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誕生石へのエチュード  作者: なつ
第一章 ぺリドットに愛を込めて
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 6

「今日はやけに遅かったな!」

「ああ、ごめんね」

 甲斐雪人は謝りながら、篠塚桃花の隣に座る。お盆が終わっても暑さは相変わらずで、甲斐の格好はシンプルなシャツとジーンズだ。それに比べ、隣に座っている篠塚は、この間外に出かけたときのような、黒のゴシックなドレスを着ている。

「僕も、そういう服があればいいんだけどさ、持ってきてないから買いに行ってたんだ」

「男には似合わないと思うぞ」

「それすごい誤解。正装のことだよ。さすがにこの格好だと浮いてしまいそうだしね」

「ああ、誕生日用の、ということか」

「そういうこと」

「それなら言ってくれれば、いくらでも貸してやったのに」

「桃花、持ってるの?」

「探せばあると思う」

「そうなんだ。それを知っていればこんなに遅くならなかったかも。でも、今日はね、誕生日のプレゼントも買いに行っていたから」

「甲斐からのプレゼントでは、雅からすると物足りないだろうな」

「あはは、うん、その通りだと思う。まあ、でも手ぶらはまずいだろ?」

「それはそうだ」

 甲斐は笑いながら、篠塚の頭を叩いた。

「ううむ、どうも最近よく頭を叩かれるのだが、屈辱な気がしてならん」

「そんなことないよ。ほら、ちょうどいい高さなんだって」

「それが屈辱だ」

 けれど、篠塚は甲斐の腕を払うようなことはしない。甲斐からすると、よく分からない少女だ。本人の前で口にすると、私のほうが年上だ、と怒るだろうが。天才という形容詞がぴったりで、どのような問題に対しても、時間をかけることなく答えを導き出す。多くの言語を習得しているようで、目的ではなく手段だと彼女は言っていた。ついこの前の事件にしてもそうだ。甲斐からすると、まだ誰が犯人で、どのような方法を用いたのかも考えつかないうちに、すべての答えを得ていた。そこで甲斐は思い出したように、篠塚にそういえば、と声をかける。

「この間の事件、いつから分かっていたの?」

 この間の事件とは、甲斐が友達の神田隆志に招かれて彼の実家に戻ったときに起きた事件のことだ。そもそもの始まりは夏休みすぐからだったのだが、ちょうど甲斐たちが彼の実家に行ったときに第二の事件が発生した。凶器や手口はほぼ同じだった。

「可能性の問題だ。話を聞いたときから、第一の事件と第二の事件の類似性と、もしかしたら別の事件かもしれないということを考えていたからな」

「それって、もしかして最初にあいつの家について、事件の説明を権藤警部が話したときってこと?」

「最初から自殺の可能性は高かったしな。だが、甲斐よ。あの事件の本質はもっと別のところにあったのだが、気がついているか?」

「え、本質?」

「事件は一応解決したが」

「凶器の行方ってこと?」

「そう。それと、その凶器の出所だ」

 凶器はオートマチックというような話は聞いたが、実はまだその凶器が見つかっていないらしい。犯人は、まだその凶器の行方を明かしていない。警察は本当に知らないのかもしれないと考えている。

「金庫の中の遺書に、はっきりと記されていただろう。神田勇治郎が用意をしておいた、とな。本質は、あの遺書を読み、妙がその凶器を持ち、自ら命を絶ったということだ。これが本当に妙の意思なのか、それとも神田勇治郎の意思なのか、甲斐よ、お前はどちらだと思う?」

「それって、自殺ではないかも、ということ?」

「いや、自殺であることは明らかだ。だが、そこに神田勇治郎の強い意思が働いていたと感じるのだ。それだけではない、第二の事件もあわせて考えると、妙の自殺には犯人の強い意思も同時に感じる。それに、あの状況において妙は、凶器がどうなるのか分かっていたはずだ。犯人の手に渡る、と。甲斐よ、意味が分かるか」

 甲斐は首を捻る。

「あの遺書からでは、なぜ妙が死を選んだのか分からぬ。だが、妙はその選択をした。そして、それを犯人に事前に話していた。おそらく、犯人が次に起こすであろう殺人事件を妙は知っていた。あるいは上月松一との関係を聞いたのだろう。だが、そのまま凶器を犯人に渡してしまえば、すぐに犯人は捕まってしまう。だから、妙は自らを殺してまで、犯人に凶器を渡した」

「それって……」

「すべては想像だ。今回の事件は時間もなく、ほとんど証拠もない。それに、気持ちのいい想像ではない。だから忘れてくれ」

 篠塚は俯き、首を振る。珍しい光景だ。

「桃花、何か隠している?」

「隠してなど、いない」

「嘘だ。大事な歯車を隠しているんじゃないか?」

 甲斐は座りなおすと、篠塚の両肩をつかみ、正面を向かせる。

「僕の目を見て、もう一度隠していない、と言ってみせて」

「無理だ」

 篠塚は俯いたままだ。

「どうして?」

「甲斐の目を見て、私は嘘をつけない。だから、許してくれ」

「それって、嘘をついてるってこと?」

「……」

「何を隠しているの?」

「……私は、神田勇治郎に会った」

「知ってるよ。一日目の夕食の後だろ?」

「そうだ。そこで事件の話をした。私が妙の自殺を示唆したら、神田勇治郎は妙の自殺を知っていた。そして、第二の事件が起きたことも、そちらが本当の目的であったことも。私が問い詰めたら、神田勇治郎はすべてを教えてくれたよ。妙に凶器を渡したことも、犯人が誰であるか、も」

「え。ええ?」

「それだけだ」

「それじゃあ、そのときにはすべてが分かっていたってこと?」

「私はそのときまだ犯人は分かっていなかったが、答えが先に与えられた。だから二日目にあんな方法で犯人がボロを出さないか試していたんだ」

「はー、それは気がつかなかった」

「もうよいだろう?」

 篠塚は俯いたまま、再びベッドの端に座りなおす。プライドの高い篠塚からすると、この話は出したくなかったのかもしれない。

 だが、甲斐は、このとき篠塚が舌をだして肩をすくめていたことに気がつかなかった。



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