そのころ北の世界では…
「マイ様!森の外れでヒガの野郎…間違えた、国境警備主任のヒガ殿が勇者と交戦中です!至急援軍をとの要請がありました」
「えー、面倒くさい」
魔王城玉座の間に、慌てた様子のスネークヘッド族の伝令が飛び込んできた。
正直言って、ヒガさんの事だから死なないだろうし、どうでも良いっちゃあどうでも良い。
「ですがあそこを抜かれると、森を抜けて王都城下町まで進軍してくる恐れがありますが?」
手をしっしといった感じで振っていたら、エリーさんが冷めた表情で指摘してくる。
かと言って誰を向かわせるのが適任かなんて分かんないし。
「じゃあ、幹部の誰かが適当に行ってパパッと終わらせたら良いんじゃない?」
どうでも良い感じで応えると、エリーに睨まれた。
あれっ?私って魔王で、この人の上司だよね?
いっつもこんな調子で私の行動を制限してくるけどさ。
でも妙な迫力を持つ彼女に普通に逆らえないというか…結局エリーさんが決めて私が指示出してるんだから、もうエリーが魔王で良いじゃん。
「なんか困っているみたいだな」
とか思っていたらいつの間にか部屋に2匹のゴブリンが迷い込んでいた。
っていうか、口調はカッコいいけどただのゴブリンの癖に生意気だ。
「これはゴブリンさんと、マスカーレイド様」
すぐに2匹に対してエリーさんが、丁寧なお辞儀をする。
一応元魔王でもある田中の直属の部下という事で、客人扱いで領内に置いているのだが、こう見えてわりと田中の部下は皆優秀だったりする。
というか、むしろ私にくれ!
「自分は”さん”で、マスカーレイドは”様”っすか…」
早速ゴブリンが凹んでいるが、ゴブリンの分際で側近にさん付けされるだけでも恐れ多いと思え!
横に居るマスカーレイドさんは、ローブのフードで顔が隠れているが僅かに見える口元が歪んでいる。
まあ、エリーさんの気持ちは分からないでもない。
マスカーレイドさんの方は、圧が違うというか…なんていうか様だよね?
威厳ある風格と、隠し切れない魔力。
信じられるか?これでゴブリンメイジなんだぜ?と言いたくなるような様相だ。
「もしかして、お二方に向かって頂けるのですか?」
エリーさんが嬉しそうに2人に話しかける…というか、主にマスカーレイドさんにだけど。
「ああ、ずっと城に籠っていたんじゃ体がなまって仕方が無いからな。それに、そこの可憐なお嬢様が困ってらしゃるみたいですし。美女を助けるのは男として当然の務めですから」
そう言ってこっちにウィンクしてくる。
正直ぶっ殺したい。
けど、田中のだしそれは流石にまずいよね?
「お客人を働かせるのは大変心苦しいのですが、向かって頂けると助かります…ですよね?魔王様?」
「えっ?あっ、うん」
急にエリーに話を振られて、つい適当に返事してしまった。
あの表情…聞いてなかったのかよって表情だ。
うわあ、絶対あとでなんか罰受けるパターンだよこれ…やだよ。
これも全部あのゴブリンのせいだな。
なんかゴブリンがちょっと悲しそうな顔してるけど。
「あの、エリーさん?自分に向かって言って貰っても良いっすか?」
ああ…主にマスカーレイドさんに対してエリーが話しかけてるからちょっといじけてんのか。
小さい奴め…飼い主に似たんだろうな。
っと、今度はマスカーレイドに睨まれちゃった。
っていうか、怖いよこいつ。
「これは主様が暇潰しに作った玩具のようなものですから、こんなもので主様の品位を
計れるなど努々思わぬように」
「あっ、はいすいません…」
うわあ、めっちゃエリーに睨まれてる。
っていうか、こいつマジ苦手。
たかがゴブリンメイジをここまで育て上げる田中のっとこれ以上は不味いわ。
マスカーレイドさんの背後に鬼が見えてる。
ついでにエリーの背後にも。
「まあ、創造主直下の勇者とやらが、どれほどのものかという威力偵察も兼ねてますのでお気になさらずに…どうせ、創造主はいずれ滅ぼすので」
「そう言って頂けますと、助かります」
そう言ってエリーが頭を下げてるがちょっと頬が赤くなってる気がする。
ていうか、こいつめっちゃモテるんだよね。
うちの幹部を差し置いて、このマスカーレイドと、荒神、そしてスペインオオヤマネコ族のジャックの3人が北の世界3大美形魔族としてうちの城下でも大人気だ。
最後誰だよ!
