新たなる刺客 そして二人の将軍
オウガが仕方なしといった様子で、弁慶ことケビンに向かっていく。
当然強化済みのオウガなら、元勇者で異世界人のケビンとも良い勝負をするだろうと思ったからだ。
一色触発、まさに今からオウガとケビンの一騎打ちが始まろうというタイミングで、上空からさらに巨大な魔力の発生を感じ取る。
「なっ!この気配!」
シャッキが驚いているが、その魔力の持ち主はヨシツネの横に降り立つと糸目のような双眸をこちらに向ける。
髪の色は赤毛というか、こげ茶というか…どっちにしろかなり黒に近い色をしている。
そして身に纏った魔力も、その髪の色に相応しいものだ。
背は結構でかいな。
中々の色男だ。
「何しに来たんだよテルモト」
テルモト?毛利さん?
思いっくそドイツ人みたいな見た目してるのに?
髪も少しくせ毛で、そんなに長くは無いし。
毛深そうだし。
顔は掘り深いし。
でも、ちょっと笑顔が柔和な、人懐っこい欧米系の見た目しててテルモトって…
日本人が居なくて寂しかったんだろうな…中野も…許さんけど。
そしてヨシツネが鬱陶しそうに男の方にに目を向けると、テルモトと呼ばれた男が大げさにため息を吐く。
それからヨシツネの肩を掴んで後ろに下がらせると、彼を無視してこっちに話しかけてくる。
「初めまして、北の元魔王…タナカ殿。俺は右将軍のテルモトだ。大魔王様より確実に始末しろと言われてね。卑怯だと思われるかもしれないが、2人掛かりで対処させてもらう」
「ちょっと、僕それ聞いてないんだけど?」
ヨシツネが不満げに漏らすが、テルモトは動じない。
むしろ、理解の悪いヨシツネに対して呆れているのかもしれな。
「お前ひとりじゃ勝てないって判断だよ!まあ、俺1人でも無理って思われてるって事でもあるが…」
「何それ!大魔王様も、僕の事侮りすぎじゃな「タナカー!この鬼めっちゃ強いよ!ナンデこんなに強いの?これじゃケビン、タナカに恩売れないよ!チキン食えナイヨ!!」
もはや弁慶のフリをすることすら諦めたか。
っていうか、本当にケビンってマイペースだよな。
ちょっとほっこりするわ。
「おい、部下の躾けくらいちゃんとしとけよ」
「えっ?無理…だってあいつ、馬鹿なんだもん!」
酷いなヨシツネ。
確かにケビンはバカだけど…馬鹿ではない。
愛すべきバカだ。
「ちょっ、タナカさん、全然強化意味ないっす!この人ダメージ入らないっすよ!」
「当然!ケビンいっぱい修行したよー!タナカいなくなっちゃったから、探しに行こうと思ッテ!」
うんうん、可愛いなケビン。
よし、この戦いが終わったらチキンでもピザでもなんでも好きなもん食わせてやろう。
というか、ケビンが予想外に強すぎて、こっちには来られそうにないか。
じゃあ、シャッキと2人で…いやそしたらルカを守る奴が居なくなるな。
シャッキで2人を相手するのも、ケビンのあの強さを見ると厳しそうだし。
かといって、俺が2人を相手しても結構な規模の戦闘になりそうだしな…
そうなるとあれしかないか…
「おい、シャッキ!ルカを頼むわ!オウガ負けるなよ!ちょっと、この2人相手するから」
「えっ?いくらタナカはんでも将軍2人相手というのは…」
「ちょっ!手伝ってくれないんすか?皆でこの人やっつけて、3人で将軍2人相手したほうが」
「いいよ、1人で」
俺は魔法を発動させると、周囲の景色が切り替わる。
「なっ!転移魔法?」
「馬鹿な!ここは…」
「ん?ここなら思う存分暴れられるだろ?」
ここはそう、お馴染みの何もない荒野だ。
突然の景色の変化に2人が驚いているが、若干テルモトの表情が固い。
まあ、無理やり転移させられたと思っているのだろうが、それ以前に予定が狂ったからだろうな。
「2人で相手してくれるんだろ?」
俺の言葉に、テルモトが分かりやすく動揺する。
「くっ、気付いていたのか?」
「さあて、なんのことかな?」
「えっ?なになに?何の話?」
テルモトの質問にとぼけてみせたが、恐らく何も聞かされていなかっただろうヨシツネがキョトンとしている。
ちょっと可愛いかもと思ってしまったが、俺はノーマルだ。
見た目中学生くらいの、欧米系美少年に邪な感情を抱くことはない。
「おい、ヨシツネ…のっけから行くぞ!」
「えっ?」
次の瞬間テルモトのくせ毛がアフロに変わると、身長が一気に伸びる。
それから額に角が一本生えてくる。
一角魔人ってのもかっこいいな。
ただ、魔力が目に見えるくらいまでに色濃くなっている。
「あっ、そう言う事?」
それから、ヨシツネの魔力も解放される。
こっちは、ストレートでおかっぱだった髪の毛がロングヘア―に変わると、瞳が黒と青のヘテロクロミアになる。
額からは短めの角が2本、そしてその手に日本刀が現れる。
「一瞬で変身できるって便利だよね」
「お前はそのままでいいのか?」
俺の何気ない呟きに、テルモトが聞いてい来る。
そんな暇があるなら、掛かってくればいいのに。
というか、俺も変身した方が良いのか?
