13,お化けが潜む
最後の後光を放った太陽は向こう側へと沈み、徐々に夜へと変化する。当然、室内も暗くなってゆく為、シュンは電気を点灯すべく出入り口横にあるスイッチへと足を運ぶ。
言葉では表現不可能な絶叫が轟いた後はバッティングセンターは静寂に包まれて、その分、スイッチへと歩く足音は余計に響かれる。うっすらとした明るさはやけに不気味で、小心者ならば少々の恐怖を感じてしまうぐらいであろう。
とは言っても、美菜にはそういった素振りを一切見せることは無かった。オカルトとかUFOなどといった、現実にあるかどうかわからないものに全く関心が無い為、この雰囲気にもそのような思考に回る事は無い、肝が据わっている。だからお化け屋敷でも驚かない、恋人泣かせなお人であるのだ。
平然とベンチに着席し、両手に装着していたバチグロを取り外し、左右セットでサンドする。それを、ケーキから離れたテーブルの隅にそっと置く。
「ケーキ、温くなっちゃったかなあ??」
バチグロを置く時、手つかずで放置されていたケーキが気にかける。未だ誰も口にしてない、早速と美菜は食べようとする。しかしその前に、ちょっと気になる事が。
「う〜ん……手、拭きたいなあ……。シュンく〜ん、帰ってくるついでにおしぼり持ってきてえ〜〜」
手を拭く為のおしぼりはカウンターの隣に机があり、山のように積まれている。ここに冷蔵庫なんてものは存在せず、置かれたまま放置した状態だ。それを、丁度スイッチを換えに行ったシュンに取るよう命じた美菜。ただ返事は無い。
「ちょっと〜〜お〜し〜ぼ〜り〜〜」
さすがは生粋のお嬢様、かなり図々しい。この啓次がいない状況で頼る存在はきっちりシュンへ切替が出来ている。多分、彼女は一人では生きていけないタイプだろう。
「ねえってばあぁ〜〜!」
返事が返ってこない事に苛立ちを見せる。その場所から覗くシュンはカウンター横で動かずじっとしたまま、特に何かする気配も無い。だが、電気も何故か付けない。
辺りはどんどん暗くなっていく、たった一分経過しただけ、もうシュンの姿は薄らとしか確認できないくらいまでとなっていた。
「ねえー聞いてるの〜〜??」
早くもしびれを切らした美菜はシュンの元へ向かおうと立ちあがる。ガタっとベンチは音を立てる、そしてシュンが居る方向から風切り音がした。
「え??」
黒い影が美菜に向け飛んで来る、このままでは直撃してしまう。危険感じた美菜は咄嗟に顔を手でかばい防御の姿勢を構える。直後に黒い影は顔元まで近づき、偶然手で払うような形で避けることに成功。しかしまた、黒い物体が同じ場所に飛来する。
「また?!」
再び現れた黒い物体、美菜は怯まず、今度はキャッチすべく両手の平を来るであろうと思う位置に身構える。位置、掴むタイミング、寸分狂わずにその黒い物体を取る事に成功。無事に被害無く済んだ訳だ。手の中におさまった謎の黒い物体だったものを見てみると、それはおしぼりだった。正直、美菜の予想通りの展開であり、犯人も検討ついていた。
犯人に仕返しをしなければならない、でもこのまま怒鳴っては面白くない、と思った美菜は反応も何もせずに黙って座ろうと考える。用は様子見である。
しかし予想通りの展開はここまで。早速ベンチに座ろうと行動しようとした矢先、後ろから不意に肩をポンポンと叩かれた。
「ひゃぁっ!!」
完全に、おしぼりを投げた犯人に、まあシュンなのだが……そっちに気を取られていたために後ろへの警戒を全くしておらず、つい軽い不意打ちに、大袈裟な反応を表してしまう。
「あ、驚かしてごめんね」
後ろから美菜の肩を叩いたのは恵であった。驚かしてしまったことを謝罪し、取りあえず気になったことを訊いてみるとした。
「んで、暗い中、電気も付けずに何してんの?」
「あ、シュンがね、さっきから投げてくるの」
手に持っているおしぼりを恵に見せて揺らす。恵はシュンの行動にまたも肩を落として、落胆のため息をした。
「まったく、あのバカったら、ほんとガキなんだから……」
つくづく呆れた、そんな表情をしている。シュンは昔からこうゆうことをする、落ち着かない性格なのだろう。
どうあしらえばいいか解っている恵は、美菜に、ここは私に任せて、と言い、後ろに下がらせる。カウンター横に居るシュンもとっくに恵の存在に気付いているだろうと思われるが、おしぼりも投げず、電気すら付けない。多分、楽しんでる。後ろに下がった美菜は、ベンチに座り傍観することにした。ちょっと何か起きるかも、とそんな少しわくわくの思いからか、顔がにやけている。
