義経と弁慶
ここは中央大陸の最西端に当たる町、西国だ。
取りあえずシャッキとオウガ、それから人間スカウト用にルカを連れて様子見に来たのだが。
「ふふん!飛んで火に入る夏の虫とはこの事だな」
さっそく魔族の皆様に囲まれてます…はい。
元々隠すつもりも毛頭なかったが、町に入った瞬間に鼻に付く腐臭。
あちこちに打ち捨てられた人間と思われるものの死体。
そして、目の前で人を四つん這いにさせて、コーチ…屋形を引かせて町を行き交う魔族。
一瞬で怒りが沸点にまで達した…シャッキの。
「お前ら、ぶっ殺す!」
言うやいなやシャッキが、屋形にのったちょっと偉そうな馬型の魔族を吹っ飛ばす。
それから目についた魔族を片っ端から殴り飛ばした結果…はい、この街の衛兵達に囲まれました。
「全く、四天王と呼ばれた方々が二人も何を血迷っているのやら」
「確かに貴方達は強大な力をお持ちですが、中央の魔族は桁が違う事をご存知でしょう?我々なら10人程度で貴方達を殺して差し上げられる事も」
猫の魔族と、犬の魔族がニヤニヤしながら他の魔族達に指揮を出して俺達を取り囲む。
「シャッキ…お前のせいだからな」
「そうっすよ!もうちょっと、静かにできんかったっすか!」
俺とオウガが恨めしがましくシャッキに漏らすが、当の本人はキリッとした顔で取り囲んでいる魔族を見回す。
「ルカちゃんごめんなー、嫌なもん見せて。魔族皆が皆こうだとは思わんといてなー」
それからルカに向かって、申し訳なさそうに謝っている。
まあ、確かに人間のルカにとっては見るに堪えない光景かもしれないが。
いきなりは無いだろう。
「構いませんよ。私はタナカ様や皆様を知ってますから」
それに対して、ルカは涼やかな表情を浮かべている。
確かに俺達と一緒に居るここが、この世界で最も安全な場所と言えるが…少しは緊張しようか。
「そう言って貰えると助かるわー」
シャッキが嬉しそうにルカの頭を撫でている。
分かってますか?
いま、俺達囲まれてるんですけど…
周りの魔族も同じことを思ったのか、イラついた目でシャッキを睨んでいる。
「この状況で余裕ですね…」
「ちーと、辺境に飛ばされて現実を忘れたらしいな…お前ら行くぞ!」
「【叫喚地獄《ヘルクライム》】!」
周囲の魔族が飛び掛かろうとした瞬間に、シャッキの地獄魔法がさく裂する。
本当に使えるようになったのか。
叫喚地獄という名の割に、叫ぶ間もなく黒い炎が周囲の魔族を燃やし尽くす。
「中央の魔族も大した事あらへんのー…いや、わいが強うなり過ぎただけか」
魔族に向けて放った掌を、ギュッと閉じてひとりごちる。
うん…確かに強くなり過ぎたけど俺に強化してもらっただけのお前が言うかね?
オウガとルカも冷ややかな視線を向けているが、当のシャッキは強者の孤独とでも言わんばかりに憂いを帯びた表情で首を振っている。
なんだろう…俺の良く知る黒い騎士と同じ匂いがするが。
「さてと、梅雨払いも済んだ事やし、この街を解放しますか」
「そうっすね…てか、こんだけ酷い状況だと解放したところでもう人間には住み辛いっすね」
「だったら、俺の町に移住してもらうか…ルカ頼めるか?」
「はいっ!頑張って勧誘します!」
4人でそんな事を話しながら、取りあえず目についた人達を癒しつつ大通りを、遠くに見える大きな建物に向かって歩き始める。
周囲は崩れかけた家ばかりで、窓もドアも無い家の中からは人の気配がする。
この劣悪な環境でも、生を諦めずに必死に生きている人達の存在を感じ、またその人生を想い少し胸が苦しくなる。
よし、このイラつきはここの領主と中野にぶつけよう。
しばらく進むと、大通りの向こうから一際大きな魔力を感じる。
そして、歌うような声が聞こえてくる。
「このみち~は、いつか来たみ~ち♪ああ♪そうだよ~♪赤い花がぁ~、ち~ってる~♪ってね!」
それからいきなり、正面から斬撃が飛ばされる。
オウガがすぐに俺たちの前に躍り出て、その斬撃を受ける。
「ははっ!早速、1人血花を散らして逝ったようだね…って、あれ?」
てっきり、その一撃で仕留める事が出来ると思ったのだろうか、正面の魔族の男が首を傾げている。
「ちょっ!タナカさん痛いっす!強化されたはずなのに超痛いっす!」
両腕に斬撃を受けたオウガが、少し顔を歪めこっちに不満を言ってくる。
うん…耐えられた事を喜んでもらえないかな?
