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17,ナイスデッドボール

 この話で美菜が言う、じんべえ。

 実在しやせんからね、多分。

 在っても関係ありやせんから。

 美菜は握られた手を空いてるほうの手で揉み解している。まだ痛みが治まらないようだ。

「立ってるのも何だからさ。とりあえず、座らない??」

 二人の自己紹介が一通り終えた頃、タイミングを見計らって恵がベンチに座ることを提案する。だがベンチに空いてる席は三つ、誰が座るのか。

「じゃあ俺、ちょっくらパイプ椅子取りに行ってくるわ」

 ここで率先して足りない分の席を取りに行くシュン。パイプ椅子があるカウンター横まで足を運んで行く。

「私も行きましょう」

 それに付いて行く啓次。

「ん、別に俺だけでいいぞ」

「あ、いや、あの中で待っているのはちょっと……」

 残った女子三人は、既にベンチへと腰を下ろしていた。会話も進んでいるように見える。

「確かに。あれには居辛いな」

 三人の女性の輪の中、啓次が溶け込めるとは到底思えない。察したシュンは、同行を許可した。

 女子三人組、シュンと啓次がパイプ椅子を取りに行くまでの間、場は盛り上がってきているようだった。

「それにしてもさ、サユがこんなとこ来るなんて珍しいじゃない。どうしたのよ」

 入り口側から見て、手前に座る恵が佐由子に来た理由を訊く。まだ緊張が抜け切ってない佐由子はしどろもどろながらも、応答した。

「あの……手袋をね、届けに……」

「手袋……もしかしてバチグロ??……もう、あのバカ……」

「なによ〜〜。どうしたの〜〜??」

 奥に座る美菜は、二人の会話がよく聞こえないようで、身を乗り出し恵に聞き直そうとする。

「シュンのバチグロを届けに来たんだって」

「え、何で?」

「え、あ……お、落ちてたんです……道端に」

「あ〜〜なるほど〜〜……。じゃあ佐由子さんはそれを拾って、わざわざここまで届けてきてくれたんんだ」

「はい……」

「姫、これはお仕置きですね」

「うん、お仕置きだね」

 なかなか厳しい厳罰、お仕置き。一体シュンになにをされるのか。ただ、たかがバチグロを失くしただけで、お仕置きとは如何なものか、と、思えなくもないが。

 そして、パイプ椅子を持った男二人が戻ってくる。シュンは手前の恵の横にパイプ椅子を広げ、着席する。啓次は奥へ回り込み、美菜の隣へ。

 何気なく座ったシュンは美菜と恵の、やけにニヤけた表情が気になった。しかもシュンを睨むような目線が刺さり、気持ち後ろにパイプ椅子をずらしてしまう。佐由子には相変わらずの挙動不審に顔を動かしていたのでさほどきにことはなく。

「……なんだよ」

「べっつにぃ〜〜」「べっつにぃ〜〜」

 二人、見事息を合わせ、ハモる。顔を余所へそらす仕草までシンクロさせ、それを見たシュンは、ビビる。異様過ぎる空気、確実に何かを企んでいる。もうどこかへ逃げたしたいだろう。と言うことは、だ。

「さてと……打ってくるとするか!!」

 シュンは女性群に目を合わせないように反対側を見て、わざと聞こえるように言い席を立った。

「あ、逃げた」

「逃げたね」

 その通りである。困れば逃げる、お得意のパターンと化している。

「……啓次クンは行かないの??」

「あ、いや、私はちょっと……」

 実はこのバッティングセンターに来て以来、まだ一度も打つことのない啓次。シュンに奨められても、意地でも行こうとしなかった。そんな啓次であるのでバッティングゲージの中へは逃げることは、まず無い。逃げるとしたら、あと一つはトイレとなるのだが、今のタイミングで行くのは不自然だと読み取った啓次は、まあいつもの事、その場で存在を消すしかない。

「ふぅ〜ん……。まあいいけど……」

「啓次は放っといてさ、お仕置きって何するの??」

 流石は美菜、啓次に対する扱いがひどい。

「そうですな〜〜。折角の姫からの褒美を道端に失くす、なんとも無礼な行為を働く農民にはそれ相応の、ばぁつ!!を与えませんとな〜〜」

「しかし大臣よ。いくらわたくしでも、武力行為は気が引けますぞ」「あ、私って大臣なんだ」

 急遽始まったこの寸劇。どうやら、姫と大臣、という設定らしい。美菜も珍しく乗気だ。

「おほん!!……解っておりますとも、姫がそのような罰をお気に召さないのは充分承知。なので今回は彼と親しい人物を用意致しました」

 恵こと大臣は、横に座る佐由子の両肩を掴み、無理やり姫に顔を向けさせる。

「え!!わわわ私!!??」

 抵抗するかのように顔だけは大臣に向けようと首を目一杯回す。只でさえ有名人の美菜を目の前にして緊張している佐由子にとって、非常に辛いもので、顔を合わすだけで爆発寸前まで追い込まれてしまう。自身、それだけは避けようと抗うも、やはり寸劇に巻き込まれた。

