表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/172

どうやらやらかしたらしい…辛い

進行回です。

「タナカ……あれ……」


 マイが指を指したのは聖教国がある方向だ。

 そこから、目視出来るほどの神気が立ち上り、魔国に向かってくる。


「敵の攻撃か! マイは先に城に戻ってろ!」

「えっ! ちょっと待って!」


 俺は、マイの言葉を無視して慌てて城に転移させると、神気が向かってくる方向に移動する。

 これは、ちょっと穏やかでは無い雰囲気だな。

 いくつもの神気が魔国に向かって飛来する。

 俺は咄嗟に障壁を張って防ごうとしたが、ことごとくが意思を持ったかのように不規則に動き魔国領に降り注ぐ。

 次の瞬間、町の至るところ……いや領内のあちらこちらで神気が膨れ上がるのを感じる。


「うわっ! 急に何するんだ!」

「おいっ、大丈夫か? うっ!」

「オ……オマエラ……逃ゲロ……」

「どうしたってんだ一体!」

「魔族……魔族! 魔族! 魔族! 殺ス!」

「やめて! どうしたって言うのよ!」

「馬鹿野郎!」

「黙レ! 黙レ! 臭イ息ヲ吐クナ! 女神ヲ返セ!」

「女神……女神ハ、ドコダ! 言エ!」


 ちっ! 狙いは勇者か! 

 魔国に飛来した神気が街の特定の箇所を狙ったかのように飛来していたが、まさか勇者にこんなからくりがあったとは。

 神気をまともに浴びた勇者の手の刻印が強い光を放ち全身を覆っている。


「これって……まるで呪いじゃねーか!」


 俺は急いで住人に斬りかかろうとする勇者の前に踊りでる。

 ガキッ! 

 勇者の剣を片手で受け止める。

 っつ……かなり力が上がってるな。

 まあ、それでも俺の障壁を貫くほどでは無いが、これは住民レベルじゃ事……


「おい! やめろ」

「ウワッ!」

「何するんだ!」

「グフッ」

「こいつらの目なんかおかしいぞ! 操られてるんじゃないか? っと、邪魔だよ!」

「ゲフッ!」


 ってほどでも無さそうだな。

 操られている事で動きが単調になってるのか、落ち着きを取り戻した住民達がなんとか相手どって抑えている。


「ハア、ハア……ヤリヤガッタナ!」

「殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス!」

「女神ヲ探セ!」


 だが、身に纏った神気の力なのか一瞬で怪我が治り、勇者達がユラリと立ち上がる。


「全テヲ切リ伏セロ! ブレイブダウン!」


 なんだあれは! 

 剣に纏われた神気が天高く伸びたかと思うと、そのまま振り下ろす。

 あれは不味い! 

 即座に魔法障壁で防ぐが魔法障壁の範囲外、剣の延長上にある建物が二つに割れる。

 おいおいおい、一体この国に何人の勇者が居ると思ってるんだよ! 


『おい! 聞こえるか幹部共! 勇者共が暴れ出した! 至急兵を城下に寄越せ! それから、領内の勇者が集まってくるはずだから、城壁を固めろ』

『魔王様! 分かりました! ……マ……マイさん? 何を! 』


 ちっ! マイも喰らったのかよ! 

 通常の勇者でこのレベルの上昇値だ、日本人勇者達はどれほどのものになっているのか想像もつかない。


『魔王様! スッピン殿の様子が! 』

『カインも、動けそうにありません! 』


 ちっ、あいつらもそう言えば元勇者だったか……

 しかし、カインの刻印は俺が改変したはずだ! ……だからこそ、動けないレベルなのか? 

 取りあえず、どこから向かえば……


『アニキー! ユウちゃんとタカシは任せといてーな! 』


 ユウとタカシ? 


