北の世界の中心で愛を叫んだゲテモノ後編
短めです。
本日2話目の投稿ですので、お気をつけください。
「ヨ~ラブッフォエ~バ~♪瞼を閉じてぇ♪君ぅぉ描くよぉ♪そぉれぇだぁけでぇいぃい~♪」
直後、その場に響き渡る場違いな歌声。
妙に甲高い男の声。
「誰だ!」
「誰?」
そして現れた存在に対して、ブルータスと北田が慌てて目を向ける。
「なんすかもう、突然歌いだして!」
「ふふっ……、勇者か……」
そして二人の目に飛び込んで来たのは、ゴブリンと、ゴブリンメイジであった。
「マスカーレイド様!」
「ゴブリン?」
現れたゴブリンメイジに対して救いを求めるような眼を向けるブルータス。
現れたのがゴブリンということで首を傾げる北田。
「ムカ娘……よくブルータスを庇ってくれたな」
マスカーレイドはブルータスの手からムカ娘を掠め取り、慈愛に満ちた眼差しを向ける。
たかがゴブリンメイジに似合わぬ、慈しみを湛えた眼だ。
「あの……」
ブルータスが、マスカーレイドの突然の行動に思わず不満を漏らそうとしたとき、目の前の光景に目を大きく見開く。
ムカ娘の背中を支えるマスカーレイドの手が光輝いたかと思うと、ムカ娘の腹の傷が一瞬で消え去る。
いや、それどころか千切れた部分の出血?出液?も完全に止まる。
そして、ゆっくりと光を取り戻すムカ娘の複眼……キモい。
「あ……主さ……ま?えっ?マスカーレイド殿?いや、この温もり……」
目の前で心配そうに覗き込むゴブリンメイジに対して一瞬嬉しそうな表情を浮かべたが、すぐに曇らせる。
「ふふっ、お前は誤魔化せないか……」
マスカーレイドが一瞬眩い光を放ったかと思うと、目の前に現れる黒髪黒瞳の美の化身。
今度こそムカ娘の目が大きく開かれる。
「主様っ!」
「うわっ!」
失われた左中腕も完治したムカ娘が6本の腕で、田中に抱き着く。
思わず避けそうになった田中だが、ここは流れに身を任せる。
田中は日本人だから空気が読めるのである。
「主様っ!主様っ!主様っ!」
「ふっ、ブルータスを守ってくれて有難うな……だけど、それでお前が死んだら俺はもっと悲しいぞ」
そう言ってムカ娘の背中をポンポンと叩く田中。
ムカ娘の好感度が急上昇で、恐らくもう逃げ道は無くなるかも……とちょっとげんなりしつつある心を完全に隠して爽やかな笑みを浮かべる。
「くそっ、お前が田中か!丁度いい、この場で始末すればすべてが終わる!」
北田が日本人の癖に空気も読まずに、新たに呼び出した予備の神剣……アンサラーで背を向ける田中に対してブレイブスラッシュを放つ。
神気武装、そして神剣アンサラーによるブレイブスラッシュ。
たとえ中野であっても無傷では耐えられないだろうと、考える正真正銘の本気の一撃だ。
だが、その斬撃は田中に触れる事無く霧散する。
その田中は、未だムカ娘に抱きしめられたままだ。
その姿をブルータスが羨ましそうに見ているのは言わぬが華だろう。
「勇者が背後から不意打ちか……本当に良い性格してるよ……」
ようやく落ち着いたムカ娘をその場に寝かし、田中が立ち上がる。
その身体からは魔力が可視出来る程に迸っている。
「悪いけど、今回ばっかりはちょっとムカついたかな?」
それからゆっくりと振り返る。
顔が北田に向けらる間に、徐々に角と髪が伸び、身体が一回り大きくなる。
そして、その背に生える大きな翼。
そう、魔人形態である。
「なっ!なんだ、そのバカげた魔力は!それに、さっきの一撃は中野でも防げるはずが無い一撃だったのに」
慌てて距離を取る北田だが、ドンっという音と衝撃を背中から感じる。
「ん?どこに行くんだ?」
「えっ?」
北田がゆっくりと振り返ると、こちらを見下ろす田中の顔が目に入る。
「ちょっ!マジか!くそっ!」
慌てて北田が斬撃を放つが、田中がそれを薬指と親指で軽く摘む。
「くそっ!放せ!」
北田が懸命に田中に摘まれた神剣アンサラーを引き抜こうとするが、ピクリとも動かない。
「弱いな……」