っていうか、異世界なのにスペインオオヤマネコって言っちゃったよ。
どういう訳か、この世界の動物系や虫系の魔族って地球と同じ名前なんだよね。
多分、創造主も大魔王も日本人って事が原因の一つじゃないかと思ってるけどさ。
っていうか、3人中2人が外様な上に、うちの幹部ランク外とか。
ちょっと笑える。
「取りあえず状況を確認する。行くぞ雑魚」
「えっ?雑魚って自分すか?」
「…」
うわあ、酷いわ。
マスカーレイドさん他に誰が居る?って目つきしてる上に、無言とか…あっ、消えた。
「相変わらず魔力の流れが美しい方ですね。まるでタナカ様のようです」
「あー、さいですか」
エリーがキラキラとした目でさっきまで2人が居た場所を眺めていたが、すぐにこっちに視線を移す。
それからニヤリと笑う。
「それに引き替え、うちの主様ときたら…はあ…」
うわぁ、めっちゃ溜息吐かれたんですけどぉ。
なんか、魔王って思ってたのと全然違うんですけど?
「もう一度、教育が必要なようですわね」
「げっ!」
それから3時間、個室で魔王学なるものを再度学習させられた…正座で…辛い。
―――――――――
「ふんっ、勇者如きに遅れをとるわいやないでー!」
ヒガが手を振るうと、強烈な衝撃波が発生し先頭を行く勇者を弾き飛ばす。
「歩兵勇者達!大丈夫か?」
「僧侶勇者!すぐに回復を」
「はい!行くわよ貴方達!ハイキュアー!」
僧侶の恰好をした勇者達が手に持った杖を掲げると、辺りに光が降り注ぎ弾き飛ばされて呻いていた歩兵勇者達を回復する。
「ありがとう僧侶勇者達!くそ、たかが国境警備隊の分際で!皆行くぞ!」
『おー!』
「撃ち方よーい!撃てー!」
『全てを斬り裂け!ブレイブスラッシュ!』
歩兵勇者300人によるブレイブスラッシュが一斉にヒガに向かって放たれる。
「ちょっ、お前らせこいでー!1人相手に300人掛かりで必殺技とか!無いやろ普通!」
ヒガが一生懸命にその斬撃を躱しているが、当然全てを躱しきれる訳もなく…299発くらい喰らう。
「いてっ、ちょっ!地味に痛いから!効かないけど地味に痛いから!」
ヒガが身をよじらせながら降り注ぐ斬撃に耐えていると、歩兵勇者の後ろから100人くらいの人影が飛び上がる。
「いくぞ戦士勇者達!」
『おー!』
『全てを斬り裂け!ジャンピングブレイブスラッシュ!』
上空に飛び上がった100人の戦士勇者達による斬撃の雨が降り注ぐ。
これには流石のヒガもたまらなかったのか、全力で魔法障壁を張る。
「その程度の攻撃で、わいの魔法障壁を破れると思うなよ!」
『パーフェクトマジックウォールキャンセレーション!』
その時集団のさらに後ろの方から、魔法障壁無効化の魔法が聞こえてくる。
魔法使い勇者達150人による合体魔法だ。
対魔王魔法障壁用に創造主が作り出した魔法の1つだ。
これにより、ヒガの魔法障壁が音も無く消え去る。
「うそですやーん!」
憐れヒガ…頼りの魔法障壁も消え去り戦士勇者のジャンピングブレイブスラッシュを全弾浴びて、空中を舞うように吹き飛ばされる。
「行け!弓兵勇者達!」
『おう!』
ちなみに先ほどから指示を出しているのは、指揮官勇者である。
指揮官勇者の指示に従い、魔法勇者達と同じ隊列に居た弓兵勇者達が弓を引く動作をする。
『全てを貫け!ブレイブショット!』
そして放たれる無数の光の矢。
弓兵勇者50人による、光の矢である…そのままだ。
「あででででで!っていうか、なんで威力がそんなに低いんや!もうちょっと威力があればそれなりになるっつーのに、ダメージが地味過ぎて腹立つわ」
ヒガが空中で何度も弾かれているが、大してダメージは負っていないようだ。
勇者達の攻撃が地味なのではなく、ヒガが無駄に硬いのだ。
「くっ、たかが窓際幹部のくせして、本当に硬い奴だな!おい、重兵勇者達!斧を構えろ!」
「誰が窓際幹部や!その一言の方がよっぽどダメージでかいわ!」
結果、ヒガにとって最もダメージが多いのは攻撃ではなく口撃だったりする。
その様子を上空から眺める2体の怪しい影。
まあ、ゴブリンとマスカーレイドなのだが。
「あのヒガって奴も結構やるな…この戦いどう思う?」
「…」
「無視っすか!」
ゴブリンが折角雰囲気を作ってそれっぽく話しかけたのに、完全に無視を決め込むマスカーレイド。
割と酷い奴である。
と思ったら、マスカーレイドがおもむろにゴブリンの頭を掴んで地面に向かって投げつける。
余談だが、ゴブリンがどうやって飛んでいるのかというのは、田中が作ったからだというのはこの世界では全ての配下が納得できる理由である。
「ちょっ!速いっす!怖いっす!てか酷いっすーーーーー」
音速を超えたゴブリンが地面に到達すると、その衝撃の余波で周辺の勇者達が一斉に弾き飛ばされる。
ついでにヒガも…
「ぐはっ!なんや今の攻撃は!今までの勇者のみみっちい攻撃とは桁がちゃう」
ヒガが20m程吹き飛ばされ、地面を20回転くらい転がったあとで、どうにか立ち上がって衝撃が起こった辺りを見つめる。
衝撃の中心はいまだに砂煙が晴れず、何が起こったのか理解できない。
「ドイヒー…」
何やら聞きなれない声が聞こえてくるが、只者では無い事だけは纏った魔力からも見て取れる。
「ちっ、モタモタしてたから新手が現れたか!」
「そこの窓際幹部とはだんちの魔力、これは本当の幹部のお出ましか?