「シュンの妻、ってな設定で」

「え?!えぇ?!!」

 シュンの妻と聞き、美菜が黙っちゃいない。横にいる大臣が見えるよう、ベンチから身を乗り出しこう言った。

「それ、私やりたい。チェンジプリーズオ〜ケ〜??」

「ノー!!美菜ちゃん、それだと成り立たなくなっちゃうから、だぁ〜めっ」

「………」

 以外にも潔く諦めベンチへ座り直す。

「…………ケチ……」

「あっ!!今絶対ケチって言った!!ぼそっとケチって言った!!」

 少しだけ、潔くなかった。恵からのツッコミにも反応せず、未だ誰も居ない方へ目を向けてふくれっ面しているのは、悔しさからか。それとも、怒りからだろうか。

「……で、大臣。その者をどうするつもりなのだ」

「機嫌直してよ……。ふう、それはですね、姫。あの農民がどのような過去をお持ちか話させるのです」

「そそんな、私何も知らないよぉ!!」

 慌てる妻に姫にも聞こえないくらいの小さい声を耳元で囁く大臣。

「私でも知らないようなこと知ってんでしょ。今ここで言っちゃいなさい」

「でもでもぉ〜〜……」

「あの時は色々あったから何も聞けなかったけど、今だから言える事ってあるでしょ。どうせなら全部吐いちゃいなさい!」

「………」

「初デートの時どうだった??」

 ただ妻は首を横に振るだけだ。

 そしてすぐ横まで顔を寄せる美菜は驚いていた。

「ええーー!!ででで、で〜〜とぉ〜〜??!!!!」

 これにて寸劇終了。

「ああ!!美菜ちゃん!!声でかいよ!!」 

「この野郎!!お前、何言いやがった!!」

 目の前でバッティングをするシュンにも美菜の驚愕の言葉が聞こえたようで、その原因の元となった人物を追及。

「わ、私は野郎じゃないわよ!!」

「デートって、ただのとてもとても仲のいい友達だよね。恵、ねっ?ねっ??」「お前また誤解を招くようなの言ったんじゃあねえだろうな!!」

「だってほら、仲の良い男友達と二人で食事行くのもデートって言うし」「いっつもホラばっか言いやがって!!」

「私も共演した新藤さんと食事行ったのもデートだもんね」「大体サユっちがここ来たのはバチグロ届けに来ただけだろう!!?」

「あれは突然誘われてびっくりしたなあ」「お前もいい加減人が良すぎなんだよ!!」

「じんべえ、ってとこだっけ??煮物おいしかったなぁ」「恵にいいようにかき回されてよぉ!」

「あ、でも、あの時啓次も一緒だったから違うのかなぁ」「全く、無理やり連れて来られて可哀相だから帰してやれ!!」

「どぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!あ!!!!なんか二人ともツッコミたい箇所がいくつかあったけど、取りあえず静かにして!!!」

 天に向け黙ってもらうよう咆哮を放った恵。静かにさせたはいいが、この後どうするのか。何も考えつかないらしく、恵の器量を持ってしても、もう限界のようだ。軽くパニックに追い込まれてしまう。

「あああ……啓次クンなんとかしてぇ〜〜」

「私は何も聞こえませんでしたし、見てもいません。どうぞお構いなく続けてください」

「うぅ……薄情者ぉ〜……」

 恵は啓次にすがってみるも適当に流されてしまった。背中を向け手帳を睨んで完全に一人の世界、この騒ぎに関わりたくない、といった感じか。あと、今さらだが、じんべえとは都内にある高級料亭らしい。

 そして、もはや手段が数少ない恵は、横にいる佐由子に目を付けた。

「サユ、どうする」

「ど、どうするって……。全部、恵のせいでしょぉ……」

「うん、ごめんね……」

 そこで謝るか。

 少しの間、誰も喋らなくなり、シュンが打つマシンの球が二、三球、ホームベース後ろのマットに叩きつけられる音が鳴り響いた。

「あ、あの佐由子さん。差し支えなければ、シュンとの関係を教えてもらっていい??」

 沈黙にしびれを切らした美菜は一番気になっていた部分を改めて聞く。

「………」

 動揺からか聞かれた本人は俯くままだ。何も答えようとはしない。

 ただこうなると恵の悪い発作が。

「元、妻だよ」

「……え?」

「あ、しまった……」

 後悔しても、もう遅い。

「ええええええええ!!!!!!!!!!!シュンってバツイチいいいいいい!!!!!!!!!!」

「め、恵ぃ〜〜〜!!!!」

「恵このや、おぶっ!!」

 当然恵は、周囲から、何も聞いていないと言う啓次を除いてバッシングを浴びてしまう。ただシュンはバッシング言い終えることなくマシンが放った悪球を頭に直撃し、そのままぶっ倒れ気絶。当たった瞬間の音があまりにも鈍く響いたため、洒落になってない。いち早く、啓次が反応し、ゲージに駆け込み応急に入った。場の空気が張りつめたものに一変した。

