【閑話】幹部達の辛い…
閑話日常回です。
~ムカ娘の場合~
「はぁ…」
魔王城の一室で、今日何度目かも数えきれない程の溜息が漏れる。
「どうするのよ?」
「どうするってどうにもできないよ…」
「ムカ娘様辛そう…」
そう、ムカ娘の部屋である。
三日前に元魔王である、タナカ様からの突然の引退宣言。
さらに後継者の任命、そして失踪。
ムカ娘の胸は張り裂けんばかりの痛みを感じていた。
「タナカ様は、何故に妾を置いていってしまわれたのじゃ…」
そう言って、窓の外の夜空を見上げ呟く。
ただ、残念なことに今日はあいにくの曇りの為、星は出ていない。
ムカ娘は魔王タナカでは無く、タナカを愛していた。
それはもう、病的な程に愛していた。
愛する人の突然の失踪という、悲恋に酔うには最高のシチュエーションである。
「ム…ムカ娘様!ここは気晴らしに合コンなるものを開きませぬか?」
「…いいかもな!タナカ様が参加されるなら…はぁ」
無理な話である。
タナカはすでに夜空のお星さま…では無く中央世界で暴れ回っているはずだ。
三日もあれば、大魔王に辿り着くのも容易いだろうが、ああ見えて遠回りが好きな人なので戻ってくるのは当分先だろう。
それを思うと、これから当分会えない事に涙が出そうになる。
「ムカ娘様!こういう時はスイーツパーティとかどうですか?城下町にスイーツバイキングなるものが出来たようですが…」
「興味ない…妾にとってもっとも甘いのは、魔王様との二人きりの時間のみじゃ…魔王様の料理うまかったのう…はぁ」
勿論幹部であるムカ娘も、タナカの料理を食べる機会は多々あり、タナカの作り出す地球の甘味も色々と味わってきた。
故に、タナカとの思い出を彷彿させる料理系の話は、現時点では逆効果でしかない。
「でしたら、聖教国に行ってちょっとひと暴れしませんか?」
「それも良いかものう…聖教国か…タナカ様の戦いはそれはそれは圧倒的で美しかった…はぁ」
聖教会との度重なる衝突の際に見せるタナカの勇姿を思い出して溜息を漏らす。
こうなると30分はこっちに戻ってこない。
遠くを見つめ、数々のタナカの戦いっぷりを思い出しては溜息を吐く。
「ダメダコリャ…」
ビー娘が呟くと肩を竦めて部屋から出ていく。
「なあ、うちらでタナカを見つけ出すことは出来ないか?」
「いや、それよりもこのまま良い思い出として胸の奥にしまってもらって、新たな道に進んでもらう方が」
アン娘とラダ娘がヒソヒソと話をする。
その様子をチラリと横目で見て、ムカ娘がまた溜息を吐く。
本当に今日何度目の溜息だろう…
「永久に会えなくても、私の愛は百年でも千年でも褪せる事なく、貴方に捧げます…」
ムカ娘はそう言って、部屋から出ていく。
「完全に病んでますね…」
「ポエムにキレが無い…」
「ああ、不味いな…」
2人がそんな事を言いながらムカ娘の後ろを追おうとして立ち止まる。
「タナカ!」
「戻って来たの?」
アン娘とラダ娘が驚いた様子で飛び退ると、タナカに敵意を向ける。
しかし、そこには誰も居ない…
2人で顔を見合わせて首を傾げる。
心配性なタナカは、実はちょいちょい北の世界を覗き見ては、転移で行き来しているのだがそんな事も知る由も無い二人までも溜息を吐く。
「実は居なくなって寂しいとか思ってんじゃねーのか?」
「それはアン娘の方。私はどうでも良い…それよりも、今はムカ娘様が心配」
「ちっ!素直じゃねーな」
「そっちこそ…さあ、行こう」
それから、二人で軽く言い争いをした後で慌てて、ムカ娘を追う。
~絶倫と蛇吉の場合~
「ほっほ…」
「やけに楽しそうでゴザルな」
何も無いのに、一人思い耽って笑っている絶倫を見て、蛇吉が不気味な物を見るような眼を向ける。
相変わらず気持ち悪い山羊の骸骨頭だなんて思っていると、絶倫がフッと悲しいものでも見るように蛇吉を見返す。
「ほっほ、貴方には関係の無い話ですな…永遠の魔王軍親衛隊長殿…ほっほ」
何故かイラッと来たが、そこは魔王軍でも大人な蛇吉、特に気に留めた様子も見せずに首を振る。
「永遠という言葉はござらぬよ…拙者も鍛錬を怠っていればいずれこの地位も危ぶまれる。若き芽が息吹いて花咲けば、拙者を越える者も現れよう…」
それからおもむろに立ち上がると、部屋から出ようと歩き始める。
「おや、どちらへ?」
「ふんっ…今の呆けたお主と居るよりは、鍛錬に時間を費やした方が建設的だと思ってゴザル」
タナカが居なくなってマイを任せられてから、蛇吉も幹部としての自覚が強くなったのか、脳筋のトップの一人の癖に知的な事を言うようになった。
そんな事を考えながら、絶倫がフッと笑う。
「そうですな…これからも魔王軍を守る剣として、精進することは大切な事ですからな」
そう言って、ほっほと笑うと絶倫がまたぼやっとした表情になる。
「いずれは、私が…」
その言葉を聞いて蛇吉が一瞬警戒する。
まさか、こやつタナカ様の言いつけを反故にして、魔王の座を狙っておるのか?