暫くの間は、物音は外の風音のみであり、静かだった。恵は、相手が何も仕掛けて来ないと悟り、行動に移った。大きく息を吸い込み、足を肩幅程に広げ腰をおとす。奥にいる者のシルエットは、瞬時に耳をふさぐような格好をとった。
「こぉらあああああ!!!!!電気付けてとっとと戻って来んかあああああい!!!!!」
けたたましく響く、獣のような恵の怒鳴り声。外に居た鳥たちも一斉に羽ばたき、怯えて逃げ出してしまう。美菜はこれまた予測していなかったため、大声を諸に食らってしまった。大声が治まった後も耳鳴りがするのか、両耳を手で塞いだり開いたりを細かく繰り返している。
その後、電気が付く。ようやく、シュンは大人しく戻ろうと思ったわけだ。点滅を繰り返す電気が完全に点灯し、室内が明るくなった時、片手に二つづつで合計四つのおしぼりを持って、何事も無かったかのように平然とした態度で、歩いて戻って来る。そんなシュンが気に入らない美菜と恵。二人とも眉を歪ませシュンの顔を睨みつけた。
「二人ともそんな恐い顔すんなよ。おしぼり投げただけだろ?」
今度は美菜が立ち上がって、恵ほどでは無いが、吠えた。
「シュンの場合、悪意むき出しだもん!!すぐ電気付けてくれればまだ許せるってものだったんだけどなー!」
「電気を付けなかったのは謝るって。でも一発で捕ったんだ、だからいいじゃねえかよ。流石は美菜だよな、130(km/hのマシン)打っただけの事はあるよ」
一発で捕ったつもりのない美菜は、当然にこう切り返した。
「えーー?!一発じゃないよーー?!!一発目はこう……バシッて避けて、それでまたシュンが投げてきたじゃん。だからこうやって、両手で……ガシッてさ」
身振り手振りでおしぼりを避けたところを再現、これに恵も乗じる。
「え〜シュン、当たんないの悔しいからって、また女の子に投げつけたってわけ〜〜?!それって酷くな〜〜い??」
二人してシュンを責め立てる。なにか調子良く悪乗りしてるようにも見えなくは無いが、残念ながらおしぼりを投げた事は事実。こうなれば前と同じ、トイレに逃げ出すのか、と思いきやシュンは腑に落ちないのかしかめっ面で美菜を見る。
「はぁ??何言ってんだ美菜。俺はそこまで質悪くねえよ」
「でも投げたじゃん!!」
「投げたは投げたけどさ、一つだけだろ?大体美菜が構え取るから投げるべきかなと思って投げたまでだぜ、ちょっと言い方にカチンと来たとこもあるけどさ」
確かにあの時の美菜の、おしぼりを頼む言い方には少々の非があった。それよりその前述べた発言、おしぼりを一つしか投げていないらしい。これは一体どういう事なのだろうか。
「ちょっとシュン、変な言い訳しないでよねー。姫がやったと言ったらやってるんだから。いい加減認めなさい」
厚かましい美菜姫の側近。しかし、やった当事者はこれにもめげずに強気の姿勢を見せる。
「だーれが認めるかっ!!実際ねえだろ、ほら!!俺が今持ってきた分が四つ、あと美菜が一つ持ってる。後の一つは何処だよ、俺が投げた二つ目ってやつはよ!!」
これは、シュンらしくない説得力のある発言だ。
「あ、そういえば……」
美菜は辺りを見渡し、床やベンチの上などにおしぼりが落ちていないか確認するもそのようなものは一切存在しない。
「シュンがもう拾ったんじゃないの〜〜??」
恵は探さず、まだシュンではないかと疑っている模様。
「ははっ、残念ながら手は塞がってるんだな」
両手に持つ四つのおしぼりを恵の顔前まで掲げる。指の隙間も余裕無し、無理すればもう一つは持てそうだが、どこかに落ちたと思われる六つ目を素早く拾うのは難しそうである。
「そんな事言って……」
そう呟く恵の視線は、シュンの股間を凝視していた。当然、ツッコむ。
「何処見てんだ馬鹿」
「あ、いや、膨らみがあったから。そこに隠したんじゃないかな〜〜ってね」
これにはシュンでも呆れてしまう。
「お前な……男の俺でもそんなゲスな考えしねえぞ」
「でも気になるじゃない。ねぇ、姫、どうします??確認しますか??」
恵は笑いをこらえ切れず、やや吹き出し気味の顔で、何故か美菜に確認を取る。美菜は恥ずかしさ一杯で、ただひたすら単音を連発。
「ななななななななな……」
顔色は異常なまでに赤い。思考はショートして、爆発した。
「ふにゅ〜〜……」
「美菜ちゃん!!」「美菜!!」
オーバーヒートして、力なく崩れ落ちた。頭から煙を出して、いや実際出てないのだが、そんなイメージを浮かばされる。そんな美菜を受け止めるべく二人が倒れる寸前で支える。