「くそっ、窓際幹部だけでもてこずってるっていうのに、これ以上強い奴が出てきたら流石に作戦に支障が…」
まあ、勇者達にとっても予想外の攻撃ではあったわけで、動揺が走っている。
そして砂煙が晴れてくると、徐々に露わになってくるシルエット…
『スケキヨ?』
一部の勇者とヒガが同時に叫ぶ。
「おい誰やいまスケキヨつったの!日本人おるやろ!」
「おい…あの窓際幹部、スケキヨ知ってるぞ!」
「しっ、黙れ!注目されるじゃねーか!」
勇者達の中に同郷者が居る事に驚いたヒガだが、それは勇者の中に居る地球人にとっても同様だ。
ただ目立つわけにもいかないので、あちらこちらから口笛の音が聞こえる。
どうやら勇者の中に居る異世界人は、あまり頭が宜しくないらしい。
「おい!口笛吹いてる奴等!お前らや!」
一斉に口笛止む。
「おい、タケシ!お前の事じゃないか?」
「うん?俺は生粋の北の世界人やで!」
「なんだよ北の世界人って!」
「貴方、いま口笛吹いてませんでした?」
「うち?うちはほら、鼓笛勇者目指してたから、たまに口笛ふきとーなんねん」
「初耳なのですが」
「おまえ…」
「言うな…」
勇者達の中でも軽い混乱が生じている。
というか、この間ゴブリンは完全に放置である。
「どっせい!」
ゴブリンが腕の力だけで地面から飛び出すと、空中で3回転して地面に降り立つ。
「ふっ、見苦しいとこを見せたな。おい!そこの雑魚兵、俺が来たからには安心しな!この程度の烏合の衆一瞬で皆殺しにしてやるよ!」
ゴブリンがヒガに向かってカッコつけているが、音速を越えた衝撃で服は全て消え去っている。
完全にただの裸の野ゴブリンである。
「ちょっ!なんで裸っすか!」
「ゴブリン…」
「ゴブリンや…」
「ゴブリンだ」
「なんでゴブリン?」
「分からん…」
「っていうか、あの窓際幹部ゴブリンより弱いの?」
「雑魚兵って言ってたよね?」
「あれで雑魚なの?」
「てか、あれよりゴブリンが強いとか、北の魔王城周辺やばくね?」
「これ、無理ゲーでしょ?」
「無理ゲーって何?」
「あっ…」
「貴方、口笛吹いてた子よね?」
「なんでもないでーす」
「ゴブリンなんてほっといても繁殖しまくるのに、あれがゴブリンのスタンダードなら、あれが20体出てきたら私達全滅じゃない?」
「確かに…あの窓際幹部くらいなら、いくらでも相手出来るけど」
先の攻撃をただのゴブリンが行った事で、勇者達の表情から光が消えていく。
さらに追い打ちをかけるように舞い降りてくるマスカーレイド。
「ちょっ、ただのゴブリンであれなのにゴブリンメイジとか…」
「終わった…これマジで終わった…」
だがこの中で一番酷い面をしているのは、当然ヒガだ。
窓際幹部を連呼され、あまつさえたかがゴブリンに雑魚呼ばわりされ、さらに相手方の評価も散々なのだ。
死んだ魚のような目になるのは当然の事だろう。
「くそっ!こうなったら、玉砕覚悟であのゴブリンメイジだけでも!」
「そうだな、あれを倒せば後続の部隊で、この先まで進めるはずだ」
「ああ、ゴブリンメイジなんてそうそう居るもんでもないしな」
全員の目が死兵のそれへと変わる。
自分の命を投げ打ってでも、目標を達成させる。
そのために覚悟を決めた目だ。
愛する家族の為!尊敬する創造主の為!そして、この世界の平和の為!そのためなら自分の命などどうなっても構わない。
目的を達成する事こそが、魂の救済につながる。
いまここに、先発隊勇者部隊の決死の進撃が…
「あっ?」
始まらない。
「と思ったけどあっちのゴブリンと、ついでに窓際幹部やろっか?
「そ…そうだね…無理な事するより、確実性の方が大事だしねー?」
「ねー!」
「よしっ!目標変更!ゴブリンとついでに窓際幹部!」
人間命を掛けてもどうにもならない事もあるのだ。
仕方が無い。
「なんでっすか!」
「なんでやー!」
一人と一匹に向けて、生命力と引き換えに放たれたブレイブスラッシュ。
森に一人と一匹の叫びがこだました。
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