西の都サイキョー
俺はいまグレズリーとルカを連れて、西の大陸最大の都サイキョーと呼ばれるところに来ている。
といっても、ここより大きな国が3つ程あるらしいが魔族が侵攻している中でというわけらしい。
イメージ的に西といえば砂漠のイメージだったが、ここはどっちかっていうとヨーロッパ的な感じかな。
といっても近代的なものがあるわけでもなく、石畳やレンガ造りの家や建物が立ち並んでいる。
街の中心には大きな城があり、ここを納めるのは鬼族であり西の四天王であるオウガの妹のオウキと呼ばれる魔族らしい。
「さてと…相変わらずここも魔族がえばってんなー」
周囲を見渡すと、道の真ん中を歩いているのは魔族ばかりで、人間は道のへりを歩いている。
今回はグレズリーを連れているため、俺も一応魔族形態で街に来ている。
ルカは人間だが俺達と居れば問題無いだろう。
「それにしても、あの町に居た時は自分がこんな遠くの国にくるなんて思いませんでした」
これはルカの言葉だ。
今回、いつも働きづめのルカの為に子供達は荒神に任せて、観光も兼ねてルカを連れて来た。
「それを言うなら、熊人族のわしが空に居を構えるなんていうのも想定外じゃ」
田中城が空中に移転してことで、配下の魔族もルカ達も大層驚いていたが、慣れるとそれなりに楽しい様子で意味も無く大広間に集まっては周囲の景色を眺めていた。
その田中城だが、今はこの大陸の端に面した海の上で光学迷彩と認識阻害の結界を張って浮遊させている。
万が一鳥や空を飛ぶ魔族が接近してきたところで、城の端と端を大規模な転移門で繋いでいるからちょっと違和感を感じるだろうがぶつかることはない。
「そうですね…もう、田中様と一緒にいるとたいていの事では驚かない気がします」
ルカが遠い目をしているが、まあすでにこの状況にも慣れ始めているようだし、そのうち何が起こっても本当に驚かなくなるだろう。
とはいえ、いつまでも田中城の話をしていてもしょうがない。
折角の異国の地だ。
目いっぱい楽しまないとな。
「うんうん、まあ俺の城の事はそのくらいにして、今日は観光を目いっぱい楽しもうじゃないか」
俺がそう言って二人を引き連れて、町の中を歩いているとやはり目につくのはわたしのグループ関連のお店だ。
とはいえ折角の新大陸だ、チェーンのお店ばかり見ていてもしょうがないだろう。
「とりあえず、ここの名産品らしい魚料理を食べにいこうぜ」
「おお、魚ですか!それは良いですな!」
俺の言葉にグレズリーが嬉しそうに答えてくるが、ルカは微妙な顔だ。
「うーん、田中様が作られる料理より美味しいものが食べられますかね?」
確かにそれは一理ある。
だが、この地で捕れたものを一番美味しく調理できるのはこの国の人だろうしな。
それに、こういのうは雰囲気も大事だしな。
「ちょっとそこの露店に売ってる焼き魚買って食べてみようぜ」
俺が向かった先では、若い兄ちゃんが秋刀魚に似た魚を串焼きにしているところだった。
うんうん、焼くだけならはずれる事も無いだろうし、味付けも塩だけみたいだし大丈夫だろ。
「はい、いらっしゃい。こちらはサイキョー名物フォールスフィッシュの丸焼きです。おひとついかがですか?」
「うん、3本貰うよ!おい、グレズリーにルカもこっちに来いよ」
俺が二人に声を掛けると二人が慌てて駆け寄って来る。
「おお、珍しいですね。そちらの人間にもお買い上げですか?」
うん?うーん…
人が人を人間呼ばわりというのもいかがなものかと思いながらも、取りあえず頷く。
「ああ、2人とも俺の大事な家族だからな」
その言葉に、兄さんが驚いた表情を浮かべる。
その後で、嬉しそうに笑顔になる。
「そうですか…人間を家族と呼んでいただける魔族の方がいらしゃったとは…代金は二本分で結構ですよ。魔族様のやさしさに是非、貴方の分は奢らせてください」
「そうか?悪いな」
お兄さんが嬉しそうに秋刀魚の塩焼きを3本包んでくれる。
代金は二本分で中央銅貨4枚(400円)らしい。
安いっちゃあ安いかな?
