宴
進行回終わりです。
次回から、日常回です。
その日の夕方、ポツポツと人が広場に集まり始める。
村の中心の広場、魔族が埋められているところで宴は行われるらしい。
というか、人が集まれるような場所がここくらいしかないらしい。
会場の入り口に設置された箱に、村人が魔族の処遇を決めた用紙を投入している。
結果の発表は宴の終わりに行われるらしい。
「それでは、魔族の危機から救ってくれた英雄タナカ様に乾杯!」
村の代表の男性が大声で叫ぶと、全員で杯を高く掲げる。
注がれたのはビールだった。
この世界にもあったんだな……北の世界では生き血しか出して貰えなかったし。
とはいえ魔王時代もエリーに内緒でビールとかは作り出して飲んでいたが、この世界のものは初めて飲むな。
くっと口に入れる……ビールだな……だが温いし、苦いし……そして何よりも酸っぱい。
良く見るとビールの傍に果汁や蜂蜜などが用意されており、各々好みによって加えているようだ。
「これは変わった味だな……」
「そうですか? この世界ではオーソドックスな飲み物ですよ?」
俺が渋い顔をしていると、隣に座ったヒューイが話しかけてくる。
まあ日本の洗練されたビールを求めるのは酷だろうが、あまりにも掛け離れていてとても同じものとは思えない。
聞けばお湯を注いだ壺の中にパンを放り込んで、暫く放置するらしい。
数日で発酵してビールが出来上がるとの事だったが……たしかに原材料は小麦だけどさ。
これは飲めたもんじゃないな。
蜜を入れてどうにかといった感じだが、酷く苦く大人のカクテルのような味だ。
……でもさ、甘かろうが苦かろうが、ジュースみたいだろうが酒みたいだろうが酒を飲むのは大人だけだよね?
じゃあ、大人のカクテルってなんなのさ? って話だけどさ。
「タナカさーん、のんでる~?」
そこに木で出来たジョッキを片手にジュリアが近付いてくる。
めっちゃ酔っぱらってるな。
「タナカさんの魔法って~、ずるくないですか~? なんであんなになんでも出来るんですか~? てか、それで剣も拳も使えるってマジずくないですか~?」
顔をズイっと寄せて、文句を言ってくるがこいつ絡み酒か?
本当に面倒くさい奴だな……
俺は魔法で、ジュリアの体内からアルコールを全て消し去る。
「……いま、魔法使いましたね?」
途端に素面になったジュリアが、ジトっとこっちを見てくる。
使うよ、酔っ払いの相手何て面倒くさいだけだし。
「なんて事してくれるんですか! 酔いが醒めちゃったじゃないですか! また呑み直しじゃないですか!」
それからプリプリと文句を言ってくるが、知ったこっちゃない。
俺は俺が楽に暮らせるように魔法を使ってるだけだ。
誰にも迷惑を掛けていない。
横でヒューイも溜息を吐いている。
「ほらっ、ちょっとこいつ連れてヒューイも飲んで来たらどうだ?」
「そうですね……すいませんご迷惑をお掛けして」
「ちょっと! 私まだタナカさんと話があるんだけど」
「はいはい、また後でな」
それからヒューイがジュリアを連れて、盛り上がっている宴の中へと溶け込んでいく。
上手くやれよ。
そんな事を思いながら、一人コップの中身を日本産のビールと入れ替えて楽しんでいると今度はババ様がやって来る。
「本当に出鱈目のようなお人じゃのう。酔いを一瞬で醒ます魔法なぞ飲み屋街で商売すれば、一山築けそうなものじゃ。特にお店の女性やスタッフに重宝されそうですの」
それから、先ほどまでヒューイが腰かけていた椅子に座り話しかけてくる。
多種多様な魔法が使える俺としては、魔王として生まれずに大きな国に生まれていれば、それは面白おかしく暮らせたかもなという思いはあった。
だが、魔王としての暮らしは嫌だったかと言われれば、そんな事は無い。
色んな個性を持った幹部達に囲まれて、割と退屈しない日々だったのは確かだ。
「フフッ、この程度の魔法なんて大した事無いですよ。俺が使える魔法の中には恐らく大魔王ですら、抵抗出来ないものも多々ありますからね」
俺の言葉に、ババ様が目を大きく見開くがすぐに笑顔になる。
「まあ、魔族を埋めたり、生き返らせたりというのを目の当たりにすれば、それもあながち嘘とは思えませんな。何故最初にこの世界にお生まれにならなかったのか、残念でなりませぬが」
