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田中城の常識は世界の非常識

「一体なんだというのだ…」


 グレズリーは自分の置かれた状況に、全く理解が追い付いて居なかった。

 それは横に居る、ホークも一緒だった。

 2人が案内されたのは、田中城大浴場。

 そもそも、2人同時に案内された時点で何かがおかしいと感じていた。

 彼らの想像するお風呂というのは、精々が大人の人間一人が横になれば手狭なサイズの湯船しかイメージ出来て居なかった。

 それに、蛇口を捻ると管を通して穴の開いた丸い物体から雨のように水が降って来る装置も見た事が無い。

 湯船からお湯を掬うか、お湯を溜めた桶から掬うかのどちらかだ。


「これが…お風呂だと?」


 ホークは荒神に案内されるがままに浴場に足を進め、シャワーで全身を洗い、掛け湯をした後に大風呂にその身を沈める。

 タオルは水には付けてはいけないと言われ、頭の上に置いている。

 横にいるグレズリーは、中々にその姿が様になっているように見える。


「ここは、単純温泉で自律神経に働きかけ、精神をリラックスさせる効果があります」

「自律神経?」


 聞きなれない言葉だが、さも当然のように説明する荒神に確認をしておく。

 グレズリーはすでにこの温泉の虜になっているようで、目を細めて肩までしっかりと浸かっている。

 熊が温泉が好きだというのは、元の世界でも比較的認知されている。


「まあ、人の感情を司る神経とでも言うのですかね。それとここには、他にも塩化物泉や、炭酸水素塩泉、硫黄泉など様々な泉質の温泉を取り揃えております。あとは、電気風呂やジェットバスなんかもお勧めですよ」


 完全に荒神の言葉が一つも理解出来なかった。

 かろうじて聞き取れた電気風呂なんてのは、想像しただけで恐ろしい。

 水に電気を流したらどうなるかなんて、子供でも知っている。

 想像しただけで身震いがする。

 それにジェットバスというのも、響きからして不穏だ。

 お湯がジェットのように吹き付けてくるのだろう…水系上位魔法とどう違うのだろうか?

 お風呂に攻撃的なものは求めていない。


「ふぉぉぉお!このジェットバスというのは凄いのう!身体の凝りがほぐれていくようじゃ!」


 なんてことを思っていたら、いつのまにか隣の少し小さめの浴槽に移ったグレズリーが、ジェットバスに充てられて興奮している。


「おい!ホーク大佐!いや、ここじゃホーク殿か?お主もこっちに来てみよ!これは素晴らしいぞ」


 その様子を荒神が満足げな様子で眺めている。


「でしょう?ここは、田中様が特に拘り抜いて作り上げたお風呂ですからね。ここに勝る風呂はこの世界中どこを探してもありませんよ」

「確かに!タナカ殿は天才か!」


 ブクブクブク…


 ホークは頭が痛くなる思いで、思わずお湯の中に沈んでいく。

 こんな奴と同類と思われたくない、こんな事で忠誠を勝ち取れると思うなと今一度自分に戒めを課すと、

 風呂から上がろうとする。

 がすぐに、グレズリーに捕まる。


「おい!次はあっちの滝の湯とかいうのにいくぞ!その次は電気風呂じゃ!」

「ちょっ!グレズリー殿、ここは危険だ!こんなところに居たら、堕落してしまう」


 その言葉に一瞬グレズリーがキョトンとしたあと、ガッハッハッハ!と豪快に笑う。


「何を言うておるのじゃお主は!ここは実に良い所じゃ!見る見るうちに体が軽くなって行くぞ!これなら、いくらでも働ける!堕落とは無縁の場所じゃ!良いからお主も来い!」

