勇者タケル
短めの閑話です。
100話記念回を作ろうと色々と考えていたのですが、気が付けば100話越えていましたorz
ですので、普通にいずれただの閑話として挿入しようと思います。
「遅いですよ!」
「グアッ!」
カインがその手に持ったアロンダイトを振るうと、猫の魔族の身体が両断される。
結局、特にこれといって使い道の無い魔剣アロンダイトは聖剣に戻され今はカインの手元にある。
「大丈夫ですかお嬢さん?」
「は…はい!」
それから、道の脇で震えていた女性に向かって笑顔を見せる。
カインは北の大陸を離れ今は東の大陸を、塔に向かって突き進んでいる。
その途中途中で、村や町を解放して歩いているのだが、ようやく新たな勇者としてその名が広まって来たところだ。
「それなら良かった、先を急ぎますので私はこれで」
「あっ、ちょっと待って!お名前だけでも」
女性が慌ててカインに名を尋ねる。
その女性に向かって、髪をかき上げながらカインが答える。
「北の世界より大魔王を討伐するために参りました、タケルと申します」
「あ…貴方が北の勇者タケル様!」
「はは、そんなに大層なものではありませんよ」
どこがどう大層なものだったのだろうか?
彼女の発言は、はたからみれば知ってますよ程度の答えで、その中にカインを褒めたたえる言葉など含まれていなかったはずだが。
「本当に有難うございます」
「いえ、お気になさらずに」
そう言って後ろも振り向かずに立ち去るカイン。
だが、その顔はだらしなく緩みきっていた。
「あれは惚れたな…それにしても、私も大分有名になったものだ」
大分離れたところで、カインがひとりごちたように漏らす。
軽くナルシストで、中二的設定が大好物のカインらしく、北の世界から現れし救世主、勇者タケルという役になりきっていながらも、客観的にその状況を見て楽しんでいるあたり、相変わらずだ。
こじらせすぎるのも考え物だが、これがカインだ。
それから暫く一人、街道を次の町へと向かって歩いていると不意に巨大な魔力が現れるのを感じる。
転移の魔法を使えるほどの魔族か…
だが、一つは確か…
カインがそんな事を思っていると、目の前に2人の美形の男性が姿を現す。
「カイン様、タナカ様より供を仰せつかまつりましたブルータスです。ここではコウと名乗るよう言われております」
「初めましてカイン殿、自分はシャッキ言います!ゼンという名前を使うよう言われとります」
2人の人間が目の前で跪く姿に、若干の優越感を覚えながらも旅の仲間が出来た事が少し嬉しくなる。
「ああ、南の青鬼さんですね。一応私はタケルという名前で活動してますので、よろしくお願いします。で、そちらの方は?」
「ああ、自分は、ってあんま丁寧に喋るの苦手なんですけど、普通に喋っても宜しいか?」
「構いませんよ」
「すまんのう。わいは北の赤鬼や!あんさんに壊滅まで追い込まれた北の大陸の魔族の元トップやで」
シャッキが頭を掻きながら、ばつが悪そうに自己紹介をするとカインが微笑む。
「貴方があの大陸のトップだったのですね。挨拶に伺えずに申し訳ない。これからは仲間として宜しくお願いしますね」
「その挨拶いうんが、ごっつ怖いけど、タナカ様の考える国造りはわいも是非協力したい思うとるんで、存分にこの力使うてもろうて構わんからの」
シャッキがそう言って手を差し出すと、カインがその手を取って笑いかける。
こうして、一人と二匹のおかしな珍道中が始まることになるのだが、何故かシャッキの喋り方に北の世界で出会った元東の魔王の事を思い出してイラッとした。
「とりあえずは、東の四天王を配下に迎え入れる事がタナカ様より頂いた指令ですが、東の四天王とはどのような方で?」
道すがらカインが二人に質問すると、2人がちょっと困ったような表情を浮かべる。
「ああ、白桜鬼のピンキーいうんやけど、これがまたおっかない女でのう」
「東の四天王は女性なのですか?」
「せやで。なんていうか、自分より強い男としか結婚する気は無いいうて、気が付いたら婚期を逃しかけてて色々とこじらせてる奴や」
「あいつはちょっとな…自分より強い奴が居ないからって、俺らにまで喧嘩売ってくる始末だからな。勝っても負けても厄介な事になるのは分かりきってるから、のらりくらりとかわしてきたが」
2人の説明を受けてカインが苦笑いをしている。
うーん、これって力で屈せさせると面倒な事になりそうだな。
とはいえ、タナカ様の方が強いという事を理解してもらって、そっちに矛先を向ければなんとかなるかも。
面倒事は全て主に丸投げ…流石はカインである。
自分に正直な部下トップ3に入るだけの事はある。