『ショウはどうした? 』

『ショウは神気を見た瞬間に、あれはヤバいゆーて結界張って弾き飛ばしよったから、こっち側や! 2対2やからなんとかしてみるわ! 』


 本当にショウは優秀な奴だな……

 流石、比較的まともな日本組。

 頼りになる奴だわ、比嘉だけだったら一瞬で終わってだろうな。


『よし、分かったそっちは任せた! 俺は城内の制圧に移る! 』


 俺はそう言うと、何体かの魔物を呼び出し城内の住人の救出に向かわせる。


「おい! お前らの戦闘力じゃ引き分けも怪しい! 取りあえず女性と子供を城内に運べ!」

「ガウッ!」


 俺が呼び出した狼型の魔物が代表して答えると、町のあちらこちらに散る。

 さてと、とっととここを片付けて城に戻らないと……


「よし、お前らに魔王の力を見せてやろうじゃねーか!」


 俺は全力で魔力を解放して、勇者達の元に向かう。


「マオウ! マオウ! マオウ!」

「女神ヲ返セーーー!」

「殺ス!」


 おおう……こうやって生気の無い集団を前にすると……こうクルものがあるな。

 でも、こんなとこでモタモタしている訳にもいかないからな! 

 よしっ! いっちょやってやるか! 


『おいっ! 絶倫と蛇吉でマイを押さえろ! 怪我はさせんなよ! エリーは待機だ! 他の幹部は至急城下に……』


 そこまで伝えたところで、一際大きな神気を纏った男が現れる。


「約束通リ……来テヤッタゾ……」


 ちっ、コウズさんか……厄介だな……

 つーか、この人教皇だよね? 操られてね? 


「ちょっと、今あなたの相手している暇は無い……かなぁ?」

「黙レ!」


 いきなり斬りかかってきやがった! 

 流石教皇、一撃一撃が神気を纏っていて地味に重い。

 しかも早い。


「くっ! モタモタしてる暇はねーっつのーに!」

「安心シロ! 殺しはせん! ダガ、ワシト同ジ思イハ味ワッテモラウガノ!」


 んっ? 

 いま口調が……あれ? 


「だー! 元気なジジイだな! 折角回復してやったんだから、余生を大事にしろよ!」

「誰がじじいじゃ! 少しは……魔王殺ス!」


 ……


「おいっ!」

「ナンジャ?」


 今更とぼけんなクソじじいが! 

 こいつ正気じゃねーか! 

 なんでわざわざ演技までして、こんなとこ来てんだよ! 


「コウズさん……正気ですよね?」

「なんの事かのう?」


 おりゃっ! 

 思いっきりコウズさんを殴り飛ばす。

 コウズさんが吹っ飛んでいって壁にぶつかる。


「いったいのう! 少しは年寄をいたわらんか!」

「やっぱり、正気じゃん! 何しとんすかあんた! てか、これなんなんすか!」


 コウズさんが頭をさすりながら立ち上がる。

 あまりダメージを負ってはいないようだが。

 頑丈な爺さんだな。


「ふんっ! 正気じゃったら教皇がこんなとこまで来れるわけないじゃろう! それに、この異変はお主のせいじゃぞ!」

「なっ! どういう事だ!」

「お主が女神を連れ去ったからじゃ! そんな事より、続きをしようじゃないか」


 くっそ、別に争う理由なんか、こっちにはないっつーのに、本当に身勝手な爺さんだな。


「悪いが、そんな暇は無い! 【マジックバインド】」


 俺は魔力による紐でコウズさんを縛り上げる。


「無駄じゃよ!」


 だが、一瞬で断ち切られる。

 おいおいおい、規格外過ぎるだろ! 

 ここまでやられたら手加減なんか出来ねーぞ。

 くっそ! 一瞬で終わらせる! 

