魔獣襲来
日常回?
「大佐ー!遊ぼう!」
「あっ!ユミズルい!今日は僕が大佐に格闘を教えてもらう日なのに!」
本殿の外で斧で木を切っているグレズリーを見つけたユミが駆け寄っていく。
その後ろをシュウが追いかける。
走り寄って来る二人を見て、グレズリーが目を細める。
それから木を切るのをやめる。
別にタナカ城に薪が必要だから切っていた訳では無い。
タガヤサン…漢字で書くと鉄刀木と呼ばれる固い材木を刃の厚い斧で切って修練をしていただけだ。
「おお、良く来たのう!そうじゃのう、今日はシュウとの約束が先じゃったからのう」
「遊んでくれないの?」
グレズリーの言葉に、ユミが悲しそうに上目遣いで見つめる。
その目つきはグレズリーのとっては破壊力抜群である。
これまた別に、グレズリーがロリコンな訳では無い。
単純に無類の…文字通り種族関係なく子供好きのグレズリーの胸に刺さる物がある。
かといって、シュウの約束を違える訳にもいかない…
幼子とはいえ、男同士の約束は絶対だ。
あっちを立てれば、こっちが立たずとは良くいったものだ。
そんな事を考えながらグレズリーが溜息を吐く。
―――――――――
結論…二人に格闘を教える事にした。
そもそもからして、1人でやるより近いレベルのものが2人居た方が修練は捗るといったものだ。
「じゃあ、構えて!まずはこの藁を巻いた木を100回殴るのじゃ!」
その言葉を受けて二人が巻き藁を殴り始める。
といっても、2人が殴る物はかなり厚めに巻いてあり、それでいて2人にはナックルガードまで手渡している。
ここの敷地内に居れば、困った事があればどこから声を掛けても田中が駆けつけてくれる。
2人の板挟みで困ったグレズリーの悲痛な思いに応えて、不意に転移で現れる田中。
どっからどうみても、便利な神様状態である…元魔王で自称魔帝だが。
田中の提案で2人とも訓練をするという事で落ち着いた。
実はユミも武術に興味があったらしいが、自分がまだ幼いという事と女の子という事で遠慮をしていたらしい。
田中の作り出したナックルガードは、重力操作の魔法が掛けられていてその重さを自在に変化することが出来る。
なので、シュウのナックルガードの方が今はちょっと重い状態だ。
「はあ、はあ、終わりました!」
「終わったよー!」
「こらっ!いまは師匠なんだから、そんな言葉使っちゃダメだろ!」
「はーい!師匠、終わりました!」
わしはいま猛烈に感動している!とはグレズリーの心の言葉だ。
初めての素直な弟子が2人も!
しかも子供だ…将来が楽しみでしょうがない。
元々魔族は魔力と体躯の成長に伴って、修練などという行為をあまりしなくなる。
別に筋トレしなくても、肉体強化掛けたらいいじゃん?っていうのは、筋肉の付きにくいミイラの魔族の言葉だ。
まあ、確かにそうなのだが、グレズリーは自分の肉体を鍛えぬいてこそ魔力が生きると何度も周りに説いていた。
彼の部下も仕方なしにやってはいたが、いつも冷めた目でグレズリーを眺めていた。
勿論、強者となった魔族の中にはこういった訓練をするものは少なくはない。
むしろ多いくらいだが、そういった魔族に限って元々の魔力量も頭一つ秀でている事も多いのがまた事実。
それ故に中途半端な魔力を持って生まれた魔族は、どうせ元が違うし…なんて事を考えてひたすら魔力を上手く使う事に訓練の中心を置く。
嘆かわしい事だ。
「はあ、はあ、終わりましたー!」
「終わりましたー!」
その後、巻き藁に蹴りを100回叩きこんだところで、シュウがその場にへたり込んでいた。
横でユミは息を切らさずに平然と立っている。
まあ、負荷の差もあるが、身の入れ方もあるのかもな。
事実、シュウは荒神殿の修行を受けているだけあって、体捌きが一端の武芸者と呼ぶに相応しいものになっている。
フォームを意識し、ゆっくりと丁寧な動作で確実に目標に寸分の狂いも無く攻撃を繰り出すシュウにそら恐ろしいものを感じつつも、それ以上に大人になったシュウの姿を期待せずにはいられない。
「おっ、やってるなー!」
そこに田中が転移でやってくる。
手にはこれまた美味しそうな色をした、果汁のジュースをお盆に乗せてもっている。
うむ、これでこの城の使用人じゃなく、主で元魔王だというのだから人というのは分からんものだ。
「おお、タナカ殿!おっしゃって下さればこちらから取りに伺ったのに」
「いいよ、どうせ俺暇だし」
タナカ殿がそう言って飲み物を皆に配る。
ふむ、濃厚な甘みの中にちょっとした酸味を感じる上等なグレープジュースだ。
あっという間に喉を通って、胃の中に入っていく。
「それで、2人はどうだ?」
「ええ、シュウは凄いですな!流石荒神様の教えを受けているだけのことはある」
わしの素直な感想に、タナカ殿が笑顔で頷く。
「まあ、子供の吸収力ってのは侮れないもんがあるからな」
「しかし、あれは異常ですぞ?すでに大人と戦っても一般人程度なら勝てると思います」
「そんなにか?それは素晴らしいな。いつかはカインの下に付けて、勇者としての修行を受けさせるのもいいかもな」
そんなやり取りをしていると、わしの毛を引っ張るものが居る。
ふと下を見やると、ユミがこっちを見上げている。
