表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

12,奇跡のシュークリーム

 テーブルを中心に手前のベンチには左から順に、美菜、啓次、シュン。三人は以前の雰囲気を取り戻し、これから面白いコントでも始まるのではないかなんて予感させる。今回恵も加わり、より一層空気は暖かいものとなる。

 美菜の隣辺りの場所、恵がパイプ椅子に座る。古びれたパイプ椅子は所々錆びたり欠けたりで、この老朽化の進んだバッティングセンターに相まっている。三人の座るベンチも同じようにボロ、ただ美菜の気合いの入った格好はデパ地下を縦横無尽に移動する社長夫人、まあようするに浮いていた。

 恵のパイプ椅子はベンチにより腰掛ける位置が低い、その為三人より座高が低く見え、一番小柄な美菜と顔の高さが同じに。動くことも不便そうで度々、「もうっ!!」と怒鳴り使い勝手が悪すぎる椅子にの文句をぶつける。その度、美菜や啓次は場所の交換を申し出るのだが、椅子に対する怒りから笑顔の表情に変え、その気遣いを、表面上は明るく断っている。

 シュンには一切そういうのが無い、理由は自分が言えばあっさり受け入れるのだろう、と目に見えて判っていたからだ。その証拠に笑顔の目がシュンに向けられていたりで、あえて気付かない振りをして、ケーキに頑張って注目する。

「これ、もーらいっ」

「なっ、てめぇ……」

 テーブルの上、中央に置かれた白い箱、その周りに一つ一つ種類の違うケーキが六つ並べられている。いつぞやシュンが手を出そうとしたモンブランに、恵は迷う事無くそれを手に取ろうとする。恵からは一番離れた場所にモンブランは置かれていたが、手前にある他のケーキをスルーして身を乗り出し、不敵な笑みを浮かべ取って行った。

「メグちゃんもモンブラン好きなんだねー」

「まぁ〜ねぇ〜」

 してやったりとシュンを見る恵。目の前のモンブランを取られたシュンは何故か反論をしてこない。どうも様子がおかしく、結局その横にあったチョコレートケーキを手に取る。目が泳いでいるようにも見えなくは無い、何かあったのだろうか。

「どうかしましたか、俊輔。どこか具合でも悪いのですか?」

 その様子に、最初に気が付いたのは啓次だった。急に大人しくなったシュン、体の調子を崩したのかと心配に思う。

 ケーキを持ち、一人別の場所の方向に目を向けていたシュンはその声に軽く驚く。確実に何か理由があろうな対応なのだが、言葉を詰まらせながら誤魔化した。

「べ……別に、何でもねえよ!!ほれ、啓次も食え!!」

 敢えてここで、シュンの動揺した理由を説明しよう。恵は奥にあるモンブランを取るため身を乗り出した。気付いたシュンは反応し、抵抗するためにまず動きを窺う。これだけだとまだ解らないだろうか……?恵は、少し大きめのシャツを着ていた。身を乗り出せば、当然の如くシャツと胸元の間に隙間が出来る。そしてまた当然の如く、男であるが故、目線はそこへ向く。下着が見えてしまう、ちなみに黒。まあ、以上がシュンが動揺する理由だ。けっこうウブなのだ。

「……ぺちゃんこだったな」

「いえいえ、ふっくらしてるじゃ無いですか。ほら」

 俯くシュンの目線の先に、たまたま平型のシュークリームがあった。呟く言葉の意味を勘違いした啓次は、そのぺちゃんこを形崩さぬよう慎重に手へと乗せ、これについて事細かに解説を始めた。

「見た目で判断するようだと俊輔もまだまだですね。このシュークリーム、従来のものと違い、俊輔の言うとおりで見た目にボリュームがありません。ですが、裏を返せば……」

 啓次は掌に乗せたシュークリームをもう片方の手に移し替え、表裏をひっくり返した。

「どうでしょう!!わかりますか俊輔!?本来シュークリームにあるべき底の部分が無いのです!!これはシュークリーム界の革命と言っても過言ではありません!!」

 シュンはドン引き、だが啓次は気にしない、と言うより気付かない。完全に独走態勢に入り、解説は更にヒートアップしてゆく。気持の入れようとか身振りとかが、宝塚並に。

「一見いびつなこの形……だけどそれに惑わされてはいけません。一度ひとたびお口に頬張れば、全体に広がるとても優しい食感……そしてその向こうを乗り越えると、とても重厚で、だけどもしつこくない、優美な甘味のカスタードクリームが出迎えてくれます」

