蛇に睨まれた勇者
一方そのころ、町の大通りでは。
「ようやく魔王軍のお出ましか」
西田が指をポキポキと鳴らしながら、2人の魔族と対峙している。
「おやおや、ここもはずれでありんすか」
「というより、今回の勇者達全員外れっぽい」
ムカ娘が扇で口元を隠して、欠伸をかみ殺すの隠す。
その横ではウロ子が、隠す事もせずに大きな欠伸をしている。
「なっ!お前らそこそこやるみたいだが、2人で来たくせに生意気だな?あっ?」
2人のふざけきった態度に、西田が顔を歪ませて2人に対してメンチを切る。
左の眉尾を思い切り下げ、右目を大きく見開いて、口も歪んでいる。
うん、彼女はヤンキーだったに違いない。
なかなか、郷に入った表情だ。
「プッ!ただでさえ、お顔がよろしくありんせんのに、わざわざ歪ませなくても良いでありんしょう?」
「そんな事言ったらダメ。あれでも必死」
その顔を見て、2人が思わず吹き出す。
2人からしたら、所詮ただの勇者がどれだけ凄みを利かせたところで、蟻に睨まれたようなものである。
「決めた!お前らぶっ殺ーす」
あっという間に、とさかに来たらしい西田が地面を蹴って一気に間合いを詰める。
「ここは、ウロ子さんにお任せしますわ。妾はもっと強そうな者を探しますゆえ」
「なっ!」
西田にとって、割と最速に近い突きであったにも関わらず、それよりも早くムカ娘が後ろに移動しその間合いから逃げる。
勿論、ムカデの足を超高速でカサカサと動かしての移動である。
キモい。
「あっ!ムカ娘ずるい!」
そしてそのまま消えるように移動するムカ娘。
うん、ただの転移だが、何故かムカ娘が使うと不思議な気持ちになる。
「くそがっ!だったら、残ったテメーをとっとと殺して、後を追ってあいつにも後悔させてやんよ!」
自慢の一撃が空振りに終わった西田が、すぐに地面を蹴って方向転換するとウロ子に肉薄する。
そして放たれる、高速の蹴りの連打。
「オラオラオラオラオラッ!喰らいやがれ!」
物凄い速度で繰り出される蹴りが、全弾ウロ子にヒットする。
そして西田はニヤリと笑い止めとばかりに、フィニッシュブローならぬフィニッシュキックとなる踵落としをウロ子の頭に叩き込む
「ふわぁっ、今何かした?」
「えっ?」
そしてそのままウロ子の頭を蹴り抜いて反対側に移動した西田振り返って見たのは、首を鳴らしながら欠伸をするウロ子だ。
まるで何事も無かったのように、普通に立っているウロ子に対して西田が一瞬後ずさる。
「は……ハッタリだ!」
まるでありえない物を見るかのように、両目を大きく開かせた西田が再度蹴りかかるが、今度はその全てを尻尾で防がれる。
人間形態のウロ子の腰から生えた10m級の尻尾が、西田の蹴りと同じ速度で動き回り全ての蹴りを受けきったのだ。
「あの大きさで、そんなに早く動くの……か?」
「早く?あの程度で?早いっていうのはこういうのを言うの」
次の瞬間、何かが頬を掠める。
何が起こったのか分からない。
だが、自分の横をゆっくりと戻る物体を見て急激に西田の戦意が落ちていく。
そう10m級の尻尾が、文字通り目にも止まらぬ速さで西田の頬を切り裂いたのだ。
ヤバい!ヤバい!ヤバい!ヤバい!ヤバい!ヤバい!ヤバい!
これが顔や、胸、腹に向けられていたら今の一撃で確実に死んでいた。
そう分かる程の、強烈なインパクトを受ける。
「お前が化け物だってのは、よーく分かった。だが、そろそろこの辺の魔族を狩り尽くしたオレの部下達がすぐに駆け付けるぜ!そしたら、お前なんて一瞬でぶち殺してやんよ!」
そう言って周囲に目を向ける西田。
どうせこの辺りには住人しか居なかったはずだ。
他に魔族を連れた様子も見えないし、どうせこいつ1人で先行したんだ。
すぐに取り囲んで、必殺の一撃を浴びせれば。
現に、周囲のあちらこちらから魔族の呻き声が聞こえる。
「いてー!うわっ、肩が切られた!」
そっちに目をやると、肩に掠り傷を負い少しだけ血を流すアルマジロ族の魔族が。
「もういいわ、まるまるわ」
そしてその魔族が丸まった瞬間、勇者達の斬撃が全て弾かれる。
「えっ?まあ、丸まってたらこっちに来れないから良いか」
数人の勇者が取り囲んで、一生懸命斬りつけているがどんどんと剣が刃こぼれをしていくだけで、一向に傷が付く様子は無い。
「痛い!尻尾斬られた!」
次に声がした方に目を向けると、ガラパゴスゾウガメ族の男が尻尾の先っぽがちょっと傷付いて血が出ているのを悲しそうに見ている。
「もういい、甲羅に潜る」
そして甲羅に潜った瞬間に、勇者達の斬撃が全て弾かれる。
「まあいい、甲羅に潜っていたらこっちに来られないだろう」
ふと、周りを見渡すと至る処に丸まったアルマジロ族の魔族と、ガラパゴスゾウガメ族の魔族が居て、勇者が数人掛かりで一体を攻撃している。
さらに所々に丸まったダンゴムシ族や、面倒臭そうに攻撃に耐えているクロサイ族の魔族が居る。
「お……お前ら、そいつらはもういい、こっちを手伝え!」
「えっ?」
「あっ、はい!」
西田に呼びかけられた勇者達が、慌てて西田の元に駆け付けようとする。
だが次の瞬間!
