人間の町で良い思い出が無い……辛い
「魔王様! どうですか?」
俺はいまエリーと魔国の城下町を歩いている。
見ようによってはデートに見えなくはないが……
「うん、結構良い町だ」
「でしょう? この先が商店や露店が並ぶエリアになってますのよ」
エリーに言われて商業区に向かう。
路地からは子供たちの笑い声が聞こえる。
目を向けると元気に獣人族の子供たちが走り回っている。
「獣人の子供達ですよ! 可愛いいですね」
「ああ、そうだな」
無邪気で、やんちゃ盛りの年齢だろうな。
追いかけっこでもしているのだろうか?
その中の一人が、後ろを振り返りながらこちらに走って来て俺にぶつかる。
尻もちをつきそうになったその子供を、俺が咄嗟に背中に手を回して受け止める。
「あっ、ごめんなさい」
「ああ! 魔王様だ!」
ぶつかった子供がすぐに謝ってくる。
声の高さからして女の子だろうか?
後から来た男の子らしき獣人の子供が俺を指さして叫ぶ。
すぐに子供たちに囲まれる。
『魔王様! おはようございます!』
それから全員が同時に挨拶をしてくれる。
キラキラとした目を向けられて少し気恥ずかしくなる。
「うむ、おはよう! 元気がいいな! でも前も見て走らないと危ないぞ!」
「ごめんなさーい!」
俺がそう言うと、俺にぶつかった子供が元気な声で頭を下げる。
良く教育されているな。
「でも、子供はそれくらい元気じゃないとな! ほらこれをやろう!」
俺はそう言うと【三分調理】で飴を作り出して、子供たちに配る。
「わぁ! ありがとうございます」
『魔王様! ありがとう!』
子供たちは、俺から飴を受け取るとすぐに口に放り込んでにんまりとする。
こういうのも悪くないな……
「それじゃぁ、気を付けて遊べよ!」
「うん、魔王様! じゃーね!」
『さようなら!』
そう言って子供たちがまた駆けって行く。
「元気があって良いですね!」
「そうだな」
俺はそう言って目を閉じる。
あれは、まだ俺が魔王になって間もない頃、人間に化けて人の町に行った時の事だ……
今と同じように子供がぶつかって来た。
そして、同じように子供を受け止めた。
「あり……きゃーーーー!」
「おい、おっさん! どこ見て歩いてんだよ!目ついてんのか?」
「気を付けろよおっさん! 大丈夫かリン」
「うぇぇぇん……こんな小汚い親父に触れられるなんて……私もうやだーーーー」
えええ……ぶつかってきたのそっちだろ?
それから子供の悲鳴を聞いた大人たちが集まってくる。
「お前、子供相手に何してんだよ!」
「ちょっとこっちに来い! 衛兵に突き出してやる!」
「早く子供から離れろ! この悪党め!」
最悪だ……思い出しただけで辛い……
俺はその後、転移を使って逃げるようにその場を後にした。
「魔王様! ほら、蛞蝓族の子供達ですよ! 可愛いですね!」
エリーに声を掛けられて我に返る。
「ああ……そう……だな?」
エリーが指さした先には5~6匹の30cmくらいの蛞蝓が蠢いている……
可愛いか?
「あっ! 魔王様だ!」
『魔王様! おはようございます!』
声は子供らしくて可愛いが……
「ああ……おはよう! 元気が良いな! お前たちにも飴をやろう」
まあ差別は良くないよな?
子供に罪は無いし……
そう言って俺が飴を配ろうとすると、一際大きな個体が目に入った。
「あれ……サイファ?」
「……みたいですね」
エリーに確認する。
やっぱり、幹部の一人の蛞蝓族か……
『魔王様! ありがとうございます!』
「とっても美味しいね」
「うん、そうだね!」
「舌が蕩けそう」
子供たちがそう言って喜んでいる。
可愛いかもしれない……
「なんか、私だけ舌が本当に溶けてるような……」
ああ! そうだろうよ! お前のは塩飴だからな!
