牛と中条
コンコン
誰かが、扉をノックスる音が聞こえる。
「誰だ?」
「第3天使部隊所属部隊長のテキトウエルです」
「今度は何だ!」
中条が苛立った様子で扉に向かって声を張り上げている。
ようやく前回の全裸で剣を構える創造主事件の傷跡から立ち直りかけていたところに、事の発端となった部下の1人が現れた為、苛立ちが隠せないようだな。
「いえ、侵入者です」
ちなみに俺はいま、中条に絶対に気付かれないであろう場所からこの様子を眺めているところだ。
相変わらず良い仕事をする天使がいるようで何よりだ。
「そいつらは、いまどこに居る?」
中条の言葉に我が意を得たりとばかりに、喜色満面の笑みを浮かべて扉をゆっくりと開けるテキトウエル。
「そうおっしゃると思いまして、連れて参りました」
「なにっ?そうか、捕らえたのか!よくやったぞ!」
中条の期待に満ちた問いかけに対して、テキトウエルが首を傾げる。
「いえ、城内で迷いながら壁や天井を破壊しておりましたので、恐らくヘンタ……主様を探しているのかと思い、丁重にご案内いたしました」
「なにっ?」
「ですので、それ以上の城内の被害は食い止める事が出来ました」
そう言ってドヤァ!という表情を浮かべるテキトウエル。
あっ、中条が凄い勢いで急ごしらえの玉座の肘置きをめっちゃ殴ってる。
物に当たるとはけしからん奴め。
そっと肘置きにダメージ反射の魔法を掛ける。
「たっ!なんだこの肘置きは!これを作った奴は誰だ!」
「私ですが、何か?」
その言葉に対してスッピンが答える。
何もないはずの眼窩から、凍てつくような冷気を帯びた視線が送られているのが見える。
一瞬身震いをした中条が、肘置きを丁寧になでると一つ頷く。
「いや、良い椅子だ。褒めて遣わす」
「変態の癖に偉そうに……」
「……」
……
スッピンって、いま中条の部下って事になってるんだよね?
逆に部下の癖に偉そうにって……言えないよね?
綺麗な女性の霊体が重なったミイラに、絶対零度に近い視線を投げかけられた言えないよね?
俺でも言えないと思うわ。
「お待たせいたしましたモー太殿、こちらが我らが主のヘンタ……中条主神様でございます」
「おお、テキトウエルさんと言ったかモー?有難うモー」
そして、そんな中条を尻目に扉からモー太が入って来る。
のっけから怪獣モードである。
「な!なんだお前は!」
「ん?北の世界、魔王軍料理長のモー太だモー!今日は中条殿を料理しに来たモー!」
「モー太おじさん!」
モー太の姿を見たチビコがモー太に抱き着く。
だから、お前らいま北の世界の魔族を裏切って中条に付いてるんじゃないのか?
分かってる?
分かってないよね?
チビコの奴めっちゃ笑顔で、モー太に肩車されてるし。
「はっ?料理長?騎士団長とか、軍団長とかじゃないのか?」
「何を言ってるんだモー?騎士団長なら北の世界で新必殺技をコウズ殿と開発してるモー。それに軍団超なら、そこに居るモー」
そう言ってスッピンを指さすモー太。
うん、スッピンは裏切り者だからね?
分かってる?
分かってないよね?
だって、モー太がヨッって感じで手をあげたら、スッピンも軽く会釈してるし。
「コウズって誰だ!」
「ん?聖教会の教皇だモー」
「はっ?」
モー太の言葉に、中条の目が点になる。
そりゃそうか、聖教会といえば中条の洗脳の原点であり、その最たる組織だからね。
そして、そこの最たる人物が魔族に協力してるとか信じられないか。
でも、元々コウズさんは洗脳されてないし。
たぶん、レジスト能力も高いんだろうね。
だって、北条さん奪還で勇者が暴走した時も一人平気だったし。
単純に魔族が憎いだけなんだろうけど、そもそも日本人というか地球から人を召喚したのって人間サイド、しいては中条側だからなー。
その辺を説明して、諸悪の根源について懇々と話し合った結果、まあ魔族の子供達に懐かれてたのもあるだろうけどかなり中立に寄って来たんだよね。
「くっ、聖女といい教皇といい北の世界はどうなってるんだ!」
「そんな事はどうでもいいモー……貴様が居る限りタナカ様が戻って来られないんだモー!だから……死ぬモー!」
そう言って地面を2~3回蹴ると、一気に加速して中条に突っ込むモー太。
「なっ!あの巨体でこの速度だと?」
中条がモー太の左肩に手をついて、飛び越えようとする。
だが、肩に手をついた瞬間にモー太が左肩を少し下げて反動を殺し、右手で中条の顎を掴んで地面に叩き付ける。
「その避け方は、前にタナカ様にやられたモー!わしは学習するモー……それ以前に遅すぎるモー」
「くっ、牛の分際で生意気な」
すぐに受け身を取って、転がるようにモー太から逃げる中条。
「【単発破滅を呼ぶ隕石】」
だが、その先にすぐに撃ち落とされる巨大隕石。
それアカンやろ?
