動き出す世界
「それで、また行方不明ですか!」
エリーがイラついた様子で、全員に鋭い視線を向ける。
だが、その視線の先に置かれた者達も不快そうな表情を浮かべている。
場所は北の魔王城の会議室。
メンバーは北の世界からエリー、絶倫、ムカ娘、蛇吉、ライ蔵。
田中城からは荒神、辰子、ブルータス、シャッキ。
中央の世界からはカインのみ。
そして、なぜかケビンである。
「気が付いたら消えてたのだから、仕方が無いモー」
モー太が溜息混じりに漏らすと、周囲の面々にどんよりとした空気が流れる。
約1名を除いて。
「一応、自分は姿を消される前に中央の世界の総指揮を任されましたので」
そう言って嬉しそうに発言するのは、カインだ。
先の創造主による北の世界進行の後にセオザラ、マスカーレイド、ヒモロギの3人が揃って姿を消したのだ。
ヒモロギは一応本体の木の方は残っているが、意思を殆ど持たない田中城の浮遊装置に成り下がっている。
「で、どこに行かれるとおっしゃってました?」
「いや、そこまでは……」
「役立たず!」
エリーにピシャリと切り捨てられて、カインがしょんぼりとする。
ちなみにマイは呼ばれていない。
北の魔王とは一体なんなのか……
「まあまあ、もう田中様は我々の上司ではないのですからエリー殿がそこまで怒られなくても」
「うっ……」
絶倫の突っ込みに、今度はエリーがしょんぼりする。
確かに、今は元上司と部下という関係でしかない。
言ってみれば、最初の夏か冬くらいはお中元とかお歳暮を送るくらいで、年賀状のやり取りのみになり、いずれは自然消滅する程度の関係でしかない。
円満退職をした重役のように、時折会社に顔を出しに来ることはあっても実務的な事には一切口を出さなくなるようなものだ。
それでも尊敬に値する存在ではあるので、顔を見せてくれるだけ、ちょっとした応援の言葉を貰えるだけで嬉しくなるといった程度の存在だ。
今更全力で指示を仰ぐような立場ではない。
「私達は部下なのに、姿も見せてもらってませんけどね……」
「私なんて娘だし!」
そんな中でひときわどんよりとした空気を醸し出している約二名。
そう、荒神と辰子は田中が中野に捕まった時から会っていない。
マスカーレイドとは会ってはいたが、その時は正体を隠されていた訳で、田中の全力の変装に気付ける訳もなく見逃していた。
本能では、逆らえない何かを……もしくは甘えたくなる何かを感じてはいたのだが。
流石にゴブリン相手に、そこまで素直になれなかったことを酷く後悔している。
「そういえば、2人には聞きたい事があったのですが。スッピン殿とチビコちゃんが裏切ったって本当ですか?」
使い物にならなくなったエリーの代わりに、絶倫が二人に問いかけると神妙な面持ちで頷く。
「まさか、あそこまで強かったとは……北の面々はほぼ全員無力化されました。幸い傷は負ってないのですぐに復帰はしてますが、精神的に大きなダメージを負っております」
「チビコちゃんって、本当に人間?」
二人の言葉に北の幹部の面々が首を傾げる。
確かに、スッピンはかなり強くなっていた。
チビコの方も、北の幹部の手ほどきにより人間離れした力を持っていたが、それでも目の前の蛇と龍を手玉に取れるほどではないはずだ。
「もしかすると、中条から何か強化のようなものを施されたのでござるか……」
「もしくは……」
蛇吉の呟きに、絶倫が被せるようにつぶやく。
なんとなく、何か大事な事に気付けそうで気付けないといったもやっとした感覚だ。
今後の方針を決めようにも、中条の動きは今回の手酷い敗戦で暫く大人しくなるのは目に見えている。
そして、中条に止めをさせる田中の消息も不明。
八方塞がりである。
――――――
「ダウト!」
「またかよ!」
「てか、ひもろぎも4いい加減吐き出せよ!」
そんな真面目な会議をしているとも露知らず、中央世界元大魔王城でセオザラ、マスカーレイド、ひもろぎの3人がトランプに興じている。
「っていうか、共通意識持ってるのにトランプとか不毛すぎるだろ?」
「もっと違うの無いのですか?」
「もう少しお待ちくださいギャギャ!」
触手3号が一生懸命、脱出の際に壊れたモニターを修理している。
触手の癖に無駄に器用な奴だったりする。
「ああ、本体が置いて行った魔生ゲームならどっかに無かったっけな?」
「ふふっ……私達がやったところでゴールまで辿り着けると?」
「そうだな。基本的に9まであるルーレットのはずなのに4以下しか出ないもんな」
そこは田中たち。
以前ゴブリンとやった記憶も共有しているのだが、その時も6が1回出ただけで殆どが3か2だったのは記憶に新しい。
「食事の準備が整いました」
ぶっちゃけ、【三分調理】が仕えるメンバーが3人も居るのだが、そこは触手1号のプライドが許さなかったらしく、出来立ての料理を運んでくる。
「まずは前菜の鶏むね肉のガトー仕立てです。フォアグラとブルーベリーのソースでお召し上がりください」
「あっ、はい」
「有難う」
「なあ、これ触手でどうやって作るの?」
トマトの上に三層になったガトー状の胸肉や野菜料理を見て3人が首を傾げる。
というか、その知識はどこから得たのだろうか?
