うぃ〜、わぁん、うぃ〜、てな感じで一緒にやって」
ランニングや声出しのジェスチャーを交えつつ恵は話をする。それが可笑しく、美菜はその部分になる笑みを浮かべていた。
「フフッ……うぃ、うぃ〜、わぁん、うぃ〜ですか。何言ってるか全然わかりませんね」
「男ども全員そうなんだけど、しばらくするとシュンだけなんでか声裏返っちゃうし」
「しゅ、シュンだけでですか?アハハハッ……なんで!」
美菜はとうとうスイッチが入り、大声をあげて笑いだした。
「シュンが声裏返ってるときは大体はバテてるときよ。聞いてるだけでわかるから、あいつもうやばいんだな〜って」
「アハハハッ、面白ーい。一回でいいから聞いてみたいなー。シュンのバテバテの掛声」
「何ならその辺を走らせてみたら?あいつ、スタミナ無いからすぐそうなるわよ。いっぺん頼んでみなよ。私、俊輔君が一生懸命走る姿を見てみたいの、って」
恵は両手を顔の前で組み、かわいくおねだりのポーズを美菜に取ってみせる。そして美菜は恵と同じポーズを真似する。
「こんな感じかな……。私……俊輔君の一生懸命走ってる姿、見てみたい…………どう?」
「ああもう完璧!!そんなのされちゃったら世の男性諸君は全員バンバン走っちゃうわ!そりゃもうダッシュで!」
迫真の演技、というべきなのか恵とまったく同じおねだりをしたはずだが、比べてみて美菜のかわいさが圧倒的に上回っていた。恵の言うとおり、美菜さえその気になればどんな男でも落とせそうだ。多分、ボーイッシュな恵に比べ、純真そうな美菜だからこそポイントが高いのであろう。
「でもけっこう恥ずかしいかな……」
大袈裟、いや、それ相応の絶賛ぶりに照れる美菜。
「いや〜これは姫がシュンをモノにする日も近いですな〜。ふられたときは諦める気なんて全然なかったけど、だめだぁ。こりゃ勝ち目無いね、うん」
「あ、あの、別に、私はそんなつもりは……」
美菜の感情の展開が最初に戻る。
「とは言ってもどうしようかな、座長には恋人作れっていわれてるし……。もう候補いないなぁ……」
「……へ?」
「あ、実はね私、ちっさい劇団で演劇やってるんだ。もう大学中退してすぐだったから……もう四年ぐらい経つかな。でも私、いっつも裏方ばかりでね。劇に出れたとしても動かない役、例えば死体とか。でね、こないだ稽古中にいきなり座長が私に言ったのよ。“お前は女がまるで出来とらん。どうせ今までまともに恋なんぞしとらんかったんだろう。このままではお前は一生裏方のままだな。悔しければ恋人の一人二人作ってみろ”だって。そんな簡単に恋なんかできるかっての!まぁ確かに、今までまともに恋、したことないかもしれないけど……。つーかそもそも男のくせに女がわかるのかっての!」
「あ、あの、じゃあ……」
美菜はあることが気になり、恵の真意を聞こうとするが……。
「あーまた自分の話、しちゃったよ。私のこと聞いても詰まんないよねぇ。姫のためにもシュンのことお教えなさらないと」
恵は美菜の言葉を聞かず、話題を元に戻した。
「………」
「ん、どうしたの?」
美菜は地面の一点を見つめたまま、難しい顔して固まっていた。やがて時間差で恵の声に反応する。
「……え?あ、何でもありません。つ、続けてください」
言葉を詰まらせながら話の続きをうながす。
「んーどこまで話したっけ?あ、まだ最初の合宿先に行くとこか。あれ、そうそう、でね、ラスト1キロになったらで個々でダッシュするんだよ。早い人遅い人いるんだけど、私は最後尾にチャリでずっと付いてたわけ。スタートはシュンの姿を確認出来たんだけど一番最後の1年のおデブちゃんが遅くて、気がついたら二人取り残されてたわね。そんでだいぶ遅れてゴールしたんだけど、着いて早々キャプテンが聞くわけ“おい今川、秋田はどうした”って。で、私はシュンを見なかったし、その通りに答えたら、“残りは秋田だけなのに、どこに行ったんだあいつ。すまん今川、ちょっと探してきてくれないか”なんて言うからさ、仕方なく探しに行ったの。一応見つけることが出来たんだけど、シュンの奴、どこにいたと思う?」
「……公園のベンチで寝てたとか?」
「ああサボるパターンね。それはハズレ」
最初の回答がハズレて、美菜はしばらく次の答えを出すべくしばらくの間考え込む。
「う〜ん……」
なかなか思い浮かばない様子を見て恵はヒントを出した。
「答えはかなり以外よ。普通の人じゃ絶対あり得ないかな」
このヒントを受け、美菜はポツリと、ふと思った答えを呟く。
「…………逢引き?」
「“練習の合間を縫って、君に会いに来たよ”で、相手が“まあ!俊輔さん私なんかのためにわざわざ……”そして二人は……って違う!!それは以外過ぎだから!!」
寸劇交じりで答えを否定。
「ごめんなさい、わかりません。答え、なんですか?」
美菜は降参を宣言し、答えを聞く。
「道に迷ってた」