であれば、早いうちにその性根を
「大魔王様になって戻って来られたタナカ様の頭脳に…大魔王タナカの頼れる参謀絶倫…ほっほ…未来の大魔王様風に言うと夢が広がリングというやつですな…ほっほ」
蛇吉は大きく溜息を吐くと、首を振って相手にしてられんといった表情を浮かべ部屋から出ていく。
昔はもっと、賢そうだったのにな…タナカ様が退位なされてから、ただの呆けたジジイみたいだなと思いながら…
そう、絶倫は逆にタナカが居なくなって少し馬鹿になったかもしれない…
~ウロ子の場合~
「どうしよう…別にもう魔王軍幹部じゃなくてもいい気が…タナカ様を追おうかな」
余り感情を表に出さない為、周りからは蛇だけに冷徹だなんて思われがちだが、何気に一途で行動的な一面もある。
現に、タナカが居なくなって寂しいなどとは露にも思わず、待つよりは追いかける方が良いかも。
それに手伝った方が早く終わるなどと考えている。
「中央世界の魔物や魔族は、桁違いに強いと聞くが…今の私なら…」
ちなみにすでにウロ子は、主を魔王からタナカに代えている。
それ故に未だに、タナカの庇護を受けているため以前の力を残したままだ。
北の魔王軍幹部という意識も薄く、欲望に忠実かつ自由な彼女だからこそ成せた事だ。
タナカが退位して、中央世界に旅立った後
『私は、魔王軍幹部である前に一人の魔族…強い魔族に従う…タナカ、主従契約を結べ』
とすぐに持ち掛け、了承も得ている。
魔王じゃなくなった途端に呼び捨て…流石はウロ子である。
他の幹部達はタナカにマイを任されたとか、魔王軍幹部という事に誇りを持っているために無かった発想だ。
そして、タナカにとってもそれは正解だと思わせた。
魔力で劣るマイの部下になるより、自分の部下として力を分け与えた方が何かと都合が良いからだ。
とはいったものの、全ての幹部を部下にしたらマイに色々と不都合が生じると考えた為、最初に声を掛けたウロ子で打ち切るつもりだが…
「まあ、タナカ様には落ち着くまでは何かの時の為に見張っておけと言われたし…落ち着いてからでも良いか…」
そして主従契約を結んでからはまたタナカ様と呼ぶ…この当たりの切り替えの早さはも、周囲に彼女を冷い女だと勘違いさせる要因の一つだろう。
それにしてもちゃっかりしている。
~モー太の場合~
「これでわしも、普通に喋れるモー」
…
「普通に喋れるモー」
…
「普通に喋れないモー…」
辛い…
ずっと、タナカに言われ続け語尾にモーと付けていたために、癖になってしまっている。
「くっ…これは、暫く訓練が必要かモー」
モー太よ…それは違うぞ!
どこからか、そんな突っ込みが来そうな喋り方だが、本人は到って真面目である。
そこにチビコが通り掛かる。
「あっ!モー太おじちゃん、おはようございます」
「おう!チビコかモー!おはようだモー!」
「フフッ…魔王様が変わられたというのに、その喋り方を続けるんだ。本当に尊敬してたんだね!でもチビコもその方が好きだよ!」
好きだよ!