 俺は魔人形態に変身して、全力で魔力を解放する。

 それから、闇の魔力で辺りの神気を抑え込みかかる。


「クッ! 力ガ……」

「ナンダこれは……俺は? グガッ……」

「ハァハァ……逃げロ……逃ガスカ! 逃げ……殺ス」


 よしよし、周りの勇者の動きも鈍くなってるし、これなら大分時間が稼げそうだ。


「相変わらず出鱈目な魔王じゃのう」

「コウズさん程じゃないですよ」


 コウズさんの繰り出す斬撃を全て紙一重で避けながら、カウンターで攻撃を浴びせていく。

 勿論、攻撃を当てる度に神気に闇の魔力を上書きしているが。

 徐々に攻撃が軽く、遅くなっているがなかなか粘るな……


「大体、女神を連れ去ったからなんだっていうんだよ!」

「ふんっ! この世界の防衛装置が作動したのじゃよ! 女神が正規の手段以外で連れ去られた場合、あの部屋に長年女神によって蓄えられた神気が解放され、女神奪還、もしくは魔族の殲滅の為に勇者に撃ち込まれる」

「そんなの知らねーよ!」


 ってことは俺のせいか? 

 つか、北条さんそんな事、一言も言ってねーじゃねーか! 

 あれっ? 中野も北条さんを連れ出そうとしてなかったか? そんな事したら……いや、あいつも知らなかったって事か? 

 って、そんな事考えてる場合じゃねー! 早いとこコウズさんを黙らせて戻らないと。

 その時城から巨大な神気が解放されるのを感じ取る。

 これって……もしかしてスッピン? 

 と同時に、漆黒の魔力が発動するのを感じる……


 ――――――――――――


「くっ! カイン! 私から離れろ……それから他の皆を避難させてく……れ」

「スッピンさん……すいません、自分も頭が割れそうで、ちょっと動けなそうにないです……」


 突如、城の外から飛び込んできた神気を浴びて、自分の右手の刻印が疼くのを感じた。

 その時、背後で誰かが倒れる音がする。

 飛び込んで来た神気は三つ……

 後ろを振り返ると、スッピンさんが腕を抑えて蹲っている。


『おい! 聞こえるか幹部共! 勇者共が暴れ出した! 至急兵を城下に寄越せ! それから、領内の勇者が集まってくるはずだから、城壁を固めろ』

『魔王様! 分かりました! ……マ……マイさん? 何を! 』


 頭の中に魔王様と、エリーさんのやり取りが聞こえる。

 どうやら、マイさんにも神気が当てられたのか……という事は、これは勇者に強制的に与えらえる力……っく! だが、こんなものとてもじゃないが人間に扱えるような量じゃない。


 ……女神ヲ……取リ戻セ……魔族ヲ滅ボセ……女神ヲ取リ戻セ……魔族ヲ滅ボセ……女神ヲ……


 頭の中をこの言葉がひたすら繰り返される。

 くっ、身体の自由が段々と利かなくなってきた……


「おいっ! スッピン! カイン! 魔王様の言葉が……ってどうした二人とモー!」


 そこにモー太さんが俺達を呼びに部屋に入って来た。

 それから蹲っている、俺達二人を見つけて慌てて駆け寄ってくる。

 あと、最後のモーは何か違う気が……殺ス……魔族殺ス……マゾうわっ! ちょっ、モー太さんがアホな事言うから気が緩んで一瞬意識を持ってかれそうになった。


「すまぬモー太殿……ここに誰も近づけないようにしてくれ……魔王様が戻って来るまではなんとか抑え込んでみせるが……」

「モー太さん、すいません自分もちょっと動くとヤバいです」


 息も絶え絶えにモー太さんに現状を伝えると、モー太さんが近付いてくる。


「寄るな!」


 次の瞬間、スッピンさんが剣を抜き放ってモー太さんに向かって振り払う。

 慌ててスッピンさんが左手で右手の手首を掴むが、モー太さんの顎髭が少し切れる。


「危ないなーモー!」


 魔族殺ス……ちょっ! マジヤメテ! モー太さん喋るなら普通に喋ってくださいよ! 

 また、意識持ってかれそうになったじゃないですか。


「すまない……もう右手は私の意識下に無いんだ……」

「なんだモー……魔王様が言ってた邪気眼ってやつかモー?」

「ちがう、これは本当にヤバいんだ……おい! モー太殿すぐにしゃがめ!」


 スッピンさんに言われて、モー太さんがかがんだ直後その真上を神気による斬撃波が通り過ぎる。


「うっ、分かったモー! 邪魔したモー! 邪気眼の件は魔王様にもちゃんと伝えとくモー!」

「ちょっ! ちがっ! 待てモー太! 待てコラッ! 殺す! 意識を失っても、無事でも殺す!」


 モー太さんが慌てて部屋から飛び出すのを見ながら、スッピンさんが何やら恐ろしい事を口ずさむ。

 そういうもんなのか? 


