七英雄と龍神と田中 後編
「さてと、子供達よ…よく頑張った方だと思うぜマジで?だけどこの姿になったら、敵を殺し尽くすまで戻らないぜ?」
そう言いながら、ニョローンが鎌首をもたげ子供達に近寄っていく。
子供達が怯えて、ボソボソと何か言っているな…
「ん?聞こえんな…今更謝った所で許さんよ。お前らの主も殺って良いって言ってるしな!フヒャヒャヒャ!楽しみだぜー!久しぶりに食いでのあるガキが7人も!」
うーん…良いのかな?そんな余裕を見せてて。
よくよく耳を澄ましてみると、全然謝って無いし。
というか、えげつないな。
まずはフランシスカだが…
「【アタックエンハンス】【マッスルエンハンス】【フィジカルエンハンス】【ガードエンハンス】【スピードエンハンス】【パワーエンハンス】【バーサーカー】【鬼神憑依】【クイック】【ダブル】【パーシュート】」
そして、レベッカの方は…
「【アタックブースト】【マッスルブースト】【フィジカルブースト】【ガードブースト】【スピードブースト】【パワーブースト】【戦神の加護】【闘神の加護】【剣神の加護】【ウェポンブースト】」
うん、2人とも知りえる全ての補助魔法をジョンにボソボソと呟きながら掛けている。
もう、この時点で恐らく次のジョンの一撃は文字通り魔王にすら傷を負わせる事になるだろう。
「さーてと、まずは俺に矢をブッ刺してくれたお嬢ちゃん達?準備は出来たかなー?」
何もしらずに、余裕ぶってゆっくりと魔力を練っているが…残念。
3人の準備が終わったようだ。
ジョンとフランシスカとレベッカがそれぞれの顔を見合わせると、2人が同時に叫ぶ。
「【ディレイ】!」
「【ガードリデュース】!」
フランシスカが遅延呪文唱え、レベッカが防御力減少の祈りをささげると、ジョンが自身の肉体に強化を施して一気に飛び出す。
「くらえ!【豚手鬼】!【疾風怒濤】!」
おー、いつの間にポークの技まで盗んでいたのやら。
いや、直接教えて貰ったんだろうな…なんだかんだでポーク良い奴だったし。
「なぁっっ!はぁやぁいぃぃ!よぉけぇなぁくぅてぇわぁ…」
ディレイのせいで、ニョローンの言葉まで間延びしたものになってしまい緊張感の欠片も無いが、次の瞬間ジョンの高速の連続突きがニョローンの身体を突き抜けていく。
刺さった先から肉体が弾け飛び、消滅していく。
流石に、あれだけ補助魔法を重ね掛けしてたらそうなるか。
しかも、加護だの憑依だの使って、魔王クラスの膂力やスピードを手にいれた状態で、自身で自分に強化を掛けてるんだ。
当然の結果だな。
「やったー!」
「勝ったよ!」
「つーかジョンズルい!」
「俺が倒したかったのに」
「やっぱり!私達!」
「シューティングスターズの!」
『敵じゃなかったわね!』
「貴女達…頭に回復魔法かけましょうか?」
完全に魔力が消失したのを感じ取って、7人が大喜びしている。
ちょっとジェシカとエルザの中2っぷりに引いてしまいそうになるが、しっかりとレベッカが突っ込んでくれていた。
レベッカがいれば、そこまでこじらせる事は無いかな…ちょっと安心。
「よくやったが、油断しすぎじゃないか?」
俺が7人に声を掛けると同時に、天井から斬撃が子供達に降り注ぐ。
咄嗟にトミーが土の壁を作り上げ、その斬撃を防ぐ。
「なに!」
「まだ生きてたの!」
「うそでしょ!」
「ちょっと、レベッカ、トミーが!」
「トミー!」
あーあ、敵を倒した瞬間…特に強敵やボスを倒した瞬間に無防備になるのは仕方が無い事かもしれないが、敵の本拠地近くで幹部を倒したんだから、もう少し気を付けないと。
トミーが作り上げた土の壁は確かに優秀だったが、無数の斬撃のうち3つだけは間に合わずにトミーの身体を貫いていた。
肩と腿、それから腹だ。
お腹の傷は軽くは無いな…見えちゃいけないものまで見えてるし。
「ぐっ…大丈夫!…じゃないかも…」
どっちだよ。
トミーが大量に血を吐いて、皆に心配させまいと笑顔のまま倒れていく。
良い奴だけど、真っ青な顔で笑顔で血を吐くとか、色々と心配だよ。
慌ててレベッカが傷を癒そうとするが、それよりも早く火球が放たれてトミーとレベッカを襲う。
うん、これはトミー死んだな…
俺はトミーを転移で手元に移動させると、即座に傷を治す。
「ちっ!ニョローンの奴の魔力が消えたから来てみたら、こんなガキどもに殺されたとはな…しかし、そこの魔人さん、あんたタナカさんすか?」
火球が飛んできた方を見ると、あらやだイケメン!