好きだよ!
好きだよ!
頭の中をその言葉がリフレインする。
そしてモー太は思う。
「うん、チビコにそう言って貰えるなら、ずっとこの喋り方でいようとおモー!宜しくだモー」
だから、モー太よ…それは何か違うんでないかい?
そんな事をきっと他の人達は思うであろう。
「フフッ!タナカ様が居なくても、モー太おじちゃんやスッピンさんが居るから、チビコ平気だよ!二人は私の前から居なくならないでね!」
そう言って、チビコがモー太の首に抱き着く。
モー太至福の時である。
~エリーの場合~
「はあ…マイさんはいつになったら目覚めるのかしら?」
すでにタナカの事は頭に無い。
常に魔王の側近として身の回りの世話をしてきたエリー…
彼女にとって、今はマイが早く目を覚まして、色々と世話を焼きたくてウズウズしている。
実は一番冷たいのはこの女では無かろうか…
「魔王様あっての、私の仕事ですからね…ただただ目覚めない新たな魔王様を見守るだけだなんて退屈ですわ!」
そう言って裁縫道具を持ち出す。
「取りあえずは、魔王様らしい衣装を作らないと」
そう、タナカが愛用しているあの趣味の悪い禍々しいマントもエリーが作った物だ。
「ふふ、きっとお似合いになるでしょうね…」
ブルードラゴンの鱗を縫い込んだ、青いマントを広げでほうっと溜息を吐く。
それにしても、タナカが居ないだけでこの城の幹部どもは、溜息だらけだ。
「次は、通常身に着けるドレスと、ナイトドレス、ネグリジェに、下着も用意しないと」
まるで出産を控えた母親のようだ。
もともと、尽くすタイプのようだが、色々とビョーキなような気がする。
だが、このくらい面倒見が良くないと異世界魔王の相手など無理だろう。
今日もエリーはまだ目覚めないマイの為に、部屋を女の子らしくしたりと忙しなく動いている。
「早く、目覚めないかしら…いっぱい、尽くしますわよ!」
エリーの独り言が意味深で怖い…
~スッピン&カインの場合~
「フッ…言うようになったな…」
「ええ、私を今までのカインだと思わないで下さい!新たな力に目覚めた今!きっと貴女を越えて見せます!」
そう言ってカインが、タナカの刻印に力を込める。
込める。
込める…
込める………
「あれー?」
いつまで経っても、第一段階のKが光る所で止まっている。
「まだか?」
スッピンが若干イラついた様子で聞く。
さらに焦るカイン。
「ちょっ、待ってください!こないだは出来たのに!えいっ!」
………
それ以上反応する様子は無い。
「どういう事?」
「私に聞かれてもなあ?それに…いつまでも敵が待ってくれると思うなよ!」
そう言ってスッピンが剣を上段に構える。
「ちょっ!待って!」
「待てと言われて待つ敵がおるかど阿呆!大体、タナカ様の加護に頼るその根性がなっとらん!一から鍛えなおしじゃ!」
スコーン!っと小気味良い音が城内に響き渡る。
「またやっておるでゴザル」
「カインも懲りないモー」
訓練場の横を通り過ぎる、蛇吉とモー太が2人の様子を微笑ましそうに横目で見ながら通り過ぎる。
「ちょっ、いつもより痛いっす!あっ!蛇吉さん、モー太さん助け」
「すぐに人に頼るな!」
スコーン!
本日二回目の良い一撃。
結局、日が暮れるまで案山子よろしく、スッピンにボコボコにされるカインであった。
~ムカ娘&絶倫の場合~
「はあ…」
「いかが致しましたか?ムカ娘殿?」
部屋から出て、溜息を吐きながらカサカサと…もとい、トボトボと歩くムカ娘に絶倫が声を掛ける。
「むっ…タナカ様が居なくなったというのに、なぜ笑っておられるのじゃ?」
「これは異な事を…タナカ様が旅立たれた理由を考えたら分かりましょうに…」
そんな風に、何故分からないのかといった表情を浮かべる絶倫にイラッとする。
だが、そこに噛みつく程の元気も今は無い。
「ふん…お主は目の上のたんこぶが居なくなったとでも思っておるのか?妾はタナカ様に会えなくて何もする気がおきぬ…」
「そんな恐れ多い事は思いませんよ…それにしても嘆かわしい…今のムカ娘殿を見たらタナカ様はさぞやガッカリされるでしょうな」
「なんだと!」
絶倫の言葉に、ムカ娘が声を荒げる。
だが、そんなムカ娘の前に指を一本突き出してチッチッチと舌打ちしながら左右に振る。
こいつ、こんなムカつく奴だったか?