「おいっ!ちょっと、放して!俺はもう良いんだって!」


 そんな二人の様子を眺めながら荒神がクスリと笑うと、一人サウナへと向かう。

 荒神のお気に入りはサウナだ。

 変温動物ならではの性なのか、ただのおっさんなのかは分からないが、自分で体温を調整できない爬虫類にとって数秒程度ならサウナに入るのも悪くは無いかもしれない。

 だが、長時間ともなれば生命の危機に関る問題だ。

 そもそも温泉に浸かる事自体が自殺行為に等しいのだが…そこは田中の趣味だろう。

 温泉に入る蛇が居てもいいじゃないかと…


 ―――――――――

「なあグレズリー殿…私はなんであんなに人間を蔑んで居たのだろうな…」

「ああそうじゃのう、ホーク殿…こうやって人間とも一緒にこのお風呂に入れば、仲良くすることが出来る気がしてくるのう」


 2人は露天風呂に浸かって、今は少し日が傾きかけた空を眺めている。


「おお、一番星が輝いておる…この地上に生きる全てのものに等しく、夜の訪れを告げる星じゃ」

「ああ、あの星からすれば、魔族も人も…いや虫けらすらも同じにしか見えないのだろうな。星か…こうして星を眺めるのはいつぶりだろう…」


 気が付けば一通りの風呂に浸かって、最後に露天で半身浴を嗜むほどにドップリとはまってしまっている二人。

 火照った上半身を冷ましながらも、下半身をしっかりと湯冷めしないように湯に沈め、体の芯から温めていく。


「さあさあお二人さん、そろそろ田中様が宴の準備を終えられますよ!料理が冷める前に宴会場に向かいましょうか」


 荒神に言われホークがハッと我に返る。

 それから頭を抱えて、湯船に沈んでいく。

 俺はもうダメになってしまった…


 例え中野様が、タナカ殿を滅ぼしに来たとしてもこの温泉の為に粉骨砕身の思いで反抗してしまう姿が頭に思い浮かぶ。

 恐るべしタナカ殿…


 そら恐ろしいものを感じながらも、横で無邪気に鼻歌を歌いながら湯船から上がるグレズリーを見て、それでもいいやと思ってしまった。

 ホークの苦悩はそう長くは続かないかもしれない。

 具体的には宴の後には、そんな悩みは消え失せてしまうだろう。


 ―――――――――

 一方女湯でも


「肌がスベスベ」

「そうね、フォックスは元々艶のある肌をしてたけど、より一層きめ細かさが増しているわ」

「あら、そういうラビットだって、白磁のようなその肌にこの乳白色のお湯が絡み合って、とっても艶めかしいわよ」


 全く逡巡することなく、この温泉の素晴らしさを堪能していた。


「そろそろ宴…タナカ様の料理を冷ますのは極刑に値する」


 そんな二人に案内係のネネが声を掛けると


『はーい♪』


 2人揃って上機嫌に返事をして、湯船から上がる。

 長い髪を滴り落ちるお湯が、より一層妖艶さを演出しているが、残念ながら見せる相手はここにはボクッコしかいない。

 ボクッコが二人の胸の辺りを見た後で、自分の胸を押さえて溜息を吐く。


「あらどうしたの?」

「なんでも無い」


 元々ぶっきらぼうな喋り方をするボクッコが、不機嫌になった事など露知らず二人は上機嫌で田中が用意した浴衣に着替える。


 フォックスは薄緑色の生地に濃い紫の葡萄をあしらった浴衣だ。

 バニーさんの方は、水色の浴衣に百合の花があしらってある。

 2人ともよく似合っている。

 それに引き換え自分は…

 ボクッコの浴衣は黄色に向日葵の花…なんとなく子供っぽく感じてしまう。

 今度、田中様に相談してみよう。

 そんな事を思いながら宴会場に向かう。


 そこには既に魔族の面々と、人間3人組が揃っており4人を待つだけの状態だった。


「さて、それではこれより懇親会を始めよう。長い挨拶は抜きだ!皆思う存分楽しんでくれ!」


 田中の声に、魔族達から大歓声が上がる。