金色のちょっとくせ毛だけど艶のある髪。
鼻は高くてキリッと手入れのされた眉に、ちょっとニヒルな一重瞼。
そしてこれまた瞳まで金色の美丈夫が立っている。
その頭からはスマートな細い角が2本伸びていて、まさに鬼だな。
「そういうあんたは…オウガ?なわけないか…あるわけない。絶対違う!」
「ちょっ!なんで完全否定なんすか!俺が西の四天王が一人オウガっすよ!」
なんて中途半端な敬語?まあいいや…だが、俺は認めん!
「んなわけあるかい!お前があのオウキの兄な訳あるかい!」
「なんでっすか!そっくりじゃないっすか!一重瞼に、金色の髪!2人が兄妹である証じゃないっすか!」
うん…そこ以外共通点無い事を逆に疑問に思おうか?
何故、それで兄妹と言い切れるのか逆に問いたいよ…
「ちょっとお館様!トミーは?」
「あっ、俺なら大丈夫だよー!お館様が治してくれたから」
レベッカが慌てて俺に問いかけてくるが、横からトミーがひょいっと顔を出して手を振っている。
うん、殺されかけたってのに呑気だな。
「えっ?そこの坊主死んで無かったの?結構良い一撃が入ったと思うんすけど」
オウガが驚いてるが、俺だからな。
例え死んだとしても、魂が天に召される前に捕まえれれば生き返るし…それ以前に死んで無いなら、例え四肢がもがれ、内臓全て潰されたとしても一瞬で治せるしね。
こういったところが、北の世界で魔王様がいるからでーじょーぶだ気質を育ててしまったんだろうな。
ちょっと反省。
「ん?ああ、俺が治したから」
「かー!噂通り出鱈目な人っすね。東の元魔王さんのパイセン事件に始まり、西と南の魔王さんを歯牙にもかけずに大魔王様に傷を負わせるだけの事はあるっすわ…つーか、俺勝ち目ねーっすね」
なかなかに軽くていい感じの鬼だな。
オウキの兄とは信じがたいが、是非配下に加えてやろう。
「大丈夫だ、今回俺は子守だからな。そこの6人を倒して、横に居る辰子にも勝てたら今回は俺の負けって事で引くから」
「マジっすか?ちょっとやる気出てきたっす!」
うーん、そんなんで良いのか西の四天王。
一応、俺は大魔王様に牙を向ける反乱分子なんだけどな。
「えっ?6人?」
「ん?当たり前だろ。トミーは死亡判定だから、戦線復帰は無しだ。そもそも、これだけの装備を与えてるんだ。鎧の継ぎ目さえ気を付ければ良いだけだったのに、油断するのが悪い」
「いや、本当に申し訳ないです」
俺の言葉に、トミーがうなだれて居るが6人もしょんぼりしている。
というか、このメンバーの中で実質一番戦い方が上手なのはトミーだからな。
トミーがいなくなるのは、かなりの痛手だろう。
「なら、さっさと倒してしまえばいいですよね?行きますよオウガさん!【疾風怒濤】!」
補助魔法の効果が残っているうちに決着を付けようとしたのか。
なかなかに良い判断だが…一人で突っ込むのはどうかな?