「俊輔!!……不味い、今のは直撃ですから大事にいたらなければよいのですが……」

「シュン??!!え……いやああああ!!!!」

 美菜の絶叫が辺りにこだまする。思わず手に持っていたバッグのを力いっぱい握り、形が有らぬ形へ歪んでしまう。しかし目の前のシュンは美菜の声も入ってこないのか、倒れたまま一向に起き上がる気配がない。

「……あ……あ……」

 佐由子はまだ状況を飲み込み切れていないようだ。瞬間にベンチから立ち上がり、そのままただ愕然と立ち尽くしている。

 啓次が患部を探し始めた。どうやら息はあるようで、命の危険はないと判断する。出血もない、だが安心はできない。もし頭部へのショックが大きく、脳が損傷するほどならば下手に体を動かせない。

「お嬢様!!救急車!!119をお願いします!!!」

「ああ……」

「お嬢様!!!!!!」

「あ、うん、え……私、どうするの……」

「救急車呼んでください!!!」

「あ……うん、救急車……そうだよ救急車!!!!」

 美菜は急ぎ拉げたバッグを開き携帯を探す。

「携帯…………携帯…………あった!!」

 探しだした携帯を持つ手は震え、覚束ない。

「えっと何だっけ……。そうだ……1……1……」

「美菜ちゃん!!!!!!その必要ないよ!!!!!!」

 恵の大声が耳に入り、指を止めた。恵は、何時の間にやら満杯の水が入ったバケツを両手に重そうに持っており、ゆっくりとシュンが居る場所まで歩んでゆく。一歩踏み出す度にバケツから水が揺れ零れ、その重さに手は震えて痙攣を起こしている。

 恵は直撃を目の当たりにして、急ぎ駐車場奥にある水道まで水を汲みに行っていたようだ。バケツもいつもその場所に置かれて居るものである。

「何言ってるんですか!!!!手に遅れになったらどうするんです!!!!!」

 鬼の形相で、啓次が恵に向け怒鳴りつける。

「この石頭が、あんな程度の食らってどうかなっちゃうわけ無いわよ、いいからそこ開けなさい。これ重たいんだから」

「………」

「早く〜〜もうシンドイの〜〜!!」

「……わかりました」

 ゆっくりと扉は動き、開ききるまで耳を劈くような金属音が音を立てる。

「はい持って」

 啓次は言われるがままバケツを手渡される。

 バケツから解放された恵は、疲労を癒すために手首を曲げたり揺らしたりしてストレッチを行い始めた。

「ふう……やる事は大体見当付いてるわよね」

「しかしこれで……」

「ざばーーーって、やっちゃってやっちゃって♪」

「ですが……」

「全く何躊躇ってるのよ、早くやりなさい」

「………」

「…………ああもう全くぐずぐずして、それ返しなさい!!!」

 勢いよく奪い取り、衝撃で中の水が飛びっ散ってしまう。水は二人にかかり、気絶するシュンの顔にも結構な量が降りかかった。

「ちべたっ!!もう!!」

 一旦バケツを地面に置き、取っ手部分からバケツ本体に持ち直した。

「相変わらず世話の掛かるバカね……っしょっと!!」

 恵は文句を述べながら顔元近くまでバケツを掲げた。一度シュンの顔を見下ろし、狙いを定め、何故かニヤけた。

「ふふ……久々。ほりゃ!!」

 なだれ落ちる水、全てがシュンの顔へ流し込まれていった。

「ぶはっ、ゴホっゴホっ……」

「おはよ〜〜。お目覚めいかが〜〜??」

「ゴホっ……ぬあっ!このヤロぉぐっ?!!」

 恵は空になったバケツを取っ手を持ってぶら下げ、底の部分をうるさいシュンの顔に乗せ、黙らせる。

「はいはい、まず私に感謝でしょ。気絶したあんたを起こしてあげたんだから」

 石頭、シュンは野球部時代にボールを頭にぶつけ失神することが特別多かった。それでも彼はタフで、度ごと恵に水をぶっかけられ目を覚ます。だからこそ恵は行動できた訳だ。何せよ恵はこのアクシデント、正直なところ喜んでおり心の中で、ナイスデッドボール、と思っていたりする。あの失言を皆から取り消せたのだから。

「あ……目、覚ました……良かった……。あ!!!そうだ!!!一体なんで別れたの??なんで!!??」

 前言撤回。

 ひとつずつ、ひとつづつ。

 正しいのはひとつずつ。

 ………。

 ……間違えてた。

 たしか、どこかで使った記憶があるのだけど、全く思い出せやせん。

 気づいた方、どなたか教えてください。

 ………。

 ……はあ……ショック……。

 こうゆうの気を付けてたはずなのに……。

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