顔を真っ赤にして剣を引っ張る北田に対して、田中がポツリと呟いて指を放すとバランスを崩した北田が思わず後ろによろめく。
だが、すんででとどまった北田が一気に田中から距離を取る。
「うわあああああああああ!【ブレイブエクストリーム】!」
さらにそこから恐怖にかられた北田が無限とも思われるブレイブスラッシュを放つが、田中はその全てを薬指だけで受けきる。
器用に薬指を動かし、指が触れた瞬間に光の斬撃が一瞬で消え去るのだ。
見ているブルータスもゴブリンもムカ娘も言葉が出ない。
あまりに次元が違い過ぎる。
「知ってるか?実は薬指の方が小指よりも力が入らないんだぜ?」
「うわあああああ!くそっ!くそっ!くそっ!」
とうとう、恥も外聞もかなぐりすてた北田が、残された全ての神気と生命力を変換してまでの全力で田中に斬りかかるが、今度は曲げただけの左手の薬指と掌に摘まれて動かなくなる。
ありえない……ありえるはずが無い光景に、ついに北田の心からポキリという音が聞こえる。
「ハハッ……ハハハッ…化物だ……勝てる訳が無い……中野?中条?あれはまだ分かる……あいつらはまだどれほどか分かる……でも……こいつだけは……」
「ああ……そうそう、さっき言ったのは嘘だ……実は俺ちょっとじゃなくて、本気でムカついたんだわ」
田中が思いっきり低い声で怒りを露わにすると、北田の顔面を右手で掴み思いっきり上空に投げ飛ばした。
凄い速さで、様々な穴から色々なものを飛び散らかしながら上空高くまで飛ばされていく北田。
そこに向けて田中が、左手で闇の魔力による一撃を放つ。
だが、それは北田の頬を掠めただけで、上空に吸い込まれるように消えていった。
大分立ってから、北田の身体が地面に叩き付けられる。
どれほどの高さまで投げ飛ばされたのだろうか。
北田は全身に激しい痛みを感じ、その場から動けなくなっていた。
「お前さあ?洗脳されてねーだろ?」
「えっ?」
田中の言葉に、思わず北田の目が泳ぐ。
だが、次の瞬間、北田の頬の横がを張り手通過しドンッという音が鳴る。
壁ドンならぬ、床ドンである。
だが、ただの床ドンじゃない。
次の瞬間地面が大きくひび割れて、半径500m近いクレーターが出来る。
町の建物が崩壊し、ブルータスと急展開に着いていけていないゴブリンがあまりの衝撃に立っている事もできずにその場にへたり込む。
というか、今の衝撃で街のあちこちに被害が出ているし、幹部達にも衝撃が走ったのは言うまでもない。
全員が慌ててこの地に集結しつつあるのを感じながら田中が、北田を摘み上げる。
「お前、今から俺の部下な」
「えっ?」
「あっ?」
「はい……」
唐突な田中の申し出に北田が思わず裏返った声で返事をするが、田中に凄まれてすぐに肯定の意を表す。
そして、北田の胸に手を突っ込む田中。
「うっ!」
「いま、お前の心臓に魔力を流し込んだから。ついでに核も作って魔族にしたから。裏切ったら感情も全て奪って中条に突っ込ませて爆発させるから。いいな?」
「はい……」
鬼の所業である。
だが、それだけ田中が怒っていたという事である。
留まる事の知らない田中の全力と、田中が自分の事でここまで怒ってくれたという事に対してムカ娘は多幸感に包まれつつ意識をそっと手放す。
いかんせん体液を流し過ぎたらしい。
イヤらしい意味じゃないよ?
――――――
「何、今の?」
一方中条城では。
突如空間を越えた謎の闇の一撃が中条の天空の城を貫き、中条の頬を掠めていったことに対してすっごいビビっていた。
自分の頬から流れる血を手で拭いつつ、得たいの知れない攻撃に対して焦りと恐怖を感じ、またその光景を見ていた部下達にも緊張が走っていた。
「もしかして……田中?」
喧嘩売る順番を間違えたかもと考えながら、中条は取りあえず怪我を治療するのであった。
――――――
田中が初めて無双したのではなかろうか……
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