「おっそいよー?【鬼牙死魔】!」
オウガがすぐさま、大きな鬼を召喚するとそれを身代わりにして全ての突きを防ぎきる。
そして当の本人はすでにジョンの背後に移動している。
「その鎧固そうなんで、ドーンっといくっすよー!」
そう言って、鬼の金棒を手に召喚すると思いっきり横なぎに振り払う。
ジョンの身体がピンポン玉のように何度も弾んで壁にめり込む。
うーん、この衝撃なら鎧着てても中にはダメージ入ってそうだな。
「キュー…」
うわぁ…目を回して気絶するときにキューっていう人間初めて見たわ。
とはいえ、これでジョンも戦線離脱か。
「ジョン!」
「おのれ、よくも!喰らえ、【アクアストーム】!【ライトニングボルト】!合体魔法【テンペスト】!」
フランシスカが水魔法と、電撃魔法を合わせて暴風を巻き起こすがオウガはそれに対して、真っすぐ突き進んでくる。
それから、雷を纏った水の竜巻を突き抜けてフランシスカを弾き飛ばす。
流石に魔法使いにこの一撃は耐えられないか。
フランシスカも壁に叩き付けられて、目を回している。
「キュー…」
って、ここにも居たよ!キューって言う子。
うん、こいつら可愛いな。
「惜しかったっすね。属性の選択が悪かったすわ。こう見えて、俺雷神型の鬼なんすよー」
金棒を肩に乗せて、オウガがニヤニヤしている。
これで残ったのは、ジェシカとエルザのシューティングスターと、マイケルにレベッカか…
「【アタックブースト】【マッスルブースト】【フィジカルブースト】【ガードブースト】【スピードブースト】【パワーブースト】【戦神の加護】【闘神の加護】【斧神の加護】【ウェポンブースト】」
レベッカが慌ててマイケルに補助の祈りを捧げる。
そして、すぐさまマイケルが手に持ったフランシスカ…武器の方だよ?をオウガに向かって投げる。
「やべっ!はやっ!【鬼牙死魔】」
間一発、巨大な鬼を再度召喚して盾にするが、流石に二度目は無いわー。
その行動を読み切っていたマイケルが、すでにオウガの攻撃に反応出来るようジョンの剣を拾って構えている。
「【剣神の加護】」
即座にレベッカが補助を掛ける。
「上だ!」
巨大な鬼の背後から黒い影が空に飛びあがるのを見たマイケルが叫ぶと、シューティングスターズが即座に矢を射掛ける。
「うーん…マイケルって本当に洞察力が悪いというか、考えが浅いというか」
横でトミーがボソッとつぶやく。
流石にトミーには分かっていたようだが、残念デコイだよ?
鈍い金属音がして、すべての矢が弾かれるとその先には鬼のオーラを纏わせた金棒が浮いているだけだった。
マイケルじゃトミーのようにはいかないか。
「なっ!」
「戦闘中にお空見上げるなんて、なんてロマンチスト!でも終わりっすねー」
少し遅れて真っすぐ向かっていたオウガがトミーにショルダータックルをかまして倒すと、そのまま馬乗りになって首を一気に押しつぶす。
「キュー…」
また一人気絶か…というか、なんでいちいち気絶する度にキューって言うんだこいつら?
しかしトミー以外に対して、致命傷を与えないって事は少しでも俺の心象を気にしてるって事だよね?
隙があるとしたら、そこくらいか?