「僕回りまーす!」
「僕も回りまーす!」
「僕も回りまーす!」
「ワイは走るでー!」
アルマジロ族とダンゴムシ族の魔族が縦横無尽に転がり始める。
「うぎゃっ!」
「ぎゃっ!」
「ひゃっ!」
そしてその2つの魔族に轢かれる勇者達。
さらに亀は横回転しながら、空中を飛び回る。
まるでガメラだ。
勿論、周囲の勇者を巻き込みながら。
そして、サイは走っただけで脅威である。
みるみるうちに、弾かれ、轢かれ、踏み付けられ減っていく勇者達。
「ははっ、はははっ、嘘だろ?」
その様子に、声を失う西田。
僅か数分で殆どの勇者が倒され、西田は思わず言葉を失う。
「ああ、もう本当に使えない奴等だ!分かったよ!オレが本気でやってやんよ」
そして、何かを諦めたような表情をした西田が右手を掲げた瞬間に、眩い光が西田を包み込む。
やがて光が収まると、西田の来ていた道着が金色に光り輝いている。
「うわっ、成金趣味……ださっ」
あまりの言われようである。
だが、確かに金ぴかぴんの道着はいささか思うところがあるのも事実だ。
「だから、この力は使いたくなかったんだよ!転生勇者の一部だけが創造主様に与えて貰った能力だよ!神気武装ってんだ。覚えとけ!まあ、どうせ死ぬんだから意味ないけど……」
「な!」
そして声が消えたかと思うと、ウロ子の全身に痛みが走る。
神気武装により、とりわけ体術が強化された西田の正真正銘最速の攻撃だ。
いまの一秒間に、およそ1000発の蹴りが放たれたのだ。
「ふーん……今のはちょっと痛かった」
「ちょっと?強がってんなよ……」
「っと!」
そしてまたも消える西田。
確実にウロ子の身体に傷が……出来てない。
ウロ子の強靭な鱗の前には、早いだけの攻撃などなんの意味も無いらしい。
精々柔らかな木の枝でペチペチと叩かれているようなものらしい。
とはいえ、痛みは感じるらしくウロ子がちょっと不快そうな顔をしている。
「ちっ、これでも駄目なら、もう一段階あげてくか!」
さらに光を強く放つ西田の武道着。
この状況で、次々と隠していた能力や技を解放していく西田。
田中に言わせれば、アホである。
戦場で敵陣のど真ん中。
真っ先に全力で挑んで、とっとと終わらせないと何が潜んでいるか分からないというのに。
力を出し惜しみして死ぬ奴は、とっとと死ね。
それが、田中の教えだ。
「蟻だと思ってたけど、ミツバチ程度にはやるようね。ならちょっとだけ本気を見せてあげる」
にも関わらずウロ子も出し惜しみしていた。
だが、それは……
「なっ!なんだ……それは……」
ウロ子が軽く魔力を解放して、姿を変えた途端に西田が動きを止める。
そしてガタガタと震え始める。
さっきまで巨大な尻尾が生えた人間だったのが、いまは下半身が巨大な蛇でその背には竜の羽が生えている。
そう、この世界で7つの災厄の1つとして広く知れ渡り、一種の信仰の大将であるアジ・ダハーカ形態である。
相手がこっちを嘗めて掛かり、全力を出して勝利を確信した瞬間にこちらの全力を見せつけ心を折るだ。
これも田中の教えだ。
圧倒的な力量差がありつつ、確実に自分に脅威が無い時に使う嘗めプである。
「か……勝てない……勝てる訳が無い……これは大魔王以上……、いや創造主様でないと、相手にすらならない……」
西田の股間を生暖かいものが流れる。
そして、そのまま頭を抱えて蹲る。
あっ、ちなみにこの間も魔族がくるくる回りながら周囲の勇者を巻き込んでいたのだが、流石にウロ子が変身した瞬間に動きを止めた。
「あっ、勇者が漏らした!」
「ああ、勇者漏らしてやんの!」
「やーい、やーい!」
「お漏らし!お漏らし!お漏らし勇者ー!」
そして今度は西田の周りを集団でくるくると回り始める。
ただの苛めである。
小学生か!
いや、近頃の小学生でもこんな幼稚な事はしない気がする。
「当たり前。私は北の魔王の眷族なんかと一緒にしないで。私はタナカ様の直轄」
そして誇らしそうに西田に指を突きつけるウロ子。
当然西田は聞いていない。
ただ、ひたすら頭を抱えてその場に蹲るだけだった。
いよいよ、次は真打です。
が、その前にもう一つの方を更新しようと思いますので、明後日か明明後日の投稿予定です。
ブクマ、評価、感想受け付けてます。