「くっそ、モー太の奴め……グッ……まずい……私の神気が押されている……カイン離れろ……このままじゃ」


 うん、次から次へとあちらこちらから女神の神気が送られてくると思ってたけど、よく考えたらこの城に女神が居るんだった。

 おそらく女神と魔王様に近い勇者に優先的に送られているような気がする。


「すいません……私もってうわっ!」


 スッピンさんの方を向くと、右手の付け根まで刻印が伸びていて、こっちに向かって丁度斬撃を放つところだった。


「俺も勇者なのになんで?」

「くっ、すまん……お主は魔王様の刻印も施されている……そこに反応を……ぐっ……逃げろ!」


 さらに暴れ狂う右手を必死で、スッピンさんが左手で抑え込む。

 気が付けば、周囲の死霊達も聖なる気に染められている。

 そして、スッピンさんに攻撃を加え意識を反らそうとしているのが分かる。


「しょうがない、右手を切り落とすしか……殺……殺……クッ……」


 やべー、スッピンさん頑張って! 刻印が顔の右側にまで浸食しはじめてる。

 これ、ヤバいやつですね。

 でも、自分も動けないし……絶対絶命? 


「これは手遅れだな……カイン……これから私は全ての神気を解放する……生命力も含めてだ……」


 ミイラなのに生命力って何? とか思ってる場合じゃないですよね。


「そんな事したら、スッピンさんが!」

「ああ、死ぬな……まあ、もともと死んでいる身だからな……」

「ちょっと、待ってくださいよ!」

「ふふ……未熟な弟子を残していくのは心残りだが、弟子を自らが手にかけるよりははははははははああああああああああぁぁぁぁぁぁ! はっ! くっ、時間がああああああ! くそっ! 邪魔をををををを! するなっ!」


 とうとう痺れを切らした死霊がスッピンさんに取り着こうとして体に入り込もうとしては弾かれている。

 それから、スッピンさんが空に向かって神気を放ち始める。

 徐々にスッピンさんの魔力が無くなっていくのを感じる。

 くっそ……どうにも出来ないのか? 

 俺の右手の刻印も、魔王様の刻印を押し出そうと実体化を始める。

 完全に消えたと思っていたのに……

 自分の不甲斐なさが憎い。


 こんなものが勇者なのか? 


 操られて、俺を助けてくれた魔王様に剣を向けて、惚れた女を自分の為に死なせて……それが女神の勇者? 


 仲間をこの手に掛けるのが勇者の仕事? 


 勇者ってなんだよ……


 そんなんなら、勇者なんていらないだろ! 


 俺は惚れた女すら守れないのか……


 何が黒騎士だ……何が魔王の騎士だ……


 肝心な時に身動き取れず、仲間に憎悪を向けて騎士だと……


 騎士ってのは守る為に居るんじゃないのか? 


 俺はなんだ? 勇者でもない、騎士でもない……俺は……


 なんのために強くなろうとしたんだ? 


 スッピンさんを越えるためじゃなかったのか? 


 守りたい……力が欲しい……スッピンさんを……ヒルドを……


 俺は誰だ……


 俺こそが黒騎士だろうがっ! 


 魔王様の剣にして、この国を、国民を! 兵を! 仲間を! 


 そして……そしてヒルドを守る盾だろうがっ! 


 嘗めるなーーーーーーー! 


