元王の帰還
里帰り回です。
取りあえず拠点を作った事で落ち着いた俺は、4人の新たな配下に魔物の収集を依頼し北の世界の魔王城に転移で戻る。
といっても今は部外者なので、城下町の入り口に転移する。
フード付きのマントを羽織って、城下町へと向かって歩き出す。
「止まれ! 怪しいな……そのフードを取ってみろ」
早速衛兵に止められる。
おお、ちゃんと仕事してるじゃないか。
俺は少しだけフードをめくって顔を見せる。
お馴染みの老人形態だ。
「えっ? タナカ様? 大変失礼を致しました!」
俺の顔を確認した衛兵が2度見すると慌てて敬礼をする。
若干顔が引き攣っている。
「いや、今はもう魔王じゃないからそんな畏まらなくてもよい。それにこっそり来ておるからの。」
俺が手をあげて、それを制止するとホッとした表情を浮かべる。
まあ、ただの部外者で収まるつもりはないが取りあえず騒ぎにしたくないので、フードを目深に被る。
「すまんな、城に取り次いでもらえるか?」
「いや、タナカ様なら普通に入城されても、誰も何も言われないかと……いえ、むしろ皆さまも是非ともタナカ様にはお会いになりたいと思いますので」
衛兵が笑顔でそう答える。
それから再度敬礼をする。
「おかえりなさませタナカ様。我々は貴方様を歓迎致します」
それから大きな声で、再度挨拶をしてくる。
ちょっ! 声がデカいから!
なんて事を思っていたら、城から巨大な魔力を持った人物が凄い勢いで集まって来る。
「タナカさっっっっっっっっっっまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
思いっきりタックルを喰らって吹っ飛びそうになるのを、必死で堪える。
痛いよ……まあ、ダメージは無いけどさ。
「ああ、久しいなムカ子」
俺の胸に頭を押し付けてグリグリしてくる。
お前は犬か! いや百足だったな……そんな事を思っていると
「フギャッ!」
凄い勢いでムカ子が吹き飛ばされたかと思うと、今度はウロ子の蛇に締め付けられる。
「タナカ様! 待ってた! 迎えに来たの?」
「苦しいよ……いや、残念ながら今日は別件だ」
俺がそう言うと、締め付けていた蛇の力がフッと軽くなる……どころか、ウロ子が心底ガッカリしたかのように虚脱している。
「ちょっと、ウロ子さん何をなさるのかしら? 妾とタナカ様の再会を邪魔しないで頂けるかしら?」
「貴女は魔王の配下! 私はタナカ様の忠実なる僕! 立場を弁えて」
ウロ子の言葉を聞いたムカ子が、えっ? 聞いてませんよ! といった表情でこっちを見てくる。
それからヨロヨロと後ずさったかと思うと、オイオイ泣き始めた。
「妾は……妾はこんなにもタナカ様をお慕い申しておりますのに……何故に妾ではなくこんな蛇女なんかを配下に……」
「ムッ! それはちょっと聞き捨てならない」
2人がまさに喧嘩を始めようとしたその時、巨大な牛が二人を弾き飛ばす。
「タナカさまー! やっと、やっと戻られたモー! 助けてモー! 新しい魔王様は無茶苦茶だモー!」
モー太か……体はでかいが少しやつれていないか?
早速マイが色々とやらかしているみたいだな。
「どうしたとういのだ一体」
「そ……それが、タナカ様が連れていかれたステーキハウスが兄者の店だという事がバレてしまったモー! 最初は兄者を誘致しろとかいいだしたけど、兄者の長年の夢だったレストランを捨てさせることは出来ぬと申したら兄者のとこに修行に行かされて、今じゃ魔王城の料理長をやらされてるモー!」
うーん、中々に悪くない人選だと思うけどな。
こいつの豚料理や、豚加工の腕は確かだし……あれはオークじゃないよ?豚だよ?
「そ……そうか、それは大変だったな……」
「タナカ様、帰って来て欲しいモー!」
巨大な牛男が号泣しててもあまり可愛くは無いが、可哀想ではあるな。
そんな事を思っていると、真打が登場か……
「タナカ! 帰って来たな! 魔王になって進化した私の力受けて見ろ!」
いきなり転移で現れたかと思ったら、全力で雷を放ってきやがった。
俺がそれを片手で止めて握りつぶすと、マイが膝を折る。
「やっぱり無理だー!」
まあ、進化魔族マイ+キタの魔力程度で俺を越えようなんて100億年早いわ!