まあ、老人形態じゃない時点である意味魔力開放中なのだが。
「構わないよ」
「そうか…なら、そのまま後悔して死ね!」
俺の言葉に被せるようにテルモトが殴りかかって来る。
当然魔法障壁に弾かれる…と思っていたが直前でテルモトが握っていた拳を開いて、掌をこっちに向ける。
「【マジックフィクシング】!」
その掌から不思議な波動を感じると同時に、体に違和感を感じる。
これは…魔力が操れない?
「ふふ…ふはははは!…ふははははは!馬鹿め!油断したな!お前の魔力を完全に固定した!これでお前は魔力を外に出す事も、動かす事も出来ない!そして魔力を奪うではなく固定するである以上、状態異常とは判断されない…そもそもこれは攻撃ですら無いからな」
なるほど、強力な魔封じか…
こうなると、確かに魔法は使えないな。
そして魔力を外に出せないということは…
次の瞬間テルモトの手に巨大な大剣が現れたかと思うと、俺の身体に衝撃が走る。
魔法障壁も発動しないと…
弾かれるように、吹き飛ばされながらも体制を整える。
完全状態異常無効も対策されていた訳か…
だが、傷を負う事は無いんだけどね。
「おい!ヨシツネ!あいつの厄介なスキルを頼む!」
「ああ、任せてくれよ」
すぐに背後に魔力を感じ取るが、転移も身体強化も使えない状態では躱す事もできずに背後から斬りつけられる。
「ちっ!出鱈目なスキルだね…僕の能力を喰らうものが、この一回で壊れちゃったよ」
見ると、ヨシツネが手にしていた刀が根元からポッキリと折れている。
しかし、そのネーミング嫌な予感しかしないわ。
っと、今度はこっちか。
反対側から、テルモトが殴りかかって来るのを片手で受ける。
「ちっ!かってーな!スキル無しでも、化け物みて―な耐久力してんのか」
その一撃でタメージを与えられると思っていたのか、テルモトが悔しがっている。
とはいえ、相当強力な一撃だ。
俺の腕も痺れている…痺れている?
若干だが痛みもある。
まさか…完全状態異常無効が食われた?
「その顔!どうやら、ダメージはあったみたいだな」
「フフフ、結構固いみたいだけど、この刀ならどうかな?」
考える暇もないまま、ヨシツネが新たに創り出した刀で切り付けてくる。
魔力を扱えない状態のため、武器を作り出すことも呼び出すことも出来ず、やむなく左手で受け止めるが次の瞬間激痛が襲う。
痛む左手が、軽くなるのを感じる…そして、感覚がおかしい。
嫌な予感しかしないけど…やっぱり。
俺の肘から下が綺麗に切り落とされていた。
とはいえ、完全状態異常無効だけが俺のスキルじゃない。
すぐに超速再生が発動して、左手が生えてくる。
「やっぱり持ってたか」
「ああ、それが魔王が魔族が魔王を殺せない理由…聖属性攻撃以外では、その傷はすぐに再生する。まあ、再生速度を上回る攻撃を浴びせて、核を破壊すれば倒せるんだけどね」
テルモトもヨシツネもこのスキルを持っているだろうと予測はしていたらしい。
そんなに焦った表情を浮かべる事もなく、一度距離を取って2人が構える。
いつのまにか、テルモトの手にも剣が握られている。
「これはミスティルテイン…神殺しの剣だ」
「そしてこっちは天之尾羽張…こっちも神殺しの剣だね…」
2人の剣が怪しく光る。
確かに、どっちも神剣と呼ぶに相応しい輝きを放っている。
アカン…これ詰んだわ。
転生して初めての劣勢に、思わず冷や汗が流れそうになる。
「あー、ちょっと魔人化したいから、この固定一回解いてくれないかい?」
俺が、さわやかに笑顔でテルモトに語り掛けると、鼻で笑われる。
ムカつく奴だ。
俺なら、応じてやるのに。
「返事はこれだよ!」
そして、容赦なく飛ばされる斬撃。
元々の身体能力だけでは躱しきれる事もできずに右肩に傷を負う。
…!