サイファにだけ塩飴をくれてやった。
それからしばらく進む……
「魔王様! ほらっ! デュラハン族の子供ですよ! 可愛いですね!」
「ソウデスネ……」
生首だけの子供達が俺を見つけて、笑顔でピョンピョン跳ねながら近づいてくる。
夜に見たら完全にホラーだよな……
ニヤニヤする子供の生首に囲まれるとか……
その後ろを首の無い子供達の身体が走って追いかけてくる……
こっちもホラーだ……
首の無い子供に追いかけられるとか……
『魔王様! おはようございます!』
「アア、オハヨウ……」
はっ! いかんいかん! 子供たちにはなんの罪も無い。
産まれて来た種族が悪かっただけだ……
普通に対応しなければ。
「元気だな! ほら、美味しい飴だよ! これ嘗めて元気に遊べよ!」
『ありがとうございます!』
まあ、可愛らしいと言えば可愛らしいか……
「魔王様は子供がお好きなのですね!」
「うん、そうだな……そうなのかもな?」
「なんで疑問形?」
「いや、なんでもない」
***
それからしばらく露店を見て回る。
「魔王様! こっち寄ってておくれよ! 美味しい果物がいっぱいあるよ!」
八百屋の鰐族のおばちゃんが俺を呼び止めて、ドラゴンフルーツを手渡してくる。
お前完全に肉食だろ!
まあ、有り難く頂いたが……
「魔王様! うちの魚は最高だぜ!」
そう言って魚人族のおっさんが俺を呼び止める。
お前文字通り仲間売ってんじゃねーか!
……いや、まあ魔物と魚類じゃ全然違うか……
「魔王様! オラが作った飾り細工いかがだべか?安くするっぺよ!」
ここはワーム族のお店か……お前手も足も無いよな?
どうやってそんな細かい細工のシルバーアクセ作ったんだ?
後でエリーに聞くと土属性の魔法を駆使して作っていると聞いた。
なるほど納得。
露店街を歩きながら、目を閉じる……
あれは人間の町での思い出だ……
「今日は店じまいだよ!」
「えっ? まだ朝……」
「あっ?」
ちょっと覗いてみた八百屋での会話だ……
「ああ? お前魚食うのかよ?隣の肉屋に行きな!解体して並べてやっから!」
「えっ? 俺客……」
「あっ?」
そしてこれは魚屋での会話……
「ああ?あんたにはアクセは不要だろ? そんな不細工に似合った銀細工なんてねーわ」
「……」
そしてこれは細工屋での会話……
結局買い物どころか、商品も見せてもらえなかった……辛い
「魔王様! これなんかお似合いになりそうですよ!」
「魔王様に身に着けてもらえたらそれだけで宣伝になるべ! 是非受け取ってくんねーべやか?」
2人に声を掛けられてハッとする。
「ああ、確かにこれは良い品だ……いや金は払おう」
「そんな魔王様からお代を頂くわけには……」
「いい、お前が仕事をして作った物だ。仕事は金を稼ぐためのものだからな……受け取る権利はある」
そう言って金貨を1枚渡す。
「釣りはいらない……良いものを見せてもらった礼だ」
「そんな勿体ない……」
「よいと言っておる」
「そこまでおっしゃられるのでしたら……でもこの金貨はネックレスに細工させてもらって家宝とさせて頂きやす」
ええ……それって払う意味ないじゃん……
でも、大事にしてもらえるならそれでいいか……
金貨のネックレスと、そのシルバーリングを物々交換したと考えよう……
***
「魔王様……そろそろお腹が空きましたね」
「ああ、そうだな……どれ飯にするか」
俺はそう言ってエリーと二人で飲食街に向かう。
お昼時だけあって、あちこちで行列が出来ている。
「流石に多いですね」
「うむ、まあ空腹は最高のスパイスというし……やはり行列の多い店はそれだけ頑張っているという事だしな」
「ま……魔王様がそうおっしゃられるなら」
俺は適当に歩きながら目についたお店に並ぶ。
その看板の横には鉄板の上にステーキとナイフとフォークが乗った皿を模した木の板が掛けられている。
まあ1時間も待たされることは無いだろう。
最後尾に並ぶと目の前の客が振り返る……そして前を向いてまた振り返る。
二度見というやつだ。
「ま! 魔王様! ああああ……どうしよう……」
「バカ魔王様の前に並べるわけないじゃない! 魔王様どうぞ前にお入りください!」
目の前の狼族の若い青年が真っ青な顔でオロオロする。
そんな男を横目で見て隣に立っていた女性が俺たちを前に入れようとする。
2人はカップルかな?
