黒騎士と中央の勇者(その後)
「アリア様が…」
「まさか…」
「あの人、何者?」
不意に周囲の扉が開かれて、人間がワラワラと出てくる。
そして辺りの様子を伺うかのように見渡したあと、3人にジッと視線を向けてくる。
「ふふっ、もう魔族に様なんて付けなくてもいいのですよ?ここの脅威は去りましたから」
カインが誰にむけるともなく、大きな声でそう宣言すると周囲から一斉に歓声が上がる…ことは無かった。
「でも、どうせすぐに別の魔族が向けられるだけだし」
「次はもっと強くて酷いヤツが来たらどうするんだ?」
「勝手な事をしてくれやがって」
といった言葉が、小さな声ではあるが次々と投げかけられる。
まあ、確かに一度解放したところで、すぐに次の魔族がやってくるであろうことは簡単に予測が出来る。
当然今まで納めていた魔族が倒されたわけだから、もっと強力な魔族が来ることも間違い無いだろう。
住人達はそれを危惧して、手放しには喜べないといった様子だ。
「勝手な事をしやがって」
「どうせ、次も来てくれるとは限らないんだろ?」
「ふん…どうせこの世界はもう終わりなんだから」
住人達はそう言って、次々と家に戻ろうとする。
そんな中で、一際大きな声が響き渡る。
「おい、お前ら!中央最強の勇者と名高い俺とカノンですら、足元にも及ばないタケル様が折角、ここまで来てくださったのにその態度は無いだろ!」
「そうだぞ!どんな魔族が来たところですぐに滅ぼしてやるさ!…タケル様が」
バルゴとカノンの2人である。
ここに来るまで散々カインを小ばかにしてきたとは思えないほどの、変わりっぷりだ。
お前らにプライドは無いのか!と言いたくなるが、しょうがない。
良く言えば、素直に他者の力を認め、自身の分を弁えられるとも考えられる。
カインもまた、お調子者ではあるが自分に出来ない事は分かっている。
『タナカ様…ここに結界を貼って頂く事は出来ませんか?どうやらすぐに魔族が派遣されそうです。このままでは東の塔に付くまでどれだけ時間が掛かる事やら…』
『ん?だったら、お前がそこに住んで、くる奴等を次々と迎え撃てばいいだろう?』
カインの救援要請を簡単に突っぱねる田中。
それもそうだ…彼はいま西の地でまだ見ぬ鬼姫様との遭逢に期待しているところだ。
まあ、実際は本当にイメージ通りの鬼だったわけだが、この時はまだそんな事など露知らずワクワクしていた。
『えっ?いや、確かにそうなのですが…それよりも、偉大なお力で街を包み込む結界を張るといったパフォーマンスをした方が、後々人心を集めるのに優位に働きませんか?』
『えー…面倒くせーな。まあ、ちょっと待ってろ』
少しして、田中がカインのすぐ横に現れる。
一応老人形態だ。
「なっ!タケル様危ない!」
「なんだ、このジジイ!」
すぐにバルゴがカインを掴んで引き寄せると、カノンが田中の前に立ち塞がる。
しかし田中が一睨みしただけで、カノンは体がすくんで動けなくなる。
いや、カノンだけでなくバルゴも他の住人達もだ。
「なんだ、この圧力は…この魔力と比べると先のアラクネなどただの小物にしか…」
「これほどの魔力…まさか将軍クラス!」
バルゴとカノンがガタガタと震え始め、家に入ろうとしていた町の住人達も、田中から漏れ出す威圧に思わず固まってしまう。
「なあカイ…ゴホン、タケル!この失礼なアホ共はなんじゃ?」
「はっ、カナタ様…この地を守る勇者様方でございます。この度、この地を脅かす魔族の討伐を手伝ってくださいました」
田中がカインに問いかけると、すぐに跪いて丁寧に答える。
「タケル様はこいつと知り合いなのですか?」
「ああ、この方は私の主であり、師でもある。この地に破邪の結界を張ってもらうために来て頂いたのですよ」
カインの言葉にカノンが青ざめる。
まさか刃を向けた相手が、目の前の強力な力を持つ男の師匠だとは思わなかった。
それほどまでに、田中は禍々しい。
おおよそ、人助けだとか、勇者とは対極の存在にしか見えない。
だが、カインのキラキラとした羨望の眼差しを見ると何も言えなくなる。
