突然ですが…閑話です(○○ビル、本社会議中編)
「これで、こっちの世界で自分達が出来る事はほとんど無くなったといってもいいかと」
トウゴが溜息を吐きながら渡野に話しかけると、渡野が目を細める。
確かにトウゴの言う通り、いまの彼の力では強化された中野、そしてその配下の将軍に対してどうこうできることは少ない。
本来ならば、ケビンを使って内部の情報を手に入れつつ、田中のサポートを行い中野を無力化することを考えていたのだが、肝心の田中が敵の手に落ちてしまった今、トウゴで出来る事は皆無だ。
ケビンもヨシツネが田中陣営に吸収された時点でお役目ごめんというわけで、彼らの仕事は実質無い。
「そうですね。取りあえずトウゴさんは、東の世界に戻ってもらって大丈夫ですよ。進展があれば伝えます。それからジュンヤはタケルと名乗る勇者に接触を試みてください」
渡野がトウゴに向かって、一度自分の世界に戻るよう伝えると、騎士風の男性に声を掛ける。
「まずは自分が田中陣営に入り込むというわけか…だが、そのタケルという男は果たして使えるのですか?」
ジュンヤと呼ばれた男が渡野に問いかける。
「それを調べる事も含めて、接触してください」
「…であるか。渡野さんにしてはなかなかに雑な指示ですね」
現状、田中サイドの話というのは、自分の持つ傘下のグループ企業や飲食店からの情報と、トウゴ達からの情報しかないわけで、これ以上の内情を知ろうと思えばどうしても潜り込む必要がある。
とはいえ、ここまでの話で田中という男はなかなかに話が分かる男だろうということは予想出来る。
そして、優秀な人材を欲しているという事も。
であれば、この4人の中で最も剣の扱いに長けているジュンヤを送り込むのは、悪くない手だろう。
惜しむべくは、田中が中野に捕獲される前に動くべきだった。
そう考えながら、渡野が無言で頷く。
「まあ、取りあえずそのタケルとやらが向かった東の大陸に行くか…」
「お願いしますね」
ジュンヤの魔力が高まったかと思うと、一瞬で全員の前からその姿を消す。
「転移魔法ですか…騎士型の人間だと思ったのですが」
トウゴがジュンヤが立っていた場所を、驚いた様子で眺めていると女子高生風の格好をしたツインテの女の子…梅子がクスリと笑う。
「いえ、ただの筋肉強化による、肉体的移動だよ」
そう言ってトウゴの後ろを指さす。
トウゴがゆっくりと振り返ると、そこには人間が走ったような形に壁に穴が空いていた。
「ふう…せめて建物の外までは普通に出て貰いたいですね」
渡野がその壁の穴に向かって手を翳すと、一瞬で穴が塞がれる。
「アイツ面白いネ!走って壁を通り抜けて、人の形に穴が空くとかアメリカン大好物ネ!」
ケビンがおおはしゃぎで壁の穴を見て、笑っている。
その姿に、その場に居た全員が少しだけホッコリする。
「取りあえず自分達も戻りますね。流石に、あまり長い時間城を開けていると中野に疑われても厄介ですし」
そう言ってトウゴが立ち上がると、ケビンも一緒に立ち上がる。
「もう帰るのか?でもケビンも、ケンチキ食べられたから暫くダイジョウブヨ!」
ちゃっかり、オウガと一緒にカツカレーとケンチキを堪能したケビンも、少し落ち着いたらしい。
「ケンチキ…」
ケビンの発言に、梅子が羨ましそうな視線を送る。
渡野のお陰で、様々な料理が開発されてはいるが、どうも自分達が食べて来たものと完全に一致するものは殆ど作れていない。
調味料しかり、材料しかり、技術しかり、色々なものが一般的な日本人である彼等では再現出来なかったからだ。
そう言った意味でも、田中に会うということは彼らにとってすごく重要な意味を持っていた。
どうやらここでも田中の料理一つで、交渉を有利に進められそうだ。
「梅子も一緒に来ればヨカッタヨ!田中女の子好きそうダカラ、強請ればなんでも作ってクレソウネ!」
言い得て妙である。
確かに、こっちに来て初のモテキ到来の田中だが、それでも人型の女性に好意を寄せられた事は無い。
チビコは例外である。
田中は幼女愛的な嗜好は持ち合わせていない。
「お三方も、くれぐれも中野には気を付けてくださいね。何を企んでいるか分かりませんし」
トウゴが3人に向けて声を掛けるとケビンを連れて転移を発動させようとする。
「ええ、しばらくはこのビルに籠りますから、ご安心を」
吉田が代表して答えると、トウゴが頭を下げて転移を発動させる。
そして、部屋には3人だけが残される。
「にしても…ままならないものですね」
「もし、田中さんが噂通りの方なら、すでに自力で脱出出来ていると思うけど」
「ヨシリンの言う通りだね。やっぱり、所詮はただの転生者って事ね」
渡野の呟きに、2人が思い思いの反応をする。
魔力を自由自在に操り、規格外の事を成してきた田中が中野に捕まった。
そして、中野の元から逃げ出せないという事で、3人は田中の能力を下方修正することにした。
…がすぐにそれが間違いだった事に気付く。
『おーい!聞こえるか?』
突如部屋に鳴り響く謎の声。
「ん?」
「まさか!」
「えっ?ここが見つかった?」
3人が慌てて周囲を見渡すが、そこには誰の姿も無い。
確かに声は聞こえた。
その証拠に、3人ともが同時に周囲を警戒した。
しかし、声の主はどこにもいない。
『ああ、すまんな。ちょっと見えるようにするわ』
そんな声が聞こえたかと思うと、部屋の壁に突如謎の映像が映し出される。
1人の黒髪の男と、ゴブリンが同じ机に座ってポテトチップスのようなものを手に、こちらに手を振っている。
「「「えっ?」」」
3人があっけに取られたかのように、壁の映像に目を奪われる。
『初めまして、田中って言います。ケビンが何やら面白そうな事してたから、おっかけてみたら思わぬ収穫だな』
『田中様…凄い勢いで魔力が奪われているのですが…』
『細かい事は気にすんなって。元々俺の魔力だし!』
横にいるゴブリンが、ちょっと疲れた様子で黒髪の男に抗議しているが、あっさりとかわされる。
というか、ゴブリンが魔力とか聞いた事無い。
確かにゴブリンメイジなんてのも居るが、どう見てもただの肉体派ゴブリンだ。
とはいえ、こんなに流暢に喋っている時点でありえない。
「あの…田中さんですか?」
『そうだよ!そういう貴方は、ワタシノグループの偉い人?』
渡野の質問にあっけらかんと答える田中。
3人の混乱が絶頂に達する。
もしかして、これは中野の罠なのか?
