忍び寄るもの
「エロジョウ様! 来客です!」
「はっ?」
「失礼しました。ナカジョウ様! 来客です」
珍しく、テキトウエルではない天使が入って来る。
中条の前まで近づいてくると、その天使が盛大に名前を呼び間違える。
聞き間違いかと思った、中条が聞き直す。
ちゃんと中条と呼んでいた。
たぶん、聞き間違いであったのだろう。
中条は、そう考え天使に続きを促す。
「来客といっても、俺に会いにくるヤツなんているのか?」
「はっ……すでに、この部屋の扉の前までご案内しております」
ここのセキュリティはどうなっているのだと、頭を抱える中条。
来客など、そもそも天空に浮かぶ城に対してありえるはずがない。
どう考えても、敵の潜入か……もしくは、厄介事の匂いしかしないはずだ。
ここら辺は、もう少し天使の思考能力を高めに作っておくべきであったかもしれない。
今更、後悔しても仕方が無いことである。
その天使だが、とっとと入れさせろよとばかりに貧乏ゆすりをしている。
その瞳には、早くこの部屋から出たいというオーラが全開で溢れ出ている。
何故だか、最近城内での自身の肩身の狭さを感じるという錯覚を振り払うかのように、天使を睨み付ける。
ここで嘗められては、創造主として終わってしまう。
そんな気がしたからだ。
すでに、尊敬の眼差しよりも、侮蔑の眼差しが増えて来ているなかこいつらにここの主は誰だか思い知らせる必要があるだろう。
優しい中条タイムは終了だ。
ここから、鬼の中条を思い知らせてやる。
そう決意を新たに、天使に向かって手を翳すと衝撃波を放つ。
「キャッ!」
「貴様……わしの前で貧乏ゆすりとは良い度胸だな? いつから、そんなに偉くなったんだ?」
中条が全力で見せる、創造主の威厳だ。
体中から神気を立ち上らせ、一人称も俺からわしに良い替える。
まあ、トゥナァクァ……田中と違って老化をすることはないが。
「チッ!」
「えっ?」
吹き飛ばされた天使が、舌打ちをして裾についた埃を放つ。
「これは、明らかなパワハラですね?」
「はっ?」
その目には怒りの炎が灯っているのが分かる。
いや、普通そこビビッて平伏するところじゃね?
そんな事を考え、動揺する中条。
「というよりも、傷害です」
「なっ!」
傷害?
傷害ってなんだっけ?
いやいやいや、普通に町の喧嘩の延長上で剣を交える世界で?
ちょっと、弾き飛ばしただけなのに?
「トゥナァクァ取締役常務に相談させてもらいます」
「おいっ! そのトゥナァクァってやつは一体なにものなんだ! しかも常務とか存在しないから!」
思わず素の口調に戻って突っ込む中条。
シレっと昇進しているトゥナァクァ。
「役職の選定から、人事権まで全て人事部統括のタンナンカン取締役部長が管理しておりますので、そちらに直接聞いてください」
「また、知らない人が増えた!」
自分の城のはずなのに、聞いた事のない名前の部下が増えていく。
それも、割と重要なポジションに。
何故だ……
というか、誰だ?
――――――
「セオザラも上手い事やってますね」
「いやいや、マスカーレイド程じゃないよ」
そして、それを隣の部屋の地下からモニターする二人。
そう、セオザラ田中とマスカーレイド田中である。
ちなみに、タンナンカンはマスカーレイド、トゥナァクァはセオザラだ。
二人して、うまいこと中条の部下に取り入ったつもりらしい。
「そろそろ、行って来て」
「はいっ」
セオザラに指示されて、テキトウエルが謁見の間に向かうために自分の部屋に戻る。
丁度扉が開かれるところだった。
「すいませーん! 30分過ぎちゃうと半額にしないといけなくて、店長に怒られちゃうんですけど!」
扉を開いて、中に勝手に入る女性。
何やら真っ赤な目に痛いポロシャツに身を包んでいる。
どこかで、見た気がするようなしないような。
そんな既視感を感じつつ、中条は女性を睨み付ける。
「何故、貴様勝手に入って来た?」
「えっ? だって、呼んだのそっちじゃないですか!」
「貴様なんぞ、呼んでなどおらん! とっとと消え失せろ!」
怪しさ満点の女性に向かって、全力の威圧と衝撃波を放つ中条。
そして、その衝撃波を受けて涼やかな表情で立っている女性。
「いま……何かされましたか?」
「なっ!」
天使を吹き飛ばしたときよりも、遥かに力を込めた衝撃波。
それを、いとも簡単に受け止める軽装の女性。
摩訶不思議な光景に、中条は思わず冷や汗が流れるのを感じる。
こいつ……出来る。
そんなありきたりな感想を漏らしつつ、なんかいま創造主っぽいとか考えている中条。
何故か、中条の思考がどんどんとおかしな方向に進んでいっている。
だが、本人は気付いて居なかったりもする。
白を基調とした荘厳な雰囲気を持つ、中条の宮殿。
そこに突如として現れた、真っ赤な衣装の女性。
その女性の身体から、立ち上るオーラが彼女が只者では無い事を物語っている。
そして、手に持った青い鞄から漂う匂いに中条が思わず眉をしかめる。
「貴様……そもそもわしが誰だか分かって「いや、貴方様は誰か存じませんが、テキトウエルさんって方からの注文で来たのですが?」
「えっ?」
テキトウエル?
注文?
この女性は何を言っているのだ?