「ふんっ、不肖な弟子が面倒掛けたようじゃの。一人でやれと言うたのに…」
田中が冷ややかな視線をカインに送っているが、カインは目線を外し頭を搔いている。
やはり、どこか失礼な男である。
「いえ、そ…それはこの地を納める国王陛下からの申し出ありまして…」
「ええ、タ…タケル殿が悪いわけでは…」
バルゴとカノンの二人が代わりに説明をするが、それでも田中はフンッと鼻を鳴らすだけだ。
「その程度と思われた訳だ…一人じゃ無理だと判断されたから、こうして人に面倒を掛けるのだ」
いや、面倒を掛けられたのは自分の方なのに…
そんな事をカインは思っていた。カインの解釈では田中に二人の勇者に面倒を掛けたと思われたと感じているが、田中は単純に俺に面倒を掛けるなと言いたかっただけだ。
流石北の世界からでも、かなり仲の良い二人だけの事はある。
全く意思の疎通が図れていない。
「まあ良い、ここに結界を張れば良いのじゃな?」
田中がそう言って天を指さすと、そこから一筋の光が伸びその頂点からドーム状に光が広がっていく。
やがて、すっぽり町を覆う光の膜が出来上がる。
「これで良いじゃろ?わしはもう行くからの。お主ら、こやつが面倒掛けたの。あと住人の皆様もお騒がせした。この結界は、外部からの敵意ある攻撃と存在の侵入を防ぐようにしてある。魔族は勿論、犯罪者も入れんからの…ただし、敵意が無ければ魔族も入れるという事じゃ…敵意が無い者には間違いないから、その対応はお主らに任せよう」
出鱈目な結界である。
この街を害しようと思った存在を全て拒絶する結界。
そんなの聞いた事が無いと、その場に居た全員が思ったが、そんな事どうでも良いとばかりに田中がすぐに西の地へと戻って行く。
「折角、この地を解放したというのに労いの言葉も無し…か」
ポツリとカインが呟く。
「タケル様…あの、この結界は本当に、先の老人がおっしゃった効果があるのでしょうか?」
「そんな結界聞いた事無いのですが」
バルゴと、カノンがおずおずと近づいてきて問いかけてくるが、カインは小さく頷く。
「ああ、この鎧も、剣も全てあの方が作られたものだ…そして、私に神気を与えてくださったのは、あの方に仕える聖女の1人ですよ」
カインがそう言うと、2人が絶句する。
「えっ?えっと、聖女が仕えるって…聖女って、あの修道女とかでは…」
「違いますよ!ちゃんと殉教して、列聖した方ですよ?」
カノンの質問に対して、カインが慌てて否定する。
「それって神様じゃ…」
「ぱねー…タケル様マジパネーっす…神に直接師事されて、あげくに主と呼ぶって事は仕えてるってことですよね?聖騎士以上に聖騎士な勇者じゃないっすか」
2人が唖然としているが、カインも確かにと納得する。
聖女が仕えるのは神…か。
そうなると、タナカ様が神と言われてもおかしくは無い。
それだけの力はあるし、人にも魔族にも平等で、善悪の区切りもしっかりとしている。
むしろ、善なるものには善なる顔を、悪しきものには悪しき顔を見せるその姿は、神と呼ばれてもおかしくない。
様々な奇跡も起こしている。
魔王なのに、神様みたいな事をしている田中に対して、思わず吹き出しそうになるのを堪える。
「確かに神…か、苦労性なところもあるけど、言われてみれば神なのかもしれないな…」
カインの呟きに、2人がマジパネーっす!っと大はしゃぎをする。
しかし、住人達は微妙な顔つきをしている。
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ちなみに住人達の本当の安堵はすぐにやって来る。
それから4日後に来た巨人族の魔族を全て退け、有翼族の魔族の侵入を全て拒み、外部からの魔法攻撃を全て防ぎきっても、罅一つ入らない結界を見た時、タケルという勇者と、田中という存在に畏怖の念を抱き、感謝したという。
そして、さらに7日後、その噂を聞いた国王陛下並びに、その重臣達が居を移そうと従者を引き連れ大挙として押し入ろうとしたが、結界に拒まれ町と国王陣営に微妙な空気が流れたという。