「という訳で、久しぶりに日本食食わせろ! から揚げに、ピザに、そばに、握りに、ラーメンに……食いたいもんが多すぎるから、1週間くらいは居るんだろ?」
「いや、すぐに戻るけど?」
次の瞬間マイが絶望的な表情を浮かべる。
それから瞳に涙を浮かべて抱き着いてくる。
「やだやだ! 行かないで!」
ここだけなら、結構感動的なシーンだよな……
とはいえ、こいつにはちょっと聞いとかないといけない事もあるし。
「タナカが行ったら、私の食事は誰が作るんだよー!」
うん、そうだよね? 貴女はいつも食べ物の心配しかしてないですよね?
そんな事を思っていたら、急に背筋が凍り付くような冷たい空気が辺りを包む。
「貴方達? まだ職務が残っているのでは?」
エリーだ……相変わらず実力は未知数だが、雰囲気だけはこの国でトップレベルの実力の持ち主だもんな。
「久しいな」
俺の言葉にエリーがフッと微笑みを浮かべて頭を下げる。
「ご無沙汰しております、元魔王様。後でお時間を作りますので、取りあえずそこの魔王様見習いを返して頂きますか?」
なんだろう……ハッとするような見惚れる笑顔なのにどうしても逆らえない雰囲気が漂っている。
ごめんなマイ、この状態のエリーにはいかに俺といえども逆らえないんだよ。
俺はマイの肩を掴んで引き離すと、そっとエリーの方に押し戻す。
そしてマイの肩にエリーが優しく手を添える。
「さあ、タナカ様がお戻りなって嬉しいのは分かりますが、まだ魔王学の座学が3時間程残ってますので戻りますわよ」
あったな、魔王学……俺は実力が規格外だったから自由に振る舞う事が出来たが、本来なら魔王としてのたしなみ的な物を学ばなければならないのだろう。
というか、たぶんマイだからだろうな。
普通は、魔王らしく振る舞えと言われればある程度はそれらしい事は出来るもんな。
「タナカ~……助けて……」
「無理」
俺は一言で切ってすてると、ほかの幹部の方に向き直る。
だが、それすらエリーは許してくれなかった。
「各々方も職務に戻って下さいね」
『ヒッ!』
凄く落ち着きのある綺麗な声で、諭すようにお願いするように言っているようで、その実は命令である。
他の幹部達も肩を落として城へと戻って行く。
「あっ、エリー。カインを貰ってくけど構わないか?」
「ええ、あの方は元々タナカ様のものですから」
マイと幹部の面々が恨めしがましくこっちを見てくるが、お前らを連れて行ったら誰がこの国を守るんだ?
まあ、ウロ子は俺の配下になっているが、取りあえずは現状この城でトップの実力を残している隠れた守護神だからな。
表向きは魔王の配下だし。
「有難う、奴はいまどこに?」
「たぶん、訓練場でスッピン様と鍛錬を行っているかと」
「分かった、先に行くわ。別に転移で城内に入っても構わないだろ?」
「ええ勿論。元とはいえ魔王様ですから」
エリーの許可さえ取っておけば誰からも文句を言われる事は無いだろう。
俺は転移で城の訓練場に移動する。
というのも、幹部共が騒ぎ出したせいで街の住人が集まり始めていたからだ。
「遅いですね……見てからじゃ避けられないでしょうに」
「おっと」
転移した瞬間に、俺の方に向かってカインが吹っ飛ばされて来る。
それを片手で掴んで受け止めると、ポイッと放り投げる。
「ぐえっ!」
思いっきり尻もちをついて変な声を出しているが、まあいつも通りで何よりだ。
俺の姿に気付いたスッピンが慌てて駆け寄って来る。
「あらタナカ様、すみませんお召し物は汚れておりませんか?」
カインではなく俺の服の心配をしてくるあたり、相変わらずカインはカインなのだろう。
それにしてもスッピンも見違えたな。
纏っているオーラがより神々しくなっている。
神気を纏ったアンデッドとか、冗談じゃないな。
「ははっ、儂は大丈夫じゃ。それよりも、お主だけは儂の庇護から抜けても大きく進歩しておるようじゃの」