奇妙な事を喋りだした女性に対して、理解が追い付かない。
軽く恐怖すら覚える。
中条の威圧を受け流す女性の実力を、認めざるおえないとすら感じる。
「くっ! 塵と消えろ! 【神気砲】!」
思わず、神の魔法を放つ中条。
勿論、造ったのは中条だ。
そのネーミングセンスは相変わらずである。
「はあ? いきなり何をするんですか?」
その魔法を簡単に避ける女性。
もはや、ただものではない事は確定した。
こいつは、刺客で間違いない。
そう確信し、お決まりの死亡フラグを叫ぼうとしたときに扉が大きく開かれる。
「すいませーん! わたしのピザキャップさんですよね?」
「はい」
「私です! 私が、注文したテキトウエルです」
「ああ!」
そして、飛び込んで来たテキトウエルが財布を片手に女性に話しかける。
「ん?」
「ああ! 創造主様何をされてたんですか? そんな間抜けな恰好で」
「えっ?」
中条は右手を前に出して、人差し指を真っすぐ立てた左手で天を指した状態で固まっていた。
本人的には天上から神気を集めて、右手で放つイメージのかっこいいポーズだったりする。
「今更、この指とーまれって、誰も創造主様の指になんて止まりませんよ。あっ、それよりもお会計」
「はいっ、マルゲリータ、クアトロフォッシモ、ペスカトーレ全部Mサイズで宜しかったですね」
「間違いないです」
「お会計、6,072円です」
「円?」
聞きなれた、初めて聞く通貨に中条の口があんぐりと開いている。
「えっ? 最近わたしのグループが中心となって、4世界の通貨の共通化を目指して新たに作り出した貨幣ですよ?」
「知らない」
「まあ、知らなくてもいいですけど。はい、7,000円! あっ、お釣りはあそこの痛い人が迷惑をお掛けしたっぽいんで、とっといてください」
「有難うございます!」
「良かったら、御一緒しませんか?」
「はいっ!」
いやいやいや!
おかしいだろ!
まず、お釣りを返さなくて良いと言われて受け取るバイトってどうなの?
※注:誰もバイトとは名乗ってません。
「なんか、天の声が……あっ、ここが天だった」
ありえない状況に、完全に中条もパニックだ。
というか、仕事中に客とピザ食うとか。
「丁度、これ配達終わったら直帰して良いよって、言われてたんで」
「んな、ピザ屋あるか!」
中条が思わず突っ込む。
「えっ? 創造主様がなんで、ピザ屋の内部事情とか知ってるんですか?」
「いやいやいや、えっ? 逆になんで知らないと思ったの?」
テキトウエルに突っ込まれて唖然とする中条。
だが、もはやそんな事はどうでも良い。
問題は、中条の攻撃を容易く防ぐこの女性の正体だ。
「お名前は、なんておっしゃるんですか? あっ、私はテキトウエルです」
「初対面かーい!」
「創造主様、うるさい!」
「はいっ……」
テキトウエルに怒鳴られて、思わずシュンとなる中条。
前半の、俺の威厳を思い知らせるといっていた決意はどこえやら。
理解を超えた出来事の連続に、完全にやる気を削がれ意気消沈とはまさにこのこと。
「田中……田中ヒモロギです」
「良い名前ですね」
「良い名前のわけあるか! 聞け! 田中だぞ! そいつ田中だぞ!」
「いえ、創造主様のおっしゃる田中さんは男性ですよね? 彼女は女性ですよ?」
「……」
もはや、中条に味方は居なかった。
そのまま部屋をあとにるす、テキトウエルとヒモロギ。
そして、始まるピザパ。
メンバーは、マスカーレイド、セオザラ、ヒモロギ、テキトウエル、スッピン、チビコである。
楽しそうな声が聞こえてくるのを、何とも言えない気持ちで聞いている中条。
「いーれーてー!」
が言えないタイプだ。
もっとも、言ったところで入れて貰えるかどうかは別問題だが。
「というか、この世界電話も無いのに、どうやって注文したんだ? ってか、空に浮かぶ城に30分以内で届けられる支店とかあるのか?」
よくよく考えて、わたしのグループの触れてはいけないところに触れそうだったため、中条は全てを諦めて寝る事にする。
――――――
ドンドンドン!
激しく扉をノックする音で、中条が目を覚ます。
誰だこんな時間に。
こんな時間が、何時なのかが分からないが。
「なんだ?」
「神界査問委員会です! 現在中条さんに、天使ヘラエルさんに対する傷害の容疑が掛かっておりますので、出廷お願いできますか?」
「あっ?」
寝起きで不機嫌だったこともあり、思いっきり片手で目の前の男の首を掴む。
そして、睨み付ける。
凄く怖い。
やれば出来る子、中条。
そして、その手首を横から掴む大きな手。
「これは、もう言い逃れできませんね?」
「はっ?」
巨漢天使にそのまま担ぎ上げられて、連れていかれる中条。
ブチッ……
とうとう、中条の中の何かが切れる音がした。
なにか、フィルターが掛かっていたかのように思考を遮られ、流されるままに起こった事を受け入れていたが明らかに異常だ。
以前の中条なら、このような行動を取る者は、一人残さず消し去っていた。
自分でも知らないうちに丸くなるほど歳を重ねた実感はあった。
だが、ここまでされて黙っていられるのは異常だとようやく気付いたのだ。
「あーあ、ゲーム終了か?」
そんな言葉が脳内に響いたかと思うと、目の前の男達が一瞬で消え去る。
まるで、元から居なかったかのような消え方だった。
ただ、その気配までは消す事は出来なかったため、現実に居たことだけは理解できる。
「田中か……ふざけやがって……」
いま、ようやく中条の反撃がはじま……るのか?