黒騎士と中央の勇者(後編)
更新遅くなりました。
「除草作業ってずいぶんな言い種ね…でも無駄な事、本体と繋がってる限りすぐに復活するのに…」
アリアがそう言って、消滅させられた2体の分身体の居た辺りに魔力を込める。
しばしの時間が経過するが、何かが起きるような気配はない。
徐々に、彼女の表情が変わっていく。
「はは、どうかしましたか?」
カインがメインとなってい話をしているアリアの元に近付くと、目の前て小首を傾げて見せる。
あまりに人を食ったような態度に、アリアが鋭い目線を送る。
「何をしたのよ!」
自身の分身体が復活する様子を見せない事に苛立ちを感じ思わず声を荒げる。
そして、背後から3体の分身体がカインに攻撃を仕掛ける。
「何をって…文字通り消し去っただけですが?」
しかし、振り返る事無く剣を2振りしただけでまたも分身体が細かい粒子となって消え去る。
「なっ!馬鹿な!ただの人間の分際で!行け、お前たち!」
あまりにもバカげた攻撃に、アリアが後ずさると残る分身体全てがカインに襲い掛かって来る。
四方八方から迫りくる蔦を、カインは時に剣で、時に魔法で消し去っていく。
徐々に分身体の数が減らされていくのを見ながら、アリアの表情から完全に余裕が消えてなくなる。
もはや体裁など構っていられない。
凄い速さで地面を滑るように、カインと距離を取りつつも次から次へと新しい分身体を作り出す。
「くっ、復活出来ないなら作り出したらいいだけじゃない!それに、いつまでその体力が持つかしらね?」
ある程度の距離を取ったところで、ようやく落ち着きを取り戻したアリアが笑みを携えているが、対するカインの方は退屈そうなつまらなさそうな表情を浮かべている。
もっとも、カインにとって刻印すら発動していないこの状況で、一振りで消し去る事の出来るウラクネ退治など、文字通り面倒な除草作業でしかない。
強いて言うならば、この街の住人が家から出てきていない事もやる気が出ない理由の一つだ。
唯一いるオーディエンスといえば
「あ…あはは、タケルさんって強かったんですね」
「いやだなー…こんなに強かったんなら、おっしゃってくれれば良かったのに…」
バルゴとカノンという一応弱くは無いのだが、人としてどうなの?といった性格の勇者の2人だけだ。
「ふふ…僕が強いんじゃなくて、彼女が弱すぎるんですよ」
2人に向けて、楽しそうに言い放つとカインが剣を横薙ぎに振るう。
ただの一振り、そうたったの一振りだけでそこから発生した半月上の黒い斬撃によって全ての分身体が消し去る。
勿論メインで喋っていたウラクネもだ。
「遊びはそのくらいにして、姿を現したらどうですか?」
カインが地面にアロンダイトを突き刺すと、遠くの方から耳をつんざかんばかりの悲鳴が聞こえる。
「ぎゃあぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁ!」
それからやや離れた場所の地面が隆起したかと思うと、今まで対峙してきた分身体より一回り大きなウラクネが現れる。
「く、ただの人間のくせに生意気な!」
やや大柄な体になったアリアが怒りに顔を歪ませている。
「悪いけど、本体が相手する以上貴方の勝ちはもうないですわよ」
それから、急に穏やかな口調になったかと思うと、周囲に100体を越える分身体が生まれる。
「地中からだとうまく魔力が練れなくて…勘違いさせちゃってごめんなさいね…アハァ!これが私の本当の実力なっのぉ!ごめんねぇ、あんなぁ、よわっちい分身体と戦ってたらぁ…勘違いもしちゃうわよねぇ?」
それから上半身と地面と繋ぐ蔓をグイッと伸ばすとカインの目の前に顔を持ってきて、ニヤァとイヤらしい笑みを浮かべる。
「あ…あああああ、タケルさん、これまずいっすよ!」
「ま…魔力が…こんなにはっきりと見えるなんて…」
バカ二人が、ガタガタと震え始めているが、カインはそんな二人を見て溜息を吐く。
少しは体裁を取り繕うという事をしたらどうでしょうか?