 あまりの盛り上がりに4人が付いていけずにいたが、一口料理を食べてからはそれもすぐに納得してしまった。

 見たことも無い食べ物。

 口に運ぶのを憚られるような色や、形をしたものも少なくはない。

 だが、そういったものに限って香ばしく、素晴らしく甘美な味わいで一瞬で4人は桃源郷に旅立ってしまった。


 この瞬間、4人の魔族の忠誠心は100を振り切って120に到達している。

 この食事の恩だけで、命を捨てられるとはグレズリーの言葉だ。


「タナカ城最高じゃ!わしは、ここで働くために生かされたのじゃな!タナカ様バンザーイ!」


 酔っぱらってすでに支離滅裂な状態のグレズリーに対して、苦笑いしつつも楽し気な面々。


 それを見て、グレズリーはより一層楽しくなってくる。

 このタナカ城の宴会は、笑顔に溢れている。

 この殺伐とした中央世界において、一つの幸せの形を表している。

 一緒に食卓を囲み、楽しそうにしながらも積極的に酒を注いでまわる一人の少女。

 だが、決して嫌々ではなく同じ地に住むものとして、歩み寄ろうとしているその姿はとても健気で愛おしく感じられる。

 現に、他の魔族達も人間だからと蔑む様子も無く、返杯としてジュースを注いだり、自分の料理を分けたりと、心から受け入れているのが分かる。

 ユミと言ったか、小さな女の子はいつの間にか荒神殿の膝の上で、唐揚げなるものを頬張っている。

 その横でシュウが一生懸命、何やら荒神殿に質問をしている。

 タナカ殿の右腕でありながら、人間の子供に懐かれる蛇の魔族…

 他の国ではまず見られない光景だ。

 ただでさえ、蛇の魔族は冷血なるものが多い…

 羨ましい…わしもこのように受け入れてもらえるじゃろうか…


「子供に種族の貴賤無し」とは彼が、自分の母親から言われ続けて来た言葉だ。

 魔族が悪い訳でも、人が悪い訳でも無く、そのように育てて来た先達が悪いのだと。

 子供は等しく白であり、それを黒にするか、赤にするかは育てたもの次第だと。

 魔族も人も子供の頃から一緒に過ごせばきっと仲良くなれる。

 夢物語のような事を、本気で熱く語る母を彼は尊敬していた。


 母上…母上の目指した地がここにありますぞ。


 そっと上を見上げると、自分の腕を引っ張る者が居る。

 ふと目を向けると、ルカという先ほどから酒を注いでいる少女が心配そうにこっちを見上げていた。


「おい熊のおじさん!ここに居たらなんの心配もいらないんだよ?いきなり連れて来られて今は複雑な気持ちかもしれないがすぐに慣れるさ!大人は嫌な事は酒を飲んで忘れるんだろ?ほら飲んで飲んで」


 折角の楽しい宴を自分のせいで、こんな幼い子供に心配させてしまった事に申し訳なさを覚えつつも、熊人族である自分に対してなんの畏れも抱かずに、笑顔で酒を勧めてくる少女を見て、タナカ殿なら信じられるかもなと思い、盃を一気に飲み干して杯を差し出す。


「こんなベッピンさんに勧められちゃあ、断れねーな!有難うな」

「えへへ、お世辞は良いよ!」


 そう言って嬉しそうに酒を注ぐ少女の頭をクシャクシャっと撫でてやると、その盃を一気に飲み干す。


「おお、良い飲みっぷりだね!」

「ああ、こんな美味い酒は初めてだ!お嬢ちゃんの優しさと、タナカ殿の思いが詰まった良い酒じゃ!」


 そう言って、満面の笑みをルカに向けた。


 わしが、この笑顔を守るお役に立てたなら…きっと母上も喜んでくれますよね?







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(仮)邪神の左手 善神の右手
宜しくお願いしますm(__)m
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