「この世界に最初に生まれていれば、ここまで強くなる前に殺されていたかもしれませんけどね。まあ、俺の世界にちょっかいだしたのが奴の運の尽きですよ」
確かに最初からこの世界に生まれていれば、英雄街道まっしぐらだったかもしれないし、大魔王になってたかもしれない……もしくはただの魔族として、中野に良いように使われていた可能性もある。
だが、今は中野をいかに面白おかしく追い詰めるかしか考えていない。
それから暫くババ様の話に付き合った後、村の若い人達の踊りを見たり、伝統の音楽を聞かされたりと、前世界では体験したことの無い、この世界の娯楽を楽しませてもらった。
そしていよいよ、投票の結果発表の時が来た。
発表は、村の年寄衆の男性の1人が行うようだ。
広場に設置された壇上に上がり、咳払いをする。
それまでワイワイガヤガヤしていた村人達が次第に静かになっていく。
「それでは、この魔族の処遇を発表しよう……」
そして男性が発表した内容は以下の通りだ。
投票総数82票 無効票19票
この村に来る前に感じた気配は128人だったが、今は134人居る。
何名かは村の外に出ていたようだが、これで全員だろうな。
勿論子供達に投票権は与えられえていない。
1位:タナカ様に全て委ねる 21票
2位:村の観光資源にする 15票
3位:殺す 14票
4位:逃がす 6票
なかなか面白い結果だった。
てっきり、断トツで殺すがトップに出ると思っていたが。
にしても、村の観光資源というのも割と残酷だと思えるが。
ちなみに少数票として、ボクッコは俺の嫁とか、ネネは俺の嫁とか、ネネに飲み屋を開いて貰いたいなどというのもあった。
大丈夫かこの村?
さらには、アンダードッグを調教したいとか、カイザルに新しい世界を(やらないか?)みたいなのもあったらしい。
「という事になりました。救って貰っておいて全てを丸投げというのも、心苦しいのですがタナカ様の判断に委ねます」
先ほど投票結果を発表していた男性が、申し訳なさそうに投票結果が記された紙を渡してくる。
とはいえ、まあ悪くない結果だったな。
俺としては、宴の中で色々と考えて今後の行動指針を決めたわけだが、この4人は居てくれると助かる。
という訳で、この4人の身柄を預かる事を快諾する。
「それでは、今日の宴をお開きとする」
ババ様が宴を締めて、それぞれが自分の家へと帰路に着く中俺はその場に残る。
周囲から人の気配が完全に無くなったのを感知し、こっそりこちらを覗いているジュリアの元に行く。
「お前も、もう帰れよ」
ただ1人、今後の展開が気になったのかジッとこっちを見ていたが、俺が近付いて行くと慌てて隠れる。
バレバレだっつーの。
すぐにヒューイの所に転移して、ヒューイを呼び戻すとジュリアを連れて帰らせる。
それから4人に話しかける。
「という訳だ」
当然投票結果を聞いていたはずだから、今後は俺がこいつらの生殺与奪を握っていることは知っているはずだ。
アンダードッグ以外は、憎々し気にこちらを睨みつつもどこか諦めた表情をしている。
ただ1人アンダードッグだけが、敵意をむき出しにして喚きちらす。
「くそが! 不意打ちでしか我らに勝てぬくせに、貴様のような輩にどうこうされとうはないわ! とっとと俺を殺せ!」
「そうか、じゃあ遠慮なく」
アンダードッグを穴から引き抜くと、思いっきり地面に叩き付ける。
瞬間、身体が弾け飛び首がコロコロと転がっていく。
「ば……バカな! なんで俺は生きている? 俺の身体……はっ?」
首だけになったアンダードッグが視線を宙に彷徨わせながら、狼狽する。
その頭を踏み付けながら、ゴロゴロと転がす。
「はあ……不意打ちでしか殺せないとか……抵抗も出来なかったくせによく言うわ」
俺が指をパチンと鳴らすと、アンダードッグが埋められたままの状態に戻る。
「えっ? なにこれ? 幻術?」
「いきなり何を言ってるのですね? 独り言なのですね?」
「そうね、俺を殺せと言っておいて、いきなり幻術? とか会話が繋がってないね」
「どうでも良いよ……もう帰りたい……」
時間停止型の幻術だからね。
他の連中には何が起こったか分からないだろうね。
「ところでさ、お前ら俺の部下になる気無い?」
俺の言葉に4人が顔を見合わせると、それから唾を飛ばしながら文句を言ってくる。