「……お〜い美菜〜大丈夫か〜〜??」
「美菜ちゃ〜〜ん、もしも〜〜し」
美菜からの返事は無い。
「ったく、恵が変な事言うもんで……」
「えへへ、ごめんちゃい♪」
可愛らしく平謝り。これを見たシュンは、バカか、と思った。
「お前、悪いって自覚ねえだろ。女なんだからよ……いい加減下ネタに走るのはやめろ」
恵は幼少の時からそういった系統が大好きで、女子でありながらスカートめくりをする、あと男子に対してもパンツ脱がしをする。ある意味、最凶だった。
「でもほら、姫に、シュンの、そのたくまし「お前殴るぞ」
「いや〜〜ん♪あっそれよりも、早く姫を座らそうよ」
シュンと恵の下らない会話中、二人に支えられていた美菜は徐々に体勢が不安定となり、今の状態は、まるで秘密捜査官に捕獲された宇宙人のような状態。気を失ってる為、本人からの文句は無いが、きっと辛いであろう。シュンは返事こそしないが、しぶしぶ承諾。恵の原罪追及よりも、まずは美菜の体勢を落ち着かせることが先決である。
シュンは肩を担いで美菜の体を起こし、恵が腰を持ち安定させ、ゆっくりとベンチに降ろしていく。
「うふふ……美菜ちゃんの腰ぃ〜〜あいたっ!!!」
シュンの蹴りが、しゃがんで支えていた恵の腰元に飛んだ。
「真面目にやれ!!!」
「わかったわよ……もう、何も蹴ること無いじゃん」
なかなかスムーズに事を運べない二人ではあるが、問題無く美菜を座らせた。美菜からはかすかに寝息が聞こえてくる。
「……でもおしぼり何処行ったんだろうね」
恵はまたおしぼりへと話題を戻した。
「あのな、数はちゃんと揃ってんだよ。二回投げた前提で話すな」
「ふふ、わかってるって。でも美菜ちゃんは何を見たんだろうね」
「さあな、お化けでも出たんじゃねえのか??」
「はは……もうシュンったらお化け??まっさかぁ〜……」
「でも結構でるもんだぜ、俺もここで何度も見た事あるしな」
「ふ、ふぅ〜〜ん、そうなんだ〜……、例えば例えばぁ〜〜??」
「例えば、と言うかお前の後ろ」
「えっ……!!」
「ヴゥゥ……」
「き、きゃああああああああああ!!!!!!!!」
奇声を上げ、出口へと猛スピードで駆けだす恵。
「ははっ、その顔どうしたんだよ啓次」
「……恵にやられました」
恵の後ろに居たのは啓次。頬が腫れあがり、一見したら元が誰かわからない。当のやった本人はそれ見て逃げた、ひどい話だ。
「ん……?」
恵のせいで美菜は目を覚ましてしまったようだ。
「お早うございます、お嬢様」
「ん、え、おはよ……って啓次その顔!!」
「ええちょっと……」
「ねえ、大丈夫なの?!」
「はい、大丈夫です」
一人抜け出していったが、三人はおしぼりで手を拭いて、ようやくケーキを食べるとした。
一人一人ケーキを手に取ったケーキとは、シュンはモンブランを、美菜はチーズケーキ、そして啓次は……。
「啓次はもう食べたでしょ!!」
「そ、そんな……」
残念ながら啓次はもうシュークリームを食事済み。これは仕方がない、でも啓次は引き下がらない。
「しかし三人で分けるとなると丁度一人二つで分けることが出来ます!!」
「バカっ!!恵がいるでしょ!!……ん、あれ??そう言えば恵は??」
「用事があるみたいで、先に出て行ってしまいましたよ」
「帰りは??」
「タクシー呼ぶと言ってました」
「そう……」
嘘。真っ赤な嘘。美菜も信じ、啓次にケーキを食べることを許可しようと考えたその時、声が聞こえた。
「啓次こら!!!!何、私を居ない事にしてんだ!!!!!!」
「ど、どこから???」
「あっ!!駐車場、ネット越しに!!!あ、走った!!」
そして啓次も走った。
「早っ!!」
恵は、啓次を追うため猛スピードで駆けだし、シュンと美菜が座る場所をあっという間に通過して行った。トイレに入るのは当然啓次の方が早く、このまま籠城かと思われたが。
「ああ!!鍵がかからない!!」
もたもたしている間に恵が扉をこじ開けた。啓次の悲鳴が響き渡り、それと同時にトイレの扉は閉められた。
「むしゃり……ちょっと温いけど美味しいね」
「パク……確かにウマい……」
啓次に慈悲の余地なし。栗の甘味に浸りながら、シュンはボヤいた。
「恵、あんな遠くからよく聞こえたな……」
美菜の視力も褒めて置きたいところだが……。
結局正体が明かされずにいた謎の黒い物体の正体とは……ゴキブリ。残骸がベンチの足の近くに散っていたりする。実は、シュンはこいつを見つけて、何となく気付いてたりしてたのだが、食事前であったので誤魔化したのだ。この判断力はさすがであるな。