「まあ、そこに行くまでにあと3つは町を越えなあかんし、ほらっ!早速厄介事が歩いてきたで」
シャッキに言われて道の先に目を向けると、蛙の魔族が数体こっちに向かって歩いてくるのが見える。
取りあえず、町の近くだしもめ事は勘弁とばかりに人化した二人が道の脇に避けようとするが、カインは堂々と道の真ん中を歩いている。
「ちょっ、カイン様!」
「タケルですよ、コウさん?」
「あっ、すいません…タケル様、そのように魔族を前にして道の真ん中を歩かれると、絡まれますよ?」
コウに言われてカインが首を傾げる。
「えっと、コウさんは私が、人間の町や村を解放しながら魔族をスカウトしているのは知ってますよね?」
カインに言われてブルータスが頷く。
「ならば、丁度いい。彼らを血祭りにあげて解放の狼煙としましょう!」
「ええっ?街の外で魔族を狩ってもなんにもならないのでは?それよりも先を急ぐなら無難にやり過ごした方が…」
ブルータスの言葉を遮るように、その口に人差し指を当てる。
イケメンだが、その人間性を知るものからすればイラッとする行動である。
「いいんですよ…彼らを手土産にその町に行けば、そこの魔族がすぐに突っかかって来るでしょう?それらも全て切り伏せて、応援も全て切り伏せれば町を収める魔族が出てくるはずですから」
「は…はあ」
「なんや、この兄ちゃん目立ちたがりやか」
早速シャッキにはバレてしまったようだが、そんなやり取りをしている間にも蛙の魔族が目の前まで迫って来る。
それから、自分達を前にしても避けるそぶりを見せないカインに対して周囲を取り囲み、代表っぽい魔族が首を傾けながらカインを下から覗き込んで睨み付けてくる。
まさにヤンキーである。
「よお兄さんよ?人間の分際でなんで道を譲らねーんだ?」
口調までそれっぽい。
だが、次の瞬間その蛙の顔面が陥没する。
有無を言わさず、カインが殴りつけたからだ。
横で二人がアチャーっといった表情を浮かべているが、当の本人は即座に周囲を取り囲む蛙の魔族を片っ端から殴り飛ばしていく。
「あんさんメチャクチャでんな」
「ちょっ、タケルさん酷い」
他の魔族に口を開かせる事なく、殴り飛ばすカインを見て二人が呆れている。
「ふふ、対峙したら口を開く前に殴れ!これは我が師匠、スッピン様の教えです」
碌な事を教えない師匠である。
だが、きっと田中が教えたとしても同じような事になっていただろう。
田中からすれば、いちいち口上を垂れて戦う理由を明確にしたうえで、攻撃を加える旨を宣言してから攻撃に移る魔族は総じて馬鹿だと思っている節があるからだ。
なかなか良い感じにカインも、毒されてきている。
「その師匠ろくでなしでんな」
「いくらなんでも、ちょっと騎士道とは程遠い教えですね。ましてや、勇者と呼ばれる方のやることでは無いかと」
2人に非難されても、カインはどこ吹く風である。
魔族と人、そして魔族に無礼を働く人間に対してはこの地では魔族に切り捨て御免状与えられているのだ。
無礼を働いた瞬間に命のやり取りは始まっていると思えとは田中の言葉である。
そして、そんな事をカインに教えると…
「ふふ、人と魔族がこの地で向かい合って人が無礼を働いたなら、魔族は人を害する事が出来るのでしょう?ならば、私が魔族の方に正面切って対峙した時点で、命のやり取りは始まっているのですよ?そこに、口上なんて必要ですか?」
まるっとパクるのがカインである。
さも自分の言葉かのように、自信満々かつ自慢げに2人に説明をする姿ははたから見たら滑稽な事この上ない。
なんだかんだで、田中リスペクトなカインであった。
「た…確かにのう」
「言われればそうかもしれませんが、いくらなんでもいきなり全員を殴り飛ばすのはどっちが魔族か分かりませんね」
2人が納得しかけているが、騙されるな。
それは、合理的な日本人という田中の言葉であって、とてもじゃないが騎士道や武士道、ましてや勇者がとっていい行動ではない。
だが、2人は感心した様子でカインを見つめている。
駄目だよそんな視線をカインに向けたら。
「ふふっ、お二方も気を付けてくださいね?魔族に人間が立ちはだかった時、相手はすでに覚悟を決めて殺るつもりで立っていますから」
「あ…ああ、気をつけるわ」
「…言われてみればそうですね」
チョロいぞ魔族。
簡単にカインの言葉に納得させられてしまう2人であった。
本日は仕事が長丁場の為、本編ではなくカイン回でした。
こっちの話も色々と考えているのですが、キリがいいのでここまでにしました。
恐らく仕事が詰まっているので、更新は明日の夜になると思います。
ブクマ、評価、感想を頂けると幸せです。