まがりなりにも、人類最強職の勇者なのですから。
そんな事を思いながら、溜息を吐くと目の前のアリアに向かって剣を振るう。
しかし、彼女は一瞬早く蔦を戻して、その剣を躱して元の場所に移動する。
「おお怖い…でも、私が姿を現したからには分身体も今までとは違いましてよ。おやりなさい!」
それからアリアが手を振るうと、他の分身体が一斉に襲い掛かって来る。
「キシャァ!」
一番手前の分身体から蔓が伸びて来て、カインの腕に巻き付くと他の分身体からも蔓が伸びて来てカインに纏わりついてくる。
ドンドンと伸ばされる触手のような蔓にグルグル巻きにされて、カインが緑の団子みたいになっている。
「う…あんなに強いタケルさんが」
「こんなあっけなく」
バルゴとカノンがこの世の終わりのような表情を浮かべているのに対し、アリアは恍惚の表情を浮かべている。
それから、舌なめずりをするとニヤリと笑う。
「フフフ…確かにあっけないわねー。このまま魔力と生命力を吸い尽くして栄養にしてあげるわ…その後で貴方達も美味しく頂くとしましょうか」
アリアの言葉に二人が、子供のようにイヤイヤと首を横に振っているが、彼女は今はそんな事はどうでも良いとばかりに目の前の御馳走に喜びが隠し切れないように上機嫌に笑っている。
流石カイン…ここまで演出にこだわるとは、もはや厨二ここに極まれりだな。
突如緑の塊から、膨大な魔力が漏れたかと思うと一気に蔓が爆散する。
そして中から、無傷の漆黒の鎧を着た男が現れる。
ご丁寧に、右手には刻印まで発動している。
「申し訳ありません…実は、私も遊んでたんですよ。ハハハ、勘違いさせちゃいましたか?」
それから大きく伸びをすると、首をコキコキッとならして剣を構えるために振るう。
ただそれだけ、それだけの動作でその魔力の余波により右側に居た分身体が半分消し去る。
「な…なんなのよ、それ?えっ?私の分身体が?」
自分の強化された分身体がいともたやすく消された事で、今度こそアリアが本気で焦り始める。
「えっ?誰あの黒い騎士?」
「もしかして、タケルさん?」
バルゴとカノンが、あっけにとられた表情でカインを見つめている。
その二人に向かってカインが、ヘルムのフェイスガード上げて頷く。
「やべー!カインさんまじかっけーす!」
「俺、信じてたっすよ!カインさんがあんなんでやられる訳無いって」
…本当に分かりやすい馬鹿どもである。
カインも、そして怯えてたはずのアリアまでも心底呆れた表情をしている。
まあ、良いだろう。
カインはアリアの前まで歩いて行くと、その頬に手を当てて耳元で囁く。
「実は僕…もう2段階強くなれるんですよね…」
「えっ?」
次の瞬間、背中の竜の刻印を発動させ翼を生やす。
自重することの無い伊達男のやりそうな事である。
タナカがカインの立場なら、刻印を発動する事もなく本体が現れた瞬間に、背後に転移して細切れにして、火炎魔法で燃やしつたうえで、土属性魔法で土を全てどかして地中の根も全てむき出しにして、切り刻むだろう。
だがカインは面倒臭くても、自分の中でのカッコいい展開を演じてしまうのだ。
良いぞカイン!お前はそれでこそカインだ!
「うそ…」
「この次は自分でもうまく発動出来ないんですけど…分かりますよね?」
カインの言葉にアリアの表情が一気に青ざめる。
第一段階の刻印解放の時点で、すでに勝ち目は無いと思える程の魔力量の差を感じていたのに、背中の刻印が発動した瞬間に枯れるイメージがより鮮明になったのだ。
心が折れるには十分だろう。
「ちなみに、私の師匠であり主でもある方が、貴方のような魔族を欲してましてね…手伝ってもらえませんか?」
「…で…でも、大魔王様を裏切る事なんて」
カインの勧誘に、アリアが思わず口ごもる。
「ちなみに、その方にはその大魔王すらも勝てないと思いますよ?なんせ、かの方の直属の部下の中では、私は末席でしかありませんから」
情けない事を言っているように思えるが、彼の中では自分が末席でしかないという事を伝える事で、田中の実力を言い表すすべを持っていない。
例えや数値で表す事の出来ない実力の持ち主、それが田中だ。
「うそ…でしょ?」
「そうですね…私が10万人居れば、そしてあの方が1人ならばどうにか10分ですかね?」
「えっ?貴方クラス10万人でも、その人を倒すのに10分は掛かるというのですか?」
カインの言葉に、アリアの表情を絶望が襲う。
恐らく大魔王様でも、この男クラス1万人の軍勢に襲われればひとたまりもないだろう。
もしかすれば、最初の一合で終わるかもしれない。
四天王を遥かに凌駕し、将軍クラスと比べても勝るかもしれないこの男にそこまで言わせる師匠と呼ばれる男が規格外すぎてイメージが沸かない。
「違いますよ…一斉に逃げ回ってどうにか10分持ちこたえる事が出来るという意味ですよ。ハハハ」
この一言でアリアの心が完全に折れる。
「分かって頂けたようで何よりです。では私が剣を振るうタイミングで地面に潜ってもらえませんか?」
「は…はい」
そして、カインがゆっくりと剣を振るうと、アリアがその軌道に合わせて悲鳴を上げながら地面に潜る。
そして潜った瞬間に、地中で巨大な手に捕まれどこかに放り込まれるのを感じた。
マヨヒガの手である。
「終わりましたよ」
アリアの気配が完全に消えたのを確認して振り返ると、2人が羨望の眼差しを向けている。
思わず、カインが苦笑いして後ずさる。
しかし、そんな事気にせずにバルゴとカノンがずいっと近付いてくる。
「カインさん…アニキって呼ばせてください」
「俺…一生ついて行きます」
タケル初の信者の誕生した瞬間である。
ブクマ、評価、感想頂けると幸せです。
別にFF買ったから遅くなったわけじゃないです。
単純に仕事ですから(汗)
冗談です、本当に仕事が忙しかったんです…本当です…