「……うぜぇ」

 引きつった笑顔を浮かべるシュン。さすがにすぐ真横で、暑苦しい解説をされると辛いものがあるだろう。啓次の顔が超至近距離まで近づいたり、何度か唾が飛んで、顔や手に持っているケーキにかかったりもする。何とかしてほしい、と美菜や恵に目線を送るが、二人は二人で雑談に耽って全く気付いてくれない。もはや成す術ないシュン。放っておいたら延々と語りそうだが、しかしこの熱弁も思わぬ形で終局を向かえる事となる。

「この、奇跡と呼ぶに等しいシュークリーム、その名も、Aカッぶぐっ!!!!」

 啓次が、最後のシュークリームの名前を言い終わる前に、別のある意味で反応した恵が電光石火の鉄拳を放った。

「啓次、ちょっと来いや」

 この声はシュンではなく、恵。

「?!?!えっ?!えっ!?」

 天地がひっくり返ったかのように驚く啓次を、恵は強引に胸ぐらを掴みトイレへと連れ立って行く。

「プは、不味いな」

「うん、プだと不味いね」

 残された二人が述べるは、啓次が言うことが出来なかったシュークリームの名前の最後の一文字。恵が啓次を殴った理由、シュンは解ると思うが、以外にも美菜も解っていたみたいだった。

 ふと呟いた一言をうまく合わせてきた美菜に少し驚くシュン。美菜は目を点にしているのに気付き、悪戯に含み笑いで返した。その意味は、次の美菜の言葉の中にある。

「へへ、驚いた?恵のセクシー×2お色気戦法。あのときの様子だとうまく行ってた見たいだもんねー。……で、やっぱり、ドキドキ、した?」

 これでシュンは、恵が見せたあの行為が過失では無く故意によるものだと判った。ただわざとと判って、シュンは軽く呆れ、美菜の訊く事にも「はあ?!」と大きく、呆れたと言わんばかりな態度を取った。

 この反応に納得しない美菜、とは言えども顔をしかめさせる程でもなく、口をヒヨコ見たく尖らせるだけ。背伸びもしない、本来の彼女らしいカワイイ表情だ。

「だーかーらぁ〜、メグちゃんのセクシーな黒のブラジャーを見て興奮した??」

 かなり具体的かつ核心を突く内容。

「なな、なんで黒を知るってんだね??」

 どうもシュンの口調がおかしい。これはきっと、彼が慌てた際に起きる、また新しい症状なのであろう。初めて見る、別のシュンの表情を見れた美菜は、とても満足そうに微笑み、さらなるからかいも含め、少しだけ真相を話し始める。

「フフ〜〜実はねぇ〜、どっちがシュンを驚かせるか勝負してたんだよ。お互いに手の内を明かし合って、恵はセクシーで、私は……こんな感じ??」

 美菜は今日のために仕上げてきた、ウェーブのかかった髪を指で軽くかき上げて見せる。これを見て一応の納得したシュンは、どうせなら同じ方法なら有難い、と思ったりする。もちろん、恵と同じ方法で、だ。下心丸出しの考えだが、男ならば当然であろう。