突っ込んだら負けだと思いながら3人が口に運ぶ。
うん、薄味だ。
でもさっぱりとしていて、これはこれで悪くない。
しいて言うなら量が少ないくらいか?
一瞬で皿を空にする3人。
そして運ばれてくる次の料理。
「続きましてカニとホタテのムーステリーヌのサラダ仕立てでございます」
『ブッ!』
皿を運んでくる触手1号に目をやり、思わず吹き出す3人。
なんでコックの帽子被ってるのこの子?とヒモロギが2人に視線を送るが、2人は何も見なかったふりをして、料理に視線を戻していた。
それから無駄に成長したらしい1号に、懐かしいものを見るような視線を送るマスカーレイド。
「マリガトーニスープです」
カレーの風味豊かな香りが漂ってくる。
それを口に運びながら、ああ、やっぱりバーモンドカレーが至高だなとしみじみと思う3人。
「パンです」
パンだ!
3人の意思が一つになる。
誰がどう見ても、文句の付けどころのない味の薄いパンだった。
「舌平目のスフレ、滑らかなムースと海老飾り サフランクリームソースです」
そして運ばれてくる魚ら料理……うーん、カレースープの後にこれはちょっとこってりか?
と思ったが、3人とも割とあっさりとお腹に収まった。
滑らかなムースとクリームソースがくどいかと思ったが、実質そんなに食べて無い前半のメインではありか。
ソースが絶妙に美味しかったので、パンに付けて食べると味気なかったパンがちょっと上品になった。
「梨のソルベです」
え?もう終わり?
まだ、お腹が膨れていないのにシャーベット出て来たよ。
そんな感想を抱きつつも、口の中が綺麗に洗い流されるのを感じる。
「フランス産牛フィレ肉とフォアグラ、トリュフのガレット包みロッシーニ風です」
と思ったらここで肉かい!
またも3人の意思が一つになる。
流石同一人物!
すっかり仲良しである。
せっかくデザートも食べて良い気分だったのに……といっても、まだお腹に余裕はあったのでこれもペロリと頂く。
そして、チーズの盛り合わせを頂き、フルーツの盛り合わせが出て来たのでこれで終わりかと思いきや、何やら仰々しい様子のデザートまで出て来た。
「シャーベット風オレンジのアイスとイチゴのクーリです」
触手の言葉にざわつく3人。
「クーリって何?」
「おい、お前聞けよ」
「いや、触手に聞くのってなんかプライドが」
「ピュレしてから裏漉ししたソースの事ですよ?今回は苺を裏ごしして作りました」
聞こえてた!
3人が顔を赤くしながら、モソモソと口に運ぶ。
美味い!
そして、コーヒーの後に一口サイズのシュークリームやらケーキが出された。
「以上が、触手風フレンチのフルコースです。いかがでしたか?お口に合いましたでしょうか?」
触手1号が不安そうにこっちに尋ねてくるが、なんと返事をしたものやら。
総評としては薄かったり、濃かったり、途中でデザートが出て来たかと思ったら、後半デザートの総攻撃でなんとも言えないというのが正直な感想だ。
どこで、腹具合をコントロールすれば良かったのか。
最後のプチフールが余計であったとは、プルプルと震える触手を前に口が裂けても言えない。
『大変美味しゅうございました』
「良かったです!明日は満漢全席に挑戦しようと思います」
誰だ、こんな触手に無駄な才能を与えたのは!
自分の事を棚に上げて、あんまりな事を思う3人。
そして……
「あっ、モニターの修理完了しましたグギャギャ!」
笑いながら工具セットを蔦に巻いた触手が近寄って来るのを見ながら、本当に無駄な強化だよなと3人が溜息を吐く。
良くも悪くも田中と同類の3人、そしてご主人様そっくりに進化を遂げ、待ちに待ったご主人様に全力の接待をする触手達。
その裏で泣いている者達が居るとは露にも気にしていない3人。
田中らしい日常がここにあった。
世界が動き出していない件……
今日も田中達は平常運行です。