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誕生石へのエチュード  作者: なつ
第一章 ぺリドットに愛を込めて
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 日達瑠璃は、先ほど売れたものと同じネックレスを、同じようにプレゼントにと買っておいた。職業柄、宝石には詳しい。昔の家庭教師先の生徒ではあるが、芹沢雅から誕生日の招待を受けたため、彼女への誕生日プレゼントとして買ったものだ。それはもう瑠璃とは比べようにならないほどのお嬢さまではあるが、きっと彼女は喜んでくれるだろう。

 その表情も浮かぶ。思い出しただけで、顔が赤くなりそうだ。瑠璃とて、その気はないし、彼氏もちゃんといる。それでも、あの所作やハープのような声を思うだけで、自然と嬉しくなってしまう。本当に、不思議で、特別な子だ。

 どうして彼女が瑠璃を選んでくれたのか、単刀直入に聞いたことがある。

「そうね、印象かしら。あなたならきっとわたくしのよい先生になってもらえると思いましたから」

「私に教えることなんて、全然ないと思うけど?」

「そんなことないわ」

「だって、この間のテスト、ほとんど満点だったじゃない」

「ほとんど。それじゃあ、ダメなのよ」

「私が同じ問題やっても、きっと満点なんて取れないわ」

「あなたを先生に選んだのは本当に直感なの。どうしてもわたくし、話し相手が欲しいの」

「それで、私?」

「だめかしら?」

 そう言って顔を傾ける。そんな顔をされて、断ることなんてできない。

「それでお金を貰うなんて、私にはできないわ。それにそれなら雅さんの先生なんて立場である必要ないもの」

「わたくしにはお金しかないもの」

 そう答える雅の表情は、泣き出してしまいそうなほど弱々しかった。

「それじゃあ、私はお友達としてここに来るってことでどうかしら」

「わたくしの、お友達?」

「そうそう。そうすれば、お金を貰う必要ないし、話し相手にもなれるわ」

「でもそれではこの学園に入ることができないわ。本当に愚かなこと」

「そうかぁ。でも、まあ、それは心配だからでしょう。大切な子どもたちを守るためのセキュリティーだもの」

「だから、名目だけでもいいの、わたくしの先生になって下さい」

「あらあら、この子は」

 つい瑠璃は地が出てしまい、とっさに口を抑える。それからペロッと舌を出して続ける。

「雅ちゃんって呼んでも怒らない?」

「もちろん、怒らないです。それじゃあわたくしも瑠璃ちゃんでいいかしら?」

 懐かしい。確か、瑠璃が大学の3年の頃のことだ。そのとき雅はまだ中学生だった。芹沢という姓のために、もっとも多感な時期を孤独に過ごさなければならず、瑠璃が家庭教師として彼女の家に行ったとき、実はかなり心が弱っていたのだと、何度か通う内に分かってきた。それでも逃げる場所もなく、彼女が選んだのが、女性の家庭教師を雇うことだった。瑠璃は、どこかのセンターに登録してあったわけでもない。ただ一度、地方の新聞にお願いして、生徒募集の広告を出しただけだ。

 雅は直感だと言っていたが、実は調べられていたのかもしれない。けれど、先生として雅に会いにいくことは、いつしか楽しみになっていたし、実際ほとんど友達になれたと思う。

 瑠璃は店内にお客さんが少ないことを確認してから、アルバイトの子にお先に、と告げて店を出た。

 雅が瑠璃を誕生日に招待したのは初めてのことだ。家庭教師をしていたのは1年間だったが、そのときは誕生日の日さえ知らなかったし、それからも招待されたこともなかった。だから、少し心配、というのが瑠璃の今の心境だ。

「案外、雅ちゃんと友達になりたい人って多いと思うけどな」

「そうかしら」

「うんうん、だって雅ちゃん可愛いし。むしろ男の子からモテモテなんじゃない。ラブレターなんて下駄箱に一杯貰ってるとか」

 雅は首を振る。

「あらあら。私からすると、全然しゃべりやすいしぃ。うん、普段からもっとみんなとくだらない話に付き合えばいいと思うけどなぁ」

「それができるのでしたら苦労しませんわ」

「まぁ、口調はどうしようもないと思うけど、そんなこと気にしない人も多いと思うよ。私も気にしないし」

「どうしたら、もっとみんなと友達になれる?」

「あらら、もう雅ちゃんったら、可愛いんだから。そうねぇ、まずは話しかけてみるところかしら。何だっていいのよ」

「でも、そうするとみんな何だかぎくしゃくする」

「それは雅ちゃんの表情のせいだな。ぐわっと笑顔で話しかければ、万事問題なし。そうすれば、きっと雅ちゃんのこと分かってくれる友達ができるよ」

「分かりましたわ、一度、やってみます」

 それから、少しずつ、会話の節々に雅から学校の友達の話があがるようになった。高等部にあがるころには、瑠璃は自分の役目が終わったのかな、と感じるようになってきた。それはそれで寂しいけれど、瑠璃も就職活動と、大学の勉強が忙しくなってきたのも理由で、家庭教師を辞めることにした。

 何度も引き止められて、一ヶ月くらい結局辞めるのに時間がかかったけど。と、思い出し瑠璃は頬を緩める。

「そうねぇ、今日のお昼は何にしようかしら」

 ごまかすように、声を出して地下街を眺める。

 もし、雅が困っているのはどうにかしてあげたい。友達として。

 なぜか瑠璃は地下街を走って進む。


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