表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誕生石へのエチュード  作者: なつ
第七章 ダイヤモンドとアクアマリンはいつも一緒に
49/51

 5

 甲斐雪人の胸の中で、篠塚桃花は何度もごめんなさい、と繰り返している。まとめると、すべては桃花が計画したもの、ということだ。芹沢雅に相談し、雅は演劇をしている芹沢茜に協力をお願いした。あとは、メンバーが集まり、無事に当日にたどり着いた、というわけだ。

「要するに、桃花は、僕を試したってこと?」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「別に怒ってないから、もう謝らないで欲しいんだけど」

「ごめんなさい、ごめんなさい。だから、私を嫌いにならないで」

「謝るのをやめたら、考えてあげる」

「ごめんなさいぃ」

 それでも、30分くらいは、この状態が続いた。ようやく落ち着いてから、甲斐は篠塚をもう一度椅子に座らせると、頭を撫でる。

「はい。怒ってないし、嫌いにもならない。だから、どうしてこんなことをしたのか教えてくれるかな?」

「だって、私は甲斐のことをもっと知りたくて」

 甲斐には、よく分からない。

「だから、雅にお願いして手伝ってもらったの」

「こんなことしなくても、他のやり方があったんじゃない?」

「違うの。私は、甲斐が何を、どう考えているのか、ものの考え方をトレースしたいの。そうしないと、おかしくなりそうなんだもの」

 やはり甲斐にはよく分からない。

「だって、こんなこと今まで一度もなかったんだもの。せっかくの夏休みなのに、私は自分の研究が何も進んでいないのよ。絶対ありえないことなのに。でも、私の意志に反して、口は勝手に動くし、体は言うことを聞いてくれない。図書棟からだって出たことなかったのに、甲斐がどこかに行っちゃうかと思うと、私、何も考えられなくなるの」

 まだ目には涙が溢れている。その目が、睨むように甲斐をまっすぐ見ている。

「甲斐もいつかどこかへ行ってしまう。学園にいられる時間だって限られている。そのときから慌てたって間に合わないんだもの。だから、今こうして必死に準備しているの」

「雅様と双子なんだから、桃花も3年生なんでしょ。それともやっぱり本当はまだ中学生で……」

 篠塚は首を振る。

「私は中等部をもう卒業している。けれど高等部には進んでいない。だから、今入学すれば、高等部の1年生だ。これで甲斐と同じ。3年間一緒にいられるし、それから後のことも一緒に考えられる」

「そんな先のこと、僕は考えてないけど」

「なら私が考える」

「桃花は、どうして高等部に入らなかったの? 勉強が遅いから?」

「それは……」

「それが、図書棟に隠れている理由?」

「まだ、言えない」

「分かった。そのうち話してくれる」

「そのうち、話す。だから、もう少しだけ、それは待ってくれ」

 また泣き出しそうだったので、甲斐は篠塚をもう一度胸に抱きしめる。こんなあからさまな好意は今まで受けたことがなかったけど、嬉しいものだ。その照れ隠しなのかもしれない。それに、甲斐は自分の気持ちを、菫に伝えてある。いずれ、自分の口からも言うだろうけど、今はこれでいいと思う。

「要するに桃花は、最高に不器用ってことだね」

「なっ」

 胸の中で上を向こうとする篠塚を、甲斐は手で押さえつける。胸の中で、全く、と小さくつぶやく声が聞こえる。

 それから30分ほどして、甲斐は篠塚をもう一度もとの椅子に座らせると、立ち上がった。忍び足で、ドアのところへ行くと、突然ドアを開ける。

 外から、芹沢茜がなだれ込んでくる。

「あー、びっくりしたぁ」

「それはこっちのセリフなんだけど。何やってるの」

「いや、ほら。突然あたしたちが入り込んで、いけないシーンだと気まずいじゃない。だから、必死に耳をそばだててたわけ」

「あのねぇ」

「何よ、お姉さまの優しさは素直に受け取るものじゃない。雅だって1時間なんてちゃんと時間を言ってるわけだし」

「雅様は?」

「瑠璃ちゃんとスージー教授連れてキッチンに行ったよ。だって、今日は朝から何も食べてないでしょ? 私たちは、ひそかにパーティー会場の残り物食べてたりしてたけど」

「え、どうやって?」

「あはは、やっぱり分からないわよね。甲斐君が見たのは2階の一番近くのロープだけでしょ。あれはダミーだから。他のロープにはもっと色々仕掛けがあったのよ。だから、地面に降りるなんてお茶の子さいさいなのよ」

「スージーさんて、結局誰? FBIじゃないよね」

「そんなわけないじゃない。昔ここの教師やってたのは本当だけど。今はどこかの大学の教授。日本文学の先生やってるはずだけど」

「ここに研究棟があるって言うのも嘘でしょ?」

「嘘、嘘。もう口からでまかせでした」

「それで、この芝居では誰を犯人に想定していたの?」

「誰?」

「だって、誰かを犯人にって考えて作ったんでしょ?」

「まあ、最初はそうだけど。でも、途中からはほとんどエチュードよ。最初の予定なんてどこにいったのかしら、てくらい」

「エチュード?」

「即興劇のこと。お芝居の練習でよくやるんだけど、即興で話を作り上げるわけよ。ほら、本番でセリフが飛んでしまったり、舞台が壊れたりなんて、実際これよくあるわけ。それをごまかす練習なんだけど」

「それじゃあ、最初の予定だと」

「3日がかりだったわけ。で、一応犯人は萌さんだったんだけど」

「あれ、ミスリードじゃなかったんだ」

「それも失敗だったわ。もっとダイイングメッセージのことでみんな盛り上がると思ってたのに、タイミングがなかった」

 茜とくだらない話をしていると、中央のロビー側から偽者の芹沢菫が走ってくる。

「準備できましたよー」

「はーい、今行く」

 甲斐は振り返って、部屋の中を見る。

「桃花、ご飯だって。行くよ」

 はい、と丁寧に篠塚は返事をすると甲斐の左に回りその手を握る。それから、見上げると先ほどまで泣いていたとは思えないほどの笑顔を見せた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