「じゃあ、折角奢ってもらったんだから良く味わって食べないとな」
「ははは、本当に気さくな方ですね。ここに来られる魔族の方も比較的温厚な方が多いですが、貴方様のような方は初めてです」
「それを言ったら、俺もお兄さんみたいな丁寧な口調の屋台の店主も初めてだがな」
俺がそう言うと兄ちゃんが声をあげて笑う。
「いえ、失礼があったらここじゃ商売なんてできませんから」
「苦労するな。いつか人も魔族も関係なく暮らせる日が来るといいな」
「私もそれを心から願ってます」
そんなやり取りをして、お店を後にする。
2人にも串を手渡してやると、早速口に運ぶ。
「美味いな」
「そうですね。田中様の料理の方が美味しいのですが、不思議とこうやって歩きながら食べるとこの素朴な味も悪くないと思えます」
「うむ、わしもこれはこれで好きじゃぞ」
2人も美味しそうに食べている様子が見れて良かった。
それにしても綺麗な町だな。
どこぞの国みたいに、変なモニュメントのついた建物があるわけでもなく、調和のとれた綺麗な街並みだ。
一カ所ほど、焼け焦げた建物が目に入ったがどうやら、この地の聖教会的な宗教建造物だったのだろう。
見るも無残に破壊されているな。
まあ、別にいいけどさ。
それから町の人に話しかけて、色々な観光名所を見て回る。
といっても魚市場や、青果市場といった市場関係が多かったが流石は港町。
海の物だけじゃなく他の大陸から仕入れた珍しい食材も豊富に置いてあって、見ているだけで時間があっという間に過ぎていく。
出来ればオウキという、鬼族の女性にも会ってみたい…というかスカウトしたいのだが、いきなり行っても会える訳も無いしな。
なんて事を思っていると、急に道の脇を歩いていた人間達が立ち止まって跪く。
道の先から偉そうにお腹を揺らしながら歩いてくる魔族が原因のようだ。
例にもらさず豚の魔族か…
「んん?そこの魔族よ!お主は流れの魔族か?」
俺の目の前まで来た豚が、何やら話しかけてくる。
「ええ、私はカナタと申します。こちらは熊人族のグレーと、人族のルカと言います」
一応相手の立場が分からないから、下手に出ておくか。
といっても、一万メートル上空から見下しても、視界に入らない程度の雑魚だ。
特に気にすることも無い。
「ふんっ、人間連れとは物珍しい事をする奴もおるのだな。ワシはこの地の領主オウキ様の側近にして、財務大臣を務めるポークだ。本来なら脇に避けて頭を下げない時点で、不敬罪に処すところだが余所者なら仕方あるまい」
うん、豚の中じゃあマシな方だな。
「それは知らぬ事とはいえ、無礼を」
「いや、構わぬよ。外から来る魔族は大歓迎じゃからのう。ワシもあまり他の地の事は知らぬ故に、他所に行けばお主と同じようにその地の代表に無礼を働く事もあろうて。それにしても人を連れて歩く魔族も居るとは…世界は広いのう。姫様への良い土産話も出来たし、存分にこの地を楽しんでくれたまえ」
うん、前言撤回。
今までの豚と比べるのも失礼なくらいに、良くできた豚だ。
一応、道を譲って頭を下げる。
「寛大な処置感謝致します。それにしてもこの地は良い町ですね」
「うむうむ、人間共のネットワークという奴のお陰でほかの大陸の物も手に入るし、ここは恵まれておる。そうじゃ、ここに来たばかりなら知らぬかもしれぬが、その路地を入った所に美味い創作料理の店があるから是非行ってみるが良い。どうもワシはわたしのグループとかいう連中が好かんでな。地元の長く続く店の方が好きじゃから、珍しいものが食べたければお勧めじゃ。それでは良い旅を」
そう言って、豚が部下を引き連れて目の前を通り過ぎていく。
うんうん、シャッキと言い結構話が分かる魔族も居るもんだな。
といっても、もはやほぼ魔族がこの世界を制圧しているが故の余裕というものかもしれないな。
「だってさ。良い情報を聞いたな」
「ポーク殿か…豚人族にしては珍しく、豊富な知識と儀を兼ね備えた優秀な御仁との噂は聞いた事があったが、それ以上の方かもな…惜しむべくは種族がのう」