そう、シュンはこの時、道がわからず普段は滅多に入ることのない農道をうろついていた。
「え!?場所は知ってたんですよね」
「そりゃ去年と一緒のとこだもん、知ってるはずでしょ」
「シュンってもしかして、方向オンチ?」
「みたいね。私もその時シュンが方向オンチってこと知ったよ。後々他の人に聞いたらシュンは後ろの方に置いて行かれたらしい。でもその更に後ろに私たちがいたから一人で走ってた」
「で、気がついたらよく知らない場所ってことですね」
「うん、だと思う。普通、方向オンチって女性が多いっていうけど……。ま、さすがはシュンってことね」
「アハハッ、でも私も方向オンチだから人の事言えないなー」
実は美菜も海外で何度か迷子となり人に迷惑を掛けた経験があったりする。
「へえー、姫にも欠点あるんだねー」
「そりゃもう、欠点だらけです、ハハッ」
シュンの方向オンチを暴露し、楽しげな会話ではあるがそろそろお開きにせざる終えない。その理由は。
「……おい、こら」
シュンがいるからである。
「あ、シュン」「俊輔……」
いつの間にかすぐ横にシュンはいたのだが、二人は全く気付かず会話を続けていた。そしてシュンはその内容に怒りの表情を露わにする。
「しゅ、俊輔君は〜何時から居たのかな〜?」
とりあえず、恵は聞いた。
「お前が一人で変な寸劇やってるとこからだよ」
変な寸劇とは、逢引きのところである。
「大体お前なー、人の恥を簡単に他人に話すな!」
「あー今のはひどいと思うなー」
「なに言ってんだ、ひどいのはお前だろーが!」
「ああだめだ。完全に気づいてないなこりゃ……」
「ったく、俺はもう帰るからな!!」
いそいそとシュンはベンチの横にある持ってきたバットとかの荷物を背負い、勇み足でさっさと出口へと向かう。
「またねー坊やー」
去り際、カウンターのばあちゃんに声をかけられ、シュンは大声で「おう、また来る」と返事をし、バッティングセンターを後にする。
「さあお嬢様、私たちもお後に致しましょう。……先に外でお待ちしてますので」
いつの間にか啓次は既にトイレから出ており、遠くで三人のやり取りを見ていた。そしてシュンが先に行くのを見て、美菜に自分たちも帰ろうと誘うのだが、結局何故か一人で先に出ていった。
「またねー坊やー」
啓次もシュンと同様にカウンターのばあちゃんに声をかけられる。足を止め、「失礼します」と言いばあちゃんに向け深々とお辞儀をし、バッティングセンターを後にする。
「んじゃあ私も帰ろうかな」
美菜と恵。先にベンチを立ったのは恵だった。立った直後背伸びをして、あくびをする。まだ出口には向かわずここで美菜の方を向いた。
「このテーブルさ、似合う似合わないは別として、もうちょっと足が長かったらサイズ的にはピッタリだったね」
恵はベンチの手前に置かれた、今日美菜が持ってきたテーブルにちょっとした意見を述べる。
「そうですね、私もそう思います」
「ふう……じゃあね、姫」
「……姫はやめてください。友達にはそう呼ばれたくありません」
「え、あ、ありがと。じゃあ言い直さなきゃね。……じゃあね、美菜。また今度」
「うん。さよなら、恵。近い内、また会おうね」
恵も出口へと歩を進める。恵が5歩ぐらい歩いたとき、美菜は突然立ち上がった。
「あ、あの……!」
恵は美菜の呼び止めに気付き振り向く。
「ん?」
「あ……あの…」
「フフッ、大丈夫。シュンはただの古くからの幼馴染。もうシュンにはこれっぽっちも、好き、なんて気持ちは無いよ。私は美菜のこと、応援してるよ。ただあのアホ、ちょー鈍感だからね。それなりに覚悟しといたほうがいいよ」
恵は美菜の気持ちを何もかも察してるかのごとく応え、聞いた美菜は顔を真っ赤にする。
「べ、別に、そんな……えっと…………好き…………なんて」
「ああ!後それと今はどうかわからないけど、警戒しといたほうがいいライバルが私の知ってる限り少なくとも二人いるから」
「ええっ!??」
驚く美菜を余所に、恵はまた出口へ体の向きを変え、手を振りながらこう言った。
「それでは健闘を祈るー」
ただ呆然とする美菜。恵が出口へ向かうべくカウンター横に差し掛かれば、当然ばあちゃんは声をかける。
「またねー嬢ちゃんー」
「うん、おばあちゃん。また今度ね」
元気よく挨拶をしバッティングセンターを後にする。
「……啓次が待ってるし、私も早く帰らなきゃ」
最後に残るは美菜。いつぞやとっさにテーブルに置いた帽子を手に取り、頭にかぶる。
「…………他人……か」
やがて美菜も皆と同様、出口へ。
「ほっほーがんばれー嬢ちゃんー」
そしてみんなと同様にばあちゃんに声を掛けられたのだが、その皆とは違う内容にまたも顔を真っ赤にさせる。美菜は返す言葉に少し悩んだが「……は、はい……失礼します」と返事をし、バッティングセンターを後にした。