中々に優秀な鬼のようだ。
妹とは偉い違いだな。
「私達!」
「シューティングスターは!」
『接近戦が苦手!』
自ら弱点を暴露しちゃったよ。
「だったら、一人ずつ確実に殴り飛ばすっすよー!」
そう言ってオウガがジェシカに的を絞って殴りかかるが、ジェシカが器用に弓でその拳を受け流す。
「嘘よねーん!」
さらにそのままの勢いで、弓を回転させてオウガの後頭部に一撃を叩き込むと、エルザがすぐさま足払いをかける。
そのままステーンと後ろに倒れ込んだオウガの顔面目がけて、ジェシカが矢を射掛けるが間一髪首を曲げてそれを避ける。
オウガも負けじと、そのまま勢いを付けてウィンドミルのように一回転してジェシカに足払いを仕掛けるが地面に弓を立ててそれを防ぐ。
そしてオウガの横っ面にエルザが弓を振るう。
流石に無理な体制から防ぐ事はできずに、今度はオウガが弾き飛ばされる。
凄い!これは目を放せない展開です。
まだまだ3人とも気力は充分。
ここは隙を見せたらやられそうですねー。
解説は田中でした。
と言いたくなるような、インファイトにちょっと興奮した。
「くはー、男の子達よりよっぽど強いんじゃいっすか?」
確かに、これは衝撃の事実だったわ。
まさか、彼女たちがここまで近接で戦えるとは思わなかった。
「だってさー、弓兵って持ってる武器がこれだから、近づかれたら戦えないって普通思うでしょ?」
「残念、荒神様から弓を使った戦闘方法と、体術もちゃんと習ってるんで」
2人が自慢げに左手に弓を持って、拳法っぽい構えを取っている。
隙も無いし、文字通り2人の呼吸がピッタリ合っている。
息を吐くタイミングも吸うタイミングも一緒だし、この二人が揃ったらポークでも勝てないんじゃないか?
「恐ろしい子供達っすねー…じゃあ、本気出させてもらうっすよー」
オウガ下を向いて首を横に振ると、顔を上げてニヤリと笑う。
だが、同時にニヤリと笑った子がもう一人居た。
「本気出すのが少し遅かったですね…オファニエルさんおいで下さい」
後ろでこそこそレベッカが何かやってると思ったら、天使を召喚してたのか。
しかも肉体を持つ座天使の天使長とか…優秀過ぎるだろ!
天上から光が注ぐと、まさに悪魔みたいな天使が降って来る。
月の車輪を司る天使ということだが、有難うございます。
どっからどう見ても化け物です。
16の顔に400枚の羽、8764個の目を持つ円形の天使だが…なんでこんな天使が居るんだろうね。
「ちょっ!なんすかその出鱈目な神気は!無理っす!」
正面を向く4つの顔、2191の目から強い光が放たれるとレーザーのようにオウガに襲い掛かる。
「無理無理無理無理!こんなんどうしろって言うんすかー!」
どうにか上空に飛び上がってそれを躱したかと思ったら、すぐに他の顔がそっちに目を向けてレーザーを飛ばす。
空中ですぐに方向転換が出来る訳もなく、オウガが叩き落とされる。
全身穴だらけで、口から大量の血を吐き出す。
うわぁ…
思わず引いてしまうような状況だ。
「とどめは!」
「私達!」
『シューティングスターズのお仕事ね!』
すぐにジェシカが弓を引き絞り弦を弾く。
放たれた矢が轟音を響かせながらオウガに向かっていく。
さらに空中に飛び上がったエルザも同じように矢を放つ。
俺は慌てて転移して、オウガの前に立つとそのジェシカの矢を左手の人差し指と中指、エルザの矢を右手の人差し指と中指で挟んで止める。
「勝負ありってとこか?」
それからオウガの方を見てニヤリと笑って聞くと、オウガが小さく「っす」とだけ呟いて気絶した。
流石にこいつはキューとは鳴かなかったか。