決して弱くは無い一撃だったよ。
そして、正面の色男…魔人だな。
「プクク!聞いたか?歌まで歌ってかっこよく登場して、血花を散らして逝ったようだねーやって。しかも、オウガ無傷、マジないわー!なあ、ルカちゃんもそう思うよな?」
シャッキが小声でルカに話しかけてる。
「ちょっと、ダサいと思いました」
ルカの正直な感想に、正面の男がショックを受けた顔をしている。
がすぐに、気を取り戻してこっちに笑いかけてくる。
「ふんっ、僕の事を笑うなんてシャッキ君も偉くなったもんだね」
そう言って顔に掛かった前髪を手でファサッと払う。
ベイベーという声が聞こえてきそうな、見事な花輪っぷりだ。
「あっ!ヨシツネ様…って今は敵やから、様はいらんか。タナカはん、あのイタイ人があれや、ナカノの左将軍のヨシツネやでー」
なるほど、早速大物が釣れた訳か。
これは、思ったよりも仕事が早く片付きそうだ。
「久しぶりっすねー。ヨシツネさん、相変わらずの性格っす」
どうやら、元々ちょっとおかしな人らしい。
まあ良いけどさ。
「君たち、この世界の最強クラスの魔人様に対して随分と失礼な口を利けるようになったねー。それともそこに居る、怖い人のおかげかな?」
花輪くんが…違ったヨシツネが喋り終わった後で、またも髪をファサッと掻き上げた後、その右手をそのままこっちに向けて人差し指でビシッと指さしてくる。
イラッ…
俺は一瞬で、その距離を詰めると取りあえず人差し指を掴んで反対側に曲げる。
「人を指さすな!」
それから怒鳴りつける。
ヨシツネが一瞬キョトンとしたあとで、後ろに飛ぼうとする。
俺に指掴まれてるのに逃げられる訳無いだろう…
一生懸命指を引き抜こうとするので、暫く掴んでいたが段々と顔が赤くなっている。
しばらくそうしていたら、ヨシツネの口から「ムギーッ!」とか「フンッ!」とか、「ムググ」といった声が漏れ始めたので、ちょっと可哀想になってきたので指を放して上げる。
「うわっ!っとっとっと!」
急に指を放されたもんだから、ヨシツネがバランスを崩してこけそうになる。
しかし、そこは流石将軍クラスの魔人。
鍛え込まれた下半身と体幹でどうにか姿勢を維持し、踏ん張るので足元に氷を張ってあげた。
ステーンという擬音が聞こえてきそうなほどの見事な転びっぷりだ。
「ププッ!」
「ちょっと、シャッキさん笑ったら失礼ですよ…プッ」
「あれは笑うっすわー」
3人が俺の後ろで必死で笑いを堪えている。
いや、堪えきれてないけどさ。
「くそっ!よくも恥をかかせてくれたな!これでも喰らえ!」
ヨシツネが顔を真っ赤にして、俺に斬りかかって来るがその剣を人差し指と親指で撮む。
うーん、今まで戦った中でかなり早い方だけど…止められない事は無いな。
それに、まだ魔人形態じゃないから、余力十分ってところか。
素でこれなら、魔人になったら俺でも止められるかどうだか。
でも、止められないだけでダメージは受けないだろうけどね。
「くっ!また!」
さっきので学習したのだろう。
今度は、最初っから全力で剣を引き抜きにかかったので、俺はあっさり手を放して差し上げる。
よろついて少し後ろに下がったけど、どうにか耐えられそうだったので脹脛のすぐ後ろに、土で作ったバーを設置する。
「うわっ!」
案の定、それに躓いてまたこける。
「プッ…」
「また…」
「ちょっと可哀想っすよ!」
3人にまたも笑われて、ヨシツネがとうとう泣き出しそうになる。
「お前は何をしに来たんだ?」
少し憐れになったので、俺がヨシツネの前にしゃがみ込んでなるべく優しそうな声で話しかける。
「くそっ!ナカノ様に歯向かう魔族が居るっていうから、殺しに来たんだよ!でももう、怒ったからな!おい!弁慶!来い!」
ヨシツネが慌てて俺から距離を取ると、あっかんべーをして誰かを呼ぶ。
なんだろう、最初見た時はちょっと痛いナルシストかと思ったが、ちょっと子供っぽくも感じる。
いまいち、中野がどういう設定で作り出した魔人かは分からないし、もしかしたらどこかから捕まえて来たのか?