 思いっきり右手の刻印に力を込めて地面を殴りつける。

 次の瞬間に勇者の刻印が消し飛ぶ。

 それから、魔王様の込めた右手の刻印が肘の辺りまで広がる。


 さらに【k】の刻印に続いて【night】の文字が現れる。

 直後全身を包む黒い甲冑が、光を失う。

 それまでは、光を反射し、テカテカと黒光りしていた漆黒の鎧から完全に光が失われ全てを吸い込むような純粋な黒い鎧へと変化する。

 さらに、背中には黒い鳥の翼のようなものまで広がるのが分かる。


「カイン……その姿!」


 ヒルドさんがこっちを驚いた表情で見ている。

 俺はゆっくりと、ヒルドさんに向かって歩き出す。


「近寄るな! 巻き込まれるぞ! それに、もう右手は……」


 ヒルドさんの意思とは関係なく、次から次へと斬撃が放たれるがそれらを全て漆黒の籠手で弾くと、目の前まで行きその右手を掴む。

 俺の掴んだ手に、ヒルドさんの右手から神気が流れ込んでいくのを感じる。


「ダークマター……だと?」


 そう言って驚愕の表情を浮かべるヒルドさんの顔から、刻印が徐々に消えていく。

 ダークマター? なんか、絶倫さんから聞いたような……

 確か全ての光を吸い込む、暗黒物質とかなんとか難しい事を言ってたような。

 でもいま、そんな事は関係ない……俺はこの力でヒルドさんを救う。

 一気に右手を引き寄せ、ヒルドさんを抱きしめる。


「おいっ! カイン! やめろ!」

「離しません! 貴女を、貴女を蝕む女神の神気を吸い取るまで! ですから、ヒルドさんも! 自分を取り戻してください!」


 ――――――――――――


 どうあっても動こうとしないカインに歯噛みをしながら、自分の神気を空に向かって放つイメージをする。


「これは手遅れだな……カイン……これから私は全ての神気を解放する……生命力も含めてだ……」


 一瞬カインから、何か失礼な事を考えている雰囲気を感じ取ったが、まあいいだろう。

 どうせ、ここで最後だしな……


「そんな事したら、スッピンさんが!」


 カインが慌てているが、自分じゃこれ以上どうしようもないんだから仕方が無いだろう。


「ああ、死ぬな……まあ、もともと死んでいる身だからな……」

「ちょっと、待ってくださいよ!」


 待てんよ……このままじゃ、お前を殺しちまう。


「ふふ……未熟な弟子を残していくのは心残りだが、弟子を自らが手にかけるよりははははははははああああああああああぁぁぁぁぁぁ! はっ! くっ、時間がああああああ! くそっ! 邪魔をををををを! するなっ!」


 くっ、普段は従順な騎士達が先に浸食されたか……

 やっかいな……

 私は次から次へと入り込む、過去の従者達を拒絶しながら必死で魔力を神気転換し空に放つ。

 その流れにつられるように、女神の神気も一緒に流れ出す。

 さあ、根性比べと行こうじゃないか。

 私の生命力が尽きるが先か、私の身体を乗っ取るが先か……

 ぐっ……せめて……騎士だけでもどうにか出来れば……



 その時地面を殴るような音が聞こえる。

 カインが地面を思いっきり殴りつけていた……そして驚くべきことが起こった……

 カインの……カインの、勇者の刻印が砕け散った。

 それに、その刻印は……

 その姿……

 カインの鎧が目の前で色と形を変えていく。

 黒い金属のような光を放つ龍の鱗から、純粋な黒に……光の反射すら許さない完璧な黒に……

 そして背中からは、天使のような羽が生えている。

 ただ、色は純粋な黒だ……


「カイン……その姿!」


 私の言葉に反応することもなく、カインがゆっくりと近づいてくる。

 こいつ馬鹿か! 