そこにチビコとスッピンもおるんやで?
「【田中障壁】」
お……おおう、チビコも相変わらず出鱈目な魔法を使うよな。
というか、チビコがめっちゃ強化され過ぎてて笑うしかないんだけど。
見事にチビコの魔法障壁がスッピンとテキトウエルを隕石の衝撃波から守っている。
ただ……
「あっ、私が作ったバズビーチェアーが……」
スッピンがそう言って見つめる視線の先で、中条の座って居た玉座が砕け散るのが見える。
「えっ?バズビー……チェアー?」
「大丈夫ですよ、迷信ですから」
中条がゴクリと唾を飲んで呟いたのに対して、スッピンが穏やかに笑いかけている。
というか、神になった癖にそんな根も葉もない噂を信じているのか。
本物なら座って数時間以内に死んでるから大丈夫だろ。
「それよりも」
そう言ってモー太を睨み付けるスッピン。
モー太が思わず後ずさるのが分かる。
「わざわざ独自ルートで取り寄せまでしたオーク材で作った私の渾身の力作を、よくもまあここまで木っ端みじんに砕いてくれましたね?」
文字通りオーク材で出来た木製の椅子は、木っ端みじんになっている。
モー太の頬を汗が伝うのが見える。
あっ、ちなみに独自ルートってのは俺だし、そもそもバズビーチェアの事を教えたのも俺なんだけどね。
「次の椅子が出来るまで、貴方に椅子になってもらおうかしら?」
「んー、わしはオークじゃなくてベヒモスだから、無理じゃないかモー?」
「ふふっ、オークは木材の事ですよ?」
「ん?何を言ってるモー?オークは豚だモー?」
こんな時でも呑気なんだな、モー太は。
というか、中条はいつまで呆けてるんだ?
バズビーチェア……バズビーチェア……座った……死ぬかも……
とずっと呟いているけど、大丈夫かこいつ?
「肘置き……叩いたよな?」
「ヒッ!田中!いや、空耳か……はっ!肘置き……ヤバい……」
そっと念話でダメ押しをしてみると、中条が慌てて粉々になった木材を集め始める。
こいつ、本当に大丈夫なのか?
「はっ!そろそろ魔王様の晩御飯の支度が……」
「行かせるとでも?」
モー太が回れ右して帰ろうとした瞬間に、バターンという音がして扉が閉まる。
ん?スッピンさん?
というか、手も触れずに扉を閉めるとかそれってラスボスの仕事じゃ?
ここだと、中条の仕事のはずでは?
というか、いつの間にそんな……ああフェルディナンドさんでしたか。
扉の反対側に移動して、フェルディナンドさんが幽体なのに物理的にというトンチなやり方で扉をしめただけだった。
「モーーーーーー!」
「スッピンさんやりすぎーーーーーー」
そして、中条城謁見の間で木霊する牛の鳴き声と、少女の悲痛な叫び声。
しばらくは中条城でも、色々と噂になっていたらしい。
――――――
「モー太さんどうしたの全身に包帯巻いて。木乃伊のコスプレ?」
「ハハッ、本物の木乃伊は布なんて巻かないモー……修羅みたいな顔をして干からびた腕で力強く剣を凄い速さで振り回して斬りつけてくるモー……物理耐性マックス、斬撃無効をものともせずに傷を負わせるモー」
「何それ?それよりも、今日はカレーが食べたくなっちゃった」
「えっ?さっきハンバーグって言ったからいま、ひき肉を捏ねて焼くだけ……」
「気が変わったんだよ。それは冷凍して後日焼いたらいいじゃん」
「モー――――」
そして数時間後、北の世界の魔王城でも牛の鳴き声が木霊したらしい。
だが、こっちではああ、また魔王様が直前でリクエストを変えたのか。
料理長も可哀想に……
という憐れみの声があちこちで漏れていたとか漏れていないとか。
――――――
「あのバズビーチェアーって……」
「ただの椅子です。そうそうそこにある花瓶は先ほど焼き上がったのですよ」
「えっ、ここって玉座があった場所……」
中条が目を向けると、数刻前まで玉座があった場所に一つの煤けた花瓶が置いてある。
そして、何故か菊が一輪刺してある。
「それはバッサーノベースと言うみたいですね」
「捨てて来い!」
「はっ?」
「……」
スッピンの言葉に中条が思わず怒鳴りつけるが、冷気を帯びたスッピンの返事に思わず黙りこくってしまった。
フフッ、効いてる効いてる。