とはいえ、俺より遥かに年上なのは間違い無いだろうけど。
しかし弁慶か…
ヨシツネの呼びかけに応えるように、そこそこ巨大な魔力の塊がもう1体現れる。
割と大柄な魔人で、全身の筋肉もオウキを彷彿させるような引き締まったマッチョマンだ。
そして、金髪碧眼…THEアメリカンな見た目。
まあ、将軍直属の部下にしては魔力が少ない気がしたが、金髪なら仕方が無いか。
とはいえ、それでも十分に規格外な魔力の持ち主だが。
そして、その顔はとても人懐っこいアメリカンだ。
なのに弁慶…
いや、違うだろ…
お前の名前は…
「おい、ケビン!何してる!」
「タナカ何言ってる?ケビンは今ベンケイよ!ケビンって誰?」
いま、ケビンはって思いっきり言ってたよな?
誤魔化せると思ったのか?
というか、なんでそっちに居るんだ?
「そうか、でベンケイはなんでそいつの味方なんだ?」
「ケビンはじゃなくて、ベンケイはトウゴに言われてジェームズボンドやってるよ!いまは、このヨシムネの部下よ!」
うん、吉宗に弁慶なんて部下はいない!
というか、時代も全然違うじゃないか!
誰だ、こいつに弁慶やらせたの!
ヨシツネの方を見ると、何故か勝ち誇った顔をしている。
「ふふん!こいつは元勇者にして、魔王の側近の1人だった男だ!その強さを買って俺の直属の部下にしてやったのさ!」「ベイベー」
ヨシツネが喋り終わって髪を掻き上げる時にベイベーって言ってみた。
うん、思った以上にしっくりくる。
まあ、どうでもいいか。
というか、こいつジェームズボンドやってるって言ってたよ?
それってスパイって事だからね?
ていうか、トウゴさんもこいつにスパイやらせるとか間違ってるからね?
「タナカ安心しろ!俺にやられたフリしたら、上手に逃がしてヤルヨ!お礼はケンチキで良いよ!」
うんうん、逃がす必要無いからね。
そんな魔人、すぐにボコボコにしてあげるから…オウガが。
すっかり毒気を抜かれた俺は、溜息を吐いてその場から離れる。
「あれ、タナカさん?怖気づいたのかな?」「ベイベー」
「ちょっと、さっきからベイベーってなんなのさ?まあ、いいや、逃げるのかい?」「ベイベー」
「ちょっ、そのベイベーって言うのやめてくれないかな?」「ベイベー」
「良く分からないけど、とってもイラっとするんだけど」「ベイベー」
「ムキ―!もう、許さない!絶対に許さないんだから!」
あっ、とうとうヨシツネがキレた。
まあいっか…俺はそのまま無視してオウガのとこまで歩いて行くと、オウガの肩を叩く。
「お前が逝って来い。そっちの弁慶って奴は知り合いだから、あんまりやり過ぎるなよ」
「ええ、俺っすか?」
「お前っすよ?」
オウガの口調を真似して指示すると、大げさにため息を付いて前に出る。
うん、お前はシャッキと違って俺の部下だからね。
指示には従ってね。