スッピンが片膝を付き頭を下げる。
「これもタナカ様のお陰です。何故か先の脂肪の塊に天罰を与えて以来、聖女として列聖したことでヒルド教なるものが出来たようでして」
「そうか……もう、お主に関しては魔族なのか、アンデッドなのか、聖人なのか良く分からぬ事になっておるな。まあ息災で何よりじゃ」
「タナカ様も、魔王時代よりもスッキリされた顔をなされていますね。いかがですか?中野様の征伐は進んでおりますか?」
「ん?まあ、嫌がらせしながらも、楽しんでやっておるわい」
「さ……流石ですね」
俺で楽しそうに話すと、スッピンがキョトンとした後にクスリと笑う。
いつも通りのスッピンを見て俺も嬉しくて、笑みがこぼれる。
ひとしきり二人で笑うと、本題に入る。
「でじゃ、その嫌がらせに関係するのじゃが……人間サイドからも大魔王を苛めてやろうと思うてな……当初自分でやろうかとも思ったが、誤魔化すのが面倒になったので儂は中央世界で新たな魔王軍を作る事にした」
「えっ?」
「ん? 中央世界で新魔王軍を作る事にした」
「は……はぁ……相変わらず、意味の分からない事を」
「ふんっ、酷いな。嫌がらせじゃと言うておろうに、それでじゃ人間側の英雄としてカインを祭り上げようかと思うての」
俺の言葉にスッピンがようやく合点がいったのか、頷く。
木乃伊の表情から感情を読み取るのは、至極困難だったがなんとなく俺の意図をくみ取って貰えたようだ。
「全く意味が分かりませんが、タナカ様からすれば大魔王様を倒すこともただの暇潰しなのでしょうね」
残念、分かっていなかったようだ。
でも、大まかな内容は合っている。
最初は色々とムカついていたが、段々と怒りが収まって来るととことん嫌がらせをして、最後に地獄を見て貰おうという気になった。
怒りってのは結構エネルギーを使うらしくて、3日も怒りを持続させられる人は稀らしい。
「しかし、このような未熟者がお役に立ちますでしょうか?」
隣でピクピク痙攣しているカインを指さして、首を傾げる。
その点は問題無い。
スッピンや、ウロ子が規格外なだけであって、実際大魔王の100人衆を相手してみて、正直俺が統治していた頃の幹部一人で壊滅出来ると感じたからな。
魔改造を施したカイン一人で充分だ。
「こんな未熟者でも英雄になれるくらいに、大魔王の配下も大した事が無いという事だ」
「左様ですか……まあ、大恩あるタナカ様の為ならいくらでも連れて行ってやってください」
「ああ、そう言って貰えると助かる」
スッピンの許可も得た事だし、カインは連れて行っても大丈夫なようだ。
これで、ここに来た目的は達成したのだが、このまま帰ったらアイツが黙ってないだろうな。
下手したら、魔王の力を使って追っかけてきそうだし。
確か3時間くらいと言っていたから、久しぶりに城下町でも回って暇を潰すか。
「そうじゃな……折角じゃから皆に夕飯でも振る舞おうと思うておるから、それまで暇でのう。ちょっと城下町を見て歩こうと思うから、どうじゃ? 供をせぬか?」
「はい! カインももう限界みたいですし、私も時間が空きましたので是非……でしたら、チビコ殿もお誘いしたいのですが、宜しいですか?」
ああ、そうだな。
ここまで来てチビコに会わないというのも、可哀想だしな。
記念すべき、魔族理解者の第一人者でもある訳だし。
それに、ウララも喜ぶだろう。
「ああ、構わないぞ。じゃあ30分後に城の入口にて待ち合わせとするか」
「はい! 有難うございます」
スッピンを見送ると、カインの方をチラリと見る。
回復させてやっても良いが、なんか幸せそうな顔してるしこのままで良いか。
次回はスッピンとチビコとのデート回です。
百足やら、蛇やら、KYからグヌヌと聞こえてきそうですが、まったり日常回をお送り致します。
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