 そして美菜の、恵との驚かせ勝負の話は続く。

「でもまあ、シュンの様子からして恵の勝ちなのかな。精一杯、出来る限りの事したのにさ……恵のブラに反応しまくりだもん」

「あ、あれは仕方ないだろーがっ!!」

「えーー?!でも私だって結構凄いことなってると思うんだけどな〜〜?」

「美菜のその……髪の色が変わったのだって十分驚いたさ!」

 シュンには、美菜の戦略のごく一部分しか理解していない模様。

「髪の色、だけぇ〜〜??」

 だからこの問い返しにも……。

「え……?!他……か……髪型とか、な」

 しどろもどろとなる。もうシュンの、普段より潤ってしまった目はあらゆる方向へ小刻みに動き回り、引きつった笑いを見せる唇もよく見れば小刻みに震えている。

 追い打ちを掛ける様に、美菜のとどめの言葉が。

「あぁあ〜〜結局シュンって私の事、髪しか見てないんだな〜〜」

 よくあるフレーズで言うならば、小悪魔のような笑顔で言うわけだ。

「……ゴメン」

 やっぱり謝ってしまった。もういつものパターンと化しているこのオチ、こうなると意地悪は出来ないので、今度は盛り立てて上げるしかない。

「もう冗談だよ、じょ・う・だ・ん!!そう落ち込まないでよ〜〜、ね。なんでかシュンを見てるとつい、からかいたくなっちゃうんだよね〜〜」

 お姉さん的な発言、シュンの方が四つほど年が上なのだが。シュン自身もそれを気付いており、尚もブルーになる。

「俺は、そんなキャラなのか……」

 こんなボヤキが出るほどに、落ち込み切った状態だと年上の威厳なぞ無し。立場は依然として美菜が上、ここまで来ると流石の美菜でも心配になる。

「ああ〜〜も〜〜う〜〜じゃ〜〜……よっしゃ。おれ、打とうかな〜〜」

 ちょっとシュンの真似をした口調で、自分が打つと宣言してみせる。

「シュ〜〜ン君、バチグロとバット、貸してく〜〜ださいっ」

「お、おう」

 打つとなればバットはもちろん必要、ついでにバチグロも借りる。

 シュンは自身のサックからバチグロを取り出し美菜に手渡す。バットは、既に手渡す以前にもう奪われていた。

 美菜は不慣れな感じで両手にバチグロをはめて、バットを肩に担ぐ。一見、ミスマッチな感じのようだが、輝きを放つ漆黒のバット、コンドルのマークが入ったバチグロを身に着けた美菜は以外にも格好良く、雰囲気だけならホームランも打てそうだった。

「じゃ、行ってくるぜぃ」

「……おう」

 シュンもつい見惚れてしまう。意気揚揚と打席へ向かう美菜、金網の扉を開けてゲージの中へ。だがその場所は、いつもシュンの打つマシン。どうやら前回の、オール空振りの敗北から懲りていないようで。

「あの時はね〜〜、ちょっと力んじゃったんだよね〜〜。でも、今度は違うんだから!!俊輔、見てなよぉ〜!!」

「ああ、頑張ってくれ」

 そしてゲームはスタートする。

 予想に反して、との事は無く、やっぱり打てない。数球ほど向かって来る直球は、美菜を見事に素通りしてマットに叩きつけられる。ここまで来れば以前と全く同じ、二の舞を踏む、と言う状態だ。

「もう!!なんで当たんないのっ!!!!」

 感情を荒ぶらせる美菜。数をこなすほど怒りは蓄積されていき、バットの振りも大きくなっていく。横の仕切りにちょくちょく当たり、シュンはそっちの方が心配となってきた。複数の意味で取り返しの着かない状況になる前に、アドバイスを掛けるべくベンチを立った。

「もっと楽に!!さっき自分で力んでたって言ってたろ」

 金網越しに美菜へ声を掛ける。

「う、うん」

 美菜は瞬間的に振り向いて応える、その隙にボールが向かって来る。

「きゃっ!!」

 目の前まで来てようやく気付き、不意に驚きの声を出してしまう。危なっかしい美菜にシュンは忠告した。

「こっち向かなくていいから、マシンをずっと見るんだ」

「うん」

 続いてもう一球。

 ある程度、力みは無くなくなりスイングもスムーズではあったが、タイミングが遅く空振り。

「ボールが近くまで来過ぎてる。もっと前の方で振るんだ」

「うん」

 続いて更にもう一球が発射されようとされる。美菜は「もっと前……もっと前……」とひたすら呟き、打つ体勢を構えていた。マシンから放たれたボールはコースど真ん中の絶好球、美菜は全力で迎えうつ。

 かすかにボールがバットに当たった音がした。ボールの軌道もずれ、毎回ぶつかっていたマットからは外れ乗り越え、後ろの金網へとぶつかる。

 どうやらこれが最後の一球だったようでマシンの動きが静止する。

 それと同時、美菜は髪を柔らかくなびかせながらシュンに振り向く。光途絶える寸前の夕日が、温かな色合いを放ち、眩しく、美しく、彼女を照らす。突然、目に入った女神の姿に、シュンは、硬直する。この時の彼の思いはたった言葉一つ、それは啓次も同じように思えた言葉。

「シュンやったぁ!!当たったよぉ!!ねえ見た見た〜〜?!」

 シュンの思いと裏腹に、美菜は普段のらしさを存分に出して接していく。

 切り替えが追い付かず、まるで反応が出来ないシュン。只今の自分の美貌に全く自覚が無い

美菜は、これを当たり前のように勘違いをした。

「あら〜〜??奇跡を起こしちゃった私に拍子ぬけしちゃったかな〜〜??これってもしかして私の逆転勝利じゃない??あ、でも恵、いないもんなあ〜〜……」

 半分ハズレで半分正解。意図せずだが恵との勝負に勝ったのは間違いない、理由はどうあれでも。

 この回もそろそろ終わり、オチはトイレの向こうから放たれた。

「私はAじゃなくてBだっつーーーのぉっ!!!!!!」

 この怒号の後、悲鳴めいた叫びが聞こえた。

「あ、啓次……ご愁傷様……」

 美菜はトイレへ合掌、シュンも目を覚ます。

「……ん、今の啓次の声か???」

 今日の彼に生きて帰れる保証は無い、と同じような体験をした事があるシュンはそう思ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