「近寄るな! 巻き込まれるぞ! それに、もう右手は……」


 私の右手はもう私のものじゃないっていうのに! 慌てて左手で右手を押さえこもうとするが、それすらも死霊に阻まれる。

 勝手に放たれる斬撃を見て、声をあげそうになるが一瞬で言葉を失う。

 全く手加減をしていない私の斬撃を片手で弾いたのだ。

 なんだ、あの鎧は……

 それから、目の前まで歩いてきたカインに右手を掴まれる。


「ダークマター……だと?」


 徐々に女神の神気が吸い取られていくのを感じる。

 これは……完全なる純粋な暗黒物質……絶倫殿ですらその一部しか扱えないというのに……

 それからカインに思いっきり抱きしめられる。

「おいっ! カイン! やめろ!」


 すでに魔力崩壊が始まっているのに……しかし、それ以上の崩壊は起こらなかった。

 全ての力の指向性がカインの鎧に向けられている。


「離しません! 貴女を、貴女を蝕む女神の神気を吸い取るまで! ですから、ヒルドさんも! 自分を取り戻してください!」


 思えばこんな風に人に抱きしめてもらったのはいつ以来だろうな……

 ふんっ、弱いくせに一丁前な事言いやがって……

 だが、少し休ませてもらうか……


 ――――――――――――


 不意にヒルドさんの力が抜けるのを感じる。


「ヒルドさん?」


 慌ててヒルドさんの顔を確認した……

 生きてんだか、死んでんだかわかんねー! 

 息……元からしてねーわ! 

 鼓動……元から止まってるし……

 えっと、どうしたら良いんだ? 

 俺はヒルドさんの身体をあちこち触ってみる。

 手首……て心臓動いてないから脈無いし……

 瞳孔……うっ、目が窪んでて良くわかんね。

 あとは……胸に耳を当てて? 

 その時、死霊の一体が光を放って実体化する。


「それ以上はちょっと」


 突然現れた騎士に注意されて、なんとなく気まずい雰囲気になる。


「えっと……貴方は?」

「申し遅れましたフェルディナンドと申します。ヒルド様……今はスッピン様に救われたエインヘルヤルの一人です」

「あっ……はい、初めましてカインです」

「存じております。それと安心してください。スッピン様は生きております故、どこかで横にして差し上げると宜しいかと」

「あっ……はい」


 その生きてるっていうのが、ニュアンス的にどうもひっかかるけど……まっ、無事って事で良かった……


「………………」

「………………」

「それと、事態が事態とはいえ、うら若き乙女の身体をあちこち触るのはいかがなものかと」

「はい……すいません……はい……」

「それでは、後の事はお任せしますね」


 そういってフェルディナンドさんは死霊に戻ってスッピンさんの鎧に戻って行った……

 やべー、気まずいよー……

 スッピンさんにチクられたらどうしよう……

 あっ、それよりもえっとどうしよう……

 マイさんのとこに向かうべきか、魔王様のとこに向かうべきか……このままスッピンさんと居るべきか……


 そんな事を思いながらスッピンさんをお姫さま抱っこして、運ぶ。

 途中で姿見があったので、横眼でチラッと見る……

 あまりのカッコよさと絵になる姿に思わず立ち止まる……


 純白の鎧を着た聖女を抱える、漆黒の天使の翼を持つ黒い騎士。

 まるで、どこかの絵画を切り取って来たかのような芸術的瞬間だ。

 この鏡って映像記憶ついてるのかな? 

 どうなんだろう。

 うわ、でもいいなー……

 この恰好かっこいいなー。

 しかもどうよ! 

 聖女をお姫様抱っことか、マジ天使と堕天使? 

 題名を付けるなら[光と闇]とかかな? 

 うわぁ! いいな、石像とか……


 ゴホンッ! 


 その時、スッピンさんの鎧から咳払いのようなものが聞こえたので、慌ててスッピンさんの部屋まで運ぶ。

 途中、窓ガラスに姿映る度に立ち止まってたら、とうとうスッピンさんの鎧から手が生えて来て思いっきり頭を殴られた。

 痛いですフェルディナンドさん……


あれっ?前回とこの回と、次の回は超シリアス展開で行こうと思ってたのに…

ついネタになりそうなものを見つけると…我慢出来ない…

いや、これでもかなり我慢して抑えましたけどね。

でも真面目な話は苦手だと再認識出来ました。

最後までお読み頂き有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作更新始めました!
(仮)邪神の左手 善神の右手
宜しくお願いしますm(__)m
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