確かにこの世界の豚人族は碌な奴が居なかったからな。
確かに、他の種族ならもうちょっと見る目が違ったかもしれないな。
「私からしたら、田中様も、グレズリー様も、シャッキ様同様、少し変わった魔族としか思えませんけどね」
ルカにバッサリと斬って捨てられたが、そうだな。
この世界で良識のある魔族というのは、総じて変わり者という扱いになるだろうな。
「まあ、その変わり者が集まって世界を動かせばきっと、より良い世界が出来ると思わないか?」
「はい!私はその変わり者の魔族様方の方が下手な人間の権力者よりも遥かに尊敬出来ると考えてます」
これは正直な感想だろうな。
それにしても、なんでポークがあんなに立派なのに、他の魔族は偉そうにしてんだろうな。
街のあちらこちらで、いろんな種族の魔族が人間を小突いたり、デカい態度で歩いているのを見るとあまり良い気がしない。
それに相変わらずこの国にも孤児は多いらしく、汚れた服を着た子供達が何やら物を売って居たり、靴を磨いたりしている。
その子供達を悲しそうに見ているルカを見ると、なんとかしてやりたくはなるが…
なんて事を思っていたら、いつの間にか消えたグレズリーがどっさりと得たいのしれない物を抱えて戻って来る。
「どうしたんだ、そんなにいっぱいガラクタを買い込んで」
「う…うーむ、子供達がどうしても買ってくれというからのう…ついつい」
良く見ると、麻で編んだ手作りの腕輪や、不細工な木彫りの人形など本当にガラクタばっかりだ。
子供達が一生懸命見よう見まねで作ったものばかりだろうが、まったくもって商品としての魅力は無い。
とはいえ、子供好きのグレズリーからすれば、小遣いをあげる感覚で買ってきたのだろうな。
「ふふ、グレズリー様は本当にお優しいですね。でも、それはいくらなんでも酷いですね」
「うーむ、ルカまでそう思うか。まあ、それであの子らがちゃんとしたものが食べられるなら、そっちの方がワシにとって生きたお金になるから構わぬが」
本当に、心優しい奴だな。
取りあえず、この地の子供達も是非とも城に招待してやりたいところだが、いくらなんでも子供だけってのもな。
「オラッ!人間のクソガキが近寄ってくんな!」
なんてことを思っていると、遠くから耳障りな声が聞こえる。
見るとリザードマンの男が、子供を蹴り飛ばしているところだった。
横でビクッとルカが怯えるのが分かるが、それ以上に怒りのオーラを反対側から感じる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。熊の魔族様が褒めてくれたから、買って貰えるかと思って」
「あーん?なんでこんなガラクタに金払わねーといけねーんだよ?」
「ハハハ、ちげーねー!こんなもん、こうした方がよっぽど役に立つんじゃねーか?」
そう言って一緒に居た別のリザードマンが、男の子の持っていた手彫りの木の人形に火を付ける。
それからその人形を男の子の前にポイッと投げ捨てる。
「良かったな。これで暫くはあったかい思いが出来るじゃねーか」
「懐に入れたらいいんじゃねーか?懐があったかくなって」
そう言って大笑いしながら、男の子をもう一度蹴り飛ばして歩き始める。
うん、ちょっと痛い目に合わしてやるかな…なんて事を思っていたら、2人のリザードマンの前にグレズリーが立ち塞がる。
早いな…
「お主ら…今、何をした?」
「あん?熊のおっさんがなんか用か?」
「ぷくく、こいつ俺らがオウキ様の衛兵だって知らねーんじゃねーか?」
2人がグレズリーを小ばかにしたように笑うと、グレズリーを思いっきり押しのけようと手で押す。
が、グレズリーはビクともしない。
うんうん、流石は熊人族…その膂力は伊達じゃないな。
「とっとと謝らんかい!」
グレズリーがそう言って手を振ると、2人が思いっきり吹っ飛ばされる。
「わしが褒めた人形を燃やすとは良い度胸じゃの」
「くっ!何をしやがる!」
「貴様、誰に手をあげたか分かってるのか?俺らはオウキ様の部下だぞ!」
2人が喚いているが、四天王の妹の部下だろ?