ケビンに何かしらの細工を施していた?
いや、魔王になったトウゴになら、なんらかの監視がついていてもおかしくは無いはずだが。
しかし、そんなものは渡野の結界の前には無意味でしかないという自負もあった。
『おいそこのお前!田中様が質問されているんだ!答えろ!』
『おい黙れゴブリン!俺が話ししてんだろ!』
『でも、魔力は私の魔力です。早く答えて貰わないと、どんどん減ってく』
『うっせー!元々俺の魔力だ!つか、お前ちょっと強くなったからって調子乗るなよ!』
『調子になんか乗ってないですよ!ただ、田中さんならともかく、そこの見ず知らずの男せいで俺の魔力が無駄遣いされてるんですから!』
「ああ、ああ…すまない。えっと、私は渡野です…渡野チェーンの社長とでも言えばいいですかね?」
目の前で言い争いを始めた2人を見て、ちょっと冷静になった渡野がどうにかそれだけ答える。
しかし…
『だから、お前のだっつっても、元々俺の魔力だろうが』
『でも、今は私のですぅ!大体、田中様の魔力いま、ここから外に放出出来ないじゃないですか!だから代わりに私の魔力使ってるんでしょうが!じゃあ、少しは私にも発言する権利あるんじゃないですか?』
『ああ?てめー調子乗んなよ!ちょっと表出ろ!』
『私は表に出れても、貴方は表に出られないでしょ!』
『ああ、もうキレたわ!せっかく作ってやったのに、ご主人様にその口の利き方はなんだ?』
『大体この性格も、田中様が作ったものですぅ!それって、自分に言ってるのと一緒ですよ?』
『くっそ!まじクソ!こんな失礼な部下初めてだわ!テメー、消し炭にしてやるわ!うっ、魔力吸われる…』
『学習してくださいよ!ここで、攻撃魔法発動させたらそうなるの分かってるでしょう』
『よしっ、じゃあぶん殴る』
『イタイ!ちょっ!物理無効無効で殴るの反則っす!』
『反則結構!お前は反省しろ!』
『オッケーオッケー!田中様が全力で作ったゴブリンが本気出す時が来た!』
『いって!お前、何殴り返してんだ!てかご主人殴るとか何様だ!』
『主が間違った道に進もうとしたら、命がけで止めるのも忠臣の務めですから』
『ほう…俺は今まで間違った事をしたつもりはない!いや、俺が正義だ!』
『暴君だ!暴君が居る!』
突如目の前で殴りあいを始める一人と一匹。
3人が唖然とした様子で、その殴り合いを見つめる。
そしてその様子を、オロオロと止めようとしつつも近づけない触手。
3人の心が一つになる。
なんだこれ?
『申し訳ありませんでした…私は貴方様の忠実なる僕です』
『はあ、はあ…分かれば良いんだよ!クソッ…口が切れてる』
『すぐ治るくせに…』
『あっ?』
『なんでもありません…』
ようやく決着が着いたようだ。
肩で息をする男と、顔面がボコボコのゴブリンを前に渡野がどう声を掛けようか悩んでいる。
『そういえばなんか言ってたな』
急に話を振られて、渡野がハッとなる。
「あっ、すいません…えっと、渡野です。ワタシノグループの社長です」
『ああ、失礼しました。えっと、田中です』
渡野が自己紹介すると、田中が再度名乗る。
「ゴブリンと殴り合いで互角とか、本当に大した事無いんじゃない?」
「そ…そうね…」
渡野の横で吉田と梅子がぼそぼそと話をしているのを、渡野が横目で睨むと二人が肩を竦める。
『ああ、良かった…ちょっと話がしたくて』
田中の言葉に、3人の表情が微妙なものになる。