「なんで私がたかが人間の部下にならないといけないのですね! 馬鹿を言うなですね!」
「俺は俺より強い奴にしか従わない! そして俺の主の大魔王様より強い奴意外は話にすらならんな」
「寝言は寝て言うね。人間の癖に生意気ね」
「無理……お前にかかされた恥は忘れない!」
嫌われてるなー。
まあ、しょうがないかな?出会いとしては最悪だったもんね。
じゃあ、実力で言う事を聞かせましょうか。
俺は4人を連れて転移で、北の世界でお馴染みの荒れ地に移動する。
「さてと、ここでなら本気が出せるな」
俺はそう言うと4人の拘束を解く。
4人が意味が分からないような表情を浮かべている。
「ていうか、なんでお前は俺達をこんなに簡単に連れ出せるんだ?」
「抵抗すらさせずに転移とか意味分からないのですね!」
「でも、これでやっとこいつに恨みが晴らせるね」
「フフフ……ここなら思う存分やれる」
4人の殺気が一気に膨らむ。
「ああ、実力で黙らせてやろうと思ってね……悪いけど、俺たぶん中野より強いぞ?」
俺の言葉に全員が大爆笑をする。
「ふははは! 馬鹿な! 魔族のくせに、魔族最強の中野様より強いだと?」
「すべての魔族は等しく、かのお方に従うべきですね! 実際に会った事が無いからそんな事言えるのですね」
「ふん、こうやって正面から対峙すれば、私達だって貴方程度取るに足らない存在だって事を分からせてあげますね」
「僕を嘗めた事を後悔させてやる」
それから4人が順番に口上を垂れる。
だからさ、喋ってないでとっとと掛かってこいよ。
全員が話終わる前に10回は地面に埋められたぞ?
なんていうか、この世界の生き物って本当に綺麗だよね……
俺は溜息を吐きながらそんな事を考えると、4人に向かってさっさと来いとばかりに手招きする。
「クソッ! 後悔させてやる!」
「それは無理ですね! すぐに殺すのですね!」
「そうね、ならあの世で後悔してもらいましょうか?」
「殺すのはダメ! こいつは糞尿を垂れ漏らした状態で人間の町に放り投げる!」
そう言って4人が一斉に飛び掛かる。
が俺に届くことは無い。
『フゲッ!』
同時に全員が前のめりにこける。
「ああ、ごめんごめん。4人が全員ちゃんと喋るもんだからさ、ついつい待ちくたびれちゃってさ」
そう、4人がそれぞれ喋ってる間に足と地面を魔力の枷で繋いでおいたのだ。
だって、話長いし暇だったんだもん。
「くっそー、またしても卑怯な手を使いおって」
「殺すのですね! ここまで嘗められては許せないのですね」
「ああそうだね。何も思う暇もなく殺すね」
「決めた! 糞尿垂れ流しで町中を引きずってやる」
あー、ムカついてきたわ……
4人が全員順番に喋るから、隙だらけになるんじゃないのか?
大体黙って敵の話聞く奴なんてとこにいんだよ! いや、この世界の住人なら、全員ちゃんと聞いてあげそうだな。
でも、俺悪くないよね?
実際今の間に3回は殺せたしね。
転ばしただけで済んで感謝して欲しいくらいだ。
「お前らさ……喋らないと攻撃できない呪いでも掛かってんの? 大体さ4対1で卑怯もクソも無いだろ?話がなげーわ、隙は多いわ、雑魚過ぎるだろ?」
俺の言葉に4人がグヌヌと悔しそうにしているが、俺からすればいまこうやって喋ってる間に攻撃を仕掛けてくればいいのにとしか思わない。
どうも、この世界の奴等って演技がかってるんだよね。
「大体さー、今だって俺お前らの攻撃待ってる訳。分かる? こうやって喋ってる間に不意打ちしてきたっていいわけだよ? そもそもさークドクドグチグチ……」
それからしばらくこいつらがいかに間抜けで、お人好しかを5分くらい聞かせてやってるのに話が終わるまで斬りかかってくる気配が無い。
だんだんと本当に、そういう呪いの類があるのではないかと思えて来た。
「ほら、喋ってる途中にさ攻撃するだけで」
俺が衝撃波を4つ放つと、4人が反応しきれずに弾き飛ばされる。
「こうやって簡単に当てられるとか、まじ嘗めてるだろ?」
4人が信じられない物を見るような目でこっちを見てくる。
そんなに驚く事か?
「そんな卑怯な事を思いつくなんてお前だけだろ!」
「そうなのですね!人の話は最後まで聞くって、子供でも習うのですね」
「人の話をちゃんと聞かない奴はダメね」
「卑怯者!」
えー……俺が悪いの? これって殺し合いだよね?