グレズリーはシャッキの…四天王の部下だからな。
どっちかというと、グレズリーの方が立場が上なんじゃ。
まあ、いっか…
「俺の部下が何か失礼でもしたか?」
そう言って二人の背後に立つと、威圧と覇気を込めて魔力を当てる。
目の前の魔族が振り返る事も無く震え始めるが、ちょっと俺もムカついたからな。
少し怖い目にあってもらうか。
俺は魔力を刃のように研ぎ澄まし、2人の首筋に纏わせる。
「おい、無視をするな」
俺の言葉に対して、2人が全く反応を示さない。
「おい…絶対に振り返るなよ…振り返ったら殺される」
「ああ、この魔力…オウキ様どころか、オウガ様ですら霞んで見える…」
うん、意地でも振り向かないつもりか。
じゃあ、もうちょっといっとくか。
2人の首筋に充てた魔力をさらに圧縮して、実際に鋭い鎌を首に当てられてるいるような感覚を味わってもらおう。
「その、申し訳ありませんでした…将軍様の部下の方とは存じ上げずに」
「おい!何を言い出すんだ!」
「馬鹿!たぶん俺達の後ろに居る方は魔人族だ!さらにこれだけの魔力を持つとなったら将軍様本人か、その直轄の方くらいしかありえないだろ!」
うんうん、全然的外れな上に小声で話してるつもりなのだろうが、こんなに近かったら内緒話にもなってないからな。
まあいいや、もうひと押しいっとこう。
一気に魔力で首を撫で切ると、即座に回復魔法でその傷口を塞ぐ。
「ひいっ!」
「すいません!すいません!すいません!」
2人が凄い勢いでグレズリーに頭を下げる。
そりゃそうだろうな、一度殺した訳だしこれ以上ないくらいのお仕置きにはなっただろう。
「もうええわい、とっととわしの目の前からその目ざわりな姿を消せ!」
グレズリーに怒鳴られて二人が、ペコペコしながら走り去っていく。
情けない連中だ。
「タナカ様有難うございます。もう少し遅ければわしが殺してしまうところでしたわい」
ああそうだろうな…
本当に殺しでもしたら、大騒動で観光どころじゃなくなるしな。
「少年大丈夫か?」
それからグレズリーが、先ほどの男の子を助け起こす。
うん、結構ヤバいんじゃないか?
口からヒューヒューと息が漏れる音がするが、これ肋骨折れてるよな?
そりゃそうか…どう見ても10歳くらいの男の子がリザードマンに蹴られたんだ。
タダで済む訳が無いか。
「あの、ヒョウを返してもらえませんか?」
グレズリーが慌てて俺の方を見ると同時に、か細い女の子の声が聞こえてくる。
どうやら、ヒョウと呼ばれた男の子の連れだろうか?
まあ、返すのは構わないがこのままだと、この子死ぬだろうな…
「ああ、それは構わないがすぐに治療しないと、この子死ぬぞ?」
俺がそう言って女の子の話しかけると、女の子がこっちをキッと睨み付けてくる。
「ええ、そうでしょうね…でもこれはこの子が軽率な行動を取った結果ですから仕方無いでしょう。とはいえ、このまま死なせるのは可愛そうなので、一番なついていた私の腕の中で眠らせてあげたいのです」
それから一気に捲し立てていく。
ああ、まあこの状況でこの子を救うだけのお金があるわけないか。
それに、魔族を相手にしたんだ…
大人が助けてくれると考える程、楽天的でもないところを見るとこの国じゃ良くある事なんだろうな。
とはいえ、俺の目の前でそんな事は許しませんけどね。
「うーん、俺なら助けられるけど?」
「うむ、わしからもお願いする。タナカ様、この子を助けてはくれぬか?」
「田中様、私もお願いします」
何故か、話しかけてきた子じゃなくて目の前の二人に懇願されるという意味の分からない状況だけど、もともと俺もそのつもりだしね。
「うん、俺の部下がこう言ってるから助けるのは吝かじゃないんだけど?勿論対価を求めるような事はしないから、治療しても?」
「えっ?」
俺の言葉に、さっきまで全てを諦めた子供らしからぬ達観した瞳をしていた少女が、ようやく人間らしい表情を浮かべる。
「まあ、いいや。いつまでもこんなちっちゃな子に辛い思いをさせる事の方が、俺にとっても辛いからとっとと治すわ。文句があるならその後で聞くわ」
そう言って一瞬で治療を施すと、男の子の呼吸が安定する。
「うそっ!貴方達は一体!」
その一部始終を見ていた少女が、大声で叫ぶ。
その声に反応して、あちらこちらから似たようなボロボロの恰好をした子供達が顔を出す。
うーん、一応子供同士助け合って生きてるのかな?
だったら、もしかしたらこの女の子と話を付けたら、人間の移住者が子供限定だけど割とたくさん来てくれるかも…
「うーん…魔族も人間も関係なく暮らせる世界を目指す、変わり者の魔族かな?」
そう言って、出来るだけ優しい声と口調、そして笑顔で話しかけてみる。
新大陸突入しました。
ブクマ、評価、感想頂けると幸せです。