あれ?傷が治らない?
「ふふふ、忘れたか?俺の得意な魔法は固定だ!今はお前の傷を固定させてもらった」
「ああ…忘れてたわ。てか、本当に油断も容赦もないね」
テルモトの言葉に軽口で応えてみるが、特に対策が思い付くわけでもない。
そうしてる間も、傷口は痛む訳で俺の思考を邪魔してくる。
「そういうお前は、油断も隙もあるうえに、余裕まであるみたいだな」
「その余裕は、いつまでもつのかな?」「ベイベー」
何故かこんな状況でも、ちょっと小ばかにしたくなった。
けど後悔…間髪入れずに右足を切り落とされたわ。
すぐに、傷口を固定される。
うわぁ、立ちづれー…
バランス取れないし、肩痛いし…足痛いし…
ちょっとムカついてきた。
という事でちょっと裏技、持ってて良かったマジッグバッグ!
北の世界でいくつか保険としてパクッて来たアイテムの1つエリクサーを傷口に振りまく。
おー!すげー!足生えて来た!さっき腕生えてくるのみたけど。
「くっ!往生際が悪い!」
「死ぬのが少し遅くなっただけでしょうが!」
すぐに2人から連撃が飛んでくるが、袋から剣と盾を取り出してどうにかそれを防ぐ。
うんうん、割といい仕事するじゃん…タナカさんお手製の魔法剣と魔法盾。
もしかしたら、魔力が仕えなくなるかもと思って自分の魔力を保存した剣と盾だ。
これで魔法が使える訳だから…時間包装紙を自分に発動させる。
「まずい魔力が!」
「首を落とせ!」
俺が魔法を発動する一瞬の隙をついて、2人が俺の首目がけて斬撃を放つ。
今までで一番最高速度のそれは、俺が身構える暇もなく俺の首を落とす。
そして、すぐに固定される傷口。
そして、振り下ろされる弐の太刀…細切れにされる頭…
そして、心臓に突き刺されるミスティルテイン…俺の魔核は容赦なく貫かれその鼓動を止める。
「やったか?」
テルモトが完全に魔力が沈黙した俺の亡骸を見て、呟く。
すでに魔核も破壊され、魂の存在も消えている。
と思っているんだろうな…
突如2人の耳元に「パチンッ!」という音が鳴る。
「楽しかった?」
2人の瞳には、全くの無傷で笑っている俺の姿が移っていた。
まあ、時間包装紙発動させる以前に剣と盾の力で転移も魔法障壁も使える訳だしね。
それで防ぎつつ、体の時間を戻してから魔人化しても良いし、そもそも最初のマジックフィクシングだっけ?あれをレジストする方法も思いついたしね。
まあ波動をぶつけるタイプの技って時点で、躱そうと思えば躱せるわけだし…いや、あの時は初見で油断もしまくりでつい喰らっちゃったけど。
「えっ?」
「ここ…はっ?」
2人が何が起こったのか理解できずにいるようだ。
それもそうだろう…さっきまで死闘を繰り広げ、完全に俺を殺しきったと思っていたら、転移するまえとほとんど変わらない姿勢、格好でケビンとオウガが対峙しているわけだ。
それに、シャッキとルカも若干キョトンとしているしね。
「いつから勝ったと錯覚していた?」
「いや、今さっきだよ!」
惜しい!そこは今でしょ!だろ?いや、古いし、知ってる訳無いか。
「あっちじゃあ、随分と俺を苛めてくれたよね?」
「あっち?」
「そう、精神と時の世界…時間を引き延ばした幻惑魔法だよ…ベイベー?」
俺の言葉に2人の表情が青ざめる。
そりゃそうだよね…話しながらもゆっくりと、だが急激に膨れ上がる魔力。
徐々に伸びていく髪の毛と身長。
額から伸びていうく2本の角…
まさに魔力と暴力の権化が、姿をゆっくりと露わにしていってるのだから。
シャッキとオウガとケビンが、2人以上にガタガタと震えているのは見てない事にしておこう。
「さてと…お仕置きの時間だ」