折角のデートに気を遣わせてしまって悪いな……
「いや、今日はお忍びだ。気にする必要はない……並ぶのもまた人気店の楽しみの一つだしな」
「そんな事言われましても……」
まあそうだろうな……
俺だってたまたま並んだ店で後ろに常連のお客さんや、オーナー夫妻が並んだら居づらいもんな……
「ふむ……どうあっても気を遣わせてしまうな……エリーどうしたら良いと思う?」
「……さぁ? 私に言われましても」
エリーの方を向いて聞くと、エリーも困ったような表情を浮かべる。
するとバタバタと店の方から誰かが走って来た。
「魔王様! このような小汚い店にいか用ですか?」
どうやらこの店の人間らしいな……
というかその質問どうなの? 飲食店で並ぶなんて理由は一つしかないだろうに……
「フフッ……飲食店に並ぶなど食事以外に用はありえんだろう?」
「ファッ! うちのお店でお食事をなされるというのですか?」
心底驚いた表情をされる。
別に魔王だって魔族だ……魔族のお店で食事を取ってはいけないなんて法は無いだろう。
仮にあったとしても魔王だ、そんなくだらん法撤廃させてやる。
「えっと……すぐに席をご用意させていただきますので、少々お待ちを」
「よい! 並ぶから気にするな」
「そんな事出来る訳ないでしょう! 他のお客さまだって気にされて、食事も喉を通りませんよ!」
店員の言葉に前に並んでいる魔族全員がうんうん頷く。
「いや……だが国のトップが、こんなところで権威を振りかざして割り込みなど……
「そんな小さい事より、このお店と他のお客様の事を気遣った方が宜しいかと」
ふと見ると、列を離れようとする人が幾人か目に入る……
確かにこのままだと、このお店の為にも良くないか……
「ふむ……確かに余り宜しくないな……なら他の店に行くと……」
そこまで言いかけて店員の方を見ると、物凄くガッカリした顔をしている。
食べて欲しいのか、迷惑なのかハッキリしろ! と言いたいがしょうがないか……
「本当はこんな事は嫌なだのだがな……しょうがない、今回は甘えるが次回は普通の客として対応してくれ」
「はいっ! すぐにご用意致します!」
俺が折れると、その場に居た全員がホッとしたような表情をしている。
誰一人として嫌そうな顔をしていない。
「俺、魔王様が注文されたの頼もっと」
「私も! で皆に今日は魔王様と同じ物食べたのって自慢しよ!」
「それいいな」
「あー、魔王様がお食事される場所で食べられるのか……長生きするもんじゃ」
「良かったー、俺3秒で食おうと思ってたわ……俺も魔王様が注文されたものを頼もうっと!でしっかり味わうんだ」
割り込みなのに、皆が心の底から喜んでくれている。
凄く複雑だ。
俺は店員にそっと耳打ちをする。
「これで俺の前に並ぶ客の代金は支払っておいてくれ。余ったらそのままでいい。足りなければツケておいてくれ……後日使いに払わせに来る」
「宜しいのですか?」
「ああ構わぬ……迷惑料だと思っておいてくれ」
そう言って俺は大金貨5枚(50万円)を手渡す。
この店が大体一人当たりのお昼の予算が銀貨1枚から、コースで4枚くらいらしい……
で前に居るのが30名前後だから多めに見ても大金貨2枚(20万円)で足りるだろう。
俺は案内された席でそっと目を閉じる。
人の町での食事の時だ……
その時もこのように行列に並んだ。
だが、まるで見えていないかのように他の人が割り込んでくる。
「あの……俺並んで」
「あっ? 居たの? 見えなかったわ! 別に一人くらいいいだろ? 文句あんの?」
こんな感じで結局20人に割り込まれて2時間待った……
やっとお店の中に入ったのに誰も案内に来ない……辛い
「あのー、すいません……」
「なに? あんた客だったの? どっかそこらへんにでも座っといて!」
店員さんに冷たくあしらわれる……辛い
それから、空いている席に座るが一向に注文を取りに来ない。
「すいませーん!」
俺が声を掛けると、店員さんが俺の目の前に芋しか入っていないスープを置く。
俺まだ注文してないんだけど?