「シュウだけ?私は?」
「うむ、ユミも素晴らしい体力を持って居る。これだけ動いても息を切らさぬのは凄く良い事じゃ」
「まあ、そうだろうな…ユミはシュウが荒神と修行する日は、いっつも辰子と森を駆け回っているからな。
自然と体力もつくってもんだ」
俺の言葉に、グレズリーが納得のいった表情で大きく頷く。
その時突如上空に転移の門が開かれる気配がする。
「タナカ殿!」
「ああ、安心しろ。大丈夫だ」
マヨヒガからキーンという警戒音を思わせる家鳴りが響き渡る。
直後俺の張った結界に、強烈な衝撃が起こる。
「何事ですか!」
「敵襲ですかね?」
「どうしたってんだいったい」
そこに、カイザルとネネとブルータスが慌てて駆け寄って来る。
その後ろにはバニーとシャッキも追いかけてきているのが見える。
なんか、この2人最近良い感じなんだよな。
まあ、別に恋愛禁止って訳じゃないから良いけどさ。
さらに、他の面々も集まって来るなかついにバリバリバリとい音が響き渡って結界に罅が入ると、そこから大きな腕が現れて、一気に結界を押し広げる。
「くっ、なんだこの魔力は!」
「ありえないですわ、タナカ様の結界が破られるなんて」
「うーん、正直この世界の魔族幹部の誰とも一致せん魔力やね…」
犬男とフォックスが驚愕の表情を浮かべているが、シャッキはその魔力の主に対して小首を傾げている。
「アホみたいに巨大な魔力と、そこそこ大きな魔力を感じるのう…小さい方は神気も少なからず感じるがもしかして、勇者か?」
グレズリーがシュウとユミをその背中に隠して上空を睨み付けている。
そしてとうとう、腕の主が姿を現して一気に庭に堕ちてくる。
ズドーンという強烈な衝撃音とともに周囲に砂煙が上がる。
徐々に露わになるその体躯の陰に、田中城の魔族に緊張が走る。
ちょっと遅れて荒神と辰子が、転移で俺の横に現れるとワクワクした表情を浮かべている。
「皆さん落ち着いてください。女性陣の方はそろそろ食事の準備を始めますよ」
最近うちの女性魔族達は、荒神の料理教室の講座を受けている。
俺が知っている料理の知識を、荒神に直接記憶として埋め込み、それを元に料理教室を開かせた。
というのも、バニーとフォックス、ネネから料理を覚えたいと懇願されての事だった。
ちなみにボクッコは作るより、食べる方に興味があるらしく、教わる気はさらさらないらしい。
どんなに頑張っても、田中様の料理を越えるものは作れない…ならば他の技術を磨くといって自主トレに励んでいるようだ。
っと、ボクッコの姿が見当たらないが…ああ、家でマヨヒガに楽しそうに話を聞いているのか。
新参魔族の中で、最初にマヨヒガと意思疎通が出来るようになったのはやっぱりこの娘だったか。
「荒神殿、何を呑気な!」
「くっ、くるのね!」
その時、大きな影がユラリと立ち上がると、一瞬腰を溜める動作をする。
それから地面が爆ぜたかと思うと、凄い勢いで巨大な塊がこっちに突進してくる。
「くっ!タナカはんを守るんや!」
「これはただものじゃねーぞ!」
「無理無理無理無理!無理なのですね!」
「うるせー、お前も障壁をはれ!」
カイザルが逃げようとするのを、犬男が掴んで逃がさまいとする。
グレズリーがシュウとユミの前に出て足を大きく踏み鳴らす。
足が膝まで地面に埋まった状態で、両手を交差させ最大限の魔力強化を腕と足に施している
次の瞬間グレズリー以外の4人が一斉に吹っ飛ばされる。
「馬鹿な!」
「タナカはん!」
どうにか受け身をとった、ブルータスとシャッキが急いでこっちに来ようとするのを左手で制すると、俺は右手を俺に向かってくる何かに向けて構える。
「タッナッカッさまーーーーーーーーー!」
次の瞬間、俺の右手と巨体がぶつかり合ってすざましい衝撃波が周囲を襲う。
その衝撃波によって周囲の砂煙が晴れていき、その巨体が正体を現す。
「なっベヒモス!」
「しかも、なんだこのバカげたサイズは!」
「ベヒモスグレート…いや、これはキングなのですか?」
そこに現れたのは、巨大な捻じれた角を生やした黒々とした、鬣のある牛だった。
「久しいなモー太」
「チビコも居るよ!」
そしてその頭の上で、角をしっかりと握っていたのはなんとチビコだった。
おいおい、チビコを連れて結界を破るとか無理しすぎだろ。
下手したら、その余波でチビコが粉々…に?えっ?なにこの魔力…
よくよく観察してみると、チビコの内包魔力が以前とは比べ物にならないほどになっている。
しかも、神気まで纏っている。
「チビコは、北条さんとスッピンさんのお陰で2人の神気が使えるようになりましたー!」
なんだってー!
いや、馬鹿な…魔力に加えて2種類の神気とか、もはや勇者どころの騒ぎじゃねーな。
気のせいか、モー太の魔力も俺に仕えていた時と同等程度まで戻っている。
一体北の世界で何が起こっているというんだ?
「お…お知り合いですか?」
そこにオズオズとグレズリーが近付いて来て、声を掛けてくる。
「ああ、元部下だ…詳しい話を聞く必要がありそうだが…」
長くなりそうなので一旦切りました。
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