そんな事をムカ娘が思っていると、絶倫が神の啓示とも取れるような事を言い出す。
「良く考えてごらんなさい!タナカ様は大魔王を目指すとおっしゃったのですよ!」
「それがどうした?」
ムカ娘の返答に、絶倫が大げさに溜息を吐く。
本当にムカつく奴になったなコイツ。
「あの方の実力なら、他愛も無い事でしょう」
「そうだな…」
「そして大魔王様となって戻ってこられた時に…ひがな何もせず、タナカ様の事を思うだけ…やつれて、肌もカサカサ…どんよりと負のオーラに浸った貴女を見てどう思うでしょうな…」
「うっ」
確かにタナカ様なら、中野様を倒して大魔王様になられるかもしれない。
だが、それはいつになるかなんて分からないし、確実だという保証は無い。
そんな事なら、今まで通り魔王様として傍に居て貰いたい。
そんな事を考えていると、絶倫がさらに言葉を紡ぐ。
「では…もし、タナカ様が戻って来られるまでに美を追求して、さらに美しくなられ、北の魔国に尽くし色々な実績を上げた女性を見かけたらどう思うでしょうかな?」
「うむ、それはタナカ様は大層喜ばれて目に掛けられるだろうな…もしかしたら、それ以上の事も」
「そこまで分かっていて、何故理解出来ないかの方が理解に苦しみます」
「まどろっこしい良い方をするな!」
芝居がかった言い方に、そろそろ妾の堪忍袋の緒も限界じゃ!
「はあ、タナカ様が戻って来られるという事は、タナカ様は?」
「大魔王様になられておるじゃろうの」
「では、そのタナカ様のハートを射止める事が出来たならば?」
「大魔王タナカ様の、せ…い…し…つ?」
次の瞬間に妾の身体を電流が貫く。
これが、天啓を得るという事か!
絶倫の言わんとしている事を、完全に理解した私はすぐに部屋に戻る。
まずは、バランスの良い食事を取って、お風呂に入ってから肌をしっかりとケアをして、さらに睡眠もしっかりとらねば!
「ほっほ…お若いですな…これが青春というやつですかのう」
そう言いながら、ゆっくりと来た道を戻る絶倫。
その前に、刺します娘sが姿を現す。
「流石絶倫様、見事な手腕でございます!」
「まさか、あそこまで落ちたムカ娘様を、復活なされるとは!」
「凄い…正直に言おう…凄い!」
3人に褒められて、絶倫がホッホと笑いながら顎鬚をさする。
本当にキャラが依然と全く変わっている。
「これも、大魔王タナカ様のためですわい…ホッホ」
そう言いながら、闇に消えていく絶倫の後姿を眺めながら、刺します娘sが深々と頭を下げる。
ちなみに、幹部達の全ての行動はタナカに筒抜けであることを誰も知る由は無い。
~ライ蔵の場合~
「また、わしだけ忘れられとるかと思った!」
いきなり、意味不明な事を言う獅子である。
たまたま、この独り言を聞かされた者達はきっとこう思うだろう。
元魔王様の下で全然戦いに参加させて貰えなくて、腑抜けたライ蔵様がついにボケたと…
『ライ蔵!お前は魔王軍幹部で唯一の可愛い部門担当だかな!精々マイを癒してあげろよ!』
頭に強烈なメッセージが届く。
すでに魔王を辞めた人の命令なんぞ聞けるか!と言いたいとこだが、有無を言わさぬ魔力量が込められたメッセージにライ蔵はただただ無言で頷く。
普通獣王って、こういう話ではもっと凄いポジションだったり、絶対強者的な扱いを受けるんじゃないのか?
またまた、意味不明な事を考える奴だ…
そして、ライ蔵は呟く。
「えっ?わしの出番もう終わり?短くね?」
獣王という、色々なものを擽られるポジションなはずなのに扱いが雑で辛い…
色々とネタは溜まってるんですが、取りあえずは幹部達のその後からです。
ブクマ、評価、感想有難うございます。
ここまで読んで頂き、嬉しいです。