まあ、俺は殺す気無いけどさ。
確かに言ってる事は正しいよ? 人の話を最後まで聞くというのは人として当たり前だもんね。
でもお前らがそれ言うか? 魔族ってなんなんだ?
「分かったわ……もう黙って掛かって来い!」
多分どんだけ言ってもこいつらは理解しないんだろうね。
「そうさせてもらおう。もはや貴様には情けはかけん!」
「そうなのですね、そんな卑怯な奴に負けないのですね!」
「ああ、私達が正しい事を力で証明してやるね」
「その言葉、忘れないように……貴方の最後の言葉だから」
……
呆れて物も言えないとはこの事だ。
俺、黙って掛かって来いって言ったよね。
というか、この世界の魔族必勝法見つけた気がするわ。
まあ、本気でムカついたからもう一発お見舞いしてやるか。
「だから、俺は黙って」
衝撃波を放つと、また4人が弾き飛ばされる。
「掛かって来いといったよな?」
本当に反省しない奴等だよな。
普通は警戒するだろう。
どんだけ俺の話が聞きたいんだよ!
しょうがないから、こいつらに付き合って話を最後まで聞いてから攻撃をさせてやった。
結果は……
「う……そだろ?」
「一撃も当てられないなんてありえないのですね」
「それどころか、奴は一歩も動いてないね」
「人間に左手一本で負けた」
4人が攻撃を仕掛けたと同時に、左手を軽く振るって弾き飛ばした後、左手だけで王子戦法かましてやった。
普通なら弾幕で相手が見えなくなったと同時に背後から不意打ちをされたり、煙が晴れると全くの無傷で一気にボコボコにやられるという、フラグ的攻撃なのだが。
当然俺の放つ光弾はこいつらにとって一撃一撃が、致命的な攻撃力をほこる訳で、全員が地面に横になって満身創痍だ。
そろそろ種明かしをしてやるか。
「ふん、たかが大魔王の部下如きが、俺に勝てると思ってる時点で甘い……というか、情報を持たない奴って本当に無謀だよな……」
そう言って俺が魔人形態になると、4人の顔が一気に真っ青になる。
歯をガチガチとならし、大量の冷や汗を流し始める。
「ま……まさか、北の元魔王……」
「大魔王様に傷を負わせた唯一の魔族……」
「特S級危険魔族指定……」
「こ……これほど……」
流石にこの姿を見て、ピンと来たのだろう。
大体、タナカという名前だけで少しは警戒しても良いものだろうが。
まあ人の姿してたし、こいつらの性格からして俺が人間だという事を疑っていなかったのだろうな。
「でさ、俺中央世界で魔王やるからさ、お前ら部下になれよ? 取りあえず大魔王に対抗して魔帝とでも名乗るかな?」
そうだ、俺は中央世界で魔帝として新たな勢力を築く事にした。
何故かって?英雄も憧れるけど、この世界なら人に与する魔族も受け入れられるような気がしたからだ。
無理なら、無理でその時考えるけどね。
ちなみに、俺一人でってのは面倒くさいので、人間サイドからも魔王を攻めて貰う為に協力者を一人連れていくけどさ。
でも、良かったわ……日の目を見なかったかもしれないKの第3形態をお披露目する機会が出来そうだ。
あいつも喜ぶだろうな……
そんな事を思って4人に目をやると、全員が目を輝かせてこっちを見ている。
「俺は強い奴に従う……そして大魔王を越える可能性を秘めているタナカ様なら申し分は無い」
「私は諦めたのですね。100人衆から抜け出す事も出来なそうだったのですね。新しいとこで頑張る方が良いのですね」
「そうね……中野様よりいい男なのね。私は付いていくのね」
「僕も……魔族なら問題無い……恥をかかされた責任をとってもらいたい」
意外と掌返しはえーな。
とはいえ、うだつの上がらない中間管理職だ。
それよりも、新規事業の幹部候補として、設立当初から所属した方が良いと考えたのだろう。
それ以上に、俺の強さに惹かれた部分もあるのだろうが……
後は、胃袋をしっかりと掴んで絶対に裏切られないようにしておこう。
明日、村の皆にこいつらを子分にした事を告げて、旅立つふりをするか。
まずは魔王城の建設からだな。
あと、カインには適当な村を救わせて、革命勇者として頑張って貰うか。
そのためにも、城を作ったら一度里帰りだな。
タナカは結局苦労人の道を選びましたとさ。
魔王時代あんなに苦労したのに、また魔王になろうとは…
ブクマ、評価、感想有難うございます。
これからもよろしくお願いします。