「あんたなんかそれで十分よね?それ食ったらとっとと出てって」
なんでこんな扱いを受けるんだろう……
その時の俺は本当に悲しくなった。
この世界の人間はなんて冷たいのかと……
まぁ、いま思えば本能的に俺が魔王だと感じていたのだろうが……
「あー? なんか人外が人様の飯食ってるぞ?」
「てか、おまえさっさとどけよ!」
仕方なく芋のスープを啜ってるとガラの悪い二人組の冒険者風の男達に絡まれた。
「てかスプーンとか使ってねーで直接啜れや! 豚らしく……よっ!」
そう言って男の一人が俺の後頭部を押してスープに顔を突っ込ませようとする。
まあそんな非力な力でどうこうなるわけないが、見知らぬ男に頭を触られるとか不快だよな……
「あれ? 抵抗するのか?」
「生意気な家畜もいたもんだ! 腹立つわー」
男がさらに力を込める。
がビクともしない。
「こ……こいつ!」
とうとう男が両手で押し付けようとする。
「おいおい情けねーな! こんな貧相な男に力負けしてんなよ!」
もう一人の男も加わる……
だがビクともしない……てか……
「お前らいい加減にしやがれ!」
俺はそう叫ぶと威圧を込めて睨み付ける。
「はわわわ!」
「なんだこの覇気は! ムカつくけど……こえー……」
2人が慌てて逃げ去っていく。
全然スカッとしない……
この町に来てからあまりの冷遇に、なんていうか冷めて来た……というより心の底から悲しくなった……
もういいや……帰ろう
「あっ、お姉さん会計」
「えっ? あっ、ああ、大金貨10枚ね!」
「はっ?」
「だって、それメニューに載ってない特別メニューだし? あんたみたいなの店に入れた迷惑料込で大金貨10枚で良いっていってんの!」
ブチッ……となったが、もうどうでも良くなったから転移で城に帰った。
銅貨1枚ねーちゃんの額に叩き付けて……
「調子乗んなブース! お前の面は銅貨1枚で上等や! ヤーイーヤーイ!」
と捨て台詞を吐いてから転移で目の前からバシュッてね……
自分がちっちゃすぎて辛い……
ちなみに銅貨には呪いをかけて、額から離れないようにしておいた……ちょっとその後を想像したら面白くなった。
「魔王様? こちらのコースで宜しいですか?」
「あの、苦手な物とかございませんか?」
エリーと店員さんに声を掛けられて、こちらの世界に戻ってくる。
「あ?ああ、それでいいよ! それと虫は苦手だから、入れないでくれ」
「大丈夫ですよ! ここは肉料理専門ですから」
次々に運ばれる料理に舌鼓を打つ。
どれもこれも美味しい……地球じゃ味わえないような独特な味付けの物も多いが。
「こちらは魔王様の為に、シェフが腕によりをかけて作った特別メニューです」
そう言って目の前に、一部ローに近いほぼ生の状態の大きめの肉が出される。
そこに良く熱したバターが注がれ所々肉の色が変わる。
良く見るとその肉は右の方に向かうにつれて、しっかりと焼かれているようでこれ一枚でロー、ブルー、レア、ミディアム、ウェル、ウェルダンのそれぞれの間を含め10段階全ての肉の食感や味わいが楽しめる。
「今はまだ生まれて間もない魔王様が、徐々に熱されて変化されるのをイメージされたそうです。ただウェルダンのように完全に熱されてしまっても、ローの部分も残され全てを魔王様の力とされるように願いも込めているとの事です」
「これは素晴らしいな……確かに火が良く通る程固くはなるが、初心忘るるべからずという事か……なかなか洒落ておる」
こんな特別を出されては、シェフ本人にお会いするしかないだろう。
「シェフを呼んでくれ! 直接礼がしたい」
「はいっ! すぐに呼んで参ります」
そういってウェイトレスがその場を離れる。
そしてウェイトレスが連れて来たシェフを見て驚く。
「モー太?」
「いえ……私はモー太の兄でカルロスと申します」
また見た目に似合わぬ名を……
「そ……そうか、この料理素晴らしいものであった! お主の想いしかと受け取った」
「私のようないち料理人が出過ぎた真似かと思いましたが、やはり魔王様は素晴らしいお方ですね。そのお言葉、末代までの誇りとさせていただきます」
そう言うと、カルロスは厨房に戻っていった。
***
「魔王様? 今日は時折何か辛そうな表情をしておられましたが、お気に召しませんでしたか?」
「いや、この町が人の町に比べていかに素晴らしいか再認識させてもらった。ここに連れ来てくれたエリーには礼を言おう」
エリーが心配そうに尋ねて来たがこれが俺の本心だ。
「そう思って頂けたなら、連れて来た甲斐がありました」
「うむ、また来ような!」
「はいっ!」
俺の言葉にエリーが嬉しそうに頷く。
次は他の幹部も連れて来よう……